第4話「……どっち」
「……今日も来たの」
踊り場のいちばん上で、宵宮しずくがパンをかじっていた。
昼休み。
屋上へ続く階段。
昨日と同じ場所。
昨日と同じコンビニの袋。
昨日と同じ、長すぎるカーディガンの袖。
「……悪い。ここ、静かだから」
「……別に」
宵宮さんは、それだけ言って紙パックのストローをくわえた。
別に。
つまり、いていいらしい。
俺は昨日と同じように、彼女から三段下に座ろうとした。
「……そこ、遠くない」
「え?」
「……声、聞こえにくい」
宵宮さんは、自分のひとつ下の段を、袖の先でとんとんと叩いた。
……ここに座れ、ということだろうか。
ギャルの指示に逆らえる陰キャはいない。
俺は言われるまま、一段下に座った。
近い。
昨日より、二段ぶん近い。
風が吹くと、すぐ後ろから甘い匂いがした。
◇
「……相棒」
しばらく黙っていた宵宮さんが、ぽつりと言った。
「ん?」
「……昨日言ってた。ネットの」
「ああ、YOIな」
「……女?」
「たぶん」
「……たぶんって」
「声しか知らないし、その声もほとんど聞いたことないから」
「……ふーん」
ずず、とストローが鳴る。
「……好きなの」
「は?」
思わず振り返った。
宵宮さんは、半目のまま俺を見下ろしていた。
表情は、いつもどおり読めない。
「……相棒」
「いや、好きとかそういうのじゃなくて」
「……」
「信頼してる。一年組んで、一回も見捨てられたことないから」
宵宮さんは、何も言わなかった。
代わりに、カーディガンの袖で口元を隠した。
「……そ」
袖の向こうで、何か言った気がした。
聞き取れなかった。
「……真壁さ」
「何?」
「……ゲームしてるときと、声違うよね」
え?
「……なんで知ってんの」
一瞬、宵宮さんの動きが止まった。
ストローをくわえたまま、半目が少しだけ見開かれる。
「……教室で」
「教室?」
「……森と、ゲームの話してるとき。声、でかいから」
「……ああ」
なるほど。
確かに、拓海とラスアリの話をしているときは、少しテンションが上がる自覚がある。
陰キャは、好きなものの話になると声が大きくなる生き物なのだ。
「……うるさかったか?」
「……別に」
宵宮さんは、ふいと顔をそらした。
「……嫌いじゃない」
予鈴が鳴った。
宵宮さんは、何事もなかったように立ち上がって、階段を下りていった。
今の「嫌いじゃない」は、何に対してだったのか。
聞くタイミングを、完全に逃した。
◇
「真壁くん、土曜の昼なら空いてる?」
放課後。
早坂ひなたが、また声をかけてきた。
「夜は固定の人がいるんだよね? だから昼! 森くんも一緒に三人で!」
横を見ると、拓海が親指を立てていた。
こいつ、もう巻き込まれている。
「……昼なら、まあ」
「やった!」
早坂さんは、ぴょんと小さく跳ねた。
教室の後ろで、椅子がガタッと鳴った。
……最近、あの席の椅子、本当によく鳴るな。
◇
土曜日の昼。
『真壁くん、右から来てる! ……あれ、左だった!』
『早坂、それ味方』
『ごめーん!』
ボイスチャットが、ずっとにぎやかだった。
早坂さんは、正直に言うとかなり下手だ。
敵と味方を間違える。
グレネードを自分の足元に落とす。
蘇生しに行った先で、一緒にダウンする。
でも、ずっと楽しそうだった。
『真壁くん、すごい! 今のどうやったの?』
「壁越しに足音聞いてただけ」
『えー、全然分かんない!』
YOIとやるときとは、何もかもが違う。
YOIは喋らない。
指示しなくても、俺が欲しい位置にいる。
『……ん』だけで、全部通じる。
早坂さんは、全部喋る。
だから、全部説明しないといけない。
どっちが悪いとかじゃない。
ただ、違う。
三試合目が終わったところで、早坂さんがしみじみと言った。
『真壁くんってさ、ゲームしてるとき声違うよね』
「……え」
『教室だと静かなのに、なんか頼りになる感じ。かっこいい!』
『早坂、それ本人に言う?』
拓海が笑う。
俺は、なぜか笑えなかった。
声が違う。
その言葉を、俺は昨日も聞いた。
踊り場で。
別の誰かから。
◇
午前零時。
『……ん』
YOIがログインしてきた。
「おつかれ」
『……今日、昼』
「ん?」
『……ログインしてたね』
フレンド欄で見えていたのか。
「ああ。クラスのやつらと三人でやってた」
『……早坂』
「と、森」
『……ふーん』
降下地点を選ぶ。
飛行機から飛び降りる。
空中で、YOIがぽつりと言った。
『……楽しかった?』
「まあ、楽しかったよ。早坂、下手だけど一生懸命でさ」
『……』
「蘇生しに行って一緒にダウンしてた」
『……』
「あと、敵と味方間違えて俺撃ってきた」
『……』
着地。
物資を漁る音だけが、しばらく続いた。
『……カナ』
「ん?」
『……あたしとやるのと、どっち』
手が止まった。
――あたし?
「YOI」
『……何』
「今、『あたし』って言った?」
沈黙。
さっきまで聞こえていた、物資を漁る音すら止まった。
五秒。
十秒。
『……言ってない』
「言った」
『……言ってない』
「絶対言った」
『……回線』
「回線のせいにするな」
『……マッチ、集中して』
YOIの声が、少しだけ早口になっていた。
一年組んできて、初めて聞いた一人称。
あたし。
その一人称を、俺はつい最近、どこかで聞いた気がする。
……いや。
クラスに「あたし」と言う女子は、たぶん十人はいる。
たぶん。
……たぶん。
お読みいただきありがとうございます!
YOI、ついに一人称がこぼれました。
そして奏汰くん、まだ気づかない。
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