第29話 普通の依頼と採集日和
翌日。
俺――上塚賢吾は、いつも通り銀行での仕事を終えて帰宅した。
正式配信者になった。
スポンサー案件も経験した。
AWOでは刀開発が進み、《星蒼複合鋼》や《青月導流構造》なんて新しい研究まで始まっている。
それでも、現実側の生活は変わらない。
仕事。
夕食。
風呂。
家事。
明日の準備。
全部済ませてから。
「今日は普通の依頼だったな」
VR機器を装着する。
昨日、ミナたちと決めた。
南洞窟十一階以降は、推奨Lv14以上。
俺たちはまだLv10。
だから無理に深層へ進まず、しばらくは適正レベルの依頼をこなしながら経験値を積む。
「ログイン」
◇◇◇
《リアルコンディションチェックを開始します》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
「問題なし」
この確認もすっかり日常になった。
光。
意識が切り替わる。
◇◇◇
《銀麦亭》。
「おかえり、ジョウゴ」
「ただいま、マリアさん」
一階。
「ジョウゴ!」
ミナ。
「遅いぞ!」
カイト。
「時間通りだ」
「気分の話!」
「前にも聞いたな、それ」
レントも席にいる。
「依頼は選んでおいた」
「早いな」
「候補は三つ」
テーブルの上。
一枚目。
《北東草原・薬草採集》
《推奨Lv8~11》
二枚目。
《南東林・ゴブリン討伐》
《推奨Lv9~12》
三枚目。
《西丘陵・荷馬車部品回収》
《推奨Lv8~10》
「部品回収?」
俺。
「昨日、荷馬車が壊れたらしい」
レント。
「魔物に襲われた?」
「小型魔物が出る可能性あり」
「普通だな」
カイトが言う。
「どうする?」
ミナ。
俺は三枚を見る。
「薬草採集にしよう」
「戦闘じゃないの?」
カイト。
「レベル上げだけが目的じゃないだろ」
「まあ、そうだけど」
「それに」
俺は依頼書を指差す。
《追加報酬》
《希少薬草発見時、別途買い取り》
「採集で珍しい素材が出るかもしれない」
「ジョウゴ」
ミナが笑う。
「それ鍛冶素材じゃないよ?」
「分かってる」
「ちょっと残念そう」
「気のせい」
◇◇◇
今日は配信あり。
ただし大きな企画ではない。
CROSS社からも、
『通常配信の中で生活系アップデートについて軽く触れていただければ』
という程度。
だから。
【AWO】今日は北東草原で薬草採集します
「地味だな」
カイト。
「地味でいい」
「配信で?」
「普段通りが売りだから」
「なるほど」
配信設定。
《NPCプライバシー自動保護:ON》
《位置情報遅延:ON》
《現実身元保護:ON》
《コメント要約:ON》
「始める」
《LIVE――START》
『きた!』
『今日は採集?』
『平和回』
『ジョウゴの普通回』
『生活アップデートの話聞きたい』
《現在視聴者数:19,832》
「こんにちは。ジョウゴです」
俺は歩きながら話す。
「今日は北東草原で薬草採集をします」
『本当に普通』
『こういうのでいい』
「あと最近、生活系アップデートが多いので」
ミナがニヤニヤする。
「何?」
「言うの?」
「何を?」
「ジョウゴが全部予言したって」
「してない」
『予言者ジョウゴ』
「違います」
◇◇◇
シズナ北東門を出る。
草原。
風。
遠くに低い丘。
「最近追加されたのは」
俺。
「満腹度」
ミナ。
「食べ過ぎ!」
「経験者」
「言わないで!」
「飲酒」
カイト。
「二日酔い」
「経験者」
「俺も言われるの!?」
「さらに現実飲酒連動」
レント。
「睡眠不足」
「リアル空腹」
「水分」
「体温」
「運動不足」
全部。
「正直、結構増えました」
『多いwww』
『生活ゲーム』
『健康管理MMO』
「でも」
俺は続ける。
「安全機能としては、あった方がいいと思います」
『ジョウゴ真面目』
「ゲーム内で腹いっぱい食べても、現実の身体は満たされないので」
『当たり前だけど大事』
「熱中症なんかは強制ログアウトもあるらしいです」
『そこまで?』
「危険ならゲームより現実優先」
それでいい。
◇◇◇
「薬草」
レント。
「どこ?」
「右前方」
俺たちは進む。
《青葉草》
「久しぶり」
ミナがしゃがむ。
「傷薬の材料だね」
「必要数?」
「三十株」
「結構ある」
「手分けしよう」
俺も採集。
《青葉草×1》
《青葉草×1》
《青葉草×1》
しゃがむ。
根元。
傷めないように。
『ジョウゴ採集慣れてる』
「森歩きもあるから」
スキル。
《森歩き》
今は草原だが、地形を見る癖はついている。
◇◇◇
「ジョウゴ」
ミナ。
「これ違う?」
「どれ?」
少し青みが強い葉。
鑑定。
《青露草》
「別物」
「珍しい?」
《青露草》
《青葉草の近縁種》
《朝露や魔力濃度の高い場所で育つ》
《回復薬の品質向上素材》
「追加報酬対象かも」
「やった!」
『ミナの運仕事した?』
現在。
《運の良さ:17》
「採集にも少し影響あるんだよな」
俺。
「じゃあミナ中心で探す?」
カイト。
「私は幸運装置じゃないよ!」
「宝箱担当」
「採集担当」
「食事担当」
「最後だけおかしい!」
◇◇◇
しばらく。
青葉草。
二十七。
二十八。
二十九。
「あと一」
「見つけた」
レント。
「早い」
採集。
《青葉草×30》
《依頼条件達成》
「終わり?」
カイト。
「追加素材少し探してから帰る」
「やっぱり」
「経験値も入るから」
「素材目当てじゃない?」
「両方」
正直に言う。
◇◇◇
その時。
ガサッ。
草むら。
レントが弓へ手。
「三」
《グラスウルフLv.9×3》
「ちょうどいい」
カイト。
「戦闘だ!」
「喜ぶな」
盾。
「来い!」
一体。
カイトへ。
二体。
左右。
俺とレント。
「ミナ後ろ」
「分かった!」
俺。
試作四号。
通常状態。
魔力刃は使わない。
一体目。
跳躍。
《見切り》
半歩。
爪。
外す。
刀。
添える。
《受け流しLv.1》
流す。
重心崩れ。
「ここ」
《崩し》
斬。
《グラスウルフLv.9に大ダメージ》
もう一撃。
《グラスウルフLv.9を討伐》
「レント?」
「問題ない」
矢。
命中。
ミナの光。
カイトの盾。
数分。
《グラスウルフ×3討伐》
『安定してる』
『Lv10で楽になった?』
「多少」
俺。
「でも相手がLv9だから」
『油断しない』
「油断する理由がないです」
◇◇◇
戦闘後。
「ジョウゴ」
ミナ。
「経験値」
確認。
《Lv.10》
《次レベルまで:78%》
「増えた」
カイト。
「俺も」
レント。
「同じくらい」
「Lv11近いね」
焦らず。
普通の依頼を続ければいい。
◇◇◇
「お」
カイト。
「何?」
「腹減ってきた」
ゲーム内空腹。
満腹度。
《カイト:32%》
「そろそろ軽食」
俺。
安全な場所。
パン。
干し肉。
水。
「俺は葡萄ジュース!」
「持ってきたのか」
「常備!」
二日酔い事件以来、徹底している。
『カイトの葡萄ジュース』
『完全に定着』
「酒はもういい」
カイト。
『リアルでは?』
「それはノーコメント!」
「別に現実で適量ならいいだろ」
「ログイン前は絶対飲まない!」
「そこは正解」
◇◇◇
ミナ。
軽食。
《満腹度:59%》
「今日は余裕!」
「食べ過ぎてない」
「成長!」
「それ普通だから」
「褒めて!」
「えらい」
「やった!」
単純だ。
◇◇◇
その時。
コメント要約。
《質問多数:睡眠不足状態の解除方法》
「ああ」
俺。
「現実由来の睡眠不足なら、ゲーム内で完全解除はできないと思います」
ミナ。
「回復魔法でも?」
「たぶん無理」
「現実で寝ろってこと?」
「そう」
俺。
「寝てください」
『ゲーム配信で寝ろって言われた』
『正論』
『僧侶でもダメ?』
「ゲーム内の一時的な軽減は今後あるかもしれませんけど、現実の睡眠不足そのものは治らないです」
レント。
「寝る以外ないな」
「その通り」
◇◇◇
帰路。
「ジョウゴ」
ミナ。
「今日平和だね」
「そうだな」
「何も起きないね」
「それでいい」
カイト。
「フラグ?」
「やめろ」
俺。
レント。
「静かな日も必要だ」
「そう」
俺。
何も起きなくていい。
薬草採集。
小さな戦闘。
軽食。
帰る。
これもAWO。
◇◇◇
シズナ。
冒険者ギルド。
「依頼報告お願いします」
受付。
《青葉草×30》
「確認しました」
《依頼達成》
《評価:A》
「A?」
ミナ。
「青露草も?」
提出。
《青露草×4》
「珍しいものを見つけましたね」
《追加買取》
《追加経験値》
ポーン。
「ん?」
《経験値を獲得》
《ジョウゴ:Lv.10》
《次レベルまで:92%》
「あと少し」
カイト。
「次の依頼で上がりそう」
「たぶん」
ミナ。
「Lv11だ!」
「まだ上がってない」
◇◇◇
そして。
「青露草についてですが」
受付職員。
「薬師ギルドから継続納品依頼が出る可能性があります」
「薬師ギルド?」
「最近、生活状態回復薬の需要が増えているんです」
「生活状態?」
「食べ過ぎや二日酔いなどの症状軽減用です」
「…………」
俺たち四人。
止まる。
ミナ。
「私の商売のライバル?」
「薬師だから違うだろ」
カイト。
「二日酔い薬……」
「飲むの?」
「飲まない!」
即答。
「なら気にするな」
受付職員が笑っている。
「最近は僧侶と薬師、両方で生活状態支援が盛んになっていますよ」
「世界が変わってるな」
俺。
ほんの少し前まで。
食べ過ぎすら存在しなかった。
今では。
僧侶が有料回復。
薬師が生活状態薬。
経済まで動いている。
◇◇◇
銀麦亭。
配信終了。
《現在視聴者数:54,217》
「今日はここまで」
『平和だった』
『薬草回好き』
『Lv11もうすぐ』
『次は何?』
「まだ決めてません」
『予言は?』
「しません」
『残念』
「絶対しません」
《LIVE――END》
◇◇◇
静かになる。
「今日は本当に普通だったね」
ミナ。
「ああ」
「いいな」
俺。
バルガもいない。
新素材もない。
大事件もない。
「……」
銀麦亭の扉。
バンッ!
「ジョウゴォ!」
「言ったそばから!」
バルガ。
「何だよ!」
「青露草!」
「そっちは薬草!」
「違う!」
「じゃあ何?」
「薬師ギルドから聞いた!」
「何を?」
「青露草の群生地近くに――」
バルガが目を輝かせる。
「青鉄砂が出る可能性がある!」
「…………」
「何それ?」
ミナ。
バルガ。
「蒼鉄の微細粒子を含む砂だ!」
「鍛冶素材じゃないか」
カイト。
「また始まった」
レント。
俺は天井を見る。
「普通の日……短かったな」
「明日行くぞ!」
「勝手に決めるな!」
「Lv11にも近いんだろ!」
「そうだけど!」
「一石二鳥!」
「使い方合ってるのが腹立つ!」
ミナが笑う。
こうして。
平和な薬草採集依頼は終わり――。
俺たちはLv11目前まで成長した。
そして同時に。
また一つ。
新しい鍛冶素材の噂へ引っ張られることになったのだった。




