第20話 二日酔いの盾役
翌日。
現実での仕事を終え、帰宅。
夕食。
風呂。
家事。
翌日の準備。
そこまで終わらせてから、俺――上塚賢吾はVR機器を装着した。
昨日は《シズナ南方街道》の商隊護衛。
第一行程を無事に終え、《南方中継宿》まで到着した。
商隊被害はゼロ。
護衛評価A。
魔物討伐評価A。
そして今日。
別の商隊がシズナ方面へ戻るらしく、復路護衛を受けるかどうか相談する予定になっている。
「問題は……」
カイト。
昨日。
『俺は飲みすぎない!』
そう言って、宿の酒場へ消えていった。
「……大丈夫だよな?」
自分で言っておいて嫌な予感しかしない。
「ログイン」
◇◇◇
光が晴れる。
《南方中継宿》。
昨日借りた客室だ。
まず自分の状態確認。
《ジョウゴ》
《Lv.9》
《HP:100%》
《MP:100%》
《満腹度:29%》
《状態異常:なし》
「よし」
問題なし。
部屋を出る。
廊下。
階段。
一階へ。
「ジョウゴ!」
ミナがいた。
「おはよう」
「おはよう!」
その隣にレント。
「カイトは?」
俺が聞く。
ミナ。
レント。
二人が無言で奥を見る。
「…………」
嫌な予感。
「いるの?」
「いる」
レント。
「どこ?」
「食堂」
「何してる?」
「見れば分かる」
そんなに酷いのか。
◇◇◇
食堂。
「…………」
いた。
テーブルへ突っ伏している。
大盾は椅子の横。
顔色――というかアバターの表情が明らかに悪い。
「カイト?」
「……うぅ」
「大丈夫か?」
「声でけぇ……」
「普通の声だ」
「頭に響く……」
俺はミナを見る。
「まさか」
「うん」
ミナが状態表示を指差した。
《カイト》
《状態異常:二日酔い》
「…………」
「言っただろ」
「昨日は……大丈夫だったんだよ……」
「何杯飲んだ?」
「…………」
「カイト?」
「最初は一杯」
「最初は?」
「エール一杯」
「うん」
「その後、護衛に参加してた人たちと話して」
「うん」
「もう一杯」
「二杯」
「その後、商人のおっちゃんが奢ってくれて」
「三杯」
「それから……」
「まだあるのか?」
「覚えてない」
「完全に飲みすぎじゃないか!」
ミナが吹き出す。
「ふふっ!」
「笑うなぁ……頭痛ぇ……」
「昨日あれだけ『一杯だけ』って言ってたのに!」
「雰囲気が良かったんだよ……」
レントが淡々と言った。
「典型的な失敗例だな」
「やめてくれ……」
◇◇◇
俺はカイトの状態詳細を見る。
《二日酔い》
《HP自然回復速度:低下》
《MP自然回復速度:低下》
《すばやさ:低下》
《技量:低下》
《気分不良》
《一部食事効果:低下》
「盾役として致命的では?」
「言うな……」
「防御力は?」
「そこは落ちてない」
「でも反応遅い」
「うぅ……」
これで護衛依頼は無理だ。
本人が盾で攻撃を受ける役なのに、反応速度と技量が下がっている。
「今日は復路護衛、見送るか」
「えっ」
カイトが顔を上げる。
「俺のせいで?」
「安全優先」
「でも報酬が」
「報酬より事故の方が面倒だろ」
「……それはそうだけど」
「治ってから帰ればいい」
ミナも頷く。
「私もそれがいいと思う」
「レントは?」
「賛成」
全員一致。
「……ごめん」
カイトが項垂れる。
「別に謝るほどじゃない」
俺は答える。
「ただ」
「?」
「次から飲みすぎるな」
「はい……」
素直だ。
◇◇◇
「で」
ミナが身を乗り出す。
「どうやったら治るの?」
「確か水分補給、休息、一部料理、薬とかだったはず」
「じゃあ試そう!」
急に元気だな。
「こういうの好きだよね」
「検証!」
「昨日まで食べ過ぎの被験者だったのに」
「それは言わないで!」
『食べ過ぎ』はもう治ったらしい。
◇◇◇
まず水。
「飲め」
「うぅ……」
「少しずつ」
カイトが水を飲む。
《二日酔い回復速度:微増》
「効いてる」
「本当?」
「表示出た」
次。
スープ。
宿屋の女将に相談すると、薄味の野菜スープを出してくれた。
「飲める?」
「匂いは平気……」
一口。
二口。
《気分不良:軽減》
「お」
「少しマシ」
「じゃあもっと」
「待って!」
ミナ。
「満腹度もあるよ!」
「……そうだった」
食べ過ぎ防止。
二日酔い対策で食べ過ぎたら本末転倒だ。
「AWO、面倒になってない?」
カイト。
「生活感が増したとも言える」
「言い方!」
◇◇◇
さらに。
「回復魔法は?」
ミナが杖を持つ。
「試す?」
「お願いします……」
「《ライトヒール》」
淡い光。
《HP回復》
《二日酔い:直接解除不可》
「あ」
「駄目なんだ」
俺は頷く。
「普通の回復魔法じゃ生活系状態異常までは消せないらしい」
「万能じゃないんだな」
レント。
「その方がバランス取れる」
何でも僧侶に治してもらえたら、飲み放題になってしまう。
「解毒魔法は?」
「それも試してみる」
《簡易浄化》
ミナが別の魔法を使う。
《二日酔い回復速度:上昇》
「おお!」
「治らないけど早くなる!」
「便利だな」
「MP使うけどね」
これなら、酒場の隣に僧侶が立っている未来もありそうだ。
「『二日酔い回復支援します』とか」
「商売になりそう」
「やめろ、ミナ」
「え?」
「新しい商売を思いつかせるな」
「ジョウゴが言うとまたアップデート来るよ」
「俺のせいじゃない!」
◇◇◇
カイトを休ませる間。
俺たちは中継宿を見て回ることにした。
小さな集落に近い。
宿。
酒場。
厩舎。
雑貨屋。
鍛冶の簡易修理所。
商人向けの倉庫。
「こういうところ、好きだな」
俺が呟く。
「シズナみたいな街じゃないけどね」
ミナ。
「街道を支える場所って感じ」
「交易の中継地点だな」
レント。
荷馬車が入り。
荷物を下ろし。
馬を休ませ。
護衛が飯を食い。
また次の目的地へ向かう。
AWOは、こういう場所までちゃんと生活している。
「配信すればよかったかな」
「今日はしないの?」
「カイトがあれだから」
「二日酔い配信!」
「本人が嫌だろ」
「嫌だ!」
遠くから声。
聞こえていたらしい。
「じゃあやめとこう」
NPCや仲間の失態まで何でも配信する必要はない。
CROSS LIVEにはプライバシー保護機能がある。
でも最初から配信しない選択肢もある。
◇◇◇
昼頃。
カイトの状態。
《二日酔い:軽度》
「だいぶ回復したな」
「生き返った……」
「死んでない」
「気分的に」
顔色も戻っている。
「これなら移動くらいはできる?」
レント。
「戦闘はまだ止めといた方がいい」
俺。
「じゃあ今日中にシズナへ戻る方法は?」
ミナ。
「護衛なしの定期馬車」
中継宿には一般客向けの馬車もある。
「それで帰るか」
「賛成……」
カイトは完全に戦意を失っていた。
◇◇◇
定期馬車。
俺たち四人は客として乗り込む。
護衛依頼とは違う。
すでにNPC冒険者が護衛として付いている。
「たまにはこういうのもいいね」
ミナが窓の外を見る。
「乗ってるだけ」
カイト。
「今のお前にはちょうどいい」
「否定できない……」
馬車が動く。
街道。
昨日戦った場所。
アーマーボアが出た辺りも通過する。
「昨日は戦ってたのに」
「今日は乗客」
AWOらしい。
いつも自分たちが何かをしなければならないわけじゃない。
誰かの護衛で移動する日もある。
◇◇◇
途中。
カイトが窓から外を見ていた。
「なあ」
「何?」
「酒ってさ」
「うん」
「もう飲まない」
「極端だな」
「二日酔い怖い」
「適量ならいいんじゃない?」
ミナ。
「俺、自信なくなった」
「じゃあ葡萄ジュースにしとけ」
「それにする……」
完全にトラウマになっている。
「でも」
レントが静かに言う。
「次に酒場で誰かが『一杯だけ』と言ったら、説得力ある忠告ができる」
「経験者だからな」
「やめろ」
◇◇◇
シズナ到着。
夕方。
南門をくぐる。
「帰ってきた……」
カイトが感動している。
「そんな長旅してないぞ」
「今日は長かった……」
そのまま《銀麦亭》。
「おかえり」
マリアさん。
「ただいま」
「カイト、顔色悪いね」
「二日酔いです……」
「あらまあ」
マリアさんは笑う。
「飲みすぎたのかい?」
「はい……」
「じゃあ今日はお酒抜き」
「お願いします」
「胃に優しいもの作ってあげるよ」
「女神……」
「マリアさんだ」
◇◇◇
夕食。
カイトはお粥に近い柔らかい料理。
俺たちは普通の夕飯。
ミナ。
パン。
肉。
スープ。
そしてデザートメニューを見る。
「…………」
「満腹度は?」
俺が聞く。
「76%」
「やめとけ」
「今日はやめる」
「成長したな」
「私だって学習するもん!」
カイトも言う。
「俺も学習した」
「お前は身をもってな」
「うぅ……」
◇◇◇
その時。
ポーン。
全員に共通通知。
《Another World Online》
《生活状態システム利用状況について》
「またアップデート?」
ミナが身構える。
「いや、お知らせっぽい」
開く。
《満腹・食べ過ぎ・飲酒・二日酔いシステムの実装後、多数のフィードバックを確認しています》
《現時点で大きな仕様変更予定はありません》
カイトが絶望した。
「二日酔い残るのかよ……」
「そりゃそうだろ」
続きを見る。
《なお、酒類年齢制限および不正提供対策については、継続して監視・改善を実施します》
《現実法令に関係する可能性のある悪質行為については、ゲーム内処分とは別に対応します》
「そこは変わらないな」
当然だ。
ゲーム内の酔いは遊び。
でも現実の犯罪に繋がるなら別。
境界ははっきりしている。
◇◇◇
「ところで」
カイトが俺を見る。
「次どうする?」
「次?」
「護衛依頼、途中で終わっただろ」
「第一行程は達成済み」
復路は任意の追加依頼だった。
だから失敗扱いではない。
「また別の依頼探す?」
「そうだな」
北西森林はまだ推奨Lv12以上。
今は避ける。
星蒼複合鋼は一区切り。
試作四号も完成。
なら。
「南の洞窟とか?」
ミナ。
「ダンジョン?」
「最近行ってないし」
カイトの顔が少し戻る。
「いいな!」
「二日酔い治ってからな」
「もう明日には治る!」
「たぶん」
レント。
そこで。
ポーン。
俺だけに通知。
《CROSS LIVE》
《担当:神崎》
「また神崎さん?」
開く。
『先日のスポンサー配信について、企業側より正式な実施完了連絡が届きました』
『視聴者反応も良好です』
さらに。
『また、次回配信についてCROSS社側から特別な指定はありません』
『普段通りAWOをお楽しみください』
「ありがたい」
俺は画面を閉じる。
「何だって?」
ミナ。
「次も好きにやっていいって」
「じゃあダンジョン!」
カイトが復活。
「お前、さっきまで死にかけてたのに元気だな」
「二日酔いが治ったらな!」
「分かってるならいい」
俺は少し笑う。
初めてのスポンサー案件。
生活系アップデート。
満腹。
食べ過ぎ。
飲酒。
そして二日酔い。
正式配信者になってからも。
AWOの日常は、相変わらず予想通りには進まない。
でも――。
それくらいが面白い。
「じゃあ次は」
俺は三人を見る。
「久しぶりにダンジョンでも行くか」
「おー!」
ミナ。
レントも頷く。
そしてカイト。
「その前に!」
「何?」
「今日はもう寝る!」
「正解」
こうして――。
AWOの新しい生活系デバフ、
《二日酔い》第一号の身近な犠牲者は、カイトとなった。
本人にとっては。
たぶん一生忘れられないアップデートになっただろう。




