第39話 魔力調整核、試作開始
翌日。
俺――上塚賢吾は、銀行での仕事を終えて帰宅すると、いつものように夕食と風呂を済ませ、翌日の準備まで終えてから自室へ入った。
昨日、俺たちは《月影渓谷・第三支坑》で《青月石》を手に入れた。
その代わり、坑道奥では《グランドロックリザードLv.16》と遭遇した。正面から戦うことは避け、逃走を優先したが、それでもカイトの盾は一撃で危険域まで耐久値を削られている。
今の俺たちが無理に戦う相手ではない。
けれど、目的だった青月石は確保できた。
そして、その結果。
《特殊武器設計進行》
《必要素材量の最低条件を達成》
《魔力調整核作成条件を達成》
《設計完成度:86%》
試作五号は、いよいよ設計だけではなく、実物の部品を作る段階へ進んだ。
今日やるのは、その第一歩。
「魔力調整核……か」
俺はVR機器を装着する。
《リアルコンディションチェックを開始します》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
今日も問題なし。
「ログイン」
意識がAWOへ切り替わった。
銀麦亭の二階。
客室から一階へ下りる。
すると。
バルガ「遅ぇ!」
ジョウゴ「まだ何も言ってないだろ」
いた。
当然のように。
バルガが。
しかも、いつもの席ではなく、入口近くで立って待っている。
ミナ「ジョウゴ、おかえり!」
カイト「今日は完全に鍛冶回だな」
レント「バルガが昼から三回来ていたらしい」
ジョウゴ「三回?」
マリア「そうだよ。『まだ来ねぇのか』ってね」
バルガ「今日は重要な日だからな!」
ジョウゴ「NPC側からすると俺のログイン時間って分からないもんな」
バルガ「またその謎の言い方か!」
ジョウゴ「気にするな」
危ない。
現実側のことを説明しすぎるところだった。
バルガ「とにかく工房だ!」
ジョウゴ「先にカイトの盾は?」
カイト「もう直してもらった!」
ジョウゴ「早いな」
バルガ「昨日帰ってきた直後に預かったからな。あんな状態で放置できるか!」
カイト「新品みたいになったぞ!」
ジョウゴ「なら良かった」
カイトの盾は、グランドロックリザードの突進を一度受けただけで大きく損耗した。
もし《ガードスタンス》を使っていなかったら、盾どころかカイト本人ももっと大きなダメージを受けていただろう。
そう考えると、昨日撤退した判断は間違っていない。
バルガ「今度こそ工房!」
ジョウゴ「はいはい」
こうして俺たちは、銀麦亭を出た。
◇◇◇
バルガの工房。
作業台の中央には、昨日持ち帰った《青月石》が置かれていた。
淡い青色。
内部には、薄い光がゆっくりと揺れている。
《青月石》
《品質:普通》
《魔力蓄積:高》
《魔力放出:緩やか》
《魔力伝導素材との相性:高》
《加工適性:良好》
そして、その隣には《星蒼導流鋼》の試験片と、いくつかの小型部品。
ジョウゴ「これが魔力調整核の部品?」
バルガ「ああ」
バルガは青月石の横へ、小さな金属枠を置いた。
黒鉄を主体にしているように見える。
バルガ「青月石をそのまま刀へ入れると割れやすい。だから周囲を黒鉄で囲む」
ミナ「黒鉄って魔力を流しにくくするんだよね?」
バルガ「そうだ。完全に止めるわけじゃねぇが、暴れにくくなる」
ジョウゴ「試作四号でも鍔元に使ったな」
バルガ「あれの応用だ」
なるほど。
青月石は魔力を蓄える。
しかし、魔力を入れすぎればどうなるか分からない。
その周囲を黒鉄で囲むことで、外部から急激に魔力が流れ込むのを少し抑える。
さらに。
バルガ「ここに《魔力遮断刻印》を入れる」
金属枠。
細かな魔法文字。
以前、設計段階で見つけた技術。
《魔力遮断刻印》
一定以上の魔力が流れ込んだ場合、経路を一時的に遮断する安全装置。
ジョウゴ「これで青月石が限界を超える前に止める?」
バルガ「そのつもりだ」
レント「成功すれば、暴走防止になる」
バルガ「そうだ」
カイト「失敗したら?」
工房が静かになる。
バルガ「壊れる」
カイト「何が?」
バルガ「青月石か、試験装置か、両方」
カイト「怖っ!」
ジョウゴ「だから最初から刀に入れないんだろ」
バルガ「そういうことだ!」
まずは小型試験装置。
それで容量と安全性を調べる。
問題がなければ、試作五号へ組み込む。
順番としては正しい。
◇◇◇
まず、青月石の加工から始まる。
バルガ「ジョウゴ、削るぞ」
ジョウゴ「俺も?」
バルガ「お前の武器だろ!」
ジョウゴ「まあ、それはそう」
青月石を固定。
細い工具。
金属ほど強く叩けない。
少しずつ。
表面。
角。
黒鉄枠へ収まる形へ整えていく。
ジョウゴ「これ、力入れすぎたら割れる?」
バルガ「割れる」
ジョウゴ「怖いな」
バルガ「だからゆっくりやれ」
バルガが珍しく小声になる。
いつもなら。
バルガ「叩け!」
なのに。
今日は。
バルガ「もう少し右だ」
ジョウゴ「ここ?」
バルガ「そうだ。そこで止めろ」
完全に精密作業。
俺は技量50。
戦闘では、試作四号を細かく制御できるようになっている。
だが技量は生産にも影響する。
《技量補正》
手元。
工具。
細かな動き。
以前より明らかにやりやすい。
ミナ「ジョウゴ、手震えないね」
ジョウゴ「技量が上がった影響もあると思う」
カイト「剣士なのに宝石加工してる」
ジョウゴ「俺もそう思う」
レント「もう半分鍛冶師だな」
ジョウゴ「それは認めない」
奥。
バルガ「何でだ!」
ジョウゴ「聞いてたのかよ!」
◇◇◇
しばらくして。
青月石。
加工完了。
丸ではない。
小さな八角形に近い形。
それを黒鉄枠へ収める。
さらに外側。
銀星砂を少量混ぜた導電層。
バルガ「これで青月石から出た魔力を星蒼導流鋼へ渡す」
ジョウゴ「銀星砂が橋渡し」
レント「前に言っていた道を繋ぐ役割だな」
カイト「交通整理」
ミナ「高速道路」
ジョウゴ「その例えまだ続くの?」
カイト「分かりやすい」
まあ。
確かに。
◇◇◇
最後に《魔力遮断刻印》を刻む。
これは俺ではなく、バルガが担当する。
細い刻印針。
黒鉄枠。
一文字。
また一文字。
魔力文字。
俺には完全には意味が分からない。
しかし。
刻印が完成すると。
ポーン。
《試作部品を検出》
《仮称:魔力調整核・試作一号》
「出た」
ミナ「本当に部品になった!」
鑑定。
《魔力調整核・試作一号》
《素材:青月石・黒鉄・銀星砂》
《魔力蓄積:高》
《魔力放出安定性:高》
《過剰魔力遮断機構:未確認》
《耐久性:未確認》
《実戦適性:未確認》
カイト「未確認だらけ」
ジョウゴ「今作ったばかりだからな」
バルガ「だから試す!」
◇◇◇
試験装置。
小さな台。
片側に魔力調整核。
その先。
星蒼導流鋼の細い棒。
さらに先。
魔力測定板。
ミナが前へ座る。
ミナ「私?」
ジョウゴ「魔力操作一番上手いから」
ミナ「失敗したら?」
バルガ「遮断される」
ミナ「されなかったら?」
バルガ「俺が止める!」
ミナ「それ大丈夫?」
ジョウゴ「少量からやる」
ミナ「それなら」
手。
魔力調整核。
弱く。
魔力。
入る。
青月石。
淡く光る。
その後。
星蒼導流鋼。
ゆっくり。
光。
バルガ「いいぞ!」
ジョウゴ「流量は?」
レント「安定」
《入力魔力量:低》
《出力魔力量:安定》
《流入偏差:極小》
「極小」
俺は数字を見る。
試作四号の開発時には見なかった値。
バルガ「次、少し上げろ!」
ミナ「いくよ」
魔力。
少し強く。
青月石。
明るくなる。
出力。
安定。
《入力魔力量:中》
《出力魔力量:安定》
《流入偏差:低》
カイト「普通に成功してない?」
ジョウゴ「まだ安全機構」
バルガ「そうだ!」
◇◇◇
次。
危険試験。
一定値以上。
ただし。
最初から限界までは入れない。
ジョウゴ「ミナ、少しずつ」
ミナ「分かった」
魔力。
上げる。
青月石。
光が強くなる。
《入力魔力量:高》
さらに。
少し。
ミナが流す。
その瞬間。
パチン。
音。
「っ!」
光が消えた。
ミナ「止まった!」
バルガ「刻印!」
表示。
《過剰魔力流入を検出》
《魔力遮断刻印:作動》
《魔力経路を一時遮断しました》
「成功」
俺。
全員。
一瞬。
静か。
そして。
バルガ「よっしゃああああ!」
ジョウゴ「うるさい!」
カイト「でもこれは叫びたくなる」
ミナ「壊れてない?」
確認。
《魔力調整核・試作一号》
《耐久値:97%》
《青月石:正常》
《魔力遮断刻印:正常》
《再起動待機時間:三十秒》
レント「再使用もできる」
ジョウゴ「かなりいいな」
◇◇◇
三十秒。
経路。
再開。
もう一度。
低魔力。
正常。
「使える」
俺は小さく呟いた。
青月石。
蓄える。
流す。
過剰なら止める。
しかも。
壊れない。
少なくとも。
今の試験では。
バルガ「次は容量」
ジョウゴ「どれくらい溜められるか?」
バルガ「ああ」
これは試作五号のMP効率にも関わる。
青月石へ先に魔力を蓄積しておけるなら。
戦闘時。
起動。
そして斬撃。
その一部を。
蓄積魔力で補える可能性がある。
カイト「つまり?」
ジョウゴ「簡単に言うと」
少し考える。
ジョウゴ「刀に小さい予備MPタンクを付ける感じ」
カイト「分かった!」
ミナ「それすごく分かりやすい」
レント「さっきの交通整理よりな」
カイト「交通整理も良かっただろ!」
◇◇◇
容量試験。
少量。
中量。
高量。
何度か繰り返す。
青月石。
一定まで蓄える。
それ以上。
遮断。
そして。
放出。
測定。
《蓄積容量:中》
《自然放出速度:低》
《星蒼導流鋼接続時:安定》
《魔力損失率:低》
俺は目を細める。
「損失少ない」
バルガ「ああ」
「なら」
俺。
「魔力刃の起動時に使える」
「可能性高い」
バルガ。
そして。
ポーン。
《特殊武器設計進行》
《魔力調整核・実戦容量確認条件を部分達成》
《魔力遮断刻印との適合確認》
《試作五号設計完成度:86% → 92%》
「九十二!」
ミナ。
「あと八%」
カイト。
残り。
《星蒼導流鋼芯の刀剣加工試験》
《魔力調整核・実戦装着試験》
ジョウゴ「次は芯」
バルガ「ああ」
「星蒼導流鋼を刀の中に通す?」
バルガ「そうだ」
試作五号。
刀身全体を特殊鋼にするわけではない。
中心。
一本。
魔力の通り道。
その芯。
そこに《星蒼導流鋼》。
外側。
従来の複合鋼。
そして鍔元。
魔力調整核。
「構造が見えてきた」
俺。
「だろ!」
バルガ。
「もう作り始めるか?」
ジョウゴ「まだ」
バルガ「なんでだぁ!」
ジョウゴ「芯の加工試験って自分で言っただろ!」
バルガ「……そうだった」
◇◇◇
次。
星蒼導流鋼。
試験片。
細く。
長く。
刀の芯に近い形へ加工する。
問題は。
鍛造。
叩けば。
魔力経路。
潰れる可能性。
「ここ」
俺。
「一番難しそう」
バルガ「ああ」
星蒼導流鋼。
魔力経路。
自己安定。
でも。
物理的に変形させればどうなるか。
まだ分からない。
「少しずつ」
加熱。
炉。
赤。
橙。
取り出す。
金床。
俺。
槌。
《槌打ちLv.1》
カァン。
「弱く」
バルガ。
「分かってる」
カァン。
少し。
伸ばす。
魔力経路。
ミナ。
「まだ残ってる!」
さらに。
カァン。
カァン。
細く。
長く。
刀身内部へ通せる程度。
「ここまで」
バルガ。
冷却。
鑑定。
《星蒼導流鋼・芯材試験片》
《形状安定:良好》
《魔力経路:維持》
《自己安定性:維持》
《魔力伝導:非常に高い》
《加工による性能低下:軽微》
「軽微」
俺。
「ゼロじゃない」
バルガ「でも許容範囲だ」
「もう少し工程改善できる?」
「できる」
即答。
やっぱり職人。
◇◇◇
二回目。
温度。
少し低く。
槌。
回数を減らす。
その代わり。
一打。
正確。
「ジョウゴ」
バルガ。
「力入れすぎるな」
「分かってる」
「技量で合わせろ」
「やってる」
カァン。
カァン。
カァン。
終わり。
鑑定。
《加工による性能低下:極小》
俺。
「来た」
バルガ「ああ!」
そして。
ポーン。
《星蒼導流鋼芯の刀剣加工試験:達成》
《特殊武器設計進行》
《試作五号設計完成度:92% → 97%》
「九十七」
ミナ。
「あと三」
「残りは?」
カイト。
《魔力調整核・実戦装着試験》
工房。
静か。
視線。
全員。
俺。
「実戦装着」
バルガ「試作四号」
「……え?」
「五号の前に」
バルガは試作四号を見る。
「四号へ仮設する」
ジョウゴ「できるのか?」
バルガ「鍔を仮部品に交換すればな」
なるほど。
いきなり新しい刀を作る前に。
既存武器。
試作四号。
そこへ。
魔力調整核だけ。
仮装着。
実戦。
「合理的」
レント。
「壊れたら?」
カイト。
俺。
試作四号を見る。
「……それは嫌だな」
バルガ「だから実戦用じゃねぇ試験から始める!」
ジョウゴ「それなら」
◇◇◇
試作四号。
鍔。
一時的に取り外す。
仮設部品。
魔力調整核。
星蒼導流鋼の短い接続材。
装着。
《鉄刀・試作四号改・試験状態》
「名前まで変わった」
ミナ。
俺。
握る。
重量。
「少しだけ手元重い」
バルガ「青月石分」
「でも許容範囲」
魔力。
少し。
流す。
今まで。
直接。
俺から。
刀へ。
だった。
今回は。
俺。
魔力調整核。
青月石。
星蒼導流鋼接続材。
刀。
「……」
スゥ。
青い光。
出る。
でも。
「違う」
ミナ「何が?」
ジョウゴ「立ち上がりが滑らか」
以前。
魔力刃。
起動。
青白い光。
一気。
だった。
今回は。
緩やか。
でも。
遅いわけじゃない。
安定して。
立ち上がる。
《魔力刃補助:ON》
《起動消費MP:0》
「……」
「……」
「……」
カイト「ゼロ?」
ジョウゴ「ゼロ」
ミナ「本当に?」
俺。
MP。
《85/85》
減ってない。
バルガ「青月石に溜まってた分だ!」
「蓄積魔力で起動した」
俺。
なら。
予想通り。
いや。
予想以上。
「これ」
俺は試作四号を見る。
「使える」
バルガ。
ニヤリ。
バルガ「だろ?」
そして。
ポーン。
《特殊武器設計条件》
《魔力調整核・実戦装着試験:基礎条件達成》
《試作五号設計完成度:97% → 100%》
表示。
大きく。
《特殊刀剣設計完了》
《新規試作武器の製造が可能になりました》
全員。
止まる。
バルガ。
ゆっくり。
笑う。
バルガ「ジョウゴ」
ジョウゴ「ああ」
バルガ「作るぞ」
俺は。
手の中。
試作四号を見る。
その先。
新しい刀。
星蒼導流鋼。
青月石。
魔力調整核。
魔力遮断刻印。
全部。
ここまで。
積み上げてきた。
ようやく。
設計。
完成。
ジョウゴ「試作五号」
バルガ「おう!」
次から。
いよいよ。
設計ではない。
鍛造。
実物。
新しい刀。
《試作五号》の製作が。
本当に始まる。




