第38話 第三支坑の主
翌日。
俺――上塚賢吾は、いつも通り銀行での仕事を終えてから帰宅した。夕食を取り、風呂を済ませ、翌日の準備まで終えてからVR機器を装着する。
今日は《月影渓谷・第三支坑》へ再び入る予定だ。
昨日までに分かっているのは、坑道の奥に《青月石》らしき青色鉱脈があること。そして、二十年以上前にその坑道を閉鎖させた大型の爬虫類型魔物がいたということだ。
同じ個体が今もいるのか、それとも別の魔物なのかは分からない。
だからこそ、目的はあくまで採掘であり、討伐ではない。
逃げられるなら逃げる。
採れるなら採る。
それが今日の方針だ。
《リアルコンディションチェックを開始します》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
「よし」
そのままログインする。
銀麦亭の一階へ下りると、ミナ、カイト、レントはすでに揃っていた。
「ジョウゴ、おかえり!」
「準備できてるぞ」
「地図も確認した」
三人とも、今日はいつもより少し緊張しているように見える。
当然だ。
昨日までは、何がいるか分からなかった。
しかし今日は、危険な大型魔物がいる可能性を知った上で入る。
「撤退基準、もう一回だけ確認するぞ」
俺がそう言うと、カイトが苦笑する。
「昨日も聞いたぞ」
「確認は大事」
「はいはい」
ミナも頷く。
「危ないと思ったら戻る。それでいいんでしょ?」
「ああ」
レントも短く返した。
「無理に奥へ行かない」
「そういうこと」
そして俺たちは銀麦亭を出た。
今回も配信はしない。
未知の坑道で、しかも大型魔物の可能性がある。そんな状況で配信を優先する理由はない。
◇◇◇
月影渓谷。
南側採掘跡。
ここまではもう道順も分かっている。
ムーンバットが一体現れたが、レントが早めに見つけ、ミナの《ライト》で位置を浮かび上がらせたところを、俺が斬り落として終わった。
「前より楽だったね」
ミナが言う。
「地形と敵が分かってるからな」
「初見じゃないだけでかなり違う」
カイトも盾を下ろす。
「今日は本命がこの先だけどな」
第三支坑。
昨日見つけた細い岩道へ入り、ランタンを点ける。
しばらく進むと、古い木製支柱と壊れたトロッコが見えてきた。
そして。
「反応してる」
俺が取り出した《魔力検知板》は、すでに淡い青色に光っていた。
昨日より反応が早い。
「奥に近づくほど強くなる?」
ミナ。
「たぶん」
レントが古い地図を確認する。
「このまま進めば、最初の分岐。その左が青色鉱脈の記録地点」
「まずそこまで」
俺たちは足音を抑えながら進む。
坑道内は静かだった。
水滴。
風。
たまに岩が軋むような音。
それ以外は何も聞こえない。
「昨日の音は?」
カイトが小さな声で聞く。
「今のところなし」
レント。
「だからって油断するな」
「分かってる」
そのまま進み、やがて最初の分岐へ着いた。
右。
暗い。
左。
古い木板。
《第三採掘区画》
「地図通り」
俺たちは左へ進む。
すると魔力検知板の光がさらに強くなった。
「近い」
ミナ。
「ああ」
そして。
岩壁。
淡い青色。
「ある」
カイトが声を落とす。
昨日見つけた欠片より、明らかに大きい。
岩の奥へ何本も青い筋が走っている。
俺は簡易鑑定を使う。
《青月石を含む鉱脈》
「当たり」
レント。
「本当にあった」
ミナも嬉しそうに笑う。
「これなら試作五号進むね!」
「採れればな」
俺は小型つるはしを取り出す。
「周囲警戒頼む」
「任せろ」
カイト。
レントは坑道奥を見る。
ミナは少し後ろへ。
俺は岩壁を慎重に削る。
カン。
カン。
大きく割らない。
青月石の層を見ながら、周囲の岩だけを外していく。
やがて。
コロッ。
掌に乗る程度の青い石が落ちた。
「採れた」
「鑑定!」
ミナが覗き込む。
《青月石》
《品質:普通》
《魔力蓄積:高》
《魔力放出:緩やか》
《魔力伝導素材との相性:高》
《内部不純物:中》
「欠片じゃない」
カイト。
「ちゃんと青月石」
俺も少し安心する。
「これなら魔力調整核に使えるかもな」
「バルガ喜ぶだろうな」
レント。
「絶対叫ぶ」
ミナ。
「工房!って」
「もう聞こえる気がする」
俺は苦笑しながら、青月石を収納した。
しかし。
まだ鉱脈は続いている。
「もう一個くらい採る?」
カイト。
「採れるなら」
俺はもう一度つるはしを構える。
カン。
カン。
その時だった。
ズズッ。
全員が止まる。
「音」
レント。
奥。
昨日と同じ。
岩を擦るような重い音。
しかも。
昨日より近い。
「採掘中止」
俺はすぐに道具をしまう。
「戻る?」
ミナ。
「ああ」
目的は達成した。
青月石も一個確保した。
ここで欲張る必要はない。
俺たちはゆっくりと来た道を戻り始める。
ところが。
ゴリッ。
今度は。
前。
「……前?」
カイトが盾を構える。
戻る方向。
分岐の向こう。
暗闇。
そして。
ぬるり。
大きな影。
「来る」
レント。
ランタンの光が。
巨大な頭部を照らした。
岩のような外殻。
太い前脚。
長い尾。
普通のロックリザードとは比べものにならない大きさ。
《グランドロックリザードLv.16》
「Lv16」
ミナ。
「適正上限」
カイト。
俺たち。
Lv12。
「戦わない」
俺。
「でも道塞いでるぞ」
カイト。
「別ルート」
地図。
分岐。
右。
未知。
「右へ逃げる」
「了解」
グランドロックリザードが低く唸る。
そして。
前脚。
地面。
ドン。
坑道が揺れる。
「走れ!」
俺たちは右の坑道へ入った。
◇◇◇
狭い。
暗い。
しかも地図にない。
「これどこに繋がってる!?」
カイト。
「分からない!」
レント。
「後ろ!」
ミナ。
ズドン!
岩壁。
衝撃。
グランドロックリザードが分岐の角へ身体をぶつけた。
「追ってきてる」
俺。
「でかすぎて通れないんじゃない?」
「だったら助かる」
だが。
ゴリゴリ。
岩。
削れる。
「無理やり来るぞ!」
「嘘だろ!」
カイト。
走る。
前。
さらに分岐。
「どっち?」
レント。
「左!」
理由はない。
ただ。
右から風を感じない。
左。
わずかに空気が流れている。
「出口があるかもしれない」
俺たちは左へ。
数十メートル。
そして。
「明るい!」
ミナ。
前方。
青白い光。
出口?
いや。
「広間」
坑道が急に開けた。
天井。
高い。
中央。
大きな岩柱。
そして壁一面に。
青。
「……青月石」
カイト。
岩壁。
至るところに青い結晶。
魔力検知板は。
強く。
眩しいほど光っている。
「鉱脈の中心か」
レント。
「すごい」
ミナ。
「でも今は採掘してる場合じゃない」
俺。
後ろ。
ズン。
音。
グランドロックリザードが近づいてくる。
「出口探す」
広間。
左。
行き止まり。
正面。
細い裂け目。
右。
さらに奥。
「正面の裂け目、人通れる?」
俺。
「ギリギリ」
レント。
「行くぞ」
その瞬間。
ドン!
グランドロックリザード。
広間へ。
「入ってきた!」
カイトが盾を構える。
「先行け!」
「カイト?」
「俺が一回止める!」
「無理するな!」
「一撃受けるだけ!」
カイト。
《ガードスタンス》
盾。
構える。
グランドロックリザード。
突進。
「来い!」
ドンッ!
「ぐっ!」
カイト。
後ろへ。
何メートルも滑る。
《カイトに大ダメージ》
「カイト!」
ミナ。
《ヒール》
すぐ光。
「盾は?」
《耐久値:大きく損耗》
「一発でこれかよ!」
「もう受けるな!」
「分かってる!」
やっぱり。
正面から戦う相手じゃない。
「裂け目へ!」
三人。
走る。
俺は最後。
グランドロックリザードがもう一度動く。
速い。
でかいのに。
「っ!」
《見切り》
前脚。
肩。
頭。
直線。
俺。
横。
しかし。
狭い。
完全には避けられない。
「なら」
刀。
関節。
《片手平突き》
踏み込み。
軌道調整。
外殻の隙間。
シュッ!
《グランドロックリザードLv.16に小ダメージ》
「硬っ」
刺さる。
でも浅い。
しかも。
尾。
「ジョウゴ!」
レント。
横。
俺は刀を引く。
しゃがむ。
ブン!
頭上。
岩柱。
ドン!
崩れる。
「危な」
「早く!」
ミナ。
「行く!」
俺は裂け目へ滑り込んだ。
◇◇◇
狭い。
四人。
ギリギリ。
後ろ。
グランドロックリザード。
頭。
入らない。
「通れない!」
カイト。
グランドロックリザードが裂け目へ噛みつくように頭を押し込む。
でも。
身体。
入らない。
「よし」
俺。
「このまま進む」
奥。
風。
確かにある。
「出口近い」
レント。
十メートル。
二十メートル。
そして。
光。
「外!」
ミナ。
裂け目を抜ける。
そこは。
渓谷の別の場所。
高い岩棚。
下。
見覚えのある採掘跡。
「南側!」
レント。
「戻れる!」
「走るぞ」
グランドロックリザードは追ってこない。
遠く。
低い唸り声。
それだけ。
◇◇◇
月影渓谷の入口まで戻ったところで。
ようやく。
「止まろう」
全員。
息。
荒い。
「……怖かった」
ミナ。
「Lv16はきつい」
カイト。
盾を見る。
《耐久値:危険域》
「これ修理確定」
「でも壊れなくてよかった」
俺。
「ガードスタンスなかったら?」
レント。
「もっと飛んでた」
カイト。
「たぶん」
俺も刀を確認する。
《鉄刀・試作四号》
《耐久値:軽微損耗》
問題なし。
ただ。
グランドロックリザードへ刺した感触。
「硬すぎる」
「倒せると思う?」
ミナ。
「今はやらない」
「即答」
「勝つ必要がない」
俺。
それより。
「成果」
インベントリ。
《青月石×1》
《青月石・欠片×1》
「ちゃんと持ってる」
カイト。
「これなら十分」
レント。
「今日は帰ろう」
「ああ」
◇◇◇
シズナ。
銀麦亭。
扉。
バン。
「青月石!」
「やっぱりいる」
バルガ。
「どうだった!」
俺はインベントリから青月石を取り出す。
「一個」
バルガ。
固まる。
「……本物」
「本物」
「工房!」
「その前に」
「なんだ!」
「カイトの盾」
「盾?」
見る。
耐久。
「うわっ!」
「グランドロックリザードLv16に一発」
「何と戦ってんだ!」
「戦ってない。逃げた」
「……正解だ!」
今日二回目。
バルガ。
即答。
「でかいロックリザードがいた」
「大型爬虫類の記録、それだろうな」
レント。
「たぶん」
「しかも」
俺。
「奥に青月石の大鉱脈があった」
バルガ。
止まる。
「……どれくらい?」
「壁一面」
「……」
「バルガ?」
「……」
「おーい」
「行くぞ!」
「行かない」
「なんでだ!」
「Lv16いるから」
「ぐぬぬ……!」
◇◇◇
工房。
青月石。
鑑定。
《青月石》
《品質:普通》
《魔力蓄積:高》
《魔力放出:緩やか》
《魔力伝導素材との相性:高》
《加工適性:良好》
「使える」
バルガ。
「魔力調整核」
俺。
「ああ」
「これなら作れる?」
「試作ならな」
そして。
ポーン。
《特殊武器設計進行》
《必要素材量の最低条件を達成》
《魔力調整核作成条件を達成》
《設計完成度:79% → 86%》
「八十六」
ミナ。
「かなり来た」
カイト。
「でもまだ完成じゃない」
俺。
残り。
《魔力調整核・実戦容量確認》
《魔力遮断刻印との適合確認》
《星蒼導流鋼芯の刀剣加工試験》
「次は」
バルガ。
「作るぞ」
「何を?」
「魔力調整核の試作品だ!」
俺は青月石を見る。
ようやく。
試作五号。
設計だけではなく。
部品へ。
一歩進む。
ただし。
月影渓谷。
あの大鉱脈。
そして。
《グランドロックリザードLv.16》
今の俺たちにとって。
あそこは。
採掘場ではない。
まだ。
危険地帯だ。
だから。
まず。
手に入った一個を使う。
それで試す。
必要になったら。
また考える。
「よし」
俺は作業台を見る。
「次は魔力調整核だな」
「おう!」
バルガの顔。
完全に。
鍛冶師。
いや。
研究者。
「徹夜するぞ!」
「しない」
「なんでだ!」
「明日仕事」
「また仕事!」
「本業最優先」
ミナ。
「契約にもあるからね」
カイト。
「銀行にも怒られる」
レント。
「CROSSにも怒られる」
俺。
「だから今日はここまで」
「ぐぬぬぬぬ……!」
こうして。
月影渓谷第三支坑で。
俺たちは青月石を手に入れた。
そして同時に。
その鉱脈を守るように棲む大型魔物――《グランドロックリザード》の存在も確認した。
けれど。
今は倒さない。
必要なのは。
勝利ではなく。
次へ進むための一個。
その一個は。
もう。
俺の手の中にあった。




