第37話 青月石の欠片と坑道の奥
月影渓谷からシズナへ戻った頃には、ゲーム内の空もすっかり暗くなっていた。
俺――ジョウゴたちは、そのまま銀麦亭へ向かう。
今日は月影渓谷の南側から中央部手前まで探索し、《ロックリザード》や《ナイトウルフ》と戦った。そして最後には、古い採掘坑道らしき場所で、ようやく目的の素材を見つけることができた。
《青月石・欠片》
量は少ない。
それでも、青月石そのものが月影渓谷に存在するという証拠にはなる。
ただし、問題も一つ増えた。
採掘中。
坑道のさらに奥から聞こえた、重い音。
岩を擦るような音と、低い唸り声。
何かがいる。
少なくとも、普通の小型魔物ではなさそうだった。
「帰ったら絶対バルガいるよね」
ミナが歩きながら言う。
「いるだろうな」
カイト。
「むしろ銀麦亭の前で待ってる可能性」
レント。
「さすがにそれは」
俺が言いかけたところで。
銀麦亭。
入口。
腕組み。
大きな影。
「遅ぇぞ!」
「いた」
「本当に外で待ってた」
ミナが笑う。
「青月石は!」
バルガが一直線にこちらへ来る。
「声大きい」
「出たのか!?」
「一応」
俺は周囲を見てから、インベントリから小さな青い結晶を取り出した。
《青月石・欠片》
青白い光が、内部でゆっくり揺れている。
バルガ。
止まった。
「……貸せ」
「落とすなよ」
「俺を誰だと思ってる!」
「鍛冶師」
「そうだ!」
受け取った瞬間、バルガの顔が完全に職人のものへ変わった。
表面。
光。
内部。
角度を変えながら、じっくり見る。
「工房だ」
「やっぱり」
「今すぐだ!」
「夕食まだ」
「工房!」
「飯」
「工房!」
「飯」
「ジョウゴ!」
「今日は戦闘もしたから満腹度減ってる」
「ぐぬぬ……」
そのやり取りを聞いていたマリアさんが、銀麦亭の扉を開けた。
「先に食べな」
「マリア!」
「バルガさんもね」
「俺も!?」
「昼から何も食べてないだろ」
「……」
バルガ。
黙った。
「図星?」
カイト。
「鍛冶してた」
「だと思った」
◇◇◇
銀麦亭。
夕食。
今日は肉と野菜の煮込み。
パン。
スープ。
俺たちは探索中の話をしながら食事を取る。
「それで」
バルガ。
「青月石があったのは?」
「南側採掘跡から少し奥」
「採掘坑道みたいな場所」
レント。
「古い支柱とトロッコも残ってた」
「なるほどな」
バルガはパンを食べながら考える。
「昔の採掘記録と合う」
「知ってるの?」
ミナ。
「青月石は岩盤の奥にまとまって出ることがあるって話は聞いたことがある。ただし」
「ただし?」
「魔力が溜まりやすい場所には、魔物も寄りやすい」
俺。
「やっぱりそうか」
青月石。
魔力蓄積。
それが周囲にも影響している可能性。
「坑道の奥から何か音がした」
俺が言う。
バルガの手が止まる。
「どんな音だ」
「重い。岩を擦る感じ。あと、低い唸り声みたいなの」
「大型?」
マリアさん。
「分からない」
俺。
「だから引き返した」
「正解だな」
珍しく。
バルガ。
即答。
「そこは行けって言わないんだ」
カイト。
「素材欲しいからって全滅されたら困る!」
「理由が素材中心」
「当然だ!」
でも。
判断そのものは同じだ。
◇◇◇
食事後。
ようやく。
バルガ工房。
「よし!」
「テンション上がった」
「当たり前だ!」
作業台。
青月石・欠片。
その横。
以前作った《星蒼導流鋼》の試験片。
さらに。
《魔力検知板》。
「まず成分を見る」
バルガは簡易鑑定具を使う。
しばらく。
表示。
《青月石・欠片》
《品質:普通》
《魔力蓄積:高》
《魔力放出:緩やか》
《魔力伝導素材との相性:高》
《内部不純物:中》
「不純物中」
俺。
「十階の宝箱から出た青月石より質は落ちるな」
「使えない?」
ミナ。
「いや」
バルガ。
「使える」
「即答」
「試験材としては十分だ」
ただし。
試作五号の本番用《魔力調整核》へそのまま使うには、少し加工が必要らしい。
「精製する?」
「完全に精製すると小さくなりすぎる」
「じゃあ?」
「まず欠片のまま試験する」
バルガが俺を見る。
「ジョウゴ」
「何」
「星蒼導流鋼の試験片出せ」
「俺が持ってるの?」
「この前渡しただろ」
「ああ」
インベントリ。
あった。
《星蒼導流鋼・試験片》
「これ」
「ミナ!」
「はい!」
「魔力流せ!」
「急だなぁ」
ミナが試験片へ手を添える。
青月石・欠片は、その端に固定。
「ゆっくりな」
「分かった」
魔力。
流す。
すると。
青月石。
淡く光る。
そして少し遅れて、星蒼導流鋼の内部へ光が走った。
「お」
カイト。
「前より滑らか?」
レント。
「そう見える」
バルガは計測値を見る。
《魔力流入量:安定》
《魔力蓄積:確認》
《魔力放出:緩やか》
《魔力経路への流入偏差:低》
「……使えるな」
俺。
「ああ」
バルガ。
「欠片でも機能する」
これで。
《魔力調整核》の実証試験。
一歩前進。
ただし。
「本番用にはまだ足りない」
「やっぱり?」
ミナ。
「大きさも足りねぇし、品質も普通だ」
「もっと採る必要がある」
俺。
「ああ」
◇◇◇
さらに試験。
魔力流入を止める。
青月石。
すぐには暗くならない。
少しずつ。
ゆっくり。
光が弱くなる。
《残留魔力放出中》
「これだな」
俺。
「バッファ」
「そう」
バルガ。
「急に入った魔力を一度溜めて、そのあと経路へ流す」
試作五号でやりたいこと。
そのまま。
「MP効率も上がる?」
カイト。
「まだ分からない」
俺。
「そこは実際に武器で測らないと」
「ジョウゴそういうとこ慎重だよな」
「測ってないのに上がるって言えないだろ」
「銀行員」
ミナ。
「関係ある?」
「ある気がする」
「気のせい」
◇◇◇
そこへ。
ポーン。
《特殊武器設計進行》
《魔力調整核・実証条件の一部を達成》
《設計完成度:71% → 79%》
「八%上がった」
ミナ。
「結構進んだな」
レント。
そして。
《未達成項目》
《魔力調整核・実戦容量確認》
《魔力遮断刻印との適合確認》
《星蒼導流鋼芯の刀剣加工試験》
《必要素材量不足》
「まだ四つ」
カイト。
「でも具体的」
俺。
前より先が見える。
特に。
素材量不足。
ここは月影渓谷でどうにかできる可能性がある。
◇◇◇
「で」
バルガ。
「明日また行くんだろ?」
「情報次第」
「またそれか!」
「坑道の奥に何かいるんだから当然」
俺たちは冒険者ギルドへ向かうことにした。
時間はまだある。
ただし、探索へ出るには遅い。
だから。
今日は情報だけ。
◇◇◇
シズナ冒険者ギルド。
「月影渓谷の旧採掘坑道について?」
受付職員。
「はい。南側から中央部寄りに、地図に載っていない坑道がありました」
「詳細をお願いします」
場所。
距離。
目印。
出現魔物。
青月石。
それから。
奥の音。
受付職員は記録を取りながら、最後のところで少し表情を変えた。
「重い音ですか」
「何か心当たりが?」
「少々お待ちください」
奥。
資料。
かなり古い記録。
そして。
「これかもしれません」
一枚。
《月影渓谷・旧採掘記録》
《採掘区画:第三支坑》
《閉鎖理由:魔物出現》
「魔物」
カイト。
「種類は?」
受付職員。
「記録が古く、名称までは残っていません。ただ」
次。
《採掘作業中、岩盤付近から大型の爬虫類型魔物を確認》
《外殻が鉱石化しており、通常の採掘工具では損傷を与えられず》
《負傷者発生のため第三支坑を閉鎖》
「大型爬虫類」
レント。
「岩っぽい」
俺。
「ロックリザード系?」
「可能性はあります」
受付職員。
「ただし、この記録は二十年以上前のものです。現在も同じ個体、あるいは同種が存在するかは確認されていません」
さらに。
《推定危険度:当時B相当》
「B」
ミナ。
「今の俺たちには高い?」
俺。
「たぶん」
冒険者ランクとレベルは完全一致しない。
それでも。
少なくとも気軽に戦う相手ではない。
「交戦は避ける」
俺。
「採掘だけできる?」
カイト。
「場所次第」
「奥にいるなら手前だけ掘る?」
ミナ。
「それなら可能」
ただ。
音が近づくなら即撤退。
そう決める。
◇◇◇
「もう一つあります」
受付職員。
「何です?」
「第三支坑の古い地図」
古びた紙。
現在の月影渓谷とは少し地形が違う。
それでも。
採掘坑道。
枝分かれ。
奥。
そして。
「ここ」
レントが指差す。
《青色鉱脈》
「青月石?」
「断定はできません」
受付職員。
「ただ、採掘記録には《魔力を蓄える青色鉱石》という記載があります」
「ほぼそれだな」
カイト。
「可能性高い」
俺。
問題は。
青色鉱脈。
第三支坑の奥。
そして。
大型爬虫類型魔物の出現地点。
近い。
「なるほど」
俺は地図を見る。
「だから閉鎖されたのか」
◇◇◇
銀麦亭へ戻る。
テーブル。
古い地図の写し。
「どうする?」
ミナ。
「明日は行く」
カイト。
「お」
「ただし」
俺。
「第三支坑の入口から少しずつ確認。青月石を採れる場所が手前にあるならそこで終わり。大型の気配が近かったら撤退」
「戦わない?」
「基本は」
「基本?」
レントが聞く。
「逃げられない場合だけ戦う」
「ああ」
それが一番現実的。
俺たちはLv12。
月影渓谷の適正下限。
強敵を倒すことが目的じゃない。
素材採取。
それが目的。
「配信は?」
ミナ。
「しない」
「明日も?」
「ああ」
未知の大型魔物がいる可能性がある。
配信をしながら対応する必要はない。
まず自分たちの探索を優先する。
「CROSSの契約的にも大丈夫?」
カイト。
「月四回以上だからな。毎回配信じゃない」
「そっか」
「遊ぶ時間まで全部仕事にしたくないし」
「それ大事」
ミナが頷く。
◇◇◇
その時。
銀麦亭の扉。
バン。
「地図見せろ!」
「来た」
「バルガ」
「大型魔物がいるんだって?」
「もう聞いたのか」
「ギルドの鍛冶師仲間から!」
「情報早いな」
バルガは地図を見る。
そして。
青色鉱脈。
そこを指差す。
「ここ」
「やっぱり気になる?」
「気になるどころじゃねぇ」
「でも大型魔物」
「分かってる」
バルガ。
珍しく。
少し真面目。
「無理すんな」
全員。
止まる。
「……誰?」
カイト。
「俺だ!」
「本当にバルガ?」
ミナ。
「失礼だぞ!」
でも。
バルガは続けた。
「素材は欲しい。だが、死んで装備壊して時間潰す方が損だ」
「現実的」
俺。
「鍛冶師だからな」
その言葉。
今日は妙に説得力があった。
◇◇◇
翌日の準備。
回復薬。
MP回復薬。
予備ランタン。
ロープ。
採掘道具。
魔力検知板。
さらに。
ギルドから借りた古い地図の写し。
そして。
撤退基準。
大型魔物を目視した時。
道を塞がれた時。
ミナのMPが半分を切った時。
カイトの盾耐久が危険域へ入った時。
誰かのHPが半分以下へ落ち、即時回復できない時。
無理はしない。
「準備完了」
俺。
「明日は青月石」
ミナ。
「今度は欠片じゃなくて大きいやつ」
カイト。
「見つかれば」
レント。
「そこ重要」
俺。
◇◇◇
俺はインベントリを見る。
《青月石・欠片×1》
小さい。
けれど。
確実な一歩。
そして。
《試作五号 設計完成度:79%》
あと少し。
ただし。
その先へ進むためには。
もう一度。
あの坑道へ入らなければならない。
暗い。
古い。
閉鎖された採掘坑道。
その奥。
何がいるかは分からない。
それでも。
次は。
地図がある。
情報もある。
そして。
逃げる基準も決めた。
なら。
「行けるところまで行く」
それでいい。
無謀に進む必要はない。
でも。
怖いからといって、何も調べずに止まる必要もない。
そうして俺たちは、次の探索で《月影渓谷・第三支坑》へ足を踏み入れることを決めた。
その奥に、《試作五号》へ繋がる青月石の鉱脈と――かつて採掘坑道を閉鎖させた何かが待っているとも知らずに。




