第2話「……違う」
「YOIってさ、たぶんうちのクラスにいる」
「は?」
朝の教室で、拓海が箸ならぬシャーペンを止めた。
「昨日の夜、言われたんだよ。『昼休み、ずっと寝てたもんね』って」
「……こわ」
「だろ」
「いや、お前が寝てたのはクラス全員知ってるけど」
「クラス全員は、俺のプレイヤーネームを知らない」
拓海が黙った。
そう。問題はそこだ。
俺が昼休みに寝ていたことを知っているのは、この教室にいたやつだけ。
そして、俺が「カナ」だと知っているのは――YOIだけのはずだ。
つまり。
「この教室の中に、YOIがいる」
「推理ものみたいに言うな」
◇
昨日の夜。
『……知ってる』の意味を、俺は三回聞いた。
「どういう意味だよ」
『……マッチ入った』
「おい」
『……右、敵』
「YOI」
『……ん、ナイス』
全部かわされた。
しかも、その試合もきっちりチャンピオンを取った。
話をそらすためだけに、完璧な立ち回りをするな。
◇
「で、候補は?」
拓海が身を乗り出してくる。
「ゲームやってそうな女子」
「雑だな」
「あと、声が低い」
「もっと雑だな」
教室を見回す。
騒いでいる女子。
スマホを見ている女子。
机に突っ伏している女子。
……分からん。
一年、声だけで組んできた。
顔と声を結びつけようとしても、頭の中で全然つながらない。
そのときだった。
「真壁くん、ラスアリやってるよね?」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、黒髪のポニーテールが揺れていた。
早坂ひなた。
クラスの中心にいるタイプではないけれど、誰とでも普通に話せる明るい子だ。
「……え、なんで」
「昨日、スマホのロック画面見えちゃって。私もやってるんだ」
早坂さんは、照れくさそうに携帯ゲーム機を持ち上げた。
ゲームをやっている。
女子。
この教室にいる。
……三つ揃った。
拓海を見る。
拓海も俺を見ていた。
目だけで会話する。
(こいつか?)
(声、高くね?)
(ボイチャだと変わるかもしれん)
(お前、それ言い出したら全員候補だぞ)
「真壁くん?」
「あ、いや。うん、やってる」
「やっぱり! 今度一緒にやろうよ」
「……おう」
早坂さんはぱっと笑って、自分の席に戻っていった。
ガタッ。
教室の後ろで、椅子が鳴った。
見ると、宵宮しずくがイヤホンを外していた。
半目のまま、こちらを見ている。
……いや、見ていない。窓の外か。
宵宮さんはすぐにイヤホンをつけ直して、頬杖をついた。
さっきまで塗りたてでつやつやしていた爪で、机をとん、とん、と叩いている。
なんか、機嫌悪そうだな。
ギャルの機嫌は、陰キャには一生分からない。
◇
「で、確かめるの?」
放課後、昇降口で拓海が聞いてきた。
「確かめる」
「どうやって」
「本人に聞く」
「直球すぎるだろ」
「一年組んでる相棒だぞ。嘘はつかない」
「その相棒、昨日三回話そらしたって言ってなかった?」
……言った。
◇
午前零時。
YOIはいつもどおり、ぴったりの時間にログインしてきた。
「おつかれ」
『……ん』
ロード画面。
降下地点の選択。
いつもなら、ここで俺が地点を決めて、YOIが『……ん』と答える。
でも今日は、その前に聞くことがある。
「なあ、YOI」
『……』
「お前さ」
喉が少しだけ渇いた。
一年組んできて、一度もしなかった質問。
聞いたら、何かが変わる気がする。
それでも。
「早坂?」
沈黙。
降下のカウントダウンが、画面の端で進んでいく。
五。
四。
三。
『……は?』
聞いたことのない声だった。
だるそうな声じゃない。
低くて、冷たくて、ほんの少しだけ尖っている。
「いや、だから。早坂ひなた。うちのクラスの」
『……違う』
即答だった。
「違うのか」
『……違う』
「じゃあ誰だよ」
『……だる』
語彙が三つに戻った。
いや、戻ってない。
「違う」は新しい。
その試合、YOIは一言も喋らなかった。
敵を見つけても『……ん』すら言わない。
黙って撃って、黙って倒して、黙って物資を漁る。
なんか怒ってる。
確実に怒ってる。
でも、何に?
終盤。
俺はまた、ダウンした。
残り二部隊。敵は三人。
さすがに今日は来ないだろう。
あれだけ機嫌が悪いなら、見捨てられても文句は言えない。
――スモークが、二つ。
白い煙の中から、YOIが飛び込んできた。
「……来るのかよ」
『……当たり前』
蘇生ゲージが伸びる。
俺のキャラが立ち上がる。
その瞬間、ヘッドセットの向こうで、小さく息を吐く音がした。
『……ばか』
五つ目だった。
一年組んで、聞いたことのない言葉が、二日で二つ増えた。
『知ってる』と、『ばか』。
どっちも、意味はまだ分からない。
分からないけど――
なぜか、今日の『ばか』は、少しも怒っていないように聞こえた。
お読みいただきありがとうございます!
奏汰くん、盛大に外しました。
相棒の機嫌が直るのはいつになるのか……。
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