第40話 試作五号、鍛造開始
翌日。
俺――上塚賢吾は、銀行での仕事を終えて帰宅すると、いつものように夕食と風呂を済ませ、翌日の準備まで終えてからVR機器の前へ座った。
昨日。
ついに《試作五号》の設計が完成した。
《星蒼導流鋼》。
《青月石》。
《魔力調整核》。
《魔力遮断刻印》。
そして、これまで積み重ねてきた《複合鍛造刀》の技術。
試作四号に《魔力調整核》を仮装着した試験では、青月石に蓄えていた魔力だけで《魔力刃補助》を起動できた。
その結果。
《試作五号設計完成度:100%》
ついに実物を作れる。
ただし。
「ここからの方が大変なんだよな」
設計が完成したからといって、完成品が自動的に出来上がるわけじゃない。
素材を選び。
精錬し。
鍛え。
魔力経路を作り。
焼き入れをして。
研ぎ。
柄や鍔を取り付ける。
そして最後に、実戦で使えるか確認する。
設計は始まりにすぎない。
「ログイン」
《リアルコンディションチェックを開始します》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
問題なし。
意識がAWOへ切り替わる。
◇◇◇
銀麦亭。
一階へ下りた瞬間。
バルガ「遅ぇぇぇぇ!」
ジョウゴ「やっぱりいた」
予想通り。
バルガ。
しかも今日は立って待っているだけではなかった。
両腕を組み。
足元には素材箱。
背中には槌。
完全に出発準備済み。
ミナ「ジョウゴ、おかえり!」
カイト「今日は逃げられないぞ」
レント「バルガが朝からずっと待っていた」
ジョウゴ「朝から?」
マリア「そうだよ。昼飯もここで食べたからね」
ジョウゴ「工房に帰れよ」
バルガ「今日は試作五号だぞ!」
ジョウゴ「知ってる」
バルガ「だったら急げ!」
ジョウゴ「せめてログイン直後くらい落ち着かせて」
バルガ「時間が惜しい!」
ジョウゴ「NPC側の一日と俺の一日は感覚が違うんだよな……」
バルガ「またよく分からんこと言ってるな!」
これ以上は説明しない。
現実側の情報は伏せる。
それもCROSS LIVE公式配信者として気をつけるようになったことの一つだ。
ミナ「今日は配信するの?」
ジョウゴ「する」
カイト「お、鍛冶配信」
ジョウゴ「試作五号は、前の研究から見てる人も多いからな」
レント「星蒼導流鋼ができた流れも配信していた」
ジョウゴ「ああ。完成するかは分からないけど、製作工程は見せたい」
バルガ「完成させるぞ!」
ジョウゴ「失敗する可能性も考えろ」
バルガ「縁起でもねぇ!」
ジョウゴ「新素材だぞ」
バルガ「だから面白ぇんだろ!」
この人は変わらない。
◇◇◇
バルガの工房。
作業台の上。
今日使う素材が並んでいる。
高密度鉄。
黒鉄。
南洞窟産蒼鉄。
青鉄砂。
南洞窟産銀星砂。
そして。
《青月石》。
全部。
ここまでの冒険で集めたものだ。
俺はCROSS LIVEを起動する。
配信タイトルを入力。
【AWO】《試作五号》の鍛造を始めます
《NPCプライバシー自動保護:ON》
《位置情報遅延:ON》
《現実身元保護:ON》
《コメント要約:ON》
ジョウゴ「始める」
《LIVE――START》
すぐにコメントが流れ始める。
『きた!』
『五号!』
『星蒼導流鋼の刀!?』
『青月石使うやつ?』
『バルガいる!』
《現在視聴者数:28,614》
ジョウゴ「こんばんは。ジョウゴです。今日は前回まで研究していた新素材を使って、《試作五号》の製作を始めます」
バルガ「始めるぞ!」
ジョウゴ「まだ説明中」
バルガ「早くしろ!」
『バルガ通常運転』
『職人待てないwww』
ジョウゴ「今回の刀は、試作四号の単純な強化版ではありません」
俺は作業台の素材を示す。
ジョウゴ「これまで作ってきた《星蒼複合鋼》をさらに改良した《星蒼導流鋼》を、刀身内部の芯材として使う予定です」
『芯材?』
『全部じゃないんだ』
ジョウゴ「全部を特殊鋼にすると素材量も加工難度も高くなるので、魔力を通す部分に集中して使います」
さらに。
小さな部品。
《魔力調整核・試作一号》
ジョウゴ「それから、鍔元には青月石を使った《魔力調整核》を取り付けます」
『あのMPタンクみたいなやつ?』
ジョウゴ「近いです」
カイト「予備MPタンク!」
ジョウゴ「お前が説明するな」
『分かりやすい』
◇◇◇
まず。
素材準備。
高密度鉄と黒鉄。
従来の試作四号でも使ってきた素材。
そこへ蒼鉄。
さらに青鉄砂と銀星砂。
ただし今回は。
刀身全体に均一に混ぜるのではない。
外側。
芯。
役割を分ける。
バルガ「まず外側だ!」
ジョウゴ「高密度鉄と黒鉄?」
バルガ「ああ。それに少量の蒼鉄を混ぜる」
ミナ「芯が星蒼導流鋼なら、外側にも蒼鉄入れるの?」
バルガ「少しな。性質を離しすぎると鍛造中に馴染まねぇ」
ジョウゴ「熱膨張とか硬さの差?」
バルガ「そういうことだ!」
完全に違う素材を無理やり合わせれば、境界部分が弱くなる可能性がある。
だから外側にも、芯と繋がりやすい性質を持たせる。
「なるほど」
俺は槌を握る。
炉。
加熱。
高密度鉄。
黒鉄。
蒼鉄。
赤。
橙。
そして。
バルガ「今だ!」
取り出す。
金床。
俺。
バルガ。
交互。
カァン!
カァン!
《槌打ちLv.1》
《技量補正》
Lv12。
技量50。
以前より。
槌の当たる位置。
角度。
力。
明らかに調整しやすい。
バルガ「いいぞ!」
ジョウゴ「前より楽」
バルガ「技量上がったんだろ!」
ジョウゴ「ああ」
バルガ「なら使え!」
ジョウゴ「言われなくても」
カァン!
素材が伸びる。
折る。
重ねる。
また叩く。
ただし。
玉鋼のように何度も折り返しすぎるわけではない。
今回の狙いは。
素材の均一化。
外皮部分の安定。
必要以上に層を増やせば、今度は魔力伝導へ影響する可能性がある。
◇◇◇
外側素材。
完成。
《複合鋼・外装材》
《硬度:高》
《粘性:高》
《重量:標準》
《魔力伝導:中》
ジョウゴ「問題なし」
バルガ「次!」
星蒼導流鋼。
芯材。
これは。
すでに試験で形状加工の条件を確認している。
問題は。
長さ。
試験片では短かった。
今回は。
本物の刀身へ入れる。
つまり。
長い。
薄い。
そして。
経路を潰さず。
真っ直ぐ。
加工しなければならない。
ジョウゴ「ここが最初の難所だな」
バルガ「そうだ」
ミナ「私も使う?」
バルガ「ああ。魔力流せ」
ミナ「分かった」
炉。
星蒼導流鋼。
加熱。
ただし。
高温にしすぎない。
魔力経路への影響を抑える。
バルガ「まだだ」
色。
温度。
見る。
バルガ「今」
取り出す。
金床。
俺。
槌。
弱く。
カァン。
ミナ。
魔力。
薄く。
芯材へ。
ミナ「流れてる」
ジョウゴ「経路は?」
ミナ「安定してる」
バルガ「そのまま!」
カァン。
カァン。
伸ばす。
細く。
長く。
でも。
叩きすぎない。
位置。
角度。
毎回。
確認。
『鍛冶配信なのに緊張する』
『喋らなくなった』
『集中してる』
コメントは視界端。
でも。
今は読まない。
手元。
素材。
それだけ。
カァン。
カァン。
そして。
バルガ「止め!」
俺は槌を上げたまま止まる。
冷却。
ゆっくり。
急冷しない。
鑑定。
《星蒼導流鋼・刀身芯》
《形状安定:良好》
《魔力経路:維持》
《自己安定性:維持》
《魔力伝導:非常に高い》
《加工による性能低下:極小》
「成功」
俺。
ミナ「やった!」
バルガ「まだ喜ぶな!」
カイト「バルガが一番喜びそうなのに」
レント「次が難しいんだろ」
バルガ「ああ!」
◇◇◇
次。
外装材。
芯材。
合わせる。
つまり。
星蒼導流鋼を包む。
ジョウゴ「芯がずれたら駄目」
バルガ「絶対駄目だ」
ミナ「難しそう」
ジョウゴ「難しい」
刀身中央。
魔力経路。
そこが偏れば。
振った時のバランス。
魔力。
耐久。
全部。
影響する。
バルガ「ジョウゴ、芯固定」
ジョウゴ「ああ」
外装材。
開く。
中央。
星蒼導流鋼。
置く。
包む。
炉。
再加熱。
そして。
鍛接。
バルガ「ここから失敗したら全部やり直しだ!」
ジョウゴ「言うなよ」
ミナ「緊張する!」
カイト「俺見てるだけなのに緊張する」
レント「静かにしろ」
炉。
炎。
素材。
色。
バルガ。
見る。
俺。
待つ。
そして。
バルガ「今だ!」
金床。
置く。
ジョウゴ「ミナ!」
ミナ「いく!」
魔力。
芯。
通す。
その瞬間。
俺。
槌。
カァン!
バルガ。
カァン!
俺。
カァン!
魔力経路。
生きている。
感じる。
芯材。
外装材。
境界。
少しずつ。
馴染む。
バルガ「左!」
ジョウゴ「分かってる!」
カァン!
ミナ「魔力少し乱れた!」
ジョウゴ「どこ?」
ミナ「切先側!」
バルガ「叩くな!」
停止。
全員。
止まる。
「……」
魔力。
芯。
流れ。
少し揺れる。
でも。
自己安定。
星蒼導流鋼。
少しずつ。
戻る。
ミナ「……戻ってる」
ジョウゴ「自己安定」
バルガ「効いたな」
数秒。
安定。
バルガ「続けるぞ!」
再開。
カァン。
カァン。
カァン。
そして。
最後。
バルガ「ジョウゴ!」
ジョウゴ「ああ!」
槌。
一打。
カァァァン――!
工房。
澄んだ音。
響く。
◇◇◇
冷却。
鑑定。
《試作五号・刀身素体》
表示。
全員。
見る。
《芯材:星蒼導流鋼》
《外装:高密度鉄・黒鉄・蒼鉄複合材》
《硬度:高》
《粘性:非常に高い》
《重量:軽》
《魔力伝導:非常に高い》
《魔力経路安定度:98%》
《芯材位置精度:96%》
「九十八」
ミナ。
カイト「試作四号より上?」
ジョウゴ「四号は97%だった」
バルガ「上がった!」
レント「芯材位置96%」
ジョウゴ「そこは改善余地あり」
バルガ「初回で96なら十分だ!」
「でも」
俺。
見る。
刀身。
まだ。
ただの長い鋼材。
反りも。
刃も。
ない。
ジョウゴ「ここから成形」
バルガ「ああ!」
◇◇◇
鍛造。
刀身。
形。
作る。
棟。
鎬。
刃。
反り。
すべて。
少しずつ。
俺の使い方に合わせる。
試作四号。
基準。
ただし。
五号は。
少しだけ。
刀身を短く。
いや。
短くするというより。
切先側の重量を減らす。
ジョウゴ「重心は四号より一センチくらい手前」
バルガ「分かった」
ジョウゴ「でも軽すぎるのは嫌」
バルガ「分かってる!」
ジョウゴ「切先が走りすぎると受け流しにくい」
バルガ「何本作ったと思ってんだ!」
確かに。
バルガは。
もう。
俺の戦い方を知っている。
だから。
説明。
少なくていい。
カァン。
カァン。
形。
少しずつ。
刀へ。
近づく。
◇◇◇
そして。
数時間。
いや。
AWO内時間では。
かなり。
集中していた。
その時。
ポーン。
現実側。
《リアルコンディションサポート》
《連続フルダイブ時間が設定値に近づいています》
《休憩を推奨します》
「……」
俺。
止まる。
バルガ「どうした!」
ジョウゴ「休憩」
バルガ「今!?」
ジョウゴ「今」
ミナ「健康管理!」
カイト「スポンサー案件で使ってたやつ?」
ジョウゴ「同じ系統」
バルガ「あと少し!」
ジョウゴ「駄目」
バルガ「ジョウゴ!」
ジョウゴ「本業に影響出したら全部終わる」
配信。
副業。
AWO。
全部。
現実生活。
崩さない。
そこ。
最優先。
バルガ「……分かった」
意外。
素直。
ジョウゴ「珍しい」
バルガ「刀は逃げねぇんだろ?」
「……」
以前。
俺が言った言葉。
ジョウゴ「覚えてたのか」
バルガ「職人は覚えてる!」
少し。
笑う。
◇◇◇
CROSS LIVE。
視聴者。
《現在視聴者数:112,841》
「十万超えてる」
ミナ。
ジョウゴ「いつの間に」
『休憩しろ!』
『無理しないで』
『刀身ここまでで十分面白い』
『続き待ってる』
俺は配信へ向く。
ジョウゴ「今日はここまでにします」
『えええ』
『でも休め』
『本業優先』
『次回楽しみ』
ジョウゴ「刀身素体までは無事にできました。続きはまた次回です」
俺は作業台。
そこ。
《試作五号・刀身素体》
見る。
ジョウゴ「完成するまでは、まだ少しかかります」
バルガ「次は焼き入れまで行くぞ!」
ジョウゴ「勝手に決めるな」
『www』
『バルガ通常運転』
ジョウゴ「では、お疲れさまでした」
《LIVE――END》
◇◇◇
配信終了。
俺は刀身素体をもう一度確認する。
《魔力経路安定度:98%》
これまで最高。
しかも。
魔力調整核。
まだ。
付いていない。
ここに。
青月石。
加わる。
なら。
試作四号より。
さらに。
安定した。
魔力刃。
できるかもしれない。
ミナ「ジョウゴ」
ジョウゴ「何?」
ミナ「嬉しそう」
ジョウゴ「そう見える?」
カイト「見える」
レント「かなり」
ジョウゴ「……まあ」
否定しない。
試作一号。
試作二号。
試作三号。
試作四号。
そして。
五号。
毎回。
少しずつ。
改善。
失敗。
また改善。
ようやく。
ここまで。
来た。
ジョウゴ「次は焼き入れか」
バルガ「その前に魔力経路確認!」
ジョウゴ「明日」
バルガ「今!」
ジョウゴ「明日」
バルガ「五分!」
ジョウゴ「ログアウト」
バルガ「待てぇぇぇ!」
その声を背中に。
俺は銀麦亭へ戻る。
そして。
現実へ。
ログアウト。
今日。
試作五号。
刀身。
完成ではない。
でも。
確実に。
形になった。
次は。
熱処理。
焼き入れ。
そして。
魔力調整核。
新しい刀が完成するまで。
あと。
少し。
そんな実感だけが。
手の中に残っていた。




