第36話 月影渓谷の奥へ
翌日。
俺――上塚賢吾は、銀行での仕事を終えて帰宅すると、夕食と風呂を済ませ、翌日の準備を整えてからVR機器を装着した。
昨日は《月影渓谷》の入口周辺だけを確認した。暗い地形、ムーンバットの存在、そしてバルガから借りた《魔力検知板》が正常に機能することも確かめられた。
ただし、目的の《青月石》はまだ見つかっていない。
「今日は少し奥まで行くか」
リアルコンディションチェックを終え、そのままAWOへログインする。
銀麦亭の一階へ下りると、ミナ、カイト、レントの三人はすでに準備を終えて待っていた。
「おかえり、ジョウゴ!」
「今日は本格探索だな!」
「昨日確認した南側採掘跡から入る」
レントが地図を広げる。
「俺もそう考えてた」
昨日見た範囲では、南側採掘跡の周辺は比較的開けていた。それに、古い採掘記録でも青月石の報告は南側から中央付近に集中している。
だから今日は、北側へ近づかず、南側採掘跡から中央部手前までを調べる予定だ。
「北部の大型反応は?」
カイトが聞く。
「今日は無視」
「即答」
「目的は大型魔物じゃなくて青月石だからな」
「でも遭遇したら?」
ミナ。
「逃げる」
「やっぱり慎重」
「勝てるか分からない相手と戦う必要はない」
俺がそう答えると、レントも静かに頷いた。
「その方がいい。大型反応は足跡だけで詳細不明だから」
準備は昨日のうちに済ませてある。ランタン、予備油、ロープ、回復薬、それから採掘道具と魔力検知板。
カイトの盾も整備済みで、レントの矢も補充されている。ミナも回復薬とMP回復薬を余裕を持って持ってきていた。
俺の《鉄刀・試作四号》も問題ない。
「じゃあ行こう」
俺たちは銀麦亭を出た。
今日は配信をしていない。
前回の配信からそれほど間も空いていないし、こういう探索は自分たちだけで集中して進めたい。正式配信者とはいっても、AWOへ入るたびに配信するつもりはなかった。
シズナ南門を抜け、昨日と同じ道を進む。
やがて平原が岩の多い丘陵へ変わり、さらにその先で高い岩壁が見えてきた。
《月影渓谷》
昨日よりも少し慣れたとはいえ、やはり独特の雰囲気がある。
左右を高い岩壁に囲まれているため、昼間でも陽光が十分に届かない。風が通るたびに低い音が岩壁の間を抜け、遠くから何かの鳴き声が響いてくる。
「昼なのに夕方みたい」
ミナが言う。
「奥はもっと暗いかもな」
カイト。
「ランタンは早めに使おう」
昨日確認した南側採掘跡へ到着すると、俺は魔力検知板を取り出した。
中央の細い線はまだ光っていない。
「昨日の青輝石の場所は?」
ミナ。
「ここ」
岩壁へ近づく。
すると検知板が淡く青く光った。
「ちゃんと昨日と同じ反応」
「再現性あり」
レント。
「でも青月石じゃない」
「だから奥へ行く」
俺たちは採掘跡のさらに先へ進んだ。
古い坑道の入口らしき場所もいくつかあったが、ほとんどは崩落している。今のところ入れそうな坑道は見つからない。
そして十五分ほど進んだところで、レントが突然立ち止まった。
「止まって」
俺たちもすぐ止まる。
「何かいる?」
「右の岩」
言われた方向を見る。
岩。
灰色。
何もいないように見える。
しかし。
「……動いた」
岩の表面だと思っていたものが、ゆっくり持ち上がった。
《ロックリザードLv.13》
「本当に岩みたいだな」
カイトが小さく呟く。
さらに。
一体。
二体。
《ロックリザードLv.13×3》
「三体」
「俺たちLv12だから、ちょっと上」
ミナ。
「一体ずつなら問題なさそうだけど」
「三体同時は警戒」
俺は刀を抜く。
「カイト、一体固定。レントは二体目を牽制。ミナは回復優先」
「了解!」
俺たちが構えた瞬間、ロックリザードが動いた。
見た目は大きなトカゲだが、身体全体が厚い岩殻で覆われている。しかも思ったより動きが速い。
一体が地面を這うようにカイトへ突っ込む。
「来い!」
カイトが《ガードスタンス》を発動した。
《ガードスタンス》
盾がわずかに光り、防御性能が上がる。
直後。
ドン!
「重っ!」
ロックリザードの頭突きが盾へ直撃した。
それでもカイトは大きく押されなかった。
「ガードスタンス効いてる!」
「そのまま一体頼む!」
「任せろ!」
一方、二体目は俺へ向かってくる。
俺は正面から斬りつけようとして、すぐに止めた。
「硬そうだな」
背中。
頭。
側面。
どこも岩のような外殻に覆われている。
「柔らかい場所は?」
レントが矢を構えながら聞く。
「腹か関節」
「狙う」
矢。
ヒュッ。
しかし。
カン!
弾かれた。
「表面は無理」
「じゃあ動かす」
俺はロックリザードの突進を待つ。
来る。
低い。
速い。
《見切り》
正面から外れる。
そのまま刀を当てるのではなく、身体の横へ回り込む。
そして前脚の付け根。
「ここ」
突き。
《片手平突き》
システム補助が入る。
ただし、その軌道を自分で少し下げる。
シュッ!
刃先が外殻の隙間へ入った。
《ロックリザードLv.13に大ダメージ》
「入った!」
ミナ。
「関節だ!」
ロックリザードが身体を捻る。
その瞬間。
レント。
「見えた」
矢。
腹部。
《クリティカル》
《ロックリザードLv.13に大ダメージ》
「やっぱり腹が弱い」
俺はそのまま一歩下がる。
無理に追わない。
するとロックリザードが怒ったように尾を振り回した。
「尾!」
カイト。
俺は後ろへ避ける。
岩のような尾が地面を叩き、小石が飛び散った。
「当たったら痛そう」
「痛そうじゃなくて痛いだろ」
ミナ。
「《ライトボルト》!」
光が顔へ当たり、ロックリザードがわずかに怯む。
「今!」
俺は踏み込む。
今度はスキルを使わない。
腹側。
一閃。
《ロックリザードLv.13を討伐しました》
「一体!」
残り二体。
カイトが押さえていた個体は、ガードスタンスのおかげでほとんど前へ出られていない。
「レント、カイト側!」
「了解」
矢が飛び、目の近くへ刺さる。
「グォッ!」
「今だ!」
カイトが盾で押し返す。
ロックリザードが横へ倒れ、腹が見えた。
「ミナ!」
「《ライトボルト》!」
光。
さらに俺が走る。
「ふっ!」
刀。
腹部。
《クリティカル》
《ロックリザードLv.13を討伐しました》
最後の一体も同じように弱点を狙い、数分後には倒すことができた。
戦闘終了。
「硬かった」
カイトが盾を見る。
《耐久値:軽微損耗》
「一戦でちょっと削れたな」
「岩みたいな身体だからな」
俺も刀を確認する。
《耐久値:良好》
問題なし。
「でも経験値結構入ったよ」
ミナ。
俺も確認する。
《ジョウゴ Lv12》
《次レベルまで:74%》
「お」
前回よりかなり進んだ。
「俺たちも結構上がった」
レント。
「Lv13もそんなに遠くないな」
月影渓谷の敵はLv12から13が中心らしい。
ここで探索を続ければ、自然とLv13へ近づきそうだ。
「でもレベル上げ目的に変えないぞ」
「分かってるって」
カイト。
「青月石!」
ミナ。
「そっちは忘れてないんだな」
俺たちは再び探索を始めた。
ロックリザードを倒した場所の近くには、小さな岩棚があった。その奥を見ると、古い採掘跡らしき削り痕が残っている。
「ここ、昔掘った場所かも」
レント。
「検知板を使う」
俺は魔力検知板を岩壁へ近づける。
反応なし。
一メートル移動。
反応なし。
さらに。
「……光った」
青い線。
昨日より強い。
「強いね」
ミナ。
「ああ」
岩壁を見る。
普通の灰色。
しかし、よく見ると奥に淡い青の筋が走っている。
「掘ってみる」
小型ハンマー。
つるはし。
慎重に削る。
カン。
カン。
少しずつ。
すると。
「青い」
カイト。
岩の内側。
青白い鉱石。
俺は小さな欠片を外す。
「鑑定」
《月光鉱》
《品質:普通》
《魔力伝導:中》
《魔力蓄積:低》
「違う」
ミナ。
「でも昨日より近い感じする」
「そうだな」
魔力含有量は高くなっている。
青月石ではない。
しかし、この地域に魔力鉱石が多いことは分かってきた。
「周囲も調べよう」
俺たちは岩壁沿いに進んだ。
ところが、その時。
レントが再び手を上げた。
「左前」
「何体?」
「四……いや、五」
暗い岩陰。
低い唸り声。
「狼?」
カイト。
姿が見える。
黒に近い毛。
淡い青色の目。
《ナイトウルフLv.13》
《ナイトウルフLv.13》
《ナイトウルフLv.12》
《ナイトウルフLv.13》
《ナイトウルフLv.12》
「五体」
「群れだね」
ミナ。
「情報通り」
ナイトウルフは普通のフォレストウルフより少し細身だが、動きが速そうだ。
「ここ狭い」
レント。
「後ろは岩壁」
俺は周囲を見る。
左。
右。
後退できるスペースはある。
「一度広いところへ戻る」
「逃げる?」
カイト。
「戦いやすい場所へ移動」
「了解」
俺たちはゆっくり下がる。
しかし。
ナイトウルフの一体が走った。
「来た!」
カイト。
盾。
ガン!
「速い!」
さらに二体目。
三体目。
「カイト一人に集めるな!」
俺が横へ入る。
一体。
俺へ向かう。
《見切り》
避ける。
しかし。
その瞬間。
別の一体が側面から来た。
「ジョウゴ!」
ミナ。
間に合わない。
「っ!」
刀を返す。
《受け流しLv.1》
牙。
刃の棟。
完全には流せない。
《ジョウゴに小ダメージ》
「HP?」
「問題なし!」
やっぱり。
群れは厄介だ。
一体だけを見ると横から来る。
「レント!」
「一体ずつ足止めする」
矢。
脚。
《ナイトウルフLv.13にダメージ》
「ミナ、光で牽制!」
「《ライト》!」
周囲。
一気に明るくなる。
ナイトウルフたちが一瞬だけ動きを鈍らせる。
「光が嫌い?」
「ムーンバットほどじゃないけど効いてる!」
その一瞬。
俺。
一体。
《片手平突き》
踏み込み。
軌道調整。
肩。
首元。
《クリティカル》
《ナイトウルフLv.12を討伐しました》
「まず一体!」
数を減らす。
そしてカイトも《ガードスタンス》を維持しながら二体を押さえる。
「今なら!」
レント。
《クイックショット》
通常より短い動作。
矢。
一射。
二射。
「速い」
ミナ。
「命中補正低いけど、近距離なら問題ない」
レントの技量は56。
システムの命中補正が低くても、自分で狙える。
二本目。
目。
《クリティカル》
「入った」
ナイトウルフが怯む。
俺が横から斬る。
《ナイトウルフLv.13を討伐しました》
残り三体。
そこからは早かった。
カイトが敵の進路を制限し、レントが弱点を狙う。ミナが回復と光魔法を使い、俺が一体ずつ確実に仕留める。
数分後。
《ナイトウルフLv.13を討伐しました》
最後の一体が倒れる。
「終わった」
レント。
「周囲は?」
「今のところなし」
俺は刀を納める。
「さっき一発もらった」
ミナが近づく。
「見せて」
《ジョウゴ HP:201/217》
「軽い」
「でも回復するよ」
《ヒール》
光。
《HP:217/217》
「ありがとう」
「どういたしまして」
それからミナが少し得意そうに続けた。
「MP131だから余裕!」
「使い切らないようにな」
「分かってるよ!」
いつものやり取り。
でも。
今日の戦闘で一つ分かった。
「月影渓谷、やっぱり適正下限だな」
「敵は倒せるけど、余裕ではない」
レント。
「だから北部行かないの正解だな」
カイト。
「ああ」
未知の大型相手なら。
今はまだ早い。
その判断を確認できただけでも意味がある。
そして探索を再開してから、さらに二十分ほど進んだ。
すると。
「ジョウゴ」
ミナが呼ぶ。
「検知板」
「ん?」
俺は手元を見る。
青い線。
かなり強い。
「今までで一番光ってる」
カイト。
「どこだ?」
ゆっくり移動。
右。
弱くなる。
左。
強くなる。
「こっち」
岩壁の隙間。
人一人が通れる程度の細い道。
「地図にある?」
俺。
レントが確認する。
「ない」
「未記載か」
古い採掘跡。
使われなくなって長い。
道が崩れたり、新しく開いたりしていても不思議ではない。
「入る?」
ミナ。
「少しだけ」
俺たちはランタンを点ける。
細い岩道。
奥へ。
十メートル。
二十メートル。
すると急に空間が広がった。
「……採掘場?」
カイト。
岩壁には。
古い工具痕。
木製の支柱。
壊れたトロッコ。
「ここ、昔の坑道だったんだ」
ミナ。
俺は魔力検知板を見る。
青い線。
かなり明るい。
「反応強い」
「この辺にある」
レント。
岩壁を調べる。
そして。
「これ」
俺はランタンを近づけた。
黒い岩。
その奥。
青。
淡い光。
「青月石?」
ミナ。
「まだ分からない」
慎重に岩を削る。
カン。
カン。
外側。
少しずつ。
すると。
青い結晶。
指先ほど。
「採れた」
俺は手の中を見る。
昨日の青輝石とも。
月光鉱とも違う。
青い。
でも。
内部に光が溜まっているように見える。
「鑑定」
一瞬。
表示。
《青月石・欠片》
「……」
全員。
止まる。
そして。
「出た!」
ミナ。
「青月石!」
カイト。
レントも珍しく少し表情を緩める。
「本物」
俺は詳細を見る。
《青月石・欠片》
《品質:普通》
《魔力蓄積:高》
《魔力放出:緩やか》
《魔力伝導素材との相性:高》
「間違いない」
俺たちが探していた素材。
ただし。
「欠片」
カイト。
「ああ」
試作五号の《魔力調整核》へ使うには、量が足りるか分からない。
「まだ掘れる?」
ミナ。
「この岩壁に反応ある」
魔力検知板。
まだ光っている。
「あるな」
俺はつるはしを握る。
しかし。
そこで。
レントが振り返った。
「待って」
「どうした?」
「音」
全員が静かになる。
坑道。
奥。
暗闇。
ズッ。
何か。
重いものが動いたような音。
ズッ。
「……大きい?」
ミナが小さな声で聞く。
「分からない」
レント。
さらに。
ゴリッ。
岩が擦れる音。
俺は刀へ手をかける。
地図。
ここは南側から中央部。
北部ではない。
だから報告されていた大型反応とは別かもしれない。
それでも。
「採掘中止」
「え?」
カイト。
「一回戻る」
「青月石あるぞ?」
「ああ」
「でも?」
「何がいるか分からない」
俺は手に入れた《青月石・欠片》を収納する。
「まず成果は一個ある。それを失う必要はない」
ミナ。
「賛成」
レント。
「ああ」
カイトも一瞬迷ったが、すぐに頷いた。
「分かった」
俺たちはゆっくり来た道を戻る。
後ろ。
暗い坑道。
何も追ってこない。
しかし。
最後に。
低い。
唸り声のような音が響いた。
「……明日調べる?」
ミナ。
「情報集めてから」
俺。
「やっぱり」
カイトが苦笑した。
当然だ。
俺たちは冒険者だけど。
無謀になる必要はない。
そして何より。
今回の目的だったものは。
もう。
一つだけ。
手に入った。
《青月石・欠片》
試作五号へ。
確実に。
一歩。
近づいたのだから。




