↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつもデュオを組んでる無口な相棒が、クラスで浮いてるダウナーギャルだった  作者: なまら呑兵衛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/16

第12話「……寝てない」

「掃除機、どこだっけ……!」


 土曜日の朝九時。


 俺は、自分の部屋の前で途方に暮れていた。


 床に積まれた漫画。

 机の上のエナドリの空き缶。

 ベッドの上で丸まったままのパーカー。


 陰キャの部屋は、だいたいこうなっている。


 そして今日、この部屋に、ギャルが来る。


 スマホが震えた。


 拓海からだった。


『健闘を祈る』


 なんで知ってる。


『宵宮さんが茅野に言って、茅野が俺に言った』


 情報の流れが早すぎる。


『あと茅野から伝言。「部屋、絶対片付けとけ」だってさ』


 分かってる。


 今、それをやっている。


    ◇


 十二時ちょうど。


 インターホンが鳴った。


 モニターに映っていたのは、黒いパーカーのフードだった。


 ドアを開ける。


「……ん」


 宵宮しずくが、立っていた。


 黒のオーバーサイズのパーカー。

 デニムのショートパンツに、黒いスニーカー。

 金髪は下ろしていて、内側の淡い紫が、日の光で少し透けていた。


 手には、コンビニの袋。


 制服じゃない宵宮を見るのは、二回目だ。


 一回目は、深夜のコンビニでのスウェット姿。


 今日は、ちゃんと「出かける服」だった。


「……何」


「いや、私服、初めてちゃんと見たなと思って」


「……変?」


「変じゃない」


「……そ」


 宵宮は、袖で口元を隠した。


 それから、コンビニの袋を俺の胸に押しつけてきた。


「……おみやげ」


 中には、カフェオレが二本。


「……今回は、本当に二個」


「知ってる」


    ◇


「……普通」


 部屋に入るなり、宵宮が言った。


「普通?」


「……もっと散らかってると思ってた」


「朝からずっと掃除してたからな」


「……知ってる。まひるから聞いた」


 情報が、全部筒抜けだった。


 宵宮は、部屋の中をぐるりと見回した。


 本棚。

 ゲーミングチェア。

 モニターと、ゲーム機。


 それから、机の端に置いてあったノートに目を止めた。


『一人称「あたし」の女子リスト』


 しまった。


 片付け忘れた。


「……これ」


「見るな」


「……例のノート」


「見るなって」


 宵宮は、俺より先にノートを手に取った。


 ぱらぱらとめくる。


 そして、最後のページで止まった。


 ・雷が嫌い

 ・夜、家にいたくない

 ・昨日の試合を「二十秒」と言った

 ・ネイルをしている(色は教えてくれない)


「……」


「……」


 宵宮は、無言でノートを閉じた。


 それから、俺の顔を見ずに、ぼそりと言った。


「……キモ」


「知ってる」


「……でも」


「でも?」


「……ちゃんと、見てたんだ」


 それだけ言って、宵宮はノートを本棚の一番奥に押し込んだ。


 二度と出てこないように、漫画で蓋をしていた。


    ◇


 画面を左右に分けて、コントローラーを二個つなぐ。


 床にクッションを二つ並べて、並んで座った。


 狭い。


 踊り場の階段より、もっと狭い。


 肩と肩の間は、こぶし半分くらいしかなかった。


「……始める」


「おう」


 降下。


 着地。


 物資を漁る。


 いつもと同じ流れ。


 でも、いつもと全然違った。


「……右」


 声が、ヘッドセットからじゃなく、すぐ隣から聞こえる。


「了解」


 返事をすると、宵宮が「……ん」と小さく頷くのが、視界の端に見える。


 声だけだった一年間。


 その声に、顔がついた。


 半目のまま画面を見つめる横顔。

 コントローラーを握る、黒と紫のネイルの指先。

 集中すると、少しだけ唇を尖らせる癖。


 全部、初めて見た。


「……カナ、ダウンしてる」


「あ」


 見とれていた。


 俺のキャラは、いつの間にか地面に這いつくばっていた。


「……何してんの」


「いや、ちょっと」


「……来る」


 宵宮のキャラが、スモークを焚いて走ってくる。


 いつもどおり。


 絶対に来る。


 蘇生ゲージが伸びていく。


 俺は、画面じゃなく、隣を見た。


 蘇生しながら、宵宮は、ほんの少しだけ笑っていた。


 口元だけ。

 半目のまま。


 ――ああ、こいつ、いつもこういう顔で蘇生しに来てたのか。


「……ん、ナイス」


 すぐ隣で、そう言われた。


 ヘッドセット越しより、ずっと近い声だった。


    ◇


「奏汰ー? お友達来てるのー?」


 三試合目の途中で、部屋のドアが開いた。


 母さんだった。


 パジャマ姿。

 寝癖。

 夜勤明けで、さっきまで寝ていたはずの顔。


「……あ」


 母さんの視線が、宵宮の上で止まった。


 金髪。

 ピアス。

 黒いネイル。


 そして、俺との距離、こぶし半分。


「……え、女の子!?」


「母さん、声でかい」


「奏汰が!? 女の子を!? 家に!?」


「だから声でかいって」


 宵宮は、コントローラーを握ったまま固まっていた。


 それから、ゆっくりと立ち上がって、深く頭を下げた。


「……宵宮しずく、です。お邪魔、してます」


 敬語だった。


 しかも、すごくちゃんとした敬語だった。


 母さんは、しばらく宵宮を見つめていた。


 それから、ふっと笑った。


「しずくちゃん、お昼食べた?」


「……まだ、です」


「焼きそばでいい? すぐ作るから」


「……いえ、そんな」


「いいのいいの。奏汰が友達連れてくるなんて、中学以来なんだから」


 余計なことを言うな。


    ◇


 母さんの焼きそばを、三人で食べた。


 母さんは、宵宮に質問攻めをしていた。


 どこに住んでるの。

 奏汰とはどうやって仲良くなったの。

 そのネイル、自分でやってるの。


 宵宮は、一個一個、小さな声で答えていた。


 ネイルの話のときだけ、少しだけ声が大きくなった。


「……自分で、やってます。これだけは、得意なので」


「へえ、すごい! 今度私のもやってよ。看護師だから派手なのは無理だけど」


「……透明のなら、できます」


「本当? じゃあお願いしちゃおうかな」


 宵宮は、少しだけ目を丸くしていた。


 それから、袖で口元を隠して、小さく頷いた。


 食べ終わると、母さんは夜勤の準備を始めた。


 玄関で靴を履きながら、振り返る。


「しずくちゃん」


「……はい」


「うち、夜は私いないこと多いけどさ。昼でも夕方でも、いつでも来ていいからね」


 宵宮が、固まった。


「奏汰、一人だと絶対ろくなもの食べないから。たまに見張っててくれると助かる」


「……」


「じゃ、いってきます」


 ドアが閉まる。


 宵宮は、しばらく玄関の方を見たまま動かなかった。


「……宵宮?」


「……いつでも」


「ん?」


「……いつでも来ていいって、言われた」


 ぽつりと。


 まるで、初めて聞いた言葉みたいに。


    ◇


 夕方。


 窓の外が、オレンジ色になってきた。


 五試合目のロード画面の途中で、肩に重みがかかった。


 見ると、宵宮の頭が、俺の肩に乗っていた。


 目が、閉じている。


 寝ている。


 コントローラーを握ったまま。


 ……昨日、コンビニにいたのは、午前一時すぎ。


 家に帰ったのは、二時近く。


 それから、三時までゲームをしていた。


 ほとんど、寝ていないはずだ。


 家で、ちゃんと眠れていないのかもしれない。


 俺は、動かなかった。


 肩の上の金髪から、甘い匂いがした。


 画面のロードが終わって、降下が始まる。


 俺のキャラも、宵宮のキャラも、飛行機に乗ったまま、どこにも降りなかった。


    ◇


 三十分くらいして、宵宮が目を開けた。


「……」


「おはよう」


「……」


 宵宮は、自分の頭が俺の肩に乗っていることに気づいた。


 ゆっくりと、離れる。


 画面を見る。


 飛行機から降りずに、試合が終わっていた。


「……寝てない」


「寝てた」


「……寝てない」


「三十分寝てた」


「……寝てない」


 三回言われた。


 顔は、夕焼けと同じ色になっていた。


    ◇


 玄関で、宵宮がスニーカーを履いた。


 外は、もう暗くなりかけている。


「送ってく」


「……いい。まだ明るい」


「もう暗いだろ」


「……じゃあ、駅まで」


「家まで」


「……」


 宵宮は、靴ひもを結びながら、ぼそりと言った。


「……また、来ていい?」


「母さんが、いつでもって言っただろ」


「……」


 宵宮は、靴ひもを結ぶ手を止めた。


 顔を上げて、半目のまま俺を見た。


「……カナに、聞いてる」


 カナに。


 学校では、真壁。


 ゲームでは、カナ。


 ここは、どっちでもない場所だった。


「……いつでも来い」


「……ん」


 宵宮は、立ち上がって、パーカーのフードをかぶった。


 フードの奥で、口元がほんの少しだけ緩んでいた。


    ◇


 午前零時。


『……ん』


 YOIがログインしてきた。


「おつかれ」


『……おつかれ』


 少しだけ、間があった。


『……今日』


「ん」


『……楽しかった』


 一年組んで、初めて聞いた言葉だった。


 YOIは、自分の気持ちを言葉にしない。


 だから、行動で示す。


 絶対に蘇生に来ることで。

 カフェオレを、間違えて二個買ったふりをすることで。


 そのYOIが、言葉にした。


「……俺も」


『……ん』


 顔も知らなかった相棒は、もう、顔を知っている相棒になった。


 そして、この日から。


 俺の部屋には、ときどき、甘い匂いが残るようになった。

お読みいただきありがとうございます!


これにて第1章「相棒」完結です。

顔も知らなかった相棒が、隣で眠る相棒になりました。


次回から第2章「入り浸り」がスタートします。

宵宮さんが奏汰くんの部屋に通う日々を、どうぞお楽しみに。


続きが気になったら、ブックマーク・★評価をいただけると更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。