第14話「……答え出たら、言って」
「で、お前ら付き合ってんの?」
昼休みの教室で、拓海が弁当の蓋を開けながら言った。
踊り場に行こうとした俺の腕を、がっちりつかんだまま。
「……付き合ってない」
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「じゃあ、なんで毎日一緒に帰ってんだよ」
「一緒には帰ってない。駅で合流してるだけだ」
「それを一緒に帰るって言うんだよ」
拓海は、スマホの画面を俺に突きつけた。
茅野さんとのトーク画面だった。
『しずく、今週マグカップ買ってた』
『百均で。黒猫のやつ』
『「真壁んちのコップでかい」とか言ってた』
『あとクッションも買ってた』
『あとコントローラーも買うって言ってた』
「……情報網、どうなってんだよ」
「茅野は全部知ってる。そして茅野が知ってることは、俺も知ってる」
最悪の情報網だった。
「マグカップとクッションとコントローラーを置きに来る女子が、付き合ってないわけないだろ」
「付き合ってない」
「じゃあ何なんだよ」
「……相棒」
拓海は、ゆっくりと箸を置いた。
「真壁」
「なんだよ」
「相棒は、マグカップを置いていかない」
◇
同じころ。
教室の反対側で、茅野さんが宵宮の机に両肘をついていた。
あとで茅野さんから聞いた話によると、こういうやりとりがあったらしい。
「で、しずく。真壁と付き合ってんの?」
「……付き合ってない」
「嘘でしょ」
「……嘘じゃない」
「じゃあ毎日真壁んち行ってるの何?」
「……ゲーム」
「ゲームのためにマグカップ買う?」
「……カフェオレ、ぬるくなるから」
「理由が細かすぎるんだって」
茅野さんは、宵宮の頬をつついた。
「じゃあさ、真壁のこと好きなの?」
「……」
「しずく?」
「……相棒」
「それ答えになってないって」
「……相棒は、相棒」
――教室の端と端で。
同じ時間に、同じ答えを言っていたらしい。
茅野さんは、あとでその話をしながら、腹を抱えて笑っていた。
「あんたら、打ち合わせでもしてんの?」
してない。
◇
結局、拓海の手を振りほどいて、踊り場へ向かった。
階段を上る。
いちばん上の段に、長い袖が見えた。
「……来た」
「来た」
「……遅い」
「拓海に捕まってた」
「……あたしも。まひるに」
宵宮は、少しだけ疲れた顔をしていた。
俺は、隣に座った。
こぶし一個分。
もう、それが当たり前の距離になっていた。
「……何聞かれた」
「付き合ってんのかって」
「……なんて答えた」
「付き合ってないって」
「……ん」
「宵宮は?」
「……同じ」
「だよな」
なんだか、少しだけほっとした。
ほっとした理由は、自分でもよく分からなかった。
◇
「へえー、ここがしずくの秘密基地かあ」
階段の下から、聞き覚えのある声がした。
振り返る。
茅野さんだった。
その後ろに、拓海もいた。
「……っ」
宵宮の肩が、跳ねた。
「ちょ、まひる、なんで」
「つけてきた」
「……つけるな」
「だって気になるじゃん! しずくが毎日どこに消えてるのか!」
茅野さんは、軽い足取りで階段を上ってきた。
「へえ、意外と広いね。日当たりもいいし」
「真壁、お前こんなとこで毎日昼飯食ってたのか」
拓海まで、きょろきょろと見回している。
「ねえ、明日からここ、四人で食べない?」
茅野さんが、手を叩いて言った。
「あたしと森も来るからさ。四人の秘密基地にしよ」
「……」
宵宮が、黙った。
俺は、宵宮の横顔を見た。
半目が、いつもより少しだけ細くなっていた。
「……だめ」
「え?」
「……ここ、あたしの場所」
初めて話したときと、同じ言葉だった。
茅野さんは、くすっと笑った。
「じゃあ、あたしとしずくの場所にしよっか」
「……だめ」
「えー」
「……ここは」
宵宮は、少しだけ言葉を止めた。
カーディガンの袖で、口元を隠す。
それから、ほとんど聞こえないくらいの声で。
「……ここは、真壁とあたしの」
しん、と踊り場が静まった。
茅野さんの目が、まんまるになった。
拓海は、天井を見上げていた。
前にも見た、悟りを開いた顔だった。
「……へえ」
茅野さんの口元が、ゆっくりと吊り上がっていく。
「そっかそっか。真壁としずくの、ね」
「……違う」
「今言ったじゃん」
「……言ってない」
「言った! 森も聞いたよね!」
「聞いた。録音しとけばよかった」
宵宮は、両方の袖で顔を覆った。
頭のてっぺんまで。
「……帰って」
「はいはい、お邪魔しましたー」
茅野さんは、拓海の背中を押して階段を下りていった。
途中で、一度だけ振り返る。
「真壁。泣かせたらぶっ飛ばすからね」
二回目だった。
◇
二人が去ったあとの踊り場は、やけに静かだった。
宵宮は、まだ袖で顔を隠している。
「……宵宮」
「……」
「顔、出せよ」
「……出さない」
「昼飯、まだ食ってないだろ」
「……食べない」
パンの袋が、膝の上で手つかずのままになっていた。
俺は、少し迷ってから聞いた。
「……付き合ってない、よな」
袖の向こうで、宵宮が動きを止めた。
それから、ゆっくりと、袖を少しだけ下ろした。
半目が、こっちを見ていた。
「……カナは」
学校で、その名前を呼ばれたのは初めてだった。
「……どう思ってんの」
どう思っているのか。
付き合ってない。
それは、事実だ。
でも、それだけなのか。
毎日駅で待ち合わせて。
部屋に宵宮のものが増えていって。
水曜日の夜、一人で食べたカップ麺が、やけにまずかったこと。
それを、なんて呼べばいいのか。
「……分からん」
正直に言った。
宵宮は、しばらく俺の顔を見ていた。
それから、ふいと前を向いた。
「……ん」
「悪い」
「……謝んなくていい」
宵宮は、パンの袋を開けた。
一口かじる。
もぐもぐと噛んで、飲み込んでから、ぼそりと言った。
「……答え出たら、言って」
「……ああ」
「……待ってるから」
待ってる。
その言葉は、袖に隠れていなかった。
◇
放課後。
駅の改札の前で、宵宮が待っていた。
手には、新しい紙袋。
「……これ」
部屋に着くと、宵宮は紙袋から箱を取り出した。
コントローラーだった。
黒い本体に、小さな紫のステッカーが何枚か貼ってある。
「……ネイルと、お揃い」
確かに。
黒とくすんだ紫。
宵宮の爪と、同じ色だった。
宵宮は、自分のクッションに座って、新しいコントローラーをつないだ。
スティックを、何度か倒してみる。
「……ん。ずれてない」
「よかったな」
「……これで、四つ目」
「四つ目?」
「……ヘアゴム。マグカップ。クッション。コントローラー」
宵宮は、指を折って数えた。
数えていたのか。
俺だけじゃなかったのか。
「……まだ、増える」
「まだ増えるのかよ」
「……だめ?」
「……だめじゃない」
「……ん」
宵宮は、新しいコントローラーを握って、画面を見た。
横顔が、少しだけ満足そうだった。
◇
午前零時。
『……ん』
YOIがログインしてきた。
「おつかれ。コントローラー、どうだった?」
『……最高。ステッカー、もう一枚貼る』
「そうか」
降下して、物資を漁る。
途中で、スマホの通知が鳴った。
天気予報のアプリだった。
「明日から梅雨入りだってさ」
『……だる』
「傘、ちゃんと持ってこいよ」
『……持ってく』
「この前、忘れてずぶ濡れだっただろ」
『……今度は、持ってく』
「本当だな」
『……本当』
YOIは、傘を持っていくと言った。
――この人の「持っていく」があまり当てにならないことを、俺はもう、知っている。
お読みいただきありがとうございます!
付き合ってない二人、ついに友人たちに秘密基地がバレました。
そして宵宮さん、また盛大に自爆しています。
次回、梅雨入りです。
……傘、ちゃんと持ってくるんでしょうか。
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