第43話 試作五号、ついに完成
翌日。
俺――上塚賢吾は、いつも通り銀行での仕事を終え、帰宅すると夕食と風呂を済ませた。
洗濯物を片付け、翌日の仕事に必要なものも準備する。
正式配信者になったからといって、この順番を変えるつもりはない。
CROSS社との契約でも、勤務先から許可された副業条件でも、本業最優先という点は共通している。
そして何より、俺自身が現実の生活を崩してまでAWOへ入りたいとは思っていなかった。
やることを全部終わらせてから。
もう一つの世界へ行く。
それが、今の俺にとって一番ちょうどいい。
ジョウゴ「さて……今日は仕上げか」
昨日までの作業で、《試作五号》の刀身は焼き入れと焼き戻しまで終了した。
星蒼導流鋼を刀身内部の芯として使い、魔力経路を維持したまま熱処理にも成功している。
さらに《魔力調整核》も装着可能な状態まで進んだ。
残っているのは柄や鍔の最終調整、研ぎ、そして全体の重量バランスだ。
それが終われば。
ようやく一本の刀になる。
俺はVR機器を装着した。
《リアルコンディションチェックを開始します》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
ジョウゴ「問題なし。ログイン」
視界が暗転し、次の瞬間には銀麦亭の客室へ立っていた。
◇◇◇
階段を下りる。
そして一階へ入った瞬間。
バルガ「遅ぇぇぇぇぇぇ!」
ジョウゴ「はいはい。おはよう」
バルガ「おはようじゃねぇ! 今日は完成の日だぞ!」
ジョウゴ「まだ完成するとは決まってない」
バルガ「縁起でもねぇこと言うな!」
ミナ「ジョウゴ、おかえり!」
カイト「今日はバルガ、いつもの三倍うるさいぞ」
レント「朝から銀麦亭と工房を五往復している」
ジョウゴ「増えてるじゃないか」
マリア「落ち着かないんだろうねぇ」
バルガ「落ち着いてられるか!」
マリア「だからって床を踏み抜くんじゃないよ」
バルガ「踏み抜かねぇ!」
今日も銀麦亭は平和だ。
たぶん。
ジョウゴ「先に飯」
バルガ「工房!」
ジョウゴ「飯」
バルガ「五号!」
ジョウゴ「飯」
マリア「バルガさんも食べるかい?」
バルガ「……食う」
カイト「マリアさんには勝てない」
ミナ「銀麦亭最強だね」
何の強さなんだろう。
◇◇◇
軽く食事を済ませると、俺たちはバルガの工房へ向かった。
今日の作業は配信しない。
試作五号の製作工程は何度かCROSS LIVEでも流しているが、最後の微調整くらいは自分たちだけで集中したかった。
工房へ入る。
作業台。
そこに。
まだ柄も仮組み状態の《試作五号》が置かれていた。
俺は近づき。
まず鑑定。
《試作五号・仕上げ前》
《刀身状態:良好》
《魔力経路安定度:98.7%》
《星蒼導流鋼芯:正常》
《魔力調整核接続部:正常》
《魔力遮断刻印:正常》
ジョウゴ「一晩置いても問題なし」
バルガ「当然だ!」
ジョウゴ「昨日その確認するまで落ち着かなかったくせに」
バルガ「なんで知ってる!」
レント「顔に書いてある」
バルガが黙る。
分かりやすい。
◇◇◇
最初は柄の調整だった。
試作四号では、重心をかなり手元側へ寄せていた。
俺の戦い方は真正面から力比べをするものではない。
見切る。
流す。
崩す。
そこから斬る。
だから素早く切り返せて、細かな角度調整ができる刀の方が使いやすかった。
しかし五号では問題がある。
鍔元に《魔力調整核》が入る。
青月石と黒鉄枠。
それだけ重量が増える。
そのため何も考えずに作れば、重心が手元へ寄りすぎる。
バルガ「まず握れ」
ジョウゴ「ああ」
俺は刀を手に取る。
まだ刃は最終研ぎ前。
だからゆっくりと。
構える。
振る。
止める。
切り返す。
突く。
戻す。
ジョウゴ「……軽い」
ミナ「軽いのはいいんじゃない?」
ジョウゴ「軽すぎる」
カイト「軽いのに駄目なのか?」
ジョウゴ「切先が勝手に走るくらいの重さは欲しい」
カイト「勝手に?」
ジョウゴ「全部を腕の力で振るんじゃなくて、刀そのものの重量も使う」
レント「弓の反発を使うのと似ているな」
ジョウゴ「そういう感じ」
レントの説明が一番近い。
武器は自分の身体の延長でもある。
同時に。
武器そのものの性質を利用する道具でもある。
軽ければ全部いいというわけではない。
バルガ「じゃあ鍔を軽くして、切先を少し重くするか?」
ジョウゴ「刀身は触らない」
バルガ「なんでだ?」
ジョウゴ「魔力経路が今うまくいってる。重心調整のためだけに削るのは怖い」
バルガ「……確かにな」
だから。
刀身以外で調整する。
鍔。
柄。
内部金具。
そして鎺。
ほんの少しずつ。
重量を動かす。
◇◇◇
一回目。
握る。
振る。
ジョウゴ「まだ後ろ」
バルガ「分かった」
二回目。
ジョウゴ「近い」
バルガ「近いじゃ分からねぇ!」
ジョウゴ「もう三ミリくらい前」
バルガ「三ミリ!?」
カイト「分かるの?」
ジョウゴ「分かる」
カイト「怖っ」
ミナ「ジョウゴのこだわりが鍛冶職人みたいになってきた」
ジョウゴ「俺は剣士」
レント「槌打ちLv1」
ジョウゴ「それはバルガのせい」
バルガ「褒めるな!」
ジョウゴ「褒めてない」
結局。
三回目。
俺は振る。
縦。
横。
斜め。
返す。
そして。
突き。
ピタッ。
止まる。
「……」
バルガ「どうだ?」
ジョウゴ「これ」
バルガ「これ?」
ジョウゴ「この位置」
バルガの表情が変わる。
ニヤッ。
バルガ「よし!」
◇◇◇
次は柄巻き。
握った時に滑らないこと。
長時間使っても違和感がないこと。
さらに今回は《魔力調整核》が交換式になっているため、鍔元へアクセスできる構造も必要になる。
普通の柄巻きより複雑だ。
それでも、外から見れば。
ほとんど普通の刀。
ミナ「本当に中に青月石入ってるように見えないね」
ジョウゴ「それでいい」
カイト「もっと魔法武器っぽく光らせないのか?」
ジョウゴ「いらない」
カイト「即答!」
レント「ジョウゴは見た目より実用性」
ジョウゴ「必要ない物を増やす理由ないだろ」
バルガ「そういうところは俺と合う」
ジョウゴ「バルガも?」
バルガ「俺は格好良ければ飾りも付ける!」
ジョウゴ「合ってないじゃないか」
◇◇◇
柄が完成すると。
最後の研ぎへ。
工房。
急に静かになる。
ここだけは。
誰も冗談を言わない。
荒砥。
中砥。
仕上げ砥。
少しずつ。
刃を整える。
バルガが大まかな部分を担当し。
俺も仕上げへ入る。
刀身へ水を流し。
砥石。
ゆっくり。
一定の角度。
刃先。
切先。
鎬。
どこも削りすぎない。
俺は本職の刀鍛冶ではない。
それでも。
試作一号から。
何度も。
何度も。
バルガと作業してきた。
最初の頃に比べれば。
手。
動く。
《槌打ちLv.1》
だけではない。
技量50。
生産補助。
現実で刀や剣に触れてきた経験。
全部。
少しずつ。
この世界で繋がっている。
しばらくして。
バルガ「止めろ」
俺は手を止める。
バルガが刀身を見る。
角度。
光。
刃。
そして。
バルガ「いい」
その一言。
俺も刀を見る。
銀色。
そして。
淡く青い刃文。
魔力を流していない。
それでも。
光の角度によって。
うっすら青く見える。
ミナ「綺麗……」
カイト「四号よりはっきりしてるな」
レント「星蒼導流鋼の影響か?」
バルガ「たぶんな」
◇◇◇
そして。
最終組み立て。
刀身。
鎺。
鍔。
魔力調整核。
柄。
固定。
確認。
そして。
最後。
鞘。
新しく作った専用品。
俺は刀をゆっくり納める。
スッ。
途中で引っ掛からない。
最後。
カチッ。
「……」
俺は。
一度。
息を吐いた。
そして。
抜く。
構える。
作業台の上ではなく。
一本の武器として。
初めて。
完全な形。
その瞬間。
ポーン。
《特殊武器の製造完了を確認しました》
全員。
画面を見る。
《試作五号》
《分類:刀》
《品質:希少》
《製作者:バルガ/ジョウゴ》
《魔力工程協力:ミナ》
《主要素材:高密度鉄・黒鉄・蒼鉄・星蒼導流鋼・銀星砂・青月石》
《耐久性:非常に高い》
《魔力伝導:非常に高い》
《魔力経路安定度:99.3%》
《特殊機構:交換式魔力調整核》
《特殊機構:魔力遮断刻印》
《特殊効果:魔力刃補助》
《特殊効果:蓄積魔力補助》
《特殊効果:魔力経路自己安定》
《専用調整:ジョウゴ》
静か。
本当に。
一瞬。
誰も喋らなかった。
そして。
バルガ「……できた」
ミナ「できた!」
カイト「五号!」
レント「長かったな」
ジョウゴ「……ああ」
試作一号。
試作二号。
試作三号。
試作四号。
そして。
五号。
ただ素材を変えたわけじゃない。
魔力。
経路。
青月石。
安全機構。
重心。
俺の戦い方。
全部。
一本にした。
◇◇◇
バルガ「魔力流せ!」
ジョウゴ「工房で?」
バルガ「試験場!」
工房裏。
木杭。
まず。
魔力なし。
俺は構える。
試作五号。
普通の刀として。
斬る。
ジョウゴ「ふっ!」
スッ――。
木杭。
一瞬。
そのまま。
そして。
上半分。
滑る。
落ちる。
カイト「え?」
ミナ「速い」
レント「音がほとんどなかった」
俺も。
驚いた。
抵抗。
少ない。
でも。
軽すぎない。
狙ったところへ。
刃が入る。
ジョウゴ「通常でも四号より上」
バルガ「当然だ!」
ジョウゴ「まだ一回」
バルガ「もっと褒めろ!」
◇◇◇
次。
魔力調整核。
青月石。
《蓄積魔力:100%》
ジョウゴ「起動」
俺から。
少量。
魔力。
流す。
鍔元。
青月石。
反応。
内部。
星蒼導流鋼。
そして。
刀身。
スゥゥゥ――。
青白い光。
試作四号の時とは違う。
魔力が。
刀身全体へ。
同時に。
静かに。
広がる。
《魔力刃補助:ON》
《起動消費MP:0》
《蓄積魔力を使用》
《魔力経路安定度:99.6%》
ミナ「99.6!」
カイト「ほぼ百じゃん!」
レント「使用中の方が安定度が高い」
ジョウゴ「自己安定と魔力同調の両方」
そして。
木杭。
新品。
俺。
構える。
一歩。
斬。
スッ――。
木杭。
切断。
でも。
感触。
ほぼ。
ない。
「……」
俺。
刀を見る。
《本人MP:85/85》
《蓄積魔力:93%》
本人MP。
ゼロ。
青月石。
七%消費。
カイト「省エネ」
ジョウゴ「確かに」
ミナ「満タンなら十回以上?」
ジョウゴ「単純計算なら。でも相手や出力で変わるはず」
レント「強敵なら消費量も増える」
ジョウゴ「ああ」
だから。
まだ。
実戦。
必要。
◇◇◇
次。
試しに。
俺自身のMP。
使う。
蓄積魔力を切る。
通常供給。
《魔力刃補助:ON》
《起動消費MP:1》
そして。
一撃。
《本人MP:83/85》
ジョウゴ「二消費」
ミナ「四号と同じ?」
ジョウゴ「近い」
つまり。
試作五号そのものが。
勝手にMP消費を半減するわけではない。
青月石。
魔力調整核。
そこへ。
事前に魔力を蓄積しておく。
その分だけ。
本人のMP消費を肩代わりする。
ジョウゴ「こっちの方がバランスいいな」
カイト「無限じゃない」
ジョウゴ「無限だったら壊れてる」
レント「ゲームとしてもな」
◇◇◇
そして。
安全機構。
過剰魔力。
試す。
もちろん。
工房で最大出力にはしない。
少し。
高め。
魔力。
流す。
《入力魔力量:高》
さらに。
上げる。
その瞬間。
パチン。
《過剰魔力流入を検出》
《魔力遮断刻印:作動》
《魔力供給を遮断しました》
青い光。
消える。
刀。
普通に戻る。
ジョウゴ「正常」
バルガ「よし!」
さらに。
《再起動待機時間:30秒》
カイト「本当に安全装置」
ミナ「暴走しない」
ジョウゴ「少なくとも今の試験では」
バルガ「また慎重!」
ジョウゴ「実戦してないからな」
◇◇◇
そして。
システム。
もう一度。
ポーン。
《新規特殊刀剣の製造記録を保存しました》
《《試作五号》は地域武器技術審査対象となりました》
《実戦運用データ提出後、シズナ鍛冶師ギルドで正式審査を申請できます》
バルガ「実戦!」
ジョウゴ「そうなるな」
バルガ「明日!」
ジョウゴ「予定確認してから」
バルガ「明日!」
ジョウゴ「だから」
バルガ「明日ぁ!」
カイト「もう聞いてないぞ」
レント「いつものことだ」
◇◇◇
俺は試作五号を鞘へ納める。
次。
実戦相手。
弱すぎても意味がない。
かといって。
いきなりグランドロックリザードLv16へ行くのは違う。
俺たち。
Lv12。
なら。
適正。
そして。
硬い。
ジョウゴ「ロックリザード」
ミナ「月影渓谷?」
ジョウゴ「ああ。南側」
カイト「Lv13」
レント「耐久試験にはちょうどいい」
ジョウゴ「グランドロックリザードがいる第三支坑には入らない」
ミナ「青月石も?」
ジョウゴ「今回は採掘しない」
ミナ「珍しい」
ジョウゴ「武器試験が目的だから」
バルガ「ついでに採ってこい!」
ジョウゴ「やらない」
バルガ「なんでだ!」
ジョウゴ「目的増やすと帰れなくなる」
カイト「ジョウゴ正論」
◇◇◇
さらに。
比較用。
《鉄刀・試作四号》。
持っていく。
同じ魔物。
同じ条件。
四号。
五号。
通常攻撃。
魔力刃。
MP消費。
耐久値。
魔力経路。
全部。
比較する。
ミナ「配信する?」
ジョウゴ「ああ」
CROSS LIVE。
刀研究。
視聴者からの関心。
高い。
それに。
ここまで。
研究。
見てきた人もいる。
なら。
実戦試験。
見せてもいい。
ジョウゴ「ただし、戦闘中のコメント要約は切る」
レント「集中優先」
ジョウゴ「そう」
◇◇◇
その夜。
銀麦亭。
俺は。
腰。
二本。
試作四号。
試作五号。
少し重い。
でも。
安心。
五号。
もし。
問題。
あっても。
四号。
使える。
ミナ「ジョウゴ」
ジョウゴ「何?」
ミナ「今日はずっと五号触ってるね」
「……」
俺。
気付く。
手。
柄。
置いて。
また。
握ってた。
カイト「嬉しいんだな」
ジョウゴ「……まあ」
レント「珍しく素直」
ジョウゴ「長かったからな」
最初。
バルガ。
刀。
知らなかった。
俺。
形。
説明した。
鉄。
打った。
失敗。
修正。
試作一号。
二号。
三号。
四号。
星蒼複合鋼。
銀星砂。
蒼鉄。
月白。
魔力経路。
青月石。
青鉄砂。
星蒼導流鋼。
魔力調整核。
全部。
繋がった。
そして。
今。
一本。
腰。
ある。
ジョウゴ「明日」
バルガ「実戦だな!」
いつの間にか。
また。
バルガ。
後ろ。
ジョウゴ「いつ来た?」
バルガ「今!」
ミナ「絶対待ってた」
バルガ「明日絶対壊すなよ!」
ジョウゴ「壊れないか確認するんだよ」
バルガ「壊すな!」
ジョウゴ「どっちだよ」
全員。
笑う。
そして。
次。
月影渓谷。
Lv13。
ロックリザード。
《試作五号》。
初めて。
本物の魔物へ。
振るう。
その結果。
この刀が。
試作品のまま終わるのか。
それとも。
俺の新しい主武器になるのか。
いよいよ。
答えが出る。




