第11話 ゴブリン集落調査
翌日。
仕事を終え、夕食と風呂を済ませた俺――上塚賢吾は、いつものようにVR機器を装着した。
《Another World Onlineを起動します》
「ログイン」
意識が切り替わる。
◇◇◇
《Welcome Back》
《Another World Online》
「さて」
目を開ければ、すっかり見慣れた《銀麦亭》の七号室。
今日は寄り道する前に、やることが決まっている。
《エリアクエスト》
《ゴブリン集落調査》
《第一段階:周辺調査》
昨日、俺たちが南西林で発見したゴブリンの拠点。
その情報を冒険者ギルドへ報告したことで発生したエリアクエストだ。
「調査優先。深追い禁止、と」
昨日、ギルド支部長のグランさんから念を押された。
戦う必要はない。
情報を持ち帰ることが最優先。
「……まあ、当然だな」
俺は装備を確認する。
相変わらずの初心者装備。
「剣は今日の報酬次第かな」
目標は鍛冶工房バルガにあった《鉄製片手剣》。
650G。
もう少しだ。
「行くか」
◇◇◇
冒険者ギルドへ到着すると。
「遅い!」
「時間通りだろ」
入口でミナに怒られた。
「私たちは十分前からいます!」
「集合時間より早く来るのは自由だけど、俺まで早く来る義務はないだろ」
「正論で返さないでください!」
「無茶言うな」
「よう、ジョウゴ」
カイトが笑う。
「今日も変なことする準備はできてるか?」
「調査だぞ」
「つまり変な調査方法を?」
「しない」
「本当に?」
「お前ら俺を何だと思ってるんだ」
「「「変な剣士」」」
「息ぴったりだな!」
レントまで混ざっている。
「まあいい」
ギルドへ入る。
◇◇◇
「揃ったな」
昨日と同じ別室。
ギルド支部長グランさんが地図を広げていた。
今回は俺たちだけではない。
NPC冒険者が数名。
別のプレイヤーパーティーもいる。
「今回の目的は討伐ではない」
グランさんが全員を見る。
「南西林におけるゴブリンの活動範囲を確認する」
地図を指す。
「調査区域を三つに分ける」
北側。
中央。
南側。
「お前たち四人は南側だ」
「昨日俺たちが通った辺りですね」
「そうだ」
「調べるものは?」
レントが尋ねる。
「足跡」
「食料の痕跡」
「巡回個体」
「罠」
「拠点へ続く道」
グランさんが順番に挙げる。
「そして最も重要なのは」
俺たちを見る。
「上位個体の存在確認だ」
「昨日見た大きい奴か」
「ああ」
グランさんの表情が険しくなる。
「ゴブリンは単体なら脅威ではない」
「だが指揮個体がいる場合、話は変わる」
「集団行動をする?」
「その可能性がある」
なるほど。
「戦闘になった場合は?」
カイトが聞く。
「少数なら任せる」
「多数なら逃げろ」
明快だ。
「特に上位個体へは手を出すな」
そこでグランさんが俺を見る。
「ジョウゴ」
「はい?」
「お前に言っている」
「なんで俺だけ!?」
後ろから笑い声。
「ほら!」
ミナが指差す。
「NPCにも警戒されてる!」
「昨日ゴブリンの武器を落としたと聞いた」
「手首を叩いただけです」
「投げたとも」
「掴まれたので」
「剣も投げたそうだな」
「間に合わなかったので」
「…………」
グランさんがため息をつく。
「とにかく無茶はするな」
「はい」
なぜだろう。
銀行の上司から注意されているような気分になった。
◇◇◇
《シズナ南西林》
「昨日より慎重に行こう」
「了解」
今回は最初から調査目的。
カイトが前。
俺が少し後ろ。
中央にミナ。
最後尾にレント。
「ジョウゴさん」
「ん?」
「昨日みたいに何か聞こえたら教えてください」
「努力する」
「聴覚スキル持ってるんですか?」
「持ってない」
「……耳がいいだけ?」
「多分」
「リアル性能持ち込むのずるくないです?」
「運営に言ってくれ」
歩く。
数分。
「止まって」
三人が即座に止まった。
「今度は何?」
「足元」
地面。
「何かあります?」
ミナがしゃがむ。
「これ」
薄い土。
複数の足跡。
「ゴブリン?」
「多分」
サイズ。
形。
昨日見たゴブリンの足と似ている。
《痕跡を発見しました》
《ゴブリンの足跡》
《調査情報が更新されました》
「やっぱり」
レントが数える。
「かなりあるな」
「同じ場所を何度も通ってる」
俺は周囲を見る。
「巡回路かもしれない」
「どうして分かる?」
「足跡が一方向じゃない」
行き。
帰り。
何度も。
「つまり定期的にここを通る?」
「可能性はある」
《調査情報:ゴブリン巡回路の可能性》
「おお」
システムも反応した。
「ジョウゴさん」
「何?」
「銀行員ですよね?」
「そうだけど」
「探偵とかじゃないですよね?」
「違う」
「古流剣術に追跡術まであるんですか?」
「流派によるだろうけど、俺が習ってる範囲では専門じゃない」
「じゃあ何で?」
「見れば分かるだろ」
「出た!」
「何が?」
「ジョウゴさんの『普通』!」
禁止ワード扱いされていた。
◇◇◇
さらに進む。
「……これ」
カイトが木を見る。
幹に傷。
「刃物?」
近づく。
何度も削られている。
「剣じゃないな」
「なんで分かる?」
「傷が浅い」
俺は指でなぞる。
「短剣か小型の斧かな」
《痕跡を発見しました》
《加工された樹木》
《ゴブリンによる資材採取の可能性》
「資材?」
ミナが首を傾げる。
「拠点を拡張してる?」
レントが呟く。
「あり得るな」
昨日の小屋。
柵。
もし今も木を集めているなら。
「集落を大きくしてる途中かもしれない」
《重要調査情報を取得しました》
「重要扱いだ」
少し嫌な予感がする。
◇◇◇
その後も。
食べ残された獣の骨。
踏み固められた道。
簡単な目印らしき枝。
次々と痕跡が見つかった。
「これ……」
ミナが表情を曇らせる。
「思ったよりちゃんと集団行動してません?」
「そうだな」
ただランダムに配置されたモンスターではない。
生活圏がある。
巡回路がある。
資材を集める。
食料も確保する。
「本当に生きてるみたいだな」
俺は呟いた。
その時。
「ジョウゴ」
レントが小声で呼ぶ。
「前」
木々の向こう。
「ギャッ」
一体。
いや。
二体。
《ゴブリン Lv.3》
《ゴブリン Lv.4》
武器を持っている。
だがこちらには気づいていない。
「どうする?」
カイトが剣へ手を置く。
「避けよう」
「戦わない?」
「調査が目的だ」
横道へ。
静かに離れる。
戦わずに済んだ。
「ジョウゴさんが戦闘回避した……」
「ミナ」
「はい?」
「俺だって考えて行動するぞ」
「成長しましたね」
「親戚のおばちゃんみたいに言うな」
◇◇◇
調査開始から一時間ほど。
「そろそろ戻る?」
「十分情報集まったしな」
レントの意見に頷く。
「帰ろう」
その時だった。
カン。
「…………」
全員が止まる。
カン。
カン。
「昨日の音」
金属音。
森の奥。
「拠点の方向ですね」
「近いな」
地図を見る。
昨日よりかなり手前。
「どうする?」
「確認だけ」
俺は言う。
「見えるところまで。近づかない」
三人も頷く。
ゆっくり進む。
茂み。
木。
その隙間から。
「……いた」
ゴブリン。
一体。
二体。
五体。
木材を運んでいる。
「本当に資材運んでる」
そして。
奥。
昨日の拠点。
「柵……増えてません?」
ミナの声が震える。
「増えてる」
昨日より広い。
小屋も一つ増えているように見える。
「一日で?」
カイトが驚く。
さらに。
カン!
カン!
金属音。
見る。
一体のゴブリンが、石を使って武器らしきものを加工している。
「……鍛冶?」
「いや、そこまで本格的じゃない」
だが。
明らかに道具を作っている。
「これ、報告した方がいい」
「ああ」
その時。
「グギャ」
低い声。
「!」
昨日の個体。
一回り大きいゴブリン。
革鎧。
錆びた剣。
《???》
出てきた。
だが。
今日はそれだけではない。
「え?」
ミナが息を呑む。
その後ろ。
さらに大きな影。
普通のゴブリンの倍近い。
鉄製らしき胸当て。
巨大な斧。
《????》
「昨日はいなかった」
俺は小声で言う。
「新しく来た?」
「それとも奥にいた?」
分からない。
だが一つだけ確かだ。
「帰るぞ」
俺は即答した。
「今回は戦う相手じゃない」
三人も異論なし。
ゆっくり下がる。
その時。
ポーン。
《重要対象を確認しました》
《エリアクエスト情報が更新されました》
《上位ゴブリンの存在を確認》
《複数の指揮個体が存在する可能性があります》
さらに。
《ゴブリン集落の発展度が上昇しています》
「発展度……?」
ミナが小さく呟く。
その言葉が妙に引っかかった。
モンスターの拠点。
それなのに。
発展。
まるで。
プレイヤーが何もしなくても。
この世界が勝手に動いているような――。
「とにかく戻ろう」
俺たちは森を離れた。
◇◇◇
冒険者ギルド。
「……間違いないのか?」
グランさんが低い声で聞く。
「はい」
地図。
足跡。
巡回路。
資材採取。
拠点拡張。
そして二体の上位個体。
すべて報告する。
「そうか」
グランさんが腕を組む。
「予想より早い」
「早い?」
俺が聞く。
「ゴブリンの集落は、放置すれば大きくなる」
「やっぱり」
「そして一定規模を超えれば――」
地図上の《シズナ》を見る。
「周辺の村や街道を襲い始める」
部屋が静かになる。
ポーン。
システム音。
《エリアクエスト第一段階が達成されました》
《ゴブリン集落調査》
《周辺調査:完了》
《報告内容を評価しています》
《高品質な調査情報を確認》
《追加報酬が付与されます》
「お」
《基本報酬:150G》
《重要情報報酬:100G》
《合計:250G》
「250!」
カイトが喜ぶ。
俺も所持金を見る。
「……届いた」
「何が?」
ミナが聞く。
「650G」
「あっ!」
「剣!」
「そう」
ようやく。
あの《鉄製片手剣》が買える。
「ジョウゴさん」
「何?」
「すごく嬉しそう」
「そりゃな」
「ゴブリン集落より剣なんですね」
「今すぐ襲ってくるわけじゃないだろ」
「それはそうですけど」
だが。
次の通知。
《エリアクエストが進行しました》
《第二段階が解放されました》
《シズナ防衛準備》
「……防衛?」
俺たちの表情が変わる。
《ゴブリン集落の危険度が規定値を超えました》
《NPC勢力が対応を開始します》
《冒険者ギルド》
《シズナ衛兵隊》
《商人組合》
《各組織が独自に行動を開始しました》
「NPCが……」
レントが呟く。
「勝手に動くのか?」
グランさんはすでに地図を見ながらNPC職員へ指示を出している。
「南門の衛兵隊へ連絡しろ!」
「街道の商隊にも警告を!」
「低ランク冒険者へ南西林への立入注意を出せ!」
「はい!」
NPCたちが動き出す。
俺たちはそれを見ていた。
「……すごいな」
思わず言葉が漏れる。
プレイヤーがクエストを受ける。
モンスターを倒す。
報酬をもらう。
そんな一方通行ではない。
俺たちが発見する。
報告する。
ギルドが判断する。
衛兵が動く。
商人が対応する。
そして世界が変わる。
「これがAWOか」
もう一つの世界。
その意味を。
また一つ知った気がした。
◇◇◇
ギルドを出る。
「ジョウゴ」
「ん?」
カイトが笑う。
「どこ行く?」
「決まってる」
俺は迷わず答える。
「鍛冶屋」
「即答!」
「650G貯まったからな」
「ゴブリン集落は!?」
「今日は調査終わっただろ」
「切り替え早すぎ!」
「だって剣欲しいし」
「子供みたいですね」
ミナが笑う。
「うるさい」
四人で夜のシズナを歩く。
目的地は《鍛冶工房・バルガ》。
ようやく初心者の剣から卒業できる。
……はずだった。
しかし。
この時の俺は知らなかった。
バルガの工房で。
ただ650Gを払って剣を買うだけでは終わらないことを。
そして。
一本の剣をきっかけに。
俺の現実世界での剣術が、さらにAWOへ深く入り込んでいくことを――。




