第10話 森の異変をギルドへ
「走れ!」
薄暗い《シズナ南西林》を、俺――ジョウゴたちは全力で走っていた。
「ギャアアアアッ!」
「ギャギャッ!」
背後から響くゴブリンの叫び声。
足音は一つや二つではない。
十体近い。
「ジョウゴ!」
「分かってる!」
カイトの声に返しながら後ろを確認する。
追ってきている。
棍棒。
短剣。
錆びた剣。
武器を持ったゴブリンたちが木々の間を走っていた。
「《ファイアボール》で足止めします!?」
ミナが杖を構えようとする。
「いや!」
「でも!」
「今は戦う必要がない!」
依頼は達成済み。
敵は多数。
こちらは四人。
わざわざ不利な戦闘をする理由がない。
「戦わないの!?」
カイトが驚く。
「当たり前だろ!」
「ジョウゴなら『試してみるか』って言うかと!」
「俺を何だと思ってるんだ!」
「リアル武術持ちの戦闘民族!」
「銀行員だ!」
「今それ関係ある!?」
「ない!」
こんな時でも騒がしい。
「前!」
レントが叫ぶ。
「木が倒れてる!」
「右へ!」
進路変更。
俺たちは倒木を迂回する。
だが。
「ギャッ!」
一匹のゴブリンが横の茂みから飛び出した。
「先回り!?」
短剣。
狙いはミナ。
「危ない!」
カイトでは遠い。
俺が一歩前へ。
抜剣。
短剣が振り下ろされる。
剣で受け――。
いや。
「流す」
刃を僅かに傾ける。
ガキンッ!
短剣を横へ滑らせる。
《Parry!》
「ギャ!?」
ゴブリンの身体が開いた。
倒す必要はない。
「どけ!」
ドンッ!
肩をぶつける。
「ギャッ!」
ゴブリンが転がる。
「走れ!」
再び全員で駆け出す。
「倒さないんですか!?」
「後ろから十体来てるんだぞ!」
「あっ、そうでした!」
ミナ。
意外と戦闘になると熱くなるタイプだな。
◇◇◇
「森の出口!」
木々の向こうが明るい。
あと少し。
「ギャギャギャ!」
背後の声は近い。
「レント!」
「おう!」
「最後尾頼む!」
「了解!」
弓を構えながら走るレント。
「《パワーショット》!」
ヒュンッ!
矢が先頭のゴブリンの足元へ突き刺さる。
「ギャッ!」
驚いて速度が落ちる。
「ナイス!」
「倒すより足止めだな!」
「そういうこと!」
森を抜けた。
《シズナ南部草原》
「まだ来るか?」
全員で振り返る。
ゴブリンたちが森の境界まで来る。
「ギャア!」
だが。
一体が草原へ出たところで止まった。
「……?」
周囲を見回し。
「ギャッ!」
森へ戻る。
他の個体も追跡をやめた。
「追ってこない?」
ミナが息を整える。
「活動範囲が決まってるのか?」
カイトが盾を下ろす。
「可能性はあるな」
俺は森を見る。
ただのゲーム的な行動範囲。
それだけかもしれない。
だが。
「……拠点から離れたくない?」
「ジョウゴ?」
「いや」
考えすぎか。
「とにかく戻ろう」
「賛成」
レントが頷く。
「ギルドへ報告だな」
◇◇◇
《シズナ》へ戻った頃には、すっかり夜になっていた。
「生きて帰ってきたー!」
カイトが城門を抜けた瞬間、大きく息を吐く。
「ゲームだから死んでも復活するだろ」
「デスペナルティあるんだぞ!」
「そうだった」
「知らなかったの!?」
「死んだことないから」
「……そうだった」
AWOでは死亡すると最後に登録した復活地点へ戻される。
一定時間の能力低下。
一部アイテムの耐久度低下。
経験値へのペナルティ。
現実の死とはもちろん違うが、なるべく避けたいものだ。
「ジョウゴさん」
「ん?」
「さっきの表示、見ました?」
「表示?」
「森から逃げる直前です」
「ああ」
俺も思い出す。
《エリアイベントの発生条件が変動しました》
「見た」
「私にも出ました」
「俺も」
「こっちもだ」
全員に表示されていたらしい。
「やっぱり何かあるな」
「イベント発生条件って何でしょう?」
「ゴブリンの拠点が関係してるのは間違いなさそうだ」
俺たちはそのまま冒険者ギルドへ向かった。
◇◇◇
夜の冒険者ギルド。
昼間ほどではないが、まだプレイヤーは多い。
「こんばんは」
受付のエリナさん。
「あら、ジョウゴさん。それに皆さんも」
「依頼報告と、ちょっと報告したいことがあります」
「報告?」
「まずこっちから」
冒険者証を出す。
《ゴブリン討伐》
《討伐数:3/3》
「確かに確認しました」
《依頼達成》
《報酬:180G》
《パーティー報酬が分配されました》
「よし」
少しずつ金が貯まってきた。
650G。
鉄製片手剣までもう少し。
「それで、もう一つの報告というのは?」
「南西林の奥でゴブリンの拠点を見つけました」
エリナさんの表情が変わった。
「……拠点?」
「はい」
「場所は?」
地図を出す。
「この辺です」
レントが位置を示す。
「簡単な柵。小屋。焚き火」
カイトが続ける。
「ゴブリンは十体以上いました」
ミナも説明する。
「それから、一体だけ大きなゴブリンが」
「大きな?」
俺が頷く。
「普通のゴブリンより一回り大きかったです」
「装備は?」
「革鎧と剣」
「名前は確認できましたか?」
「できませんでした」
「レベルも?」
「表示は《???》でした」
「…………」
エリナさんが黙る。
先ほどまでの柔らかい受付嬢の表情ではない。
「少々お待ちください」
奥へ行く。
「NPCの反応変わったな」
カイトが小声で言う。
「やっぱりイベント関係でしょうか?」
「多分な」
しばらくすると。
エリナさんが戻ってきた。
その隣には大柄な男性。
銀髪。
左目に傷。
背中には大剣。
《シズナ冒険者ギルド支部長 グラン》
「お前たちが報告者か?」
「はい」
俺たちは頷く。
「詳しく聞かせろ」
◇◇◇
別室へ移動。
テーブルの上にはシズナ周辺の地図。
「まず発見した経緯からだ」
グランさんに促され、説明する。
ゴブリン討伐依頼。
三体を撃破。
森の奥から金属音。
様子を確認。
拠点を発見。
多数のゴブリン。
そして上位個体らしき存在。
「なるほど」
グランさんが腕を組む。
「最近、南西林でゴブリンの目撃数が増えていた」
「やっぱり?」
「ああ」
地図の数か所を指す。
「商人が襲われた」
「薬草採取へ向かった冒険者も襲撃されている」
「討伐依頼を増やしたのもそのためだ」
「じゃあ、あの拠点が原因?」
ミナが聞く。
「可能性は高い」
「でも」
俺は気になることを聞く。
「拠点自体は以前からあったんじゃないですか?」
グランさんが俺を見る。
「なぜそう思う?」
「小屋も柵もありました」
一日二日で作ったようには見えなかった。
「それにゴブリンが集まっただけなら、わざわざ拠点を守るような動きをするのかなと」
「……よく見ているな」
グランさんが少し笑う。
「確かにそうだ」
地図を見る。
「問題は、なぜ今になって数が増えたかだ」
そこで。
ポーン。
システム音。
俺たち四人の前へ同時に表示が現れた。
《ワールドシステム》
《特殊条件が達成されました》
「え?」
《プレイヤーによる未確認拠点の発見》
《冒険者ギルドへの情報提供を確認》
《NPC組織による危険度判定が開始されました》
「……NPC組織?」
カイトが呟く。
さらに。
《エリアクエスト発生条件を満たしました》
《シズナ南西林:ゴブリン集落調査》
「出た」
《エリアクエスト》
《ゴブリン集落調査》
《推奨Lv:3~》
《推奨人数:複数》
《第一段階:周辺調査》
《冒険者ギルドから正式な調査依頼が発行されます》
「これ……」
ミナが俺を見る。
「私たちが発生させたんですか?」
「みたいだな」
「マジか」
レントも驚いている。
グランさんが口を開く。
「お前たちの情報は有益だった」
ゲームのシステムメッセージなど存在しないかのように、自然に話を続ける。
「明日から調査隊を編成する」
「俺たちも参加できます?」
カイトが聞く。
「Fランクだけで深部へ入れるつもりはない」
「ですよね」
「ただし周辺調査なら話は別だ」
新しい依頼票がテーブルへ置かれた。
《緊急調査依頼》
《南西林・ゴブリン活動域調査》
《目的:痕跡・巡回経路・個体数の確認》
《戦闘は必須ではありません》
《危険を感じた場合は即時撤退》
《報酬:調査内容により変動》
「戦わなくてもいいのか」
「調査だからな」
グランさんが俺を見る。
「冒険者の仕事は、魔物を倒すだけじゃない」
その言葉。
俺は少し気に入った。
「受けます」
「ジョウゴ!?」
カイトが驚く。
「嫌なら無理しなくていいぞ」
「誰も嫌とは言ってない!」
「私もやります!」
「俺も」
三人も参加。
《エリアクエスト》
《ゴブリン集落調査》
《参加登録が完了しました》
「決まりだな」
グランさんが頷く。
「ただし」
声が低くなる。
「深追いするな」
「はい」
「情報を持ち帰ることが最優先だ」
その言葉に。
「分かりました」
俺は素直に頷いた。
戦うこと。
勝つこと。
それだけが冒険ではない。
生きて帰る。
情報を持ち帰る。
誰かへ伝える。
そういう行動もまた、この世界では意味を持つ。
◇◇◇
ギルドを出る。
「まさかエリアクエスト発生させるとはな」
カイトが笑う。
「俺たちまだレベル3前後だぞ?」
「だから周辺調査なんだろ」
「ジョウゴさん」
「ん?」
「絶対、明日奥へ突っ込まないでくださいね」
「突っ込まないよ」
「本当に?」
「俺を信用しろ」
三人が黙る。
「なんで黙る?」
「だって……」
ミナが指を折る。
「ホーンラビットを手動パリィ」
「うん」
「投げる」
「うん」
「ゴブリンの武器を落とす」
「うん」
「剣を投げる」
「必要だった」
「そして未確認拠点を見つける」
「それは偶然だろ」
「不安しかないです」
「ひどいな」
笑いながら歩く。
銀麦亭へ向かう途中。
俺はアイテム欄を見る。
所持金。
「……あと少しだな」
「何が?」
「新しい剣」
「ああ、650Gの?」
「覚えてたのか」
「ジョウゴさん、結構楽しみにしてましたから」
そうかもしれない。
「明日の調査報酬が入ったら買えるかな」
「だったら頑張りましょう!」
「無理しない範囲でな」
「ジョウゴさんからその言葉が!」
「俺はいつも無理してないぞ」
「はいはい」
「信じてないな?」
◇◇◇
その夜。
AWOのプレイヤー掲示板では。
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【シズナ周辺情報交換スレ Part5】
401:名無しの冒険者
南西林にエリアクエスト出たぞ。
402:名無しの冒険者
マジ?
403:名無しの冒険者
《ゴブリン集落調査》ってやつ。
404:名無しの冒険者
誰が条件踏んだ?
405:名無しの冒険者
未確認拠点発見→ギルド報告らしい。
406:名無しの冒険者
そういうのでクエスト生えるの!?
407:名無しの冒険者
AWO自由度やべえ。
408:名無しの冒険者
発見者誰?
409:名無しの冒険者
四人PTらしい。
410:名無しの冒険者
名前は?
411:名無しの冒険者
一人はジョウゴ。
412:名無しの冒険者
またお前か。
413:名無しの冒険者
例の変な剣士www
414:名無しの冒険者
ウサギ投げてた奴?
415:名無しの冒険者
ゴブリンの武器も落としたらしい。
416:名無しの冒険者
剣士とは。
417:名無しの冒険者
今度はエリアクエストまで掘り出したのかよ。
418:名無しの冒険者
本人配信してくれ。
419:名無しの冒険者
動画見たい。
420:名無しの冒険者
ジョウゴって配信者?
421:名無しの冒険者
検索したけど出てこない。
422:名無しの冒険者
野良の一般人じゃね?
423:名無しの冒険者
一般人(リアル武術持ち)
424:名無しの冒険者
誰か見つけたら動画頼む。
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本人の知らないところで。
《ジョウゴ》という名前は、少しずつ知られ始めていた。
そして。
「配信で見てみたい」
そんな声も。
少しずつ増え始めていた。
この時の俺はまだ知らない。
この小さな声の積み重ねが。
やがて現実世界で、とある企業――。
《CROSS社》
の目に留まることになるなど。
知るはずもなかった。




