18話 温泉と溶岩とシキの奔走
途中で視点が、砲筒使いシキに代わります。
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「ゼーレちゃん、ゼーレちゃん!本当に溶岩が間近にあるわよ!」
「アイさん、あまり近づかない方が良いですよ。もしハヤテさんが言っていたガスというモノがあったら大変です」
「天士殿、心配は無用であります。あまり大きな声では言えないでありますが、この溶岩は神術の幻影であります」
イグヌス街へ入った私達は、メイさんの紹介で陸津神が運営しているという温泉宿に来ていました。
温泉の効能は疲労回復、目玉は溶岩溜まりを間近で見ることができる露天風呂という宿“溶岩の湯”へ。
…で、これです。女性陣三人で露天風呂。
シキさんとハヤテさんは、私の二倍程度の高さがある仕切りの向こうにある男湯へ今頃入っているはずです。
「あ、メイさん、紹介特典で宿泊料金まで…。ありがとうございます!夕食も美味しかったし…。ゼーレちゃんもメイさんも食べれば良かったのに」
「アイさん、ありがとうございます。ただ私達神族は、飲み食いすると体に入った物の分解の為に神力が大量に消費されてしまうんです。なので階級も高く神力が余っている人でないと中々飲食の習慣が無くて…」
「そっか。それじゃ、顔色の悪いゼーレちゃんには勧められないわね」
「自分も天士殿と同じであります。ただ、ネム王国の果実酒だけは神力を消費してでも飲む価値がある美酒でありますが」
メイさん、それ以外は味わっても大して価値がない、と言っているように聞こえますが、気のせいでしょうか?
そしてアイさんは、さりげなく料金についてぼかしています。どことなくはしゃいでいるように見えるのは、きっと金額や夕食面が良かっただけでなく、温泉の「効能」に興味があるからなのでしょう。彼女は薬師ですし。
まあ金額に関してはぼかして正解だと思います。周囲に五、六歳程度に見えるお子さんを連れた方もいらっしゃる事ですし、半額になったとは大っぴらに言えませんので。
ちなみに、紹介特典の“紹介”とは陸津神からの紹介を指していて、別に会員制というわけではありません。
「天士殿、アイ殿、湯に浸かる時は入る前に湯を自分の体に掛け、汗や汚れを落としてからにするでありますよ?」
「りょーかい」
「わかりました」
お湯に浸かる前に石鹸で体と髪を洗おうとしていたとき、湯船の奥側から子供たちの歓声が巻き起こりました。
仕切りの向こうからは幼い男の子と思われる、複数の声と足音で、走り回っている事が想像できます。
泡立てた石鹸の泡を体に伸ばしながら、私はふと思った事を口にします。
「メイさん、この温泉は普段から家族連れが多いんですか?」
「家族連れ…でありますか…。今沢山いる子供達は、大半がこの街の孤児院の子だと思うであります。この宿の温泉部分は街の孤児院に無料で開放しているでありますし…。ただ温泉を汚した場合は、汚した児童の所属する孤児院が一ヶ月使用禁止となる罰則があるであります」
「へえ…陸津神って変わり者の集まりかと思ってたけど、懐は深いのね」
「………アイ殿、変わり者とは、一体どういう意味でありますか…?」
何だか会話の雲行きが怪しくなってきました。
ささっと髪も洗って、お湯に浸かってしまいましょう!
ですが、私の少々急ぎ始めた行動も、聞き覚えのある声にピタリと止まります。
「―――発生する…か、…ざ、挑せ…!」
あれ、この声は…。
「あら、向こうでハヤテが何か騒いでるみたいね」
「…私の空耳ではないようですね」
「しかし向こうはシキ殿と二人のはず。騒ぐ要素は無いと思うのでありますが…」
ハヤテさん、ありがとうございます。何をしてるのかはさっぱりですが、ギスギスした雰囲気を壊してくれるのはありがたいです!
今の声でメイさんの重たい空気とアイさんの緊張した空気が吹き飛んだみたいで助かりました。
「―――てわっ!?」
「「「…………」」」
今の驚愕に満ちた声は、はっきり聞こえました。
私達三人どころか、一瞬、女湯全体が静かになり、ほとんどの人が向こうの男湯との境である仕切りに目を向けます。
ハヤテさん、注目されてますよ。
「今の、ハヤテさんの叫び声でしょうか」
「まあ、大丈夫でしょ。あっちはシキさんという保護者がいるんだし」
「それにしては男湯が騒がしくなったでありますね」
「ハヤテ!無事か!?」
頭を洗い始めていた私達の手が、少しの間だけ止まりました。
だって、こんなところでシキさんまで叫んでるんですよ?はっきり声が聞こえるあたり、かなりの大声です。
男湯の方が何やらざわざわ声が上がり始めている中で聞こえるなんで、そうとうです。
「…これは湯当たりかもしれないでありますね。おそらく我慢し過ぎにより倒れたのかもしれないであります」
「ああ、湯当たり…。じゃ、あっちはシキさんに任せて、あたし達はもう少しのんびりしときましょ」
露天風呂から出れば、後は就寝するのみです。
シキさんには少し申し訳なかったのですが、私達は温泉を楽しむ事にしました。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「シキ様背中洗いっこしよーぜ!」
男湯の引き戸をくぐり、溶岩を眺める事ができるという露天風呂へ足を踏み入れたと思ったらこれだ。
自分でできないのかと思ったが、ハヤテのキラキラと光る期待に満ちた目に、結局己がハヤテの背を洗う事だけを了承した。…洗われる方にはならない。いくら仲間とはいえ、人間の姿をとっている現在、無防備でしかない背を向けるのは少々躊躇われるのだ。
「ふっふふ~!温泉とか大浴場で友達と洗いっこ!小さいときからの憧れだったんだよなーっ」
「……友」
我がハヤテの背を石鹸の泡を付けた手拭いで擦り始めると、やけにご機嫌な声がかけられた。
だが…、今の状態は当てはめて良いのか?友というには少々怪しく、また一方的に終了予定であるが為に「洗いっこ」とは表現できるものではない。
「んあ?あー、仲間って友達とはちょっと違うのか?…ま、似たよーなもんだろ。でもさー、シキ様ホントにお湯浸かって大じょー夫なワケ?」
「くどい。熱湯はともかく人間が浸かれる程度の温度でどうこうなる事は無い」
「でもシキ様植物だし…」
しかも夕食時から彼はことあるごとに、同じ言葉を吐いてくる。我の魔族姿を知っているからこその言葉ではあるが、心配されているのか、憐れまれているのか、判断に困るところだ。
ちなみに我が魔族だと気付かれそうな会話を堂々とやっていられるのには理由がある。
ここイグヌス街は、伊耶那美の宮へ参拝に来る人達を商売相手に発展していった街なのだ。
つまり、この街には神族や魔族が多く。
「おっ、猫耳!あー、あの犬っ子のふさふさな尻尾、塗れたらどーなんだろ」
今、この男湯でも魔族らしき子供達が石鹸や桶を手に走り回っているくらいだ。人間のハヤテの方が珍しいこの場では、我が魔族だと知られたところで特に問題は起きそうになかったからである。
ハヤテの背に湯をかけ、己の体を洗い、湯に入る。
………。
「これは…」
疲労回復が謳われた湯だが、驚く事に魔力が豊富に含まれた湯だったのだ。
確かにこれなら、魔族や神族にとってこの上ない湯だろう。へブル火山で往復合計三時間ほど中級魔術を連発して疲労し切った全身に、優しく染み渡るような心地よさだ。
人間に効能があるかどうかは少々疑問だが、虚偽の宣伝ではない。少々湯から魔力を吸っても許されるだろうと、我は全身で湯を楽しむ事にした。
が。
「よっしゃあ!メンバーが変わってもイベントは発生するのか!?いざ、挑戦!」
「みどりのにーちゃん、何にちょーせんすんの?」
「ん?そーだな…。男のロマ…夢ってやつらしいぜ?」
「「何それー?」」
「おれ、しってる!すきな女の子のおっぱい見るやつ!」
………。
ハヤテが五、六歳程度の子供達に囲まれながら、何かをしようとしていた。
女湯との仕切りに向かって宣言しているあたり、成功すれば騒ぎになる事をしようとしている気がするのは我の思い過ごしだろうか。今日は流石にもう関わりたくないのだが。
だが、そこは勇者だった。仕切りの手前にある溶岩溜まりの幻影と思わしき部分を飛び越し、ゼーレの身長の二倍程度の高さがある仕切りへ突撃し始めたのだ。
男湯と女湯の間に設置されている仕切りの石垣を、腰布一枚で登り始めるハヤテ。
…どうやら彼にも、もう少しよく考えて行動する事を強く勧めねばならないようだ。
魔族や陸津神が住民の大半を占めるこのイグヌス街の宿が、空を飛べる者への対処をしていないなど有り得ないのだ。
他人のふりをして湯から出、もう休もうかと現実逃避をしかけた頃、ハヤテはついに仕切りの頂上へ右手を掛け…、滑り落ちた。
「わっ―――てわっ!?」
二度上がる声。
なんて事は無い。一度目は滑り落ちる時のものであり、二度目は落ちた地点にあった石鹸に足を滑らせ、転倒するときのものだ。
どっと上がる、子供や男たちの笑い。おそらく時々ある光景なのだろう。
だが、ハヤテが起き上がらない。今見えているのは、ハヤテがこけて突っ込んだ溶岩の幻影だけだ。
……頭でも打ったのだろうか。そうであるならば、我が連れ帰らねば宿の者に迷惑がかかる。
己にしては珍しく面倒だと呟く心を叱咤し、湯を出てハヤテを運ぶべく仕切りの方へ向かったのだが。
「おう、すかした顔して兄ちゃんも挑戦すんのかい?」
「やめとけやめとけ、今の小僧の見ただろ」
非常に不愉快な野次が投げかけられる。
「くろのにーちゃんはのぼれんの?」
「ね、ね、みどりのにーちゃん、よーがんから出ないよ?」
「くろのにーちゃんは、みどりのにーちゃんより体の中、わ~ってなってるからきっとできるよ!」
…子供の方は僅かにハヤテの心をもしている者がいた為、睨み付けるのは大人連中に留め、ハヤテがこけた辺りに近付く。
「おい、ハヤテ」
………。
返事は、無い。
まさか溶岩が本物ではなかろうか、と左手で試しに触ろうとしたが、やはり幻影だとわかる。
が。
ハヤテがいそうな辺りに手を伸ばしても何も手に当たらない。ハヤテの体どころか、床すらも。
我はヒヤリと背中に寒気を感じ、“縁”を手探りで探した。
探し出した縁に両手を付き、勢い良く頭ごと上半身を溶岩の幻影へ沈める。
「うをっ!?兄ちゃん、溶岩が幻影とはいえ、そこは体突っ込む場所じゃねーぞ!?」
「頭打ってる奴を頭突きで起こすのは、流石に可哀そうじゃねーか?」
後ろで色々大人連中が言っているが、事態はそんなのんのんとできる状態ではない。
幻影の先にあったのは、石材の床に空いた、大きな穴。人一人程度、簡単に飲み込める大きさ。
底は、見えない。ハヤテの魔力が見えるおかげで大体の深さが解る程度だ。
「ハヤテ!無事か!?」
我の怒鳴り声に、ざわざわとしていた周囲の声が戸惑いに大きくなる。
そして。
「…キ、さま!?っちょ、な…!へん…生きも…、窒息、しそっ!」
今日は厄日らしい。
脱衣所へ服や武器を取りに戻っている間にハヤテが死んだら事だ。
武器も無く今すぐ行かなければならないという事は、魔族の体に戻る必要があるという事で。
「な、何だ!?小僧の声がやけに遠くから聞こえたぞ!」
「ちっそくってなーに?」
「え、溶岩の幻影に他の仕掛けなんてあったのか!?」
仕方がなく我は後ろで騒いでいる奴らに言伝を頼む事にした。
補充したばかりの魔力を体に巡らせ、人間の姿から元の姿へと細胞を作り変えつつ口を開く。
「そこの額に鱗がある魔族。そう、お前だ。この宿の主人に、この幻影の下にある穴は塞がないよう伝えて欲しい。連れが落ちたので引き上げに行く」
「んお!?兄ちゃん神族じゃなくてワシらと同じ魔族だったのか!おっし、任せとけ」
「おい、テート、ゼン、フーシ、穴に落ちないようこっち来い!」
溶岩の幻影の傍に留まっていた子供達が、大人たちの方へ走っていく。
元の姿に戻った影響により、裸の男だらけの露天風呂の一角で、一人服を纏っている状態という非常に奇異な光景だが、非常事態だ。それにもう穴へ入るのだから問題は無い。
素早く終わらせたいと思う一方で、あの“命の泉”での事が脳裏に蘇り、時間がかかる気がしてならないのは我の被害妄想だろうか。
入口の場所が男湯にある為に、他の仲間を呼べないのも痛い。
…ふと、「もしやハヤテは落ちるのが趣味なのだろうか」と我の心内に言葉が湧いた。
本日の救出劇、第二弾が、女性陣に知られる事なく始まる。




