第8話 夜のシズナで猫探し
「さて……どこから探すか」
夜の《シズナ》西地区。
俺――ジョウゴは、一人で石畳の通りに立っていた。
今回受けた依頼は――。
《迷子の猫探し》
《依頼主:シズナ住民 アンナ》
《対象:白い猫。両耳のみ黒色》
《名前:ミー》
《最終目撃地点:シズナ西地区》
《報酬:30G》
剣士として受けるような依頼かと言われれば、微妙なところだ。
だが冒険者ギルドの依頼なのだから問題ない。
「白い身体に黒い耳、か」
まず周囲を見回す。
西地区は中央通りとは雰囲気が違う。
住宅。
小さな商店。
工房。
倉庫。
細い路地。
日中ならともかく、夜になると人通りも少ない。
「猫なら……」
大通りを堂々と歩くより。
路地。
建物の裏。
樽の陰。
そういうところだろう。
「行ってみるか」
◇◇◇
「ミー」
呼んでみる。
「ミー」
反応なし。
「……そりゃそう簡単には見つからないよな」
猫探しのクエスト。
ゲームなら対象地点へ行けばマーカーが出る。
そう思っていたのだが。
「マーカーなし?」
メニューを確認する。
《依頼対象の詳細位置は表示されません》
《周辺情報や住民との会話などから対象を捜索してください》
「本当に探せってことか」
面白い。
なら、まず情報収集だ。
近くにまだ営業している店があった。
《パン工房・ルルカ》
扉を開く。
カラン。
「いらっしゃいませ――って、もうほとんど売り切れですよ?」
若い女性NPCがこちらを見る。
「買い物じゃなくて、少し聞きたいことがあって」
「何でしょう?」
「この辺で白い猫を見ませんでした?」
「白い猫?」
「耳だけ黒いらしいです」
「ああ!」
反応あり。
「ミーちゃんですね」
「知ってるんですか?」
「リリちゃんの家の猫ですよ」
「そうです」
「また逃げたんですか?」
「また?」
どうやら初犯ではないらしい。
「時々遊びに来るんですよ。パンの匂いが好きなのかしら」
「今日も?」
「夕方に見ました」
「どっちへ行きました?」
女性が考える。
「確か……裏口から西の方へ」
「ありがとうございます」
「見つかるといいですね」
「探してみます」
「頑張ってください」
店を出る。
「なるほど」
夕方まではこの辺にいた。
そして西へ。
「ちゃんとNPCから聞き込みできるんだな」
AWOのNPCとの会話システム。
改めて恐ろしいほど作り込まれている。
◇◇◇
さらに西へ。
住宅が減り、倉庫が増えてきた。
「猫なら食べ物がある場所か?」
魚。
肉。
ゴミ置き場。
あるいは暖かい場所。
周囲を観察する。
その時。
「……ん?」
地面。
泥。
小さな跡。
「これ……」
しゃがむ。
指で確認する。
「足跡?」
小さい。
四足動物。
犬よりかなり小さい。
「猫っぽいな」
すると。
ポーン。
《観察行動を確認》
《対象の痕跡を発見しました》
《依頼情報が更新されました》
《小型動物の足跡》
「おお」
正解だったらしい。
足跡を追う。
途中で石畳になり、消える。
「ここからどうする?」
周囲を見る。
右。
左。
正面。
耳を澄ませる。
風。
酒場の声。
遠くの馬車。
人の足音。
「…………」
猫の鳴き声はない。
「いや」
待て。
現実で追跡するなら、足跡だけを見る必要はない。
周囲の環境を見る。
「猫なら狭いところを通れる」
路地。
樽。
木箱。
そして。
「これか?」
木箱の上。
白い毛。
一本。
《白い獣毛》
「続いてるな」
その先を見る。
細い路地。
「こっちか」
◇◇◇
路地を進む。
かなり狭い。
「こんなところまで作り込んでるのか」
普通のゲームなら入れない場所だろう。
だがAWOでは普通に歩ける。
壁。
排水溝。
積み上げられた木箱。
生活用品。
その一つ一つが存在している。
そして。
「……にゃ」
「!」
聞こえた。
「ミー?」
「…………」
返事なし。
「ミー」
「にゃあ……」
今度は確実。
「近い」
音の方向。
上?
見上げる。
「……いた」
二階建ての倉庫。
その屋根。
白い身体。
黒い耳。
《ミー》
「見つけた」
《依頼対象を発見しました》
「にゃー……」
だが。
「なんでそんなところにいるんだ?」
屋根の端。
降りられなくなったらしい。
「猫って登るの得意じゃないのか?」
「にゃあ!」
「怒るなよ」
さて。
どうやって助ける?
入口を探す。
倉庫は閉まっている。
壁を登る?
「無理だな」
ゲームだから無茶できるかもしれない。
だが、落ちたら普通にダメージを受けるだろう。
周囲を見る。
「…………」
木箱。
樽。
荷車。
そして倉庫横に、小さな屋根。
「行けるか?」
木箱へ登る。
そこから樽。
荷車の屋根。
小屋の屋根。
「よっと」
身体を引き上げる。
《身体操作の熟練度が僅かに上昇しました》
「こんなのでも上がるのか」
戦闘だけではないらしい。
小屋から倉庫の屋根までは少し距離がある。
「飛べるな」
助走。
二歩。
三歩。
「よっ!」
跳ぶ。
屋根の端を掴む。
身体を引き上げる。
「ふう」
現実だったら絶対にやらない。
ゲームだからできる。
「ミー」
「にゃ?」
猫がこちらを見る。
「迎えに来たぞ」
近づく。
だが。
「シャー!」
「おい」
警戒された。
「リリのところへ帰ろう」
「シャー!」
「言葉通じないか」
当然だ。
NPCとの会話に慣れすぎて、猫にも通じる気がしてしまった。
「どうするかな」
無理に捕まえると引っかかれそうだ。
アイテム欄を見る。
角ウサギの肉。
「……肉?」
いや、生肉は駄目だろう。
他には。
「銀麦パン」
さっき食べ切れなかった分を持っていた。
「猫にパン……」
あまり良くない気もする。
すると。
「そういえば」
パン工房の女性が言っていた。
パンの匂いが好きなのかもしれない、と。
食べさせる必要はない。
匂いだけなら。
パンを取り出す。
「ほら」
「……にゃ?」
反応した。
「やっぱり好きなのか」
「にゃー」
一歩。
近づいてきた。
「よしよし」
パンを自分の方へ。
ミーも近づく。
あと少し。
「にゃ」
「捕まえた」
脇へ手を入れる。
持ち上げる。
「にゃー!」
「暴れるなって」
腕の中で暴れる。
「お前を助けに来たんだぞ」
「にゃ!」
「分かった分かった」
何が分かったのか自分でも分からない。
《依頼対象を保護しました》
「よし」
問題は。
「どうやって降りる?」
「にゃ?」
「お前のせいだからな」
◇◇◇
来た道を戻る。
片腕に猫を抱えた状態なので、慎重に。
小屋の屋根。
荷車。
木箱。
「よっと」
着地。
「にゃ」
「到着」
ミーを抱えたまま歩く。
帰り道。
ミーは意外と大人しい。
「最初からそうしてくれれば楽だったんだけどな」
「にゃー」
「そうか」
何を言っているのか分からない。
だが妙に会話している気分になる。
◇◇◇
「ミー!」
リリの家。
扉を開けて出てきた少女が駆け寄ってきた。
「ミー!」
「にゃー!」
腕から降ろす。
ミーがリリへ飛びつく。
「よかったぁ!」
ぎゅっと抱きしめる。
「どこにいたの?」
「西地区の倉庫の屋根」
「また高いところ登ったの!?」
「にゃ」
また?
常習犯か。
「ジョウゴお兄ちゃん!」
「ん?」
「ありがとう!」
満面の笑顔。
「どういたしまして」
その瞬間。
ポーン。
《依頼条件を達成しました》
《迷子の猫探し 達成》
家から女性が出てくる。
《シズナ住民 アンナ》
「あなたがミーを?」
「はい」
「ありがとうございます。娘がずっと心配していたんです」
「見つかってよかったです」
「こちらを」
《30Gを受け取りました》
《依頼報酬を獲得しました》
たった30G。
ホーンラビットを何匹か倒した方が稼げる。
でも。
「ジョウゴお兄ちゃん!」
「ん?」
リリが小さなものを差し出す。
「これあげる!」
「これは?」
小さな青い花。
《シズナの小花》
《シズナ周辺に咲く一般的な花》
《特別な効果はありません》
「……いいのか?」
「うん!」
「ありがとう」
受け取る。
《シズナの小花を入手しました》
効果なし。
価値も、おそらくほとんどない。
なのに。
「……悪くないな」
アイテム欄へ大切にしまう。
◇◇◇
銀麦亭へ戻る途中。
「ゲームか」
猫を探した。
NPCへ聞き込みをした。
足跡を見つけた。
屋根へ登った。
猫を助けた。
報酬をもらった。
たったそれだけ。
モンスターとの激しい戦闘もない。
レベルアップもない。
珍しいアイテムもない。
それでも。
「楽しかったな」
自然とそう思えた。
――もう一つの世界で、もう一人のあなたとして生きよう。
AWOのキャッチコピー。
少しずつ意味が分かってきた気がする。
◇◇◇
そして。
俺が銀麦亭へ戻った頃。
冒険者ギルドでは。
「……あら?」
受付嬢エリナが、一枚の記録を見ていた。
《冒険者:ジョウゴ》
《Fランク》
《依頼達成数:2》
《薬草採取:良品質》
《迷子の猫探し:追加評価あり》
「追加評価?」
依頼主からの評価。
《対象を無傷で保護》
《依頼主との友好度上昇》
《シズナ住民からの信頼:微増》
「珍しいですね」
冒険者は依頼を達成する。
それ自体は普通だ。
だがAWOでは。
どう達成したのか。
それもまた記録される。
戦闘だけではない。
住民との会話。
行動。
選択。
積み重ね。
そのすべてが。
少しずつ、この世界に残っていく。
そしてジョウゴ本人は。
「マリアさん、今日も部屋借ります」
「あいよ!」
そんなことなど全く知らず。
いつも通り銀麦亭へ帰っていた。
剣士ジョウゴ。
レベルはまだ低い。
装備も初心者用。
名声なんてものもない。
けれど。
《シズナ》という街に。
少しずつ。
ジョウゴという一人の冒険者の足跡が刻まれ始めていた。




