第31話 自己安定する魔力経路
「魔力経路が――自己安定してやがる」
バルガの言葉を聞いた瞬間。
俺――ジョウゴは、座ったばかりの椅子から立ち上がった。
「……どういう意味?」
ミナも食後のデザートから顔を上げる。
カイトとレントも、さすがに今の言葉は気になったらしい。
「そのままの意味だ!」
バルガが興奮したまま答える。
「さっき作った試験材に魔力を流しただろ?」
「ああ」
「普通なら、魔力を止めた後は形成された経路が少しずつ乱れる。試作四号だって完全には固定されてねぇ」
「だから使うたびに安定性を確認してる」
「そうだ。ところが――」
バルガが俺を指差した。
「あいつは違う!」
「試験材を指差してくれ」
「細けぇ!」
相変わらずだ。
「工房!」
「今日は終わりって――」
「確認だけだ!」
「その言葉、信用できないんだけど」
「俺も」
カイトが頷く。
「同意」
レントまで。
「みんな酷くねぇか!?」
「今までの実績」
「ぐっ……!」
否定できないらしい。
とはいえ。
俺も気になる。
「十分だけ」
「よし!」
「本当に十分だからな」
「分かった!」
……たぶん分かっていない。
◇◇◇
バルガの工房。
さっきまで使っていた作業台の上に、試験材が置かれている。
《名称未登録・特殊複合鋼》
高密度鉄。
黒鉄。
銀星砂。
青鉄砂。
青月石。
そして、ミナの魔力操作と俺たちの複合鍛造。
その結果。
《硬度:高》
《粘性:非常に高い》
《重量:軽》
《魔力伝導:非常に高い》
《魔力経路形成適性:非常に高い》
《魔力蓄積:中》
《魔力放出安定性:非常に高い》
《安定度:97%》
現時点では、これまで作った特殊素材の中で最も完成度が高い。
「ミナ」
「うん」
「さっきと同じくらい流せる?」
「やってみる」
ミナが試験材へ手を添える。
「いくよ」
淡い光。
魔力が流れ込む。
青月石由来の成分が、一度それを受け止める。
そこから。
細く。
穏やかに。
内部へ。
「見える?」
ミナ。
「少し」
正確には目で見えているわけじゃない。
鍛冶作業を続けてきたことで、素材内部の魔力反応をシステム補助として感じ取れるようになってきた。
流入。
分散。
経路形成。
「止めて」
「うん」
ミナが手を離す。
魔力供給停止。
普通なら。
ここから経路が少しずつ不安定になる。
一分。
二分。
三分。
「……変わらない」
ミナ。
「ああ」
俺も感じる。
魔力の道が残っている。
さらに五分。
バルガが鑑定。
《魔力経路安定率:96.8%》
「これだ!」
「高いな」
「もう少し待つぞ!」
「十分って言ったよな?」
「研究に時間は必要だ!」
「さっきまでの約束は?」
「研究の前では些細なことだ!」
「やっぱり信用できなかった」
◇◇◇
さらに時間を置く。
《魔力経路安定率:96.7%》
「ほとんど落ちてない」
レント。
「ああ」
普通の金属なら、魔力供給を止めれば内部に形成した経路は徐々に乱れていく。
ところが。
この素材は違う。
「青月石だけの効果?」
ミナ。
「それだけじゃねぇと思う」
バルガが答える。
「青月石は魔力を溜めて、ゆっくり放つ。だが、それだけなら経路そのものを維持する理由にはならねぇ」
「青鉄砂?」
俺。
「たぶんな」
細かな蒼鉄粒子。
それが複合鋼内部へ均一に広がった。
そして蒼鉄は、もともと魔力伝導性が高い。
「つまり」
俺は試験材を見る。
「青鉄砂が内部に細かな魔力経路を作って、青月石が流れを安定させている?」
「俺もそう見てる」
バルガ。
「さらに銀星砂が経路同士を繋いでる可能性もある」
「三つが役割分担してるのか」
カイトが首を傾げる。
「つまり?」
レントが答えた。
「青鉄砂が道を作る」
「おう」
「銀星砂が道を繋ぐ」
「おう」
「青月石が交通整理する」
「分かりやすい!」
ミナ。
「かなり雑だけどな」
俺。
「俺にはそれくらいがいい」
カイトは満足そうだった。
◇◇◇
「じゃあ」
ミナが試験材を見る。
「魔力を流しやすくて、一回作った道が残りやすいってこと?」
「そうなる」
俺は考える。
もし。
これを刀へ使ったら。
試作四号では、魔力刃を起動するたびに魔力経路へMPを通す必要がある。
起動時。
《MP-1》
その後も斬撃や出力によってMPを消費する。
だが。
「経路そのものが安定して残るなら」
「起動が楽になる」
バルガ。
「MP消費も減る?」
ミナ。
「可能性はある」
さらに。
魔力の流れが安定すれば。
「刀身の負担も減るかもしれない」
「そうだ!」
バルガが笑う。
「だから五号だ!」
「まだ作らない」
「なんでだぁ!」
「検証が足りない」
「九十七%!」
「一個だけ」
「自己安定!」
「一個だけ」
「こんなに良い素材なのに!」
「だからこそ」
俺は試験材を見る。
「失敗して青月石を無駄にしたくない」
「……」
バルガが止まった。
青月石。
現在。
一個しかない。
南洞窟十階層ボスの初回宝箱から出た希少素材。
次にいつ手に入るか分からない。
「……確かにな」
「珍しく納得早いな」
「素材を無駄にする方が嫌だからな!」
「そこか」
職人らしい。
◇◇◇
翌日。
現実世界。
午前七時十五分。
俺は朝食を取りながら、昨日のことを考えていた。
「自己安定か……」
スマートフォンには、CROSS LIVEからの通知。
昨日は配信していない。
今日は配信予定日でもない。
だから。
「今日は普通に仕事」
ゲームのことは夜。
まず現実。
食事を終え、出勤する。
◇◇◇
銀行。
「上塚君」
「はい」
支店長。
「この書類、確認頼めるか」
「分かりました」
数字。
契約内容。
申請情報。
一つずつ確認する。
ゲーム内では刀を振っている。
鍛冶までしている。
それでも。
ここでは銀行員。
俺はこの生活を崩すつもりはない。
正式配信者契約でも。
副業申請でも。
《本業最優先》
そこは変わらない。
◇◇◇
昼休み。
スマートフォン。
CROSS社。
神崎さんからメッセージ。
『上塚様、お疲れさまです』
『先日の南洞窟第十階層攻略配信について、簡単な視聴データがまとまりました』
「十八万人いったやつか」
開く。
《最大同時視聴者数:186,503》
《アーカイブ再生数:増加中》
《高反応区間》
《アーマードミノタウロス戦》
《受け流し》
《魔力刃》
《青月石獲得》
そして。
《視聴者関心》
《刀研究:非常に高い》
《通常冒険:高い》
《生活系コンテンツ:高い》
《戦闘技術解説:非常に高い》
「刀研究も人気なのか」
まあ。
第一章からずっとやっている。
俺の配信を見ている人にとっては、刀が完成していく過程そのものが一つのコンテンツになっているらしい。
返信。
『確認しました』
『今後も通常プレイを中心に、必要に応じて刀研究も配信します』
送信。
すぐ返ってくる。
『承知しました』
『無理のない範囲でお願いいたします』
「本当に本業優先だな」
CROSS社側も。
そこはありがたい。
◇◇◇
夜。
《リアルコンディションチェック》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
「ログイン」
◇◇◇
銀麦亭。
「おかえり、ジョウゴ」
「ただいま」
いつもの席。
「ジョウゴ!」
ミナ。
「今日は何する?」
カイト。
「普通の依頼」
「鍛冶じゃないの?」
「素材が足りない」
「バルガは?」
「工房」
レント。
「試験材をずっと見てるらしい」
「……寝てる?」
ミナ。
「NPCだから現実の睡眠不足警報はないけど」
「ゲーム内でも寝ろよ」
俺は苦笑する。
◇◇◇
冒険者ギルド。
Lv11。
次の依頼。
《西街道・商隊護衛補助》
《推奨Lv10~12》
「護衛」
カイト。
「久しぶりだな」
「これにしよう」
ただ魔物を倒すだけではない。
商人。
荷馬車。
道。
NPCとの交流。
AWOらしい。
《依頼受注》
《西街道・商隊護衛補助》
◇◇◇
西門。
商隊。
荷馬車三台。
商人二人。
御者三人。
そしてNPC護衛二人。
「冒険者の皆さんですか?」
「はい」
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
目的地は西側の小さな宿場町。
片道約二時間。
「普通の護衛」
ミナ。
「何も起きないといいね」
「その言い方」
カイト。
「フラグ」
「言うな」
◇◇◇
出発。
街道。
荷馬車。
草原。
遠くに森。
「こういうのもいいな」
俺。
「戦わないの?」
カイト。
「護衛は戦わないで終わるのが一番だろ」
「確かに」
レントは周囲を見る。
「左、問題なし」
「右も」
俺。
《洞察Lv.1》
人。
道。
荷馬車。
不自然な点はない。
ただ歩く。
でも。
警戒は続ける。
◇◇◇
一時間ほど。
「休憩にしましょう」
商人。
街道脇。
荷馬車を止める。
俺たちも軽食。
ミナ。
《満腹度:37%》
「今日は大丈夫」
「何が?」
「食べ過ぎ!」
「食べ過ぎないのが普通だからな」
「最近ちゃんと管理してるよ!」
「成長した」
「でしょ!」
カイト。
葡萄ジュース。
「俺も管理してる」
「お前は酒飲まなくなっただけ」
「大きな成長!」
「AWO限定な」
「現実はノーコメント!」
レント。
「その返しも定着したな」
◇◇◇
休憩終了。
出発。
そして。
三十分後。
「止まって」
レント。
全員。
止まる。
「どうした?」
「前」
街道。
静か。
でも。
鳥がいない。
「俺も気になった」
森の端。
草。
揺れ。
「数は?」
「五……いや、六」
俺は刀へ手をかける。
商人へ。
「荷馬車を止めてください」
「魔物ですか?」
「可能性があります」
カイト。
前。
盾。
ミナ。
後方。
レント。
弓。
俺。
右前。
ガサッ!
《フォレストウルフLv.10》
さらに。
《フォレストウルフLv.11》
六体。
「来た!」
◇◇◇
一体。
カイト。
ガン!
「受けた!」
二体目。
俺。
爪。
《見切り》
半歩。
外す。
刀。
《受け流しLv.1》
流す。
崩す。
「ふっ!」
一閃。
《フォレストウルフLv.11に大ダメージ》
Lv11になって。
技量46。
すばやさ41。
以前より動作が滑らか。
でも。
数字だけに任せない。
見る。
考える。
動く。
「レント!」
「右を止める」
シュッ!
矢。
狼の進路が変わる。
「ミナ!」
「《ライトボルト》!」
光。
怯む。
「カイト!」
「二体引き受ける!」
「無理するな!」
「分かってる!」
◇◇◇
六体。
少し多い。
でも。
俺たちはLv11。
連携も慣れている。
一体。
二体。
三体。
順番に減らす。
最後。
フォレストウルフ。
俺へ突進。
正面。
避ける。
刀。
首元。
「斬!」
《フォレストウルフLv.11を討伐しました》
静寂。
「終わり」
レント。
「周囲確認」
「問題なし」
商人たちも無事。
「ありがとうございます!」
「怪我は?」
「ありません」
「荷馬車は?」
「問題なしです」
「よし」
護衛依頼。
優先するべきは。
敵をたくさん倒すことじゃない。
守ることだ。
◇◇◇
宿場町。
《護衛目的地へ到着しました》
《依頼条件達成》
「ありがとうございました」
商人が頭を下げる。
「いえ」
《依頼評価:A》
《追加評価》
《護衛対象被害:0》
《荷物損失:0》
《経験値ボーナス》
「いい感じ」
ミナ。
「次レベルは?」
確認。
《ジョウゴ Lv.11》
《次レベルまで:43%》
「まだ」
「普通に上がってるな」
カイト。
「焦らず」
◇◇◇
帰り。
シズナ。
銀麦亭。
「ただいま」
「おかえり」
マリアさん。
今日は。
バルガがいない。
「珍しい」
ミナ。
「工房だろ」
俺。
すると。
マリアさんが苦笑する。
「さっきまでいたよ」
「何してた?」
「ジョウゴが戻ったら工房へ来いって」
「やっぱり」
「それと」
「まだある?」
「『成功した』って叫んでた」
「……何が?」
「そこまでは聞いてないねぇ」
俺たち。
顔を見合わせる。
「行く?」
ミナ。
「……行く」
嫌な予感。
いや。
今回は。
良い予感かもしれない。
◇◇◇
工房。
扉。
開く。
「バルガ」
「来たか!」
作業台。
そこには。
二つの試験材。
「まさか」
「ああ!」
バルガが笑う。
「再現できた!」
一つ目。
《名称未登録・特殊複合鋼》
《安定度:97%》
二つ目。
《名称未登録・特殊複合鋼》
《安定度:97%》
「同じ」
ミナ。
「魔力経路は?」
俺。
「見ろ!」
《魔力経路安定率:96.7%》
《自己安定性:確認》
そして。
ポーン。
《特殊素材研究条件達成》
《複合素材の再現性を確認》
《魔力経路自己安定性を確認》
《地域技術登録条件を満たしました》
「来た」
システム。
《新規地域技術》
《星蒼導流鋼》
《シズナ地域に新規特殊素材技術として登録されました》
「星蒼導流鋼……」
さらに。
《開発協力者》
《鍛冶師バルガ》
《剣士ジョウゴ》
《僧侶ミナ》
「私も!」
ミナ。
「魔力操作担当だからな」
「やった!」
そして。
新しい説明。
《星蒼導流鋼》
《高密度鉄・黒鉄・蒼鉄系素材・銀星砂・青月石系素材を複合し、内部に安定した魔力経路を形成する特殊鋼》
《特徴》
《高硬度》
《高粘性》
《軽量》
《高魔力伝導》
《魔力経路自己安定》
《加工難度:極高》
「加工難度、極高」
カイト。
「作れるの?」
「作った」
バルガ。
「そうだった」
◇◇◇
そして。
もう一つ。
通知。
《特殊武器開発条件を一部達成》
《既存技術:《複合鍛造刀》》
《新規素材:《星蒼導流鋼》》
《魔力経路技術:《青月導流構造》》
《条件統合中……》
俺。
バルガ。
ミナ。
画面を見る。
《新規刀剣試作が可能になりました》
バルガ。
ゆっくり。
俺を見る。
「ジョウゴ」
「……分かってる」
「五号」
俺は。
作業台の《星蒼導流鋼》を見る。
ここまで。
高密度鉄。
黒鉄。
蒼鉄。
銀星砂。
青月石。
青鉄砂。
カイルの《月白》。
ミナの魔力操作。
バルガとの試行錯誤。
全部。
積み重ねてきた。
「材料は?」
「まだ足りねぇ」
「だよな」
「だが」
バルガが笑う。
「設計は始められる」
俺も。
少し笑う。
「なら」
試作三号。
試作四号。
そして。
その先。
「《鉄刀・試作五号》」
いや。
星蒼導流鋼を使うなら。
もう《鉄刀》ではない。
「名前も変える必要があるか」
「完成してから考えろ!」
「それもそうだ」
新しい刀。
魔力をただ纏うのではなく。
内部へ流し。
蓄え。
安定させ。
刃へ伝える。
俺たちがAWOでゼロから積み上げてきた《刀》が。
ついに。
次の段階へ進もうとしていた。
そして――。
翌日から。
バルガによる恐怖の、
《試作五号設計会議》
が始まることになるのだった。




