第9話 初めてのゴブリン戦
翌日。
「上塚主任、最近帰るの早くないですか?」
「仕事が終わってるからな」
俺――上塚賢吾は、確認を終えた書類を後輩へ返した。
「ここ、修正済み。こっちは問題なし」
「ありがとうございます」
「今日中の案件は?」
「これで全部です」
「なら俺も上がる」
「やっぱりAWO?」
「……まあな」
「ハマってるじゃないですか」
「否定はしない」
実際、かなり楽しんでいる。
まだ始めて数日。
それなのに仕事中ふと、
今日は何をしようか。
どこを歩こうか。
そんなことを考えるようになっていた。
「主任、レベルいくつです?」
「二」
「低っ!?」
「悪いか?」
「サービス開始から遊んでるんですよね!?」
「街歩いてる方が長いからな」
「MMORPGですよ!?」
「生活するのも遊び方だろ」
「公式キャッチコピーを全力で実践してる……」
後輩が呆れている。
「じゃ、お先」
「お疲れさまでしたー!」
◇◇◇
帰宅。
夕飯。
風呂。
明日の準備。
いつものことを終わらせてからVR機器を装着する。
《Another World Onlineを起動します》
「ログイン」
◇◇◇
《Welcome Back》
《Another World Online》
「ん」
目を開ける。
見慣れてきた《銀麦亭》の七号室。
「今日もここからか」
ベッドから立ち上がる。
装備を確認。
初心者の剣。
初心者の革鎧。
初心者のブーツ。
「そろそろ剣くらい買い替えたいな」
バルガの店にあった《鉄製片手剣》。
価格650G。
今の所持金ではまだ足りない。
「依頼でも受けるか」
階段を降りる。
「おや、ジョウゴ!」
「こんばんは、マリアさん」
「今日も冒険かい?」
「そのつもりです」
「無茶するんじゃないよ!」
「気をつけます」
完全に常連になりつつあるな。
◇◇◇
冒険者ギルド。
「こんばんは、ジョウゴさん」
「こんばんは」
受付にはエリナさん。
「今日は依頼を?」
「何かおすすめあります?」
「そうですね……」
エリナさんが依頼一覧を確認する。
「薬草採取は以前達成されていますし……こちらはいかがでしょう?」
一枚の依頼票。
《ゴブリン討伐》
《依頼主:シズナ冒険者ギルド》
《討伐対象:ゴブリン》
《必要討伐数:3体》
《活動地域:シズナ南西林》
《報酬:180G》
《推奨:Fランクパーティー》
「パーティー推奨?」
「はい」
エリナさんの表情が少し真面目になる。
「ホーンラビットとは違い、ゴブリンは武器を使います」
「武器」
「棍棒や短剣ですね。個体によっては弓を使うこともあります」
「なるほど」
「それに複数で行動します」
「一人では受けられない?」
「受注自体は可能ですが、おすすめしません」
普通ならパーティーを組むところか。
すると。
「ジョウゴさん!」
「ん?」
聞き覚えのある声。
「やっぱりいた!」
「ミナ」
魔術師のミナ。
その後ろには。
「よう、変な剣士」
「その呼び方やめろ」
「久しぶり」
「二日ぶりくらいだろ」
カイトとレントもいる。
「ちょうどいいところに来たな」
「何が?」
「ゴブリン討伐」
三人へ依頼票を見せる。
「おっ」
カイトが笑う。
「ようやくウサギ卒業か!」
「別に卒業する必要ないだろ」
「行きましょうよ!」
ミナが乗り気だ。
「俺たちもゴブリンはまだだしな」
レントも頷く。
「じゃあ四人で行くか」
《カイトがパーティーへ参加しました》
《ミナがパーティーへ参加しました》
《レントがパーティーへ参加しました》
「よし」
初めての本格的なパーティー戦。
そして。
人型モンスターとの初戦闘だ。
◇◇◇
《シズナ南西林》
「雰囲気変わるな」
草原とは違う。
木々。
茂み。
夕方でも森の中は暗い。
視界が悪い。
「ゴブリンってどこにいるんだ?」
「この辺らしいですよ」
ミナが依頼マップを見る。
「でも位置までは出ません」
「AWOらしいな」
「ジョウゴ」
カイトが盾を構える。
「一応、俺が前衛で盾役」
「分かった」
「ジョウゴも前衛」
「ああ」
「ミナが後衛魔法」
「はい!」
「俺が弓で援護」
レントが弓を確認する。
「基本的な構成だな」
「ちゃんとパーティーっぽい」
俺は少し感心する。
「ジョウゴさん」
「ん?」
「絶対一人で突っ込まないでくださいね」
「なんで俺だけ?」
「あなた、敵を見ると試したくなるタイプでしょう」
「…………」
「否定してくださいよ!」
「努力する」
「不安!」
◇◇◇
森を進む。
「止まれ」
俺は足を止めた。
「どうした?」
カイトたちも止まる。
「何かいる」
「見える?」
「いや」
耳を澄ます。
ガサ。
微かな音。
「右前」
レントが弓を構える。
「俺には聞こえないぞ」
「枝を踏んだ音がした」
「マジ?」
茂みを見る。
数秒。
「ギャッ」
緑色の顔が覗いた。
《ゴブリン Lv.3》
「いた!」
だが一匹ではない。
《ゴブリン Lv.2》
《ゴブリン Lv.3》
《ゴブリン Lv.3》
三体。
棍棒。
短剣。
棍棒。
「依頼分ちょうど三体ですね」
「来るぞ!」
カイトが前へ。
「ギャギャ!」
一匹が突進。
棍棒を振り上げる。
ガンッ!
盾が受け止めた。
「重っ!」
「《ファイアアロー》!」
ミナの魔法。
ゴブリンが横へ跳ぶ。
「避けるのか!」
「《パワーショット》!」
レントの矢。
ドスッ!
「ギャッ!」
一体の肩へ命中。
「ジョウゴ!」
「ああ」
俺も剣を抜く。
一体のゴブリンと向き合う。
「ギィ……」
短剣持ち。
ホーンラビットとは違う。
二本足。
武器。
そして。
「構えてる」
雑だが。
短剣を前に出している。
「ギャッ!」
踏み込んできた。
右手。
短剣。
横薙ぎ。
俺は半歩下がる。
ブンッ!
目の前を刃が通る。
「……なるほど」
「ギ?」
「ちゃんと人間に近い動きをするんだな」
面白い。
もう一度。
「ギャア!」
今度は突き。
身体を僅かに開く。
短剣を避ける。
同時に。
剣の柄頭を――。
ゴッ!
ゴブリンの手首へ当てる。
「ギャッ!?」
短剣が落ちる。
《Disarm!》
「お?」
武器を落とせるのか。
「ジョウゴさん!?」
ミナの声。
「今、武器落とさせました!?」
「手首叩いただけ!」
「またリアル技能!」
「使えるんだから仕方ないだろ!」
ゴブリンが素手になる。
だが逃げない。
「ギャアア!」
掴みかかってくる。
「それは悪手だろ」
剣を少し引く。
相手の腕を左手で流す。
身体を入れる。
腰。
重心。
「よっ」
「ギャ!?」
ゴブリンの身体が浮く。
ドンッ!
背中から地面へ。
《Throw!》
「また投げた!」
「剣使え!」
カイトまで叫んでいる。
「持ってるだろ!」
「持ってるだけじゃねぇか!」
「今使う」
倒れたゴブリン。
首元へ一閃。
《Critical Hit!》
「ギャ――!」
光になる。
《ゴブリンを討伐しました》
《経験値を獲得しました》
「一体」
顔を上げる。
「カイト!」
「おう!」
カイトが棍棒を盾で受ける。
「こいつ硬い!」
「右へ流せる?」
「右?」
「俺から見て右」
「やってみる!」
ゴブリンの棍棒。
カイトが盾を傾ける。
ガンッ!
棍棒が滑る。
ゴブリンの身体が開く。
「そこ」
一歩。
踏み込む。
胴。
初心者の剣を走らせる。
ザンッ!
《Critical Hit!》
「ギャア!」
「《ファイアボール》!」
ドンッ!
ミナの魔法が直撃。
ゴブリンが消滅。
《ゴブリンを討伐しました》
「連携できた!」
「あと一体!」
レントが叫ぶ。
最後の一匹。
肩に矢が刺さったゴブリン。
「ギャアアア!」
怒っている。
棍棒を振り回しながら突進。
「危ない!」
ミナへ向かっている。
カイトでは間に合わない。
「ジョウゴ!」
「分かってる!」
走る。
ゴブリンが棍棒を振り上げる。
間合い。
まだ遠い。
剣では間に合わない。
だったら。
「ミナ、しゃがめ!」
「えっ!?」
「早く!」
「はい!」
ミナがしゃがむ。
俺は――。
剣を投げた。
「え?」
全員の声が重なった。
ヒュンッ!
初心者の剣が回転する。
狙うのはゴブリン本体ではない。
棍棒。
ガキィン!
「ギャ!?」
剣が棍棒へ衝突。
軌道が逸れる。
その隙に。
「《パワーショット》!」
レントの矢。
ドスッ!
ゴブリンの胸へ。
「《ファイアアロー》!」
炎の矢が続く。
ドンッ!
《Critical Hit!》
「ギャアア――!」
最後のゴブリンが光となった。
《ゴブリンを討伐しました》
《依頼討伐数を達成しました》
《ゴブリン討伐 3/3》
「ふう」
地面に落ちた初心者の剣を拾う。
「終わったな」
「…………」
三人が俺を見る。
「何?」
カイトが口を開く。
「ジョウゴ」
「うん」
「剣って投げるものだっけ?」
「状況による」
「普通は投げねぇよ!」
「間に合わなかったから仕方ないだろ」
「武器なくなるだろ!」
「敵倒したら拾えばいい」
「そういう問題じゃねぇ!」
ミナも立ち上がる。
「でも助かりました」
「ならよかった」
「……ただ」
「ん?」
「剣士の戦い方には見えません」
「剣士だぞ?」
「剣を落とさせる」
「うん」
「投げる」
「うん」
「武器を投げる」
「うん」
「どこの戦闘民族ですか?」
「銀行員」
「リアル職業聞いてません!」
レントが笑い出す。
「ハハハ!」
「レント?」
「いや、もう慣れた」
「何に?」
「ジョウゴが変なことするのに」
「俺は普通に戦ってるだけなんだけどな」
「それ禁止ワードだろ」
そうだった。
その時。
ポーン。
《特殊条件を達成しました》
「ん?」
《武器を持つ敵対対象に対し、武器破壊・武器解除・攻撃軌道変更を一定回数成功》
《特殊スキルの習得条件を一部満たしました》
《《崩し》習得条件:進行中》
「……崩し?」
「また何か出ました?」
ミナが覗き込む。
「《崩し》だって」
「聞いたことないです」
「俺も」
「サービス開始したばかりだからな」
説明はまだ表示されない。
条件だけ。
「面白そうだ」
「その顔」
「何?」
「絶対また変なこと試す顔です」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないです」
◇◇◇
さらに。
《Lvが上昇しました》
《ジョウゴのLvが3になりました》
「レベル3」
「ようやくですね」
「ミナ、それ褒めてる?」
「サービス開始から街歩きと猫探しばっかりしてた人ですから」
「楽しいぞ、猫探し」
「否定はしませんけど」
剣を鞘へ。
「戻るか」
「待って」
レントが周囲を見る。
「何か聞こえないか?」
「ん?」
全員が静かになる。
森の奥。
カン。
カン。
「……金属音?」
俺も聞こえた。
さらに。
「ギャギャ……」
ゴブリンの声。
数は。
「多いな」
俺は表情を引き締める。
依頼は達成した。
本来なら帰ればいい。
だが。
木々の向こう。
薄暗い森の奥に。
小さな明かりが見えた。
「焚き火?」
カイトが呟く。
「ゴブリンの拠点じゃないか?」
ミナが杖を握り直す。
「どうします?」
俺は少し考えた。
そして。
「近づきすぎない範囲で確認しよう」
「行くのか?」
「依頼外だから戦う必要はない」
ただ。
「この近くに集団がいるなら、ギルドへ報告した方がいいだろ」
三人が頷く。
「了解」
俺たちは音を立てないよう森の奥へ進む。
やがて。
木々の隙間から見えたもの。
「……これは」
簡素な柵。
焚き火。
粗末な小屋。
そして。
一体。
二体。
三体。
十体以上のゴブリン。
「多すぎません?」
ミナが小声で呟く。
さらに中央。
普通のゴブリンより一回り大きい個体。
錆びた剣。
革鎧。
《???》
レベルすら表示されない。
「上位個体か?」
その瞬間。
そいつが。
「…………」
こちらを向いた。
「まずい」
俺の口から自然と声が出る。
「下がれ」
「え?」
「気づかれた」
赤い目が光る。
「グギャアアアアアアッ!」
森へ咆哮が響いた。
周囲のゴブリンが一斉に武器を手に取る。
「走れ!」
「「「了解!」」」
四人で森を駆ける。
背後から聞こえる。
大量の足音。
ゴブリンの叫び声。
そして。
《エリアイベントの発生条件が変動しました》
視界の端に、一瞬だけ表示されたシステムメッセージ。
「……イベント?」
だが確認している暇はない。
「ジョウゴ! 来てるぞ!」
「分かってる!」
AWOを始めて数日。
初めてのゴブリン討伐は成功。
しかし。
その森の奥で俺たちが見つけたものは。
単なる初心者向けモンスターの群れではなかった。
《シズナ》周辺で。
何かが。
静かに動き始めていた。




