7.弓兵、女の子と住む
第二部入りました。この部はそんなに長く続かないと思います。おそらく第三部がけっこう長くなりそうなので。
村に着いた俺とニーナを村人達は歓迎した。
特にニーナは出かけたまま帰って来なかったためかなり心配されていたようである。盗賊に森で攫われ、それから俺に助けてもらったことをニーナが説明した後、村人からは感謝の声を随分とかけてもらった。
「わしがコノエ村の村長です。このたびはニーナを救ってくださり誠にありがとうございます」
白髭を伸ばした老人が歩み出てきた。温厚そうな爺だ。
「いやいや、何も感謝されるようなことはしていない。ニーナのおかげでこの村に辿りつけた。寧ろ感謝するのは俺の方だ」
「まだ若いのに謙虚な方で……ええと……貴方は記憶喪失だと聞きましたが?」
村長は何かを窺うような素振りを見せてから訊いた。やはり怪しいと思われるよな。そう思ったがそれは杞憂だったことに気付く。まだ俺は名乗っていない。ニーナも皆への説明に必死で俺が記憶喪失という断片的な情報しか伝えていなかったのだ。
「名乗るのが遅れた。カリュウ・ブラットだ。特にこの世界の知識を失くしてしまったみたいなんだ。気が付いたら森の中にいて混乱しながらも歩いていたらニーナに出会ったというわけで――とりあえずは冒険者として生きていくつもりだ」
「そうでございましたか。わしらで力になれることがあれば言ってください」
「感謝する。だがもっと驚いたり、疑ったりしないのか?」
「似たような境遇の方が以前にもおられましてね。随分と前に此処を発っていますが、可愛らしいお嬢さんでした。が、同時にお強い人でしたよ」
「ほう。そいつも俺と同じで冒険者か?」
「ええそうでした。銀色の剣を持っていましたかね。その当時は恐ろしい魔物を容易く斬っておられた」
かなり強い冒険者がいたのか。意外と記憶喪失とかで冒険者になる人間が多いのか? まぁ、そういうことがあったらこの反応も納得がいく。
「では宿舎にご案内いたしましょう」
そう言って歩く村長の後ろについていく。並ぶ家々は石造りで庭には綺麗な花が植えられていて整っている感じだ。小さな村であることは確かだが貧困に喘いでいる、というわけではなさそうである。
少し歩いたところで村長は立ち止まった。見ると、その前には一軒の住宅と思しき建物だ。どうやら空き物件らしく、ここで寝泊まりしてくれとのことだった。てっきり宿に泊まると思っていた俺は少し驚いた。村長が言うに、この村は小さいから宿のような施設はないそうだ。だが寧ろ嬉しい。外観から見ただけだが広さなら充分だろう。
「ではどうぞ体を休めてください。何かありましたらわしは村の中央広場の辺りにいますから」
村長は去って行った。さて、俺もお言葉に甘えて少し休むとするか。
扉を開ける。リビング、台所、風呂、寝室は一つ。こう言うと現代の家っぽいが此処は異世界。前の世界より文明は遅れているらしく、雰囲気で判断するに中世ヨーロッパぐらいか。と言ってもフィクションや教科書で見た程度の知識なのでどこまでそれに相当しているのかはわからない。剣や槍、銃も存在しているので鍛冶技術は発達しているのだろう。ただ魔力、魔術なんて現代になかったものがあるため一概に判断してよいものではない。この村はファンタジー世界によくある普通の村だと思ってよさそうだが。
俺もこの世界の知識を増やさなくては……
そう思いながら寝室の扉を開ける――――
そこに猫がいた。 いや、見間違いだ。正確には猫、ではなく猫のような少女だ。
さらに問題なのはその格好。彼女は今まさに着替え中。なうだ。布を解かれ、外気に晒された柔肌がまるで煌くように映えていた。俺は見惚れてしまったようだ。少女の細い体は美しい曲線美を描き、控えめな胸が逆にその白くきめ細やかな肌を引き立たせる。妖精がこの世にいればきっとこんな感じなのだろうか。
獣人の少女――ニーナはプルプルと肩を振るわせながら耳まで赤くなっていく。
「で、出てってください‼」
閉め出されてしまった。――――って。
「逆だ、逆! なんでお前がいるんだよ‼」
♰ ♰ ♰
着替えを済ましたニーナは落ち着いて冷静になったのか平謝りしてきた。
「それで。なんでニーナがここに?」
「それはここが私の家だからです」
「え?」
「村長さんに案内されたんですよね」
「ああ、そうだが」
「やっぱり……村長さんはコノエ村の高齢化を心配していて、事あるごとに私に男の人を紹介してくるんです」
お見合い……ということか。ニーナはどうみても中学生ぐらいなのだが、この歳で結婚なんてことはこの世界じゃ珍しくないのだろうか。
「……ということは、村長はワザと俺をこの家に案内したんだな」
ありがた迷惑というか何というか。
「じゃあ俺は他をあたるよ。邪魔して悪かった――」
「あ、待ってください! …………別に私は構いませんよ、カリュウ様がここに泊まるの」
「いやそれは悪い。お前に迷惑はかけられない」
「いえそんな迷惑だなんて……まだ助けてもらったお礼だって出来ていませんし。それに親は商人をしていていつも帰ってきませんので、ご安心してください」
いやそれは逆に色々マズイ気がするのだが……
「……そこまで言うならお言葉に甘えさせてもらおうかな」
俺は女の子と二人で泊まることになった。もしかしたら異世界とは楽園のことだったのかもしれない。
――まぁ、何も変な事は起こらないと思うけど。うん、多分大丈夫。
――――
「それじゃあカリュウさん。お勉強の時間です!」
ニーナが言う。何故かメガネをかけているため少し雰囲気が違う。理由を訊いてみたところ「こういう時は形から入るもの」だそうで。……この子はもしかしたらアホなのかもしれない。
「助かる。じゃあまず訊いてもいいか? 貨幣の単位のことなんだが」
お金。金銭。英語で言うとmoney。
これがなければ前の世界だろうと異世界だろうと生活が出来ない。親の金に縋る者や所謂「ヒモ」といった者もいるが、生きていく以上、金銭を稼がなくてはいけない。
俺は盗賊の持っていた金を手に入れていたため資金面は問題なさそうであるが、通貨の価値がわからなくてはロクに買い物もできないだろう。
「はい。まず通貨の単位ですが、一般的に「ディア」と呼ばれています。金貨は1万ディア、大銀貨は1000ディア、銀貨が100ディアで、銅貨は10ディアです。目安としては、昼食程度なら1000ディアで充分に食べられます」
なるほど。日本とあまり変わらなそうなので覚えやすい。つまり、
金貨=1万円
大銀貨=1000円
銀貨=100円
銅貨=10円
と考えて問題なさそうだ。
俺はアイテムポーチから大きな袋を取り出す。中には金や銀の硬貨がジャラジャラと入っている。今の話を聞くに、かなり大金を俺は得たようだ。50万ぐらいは優にある。
「でもこのあたりじゃそんなにお金を使う機会はなさそうですね。街や王都に行けば話は別ですが――――」
「王都? 王国があるのか」
「そうです。アストルト王国と言います。この村も王国の領地になっています」
「そうなのか。よくわかった、ありがとうニーナ」
アストルト王国。『異世界救済人』としては避けて通れないものかもしれない。やっぱりめんどくさいには変わりないが引き受けた以上はしょうがない。
――出来るだけ面倒なことは避けて異世界救おう。
果たしてそんなことが可能なのか。今はまだわからない。
一体この世界をどうして救う必要があるのか。窓から見える空はこんなにも澄んでいるのに。
俺はこれから起こりそうなことを考えていると、自然に肩に力がこもっていた。
次回――弓兵、働くかもしれない




