第17話 初めてのスポンサー案件
AWOからログアウトした俺――上塚賢吾は、VR機器を外すと、そのまま机へ向かった。
時刻はまだ余裕がある。
明日の仕事に影響するほど遅くはない。
「スポンサー案件、か」
スマートフォンを開く。
CROSS社の専用アプリには、神崎さんから届いたメッセージが表示されていた。
『今回の配信内容を受け、スポンサー企業よりジョウゴ様への案件相談が一件届いております』
正式契約の説明を受けた時にも聞いていた。
スポンサー案件は本人承認制。
CROSS社が勝手に決めることはない。
断っても問題なし。
「まず内容確認だな」
メッセージを開く。
◇◇◇
《案件相談》
《依頼元:CROSS社提携企業》
《案件内容:CROSS LIVE公式配信内でのサービス紹介》
《実施可否:本人判断》
《詳細資料あり》
「サービス紹介……」
企業名より先に、内容を見る。
こういう時に最初から報酬だけを見るのは危ない。
何を求められているのか。
拘束時間。
表現上の制約。
公開範囲。
競合制限。
配信内容への介入。
一つずつ確認する。
資料を読み進める。
「……なるほど」
案件は、VR関連の周辺サービス。
AWOそのものの商品ではない。
配信者向けの健康管理支援と、長時間VR利用時の休憩通知機能を提供する企業らしい。
「ずいぶん俺向きだな」
内容は単純だった。
次回以降の配信冒頭か終了時に数分程度、
「長時間利用を避け、適度に休憩しましょう」
という注意喚起とともに、提供サービスを紹介する。
無理に褒める必要なし。
実際に試用して、合わなければ案件そのものを断ってよい。
「……かなりまともだな」
もっとこう、
『この商品を最高と言ってください!』
とか、
『配信中に必ず三回名前を出してください!』
みたいなものを想像していた。
続きを見る。
《禁止事項》
《勤務先情報との関連付け禁止》
《金融知識を利用した広告表現禁止》
《誇大表現禁止》
《未使用状態での推奨表現禁止》
「CROSS社側でかなり整理してるな」
勤務先から副業を認めてもらった条件にも、
勤務先の信用を広告利用しない
というものがある。
そこにも抵触しない。
さらに報酬欄。
「……」
俺は一度画面を閉じた。
もう一度開く。
「結構あるな」
正式配信の収益とは別。
案件報酬としてまとまった金額が提示されている。
ただし。
「金額だけで決めるのは駄目だな」
契約書を読む。
細則。
二次利用。
広告素材への切り抜き利用。
配信アーカイブの利用期間。
名前の使用範囲。
特に気になったのは――。
《配信映像の一部を広告素材として二次利用する可能性あり》
「ここだな」
俺は神崎さんへ返信する。
『案件内容を確認しました』
『二次利用について確認したい点があります』
『ジョウゴ名義およびAWO内映像が、どの媒体まで使用される可能性がありますか』
送信。
数分後。
『確認ありがとうございます』
『広告利用範囲はCROSS LIVE内、CROSS社公式SNS、依頼企業公式サイトを予定しています』
『テレビCM等の外部媒体への展開は今回含まれません』
「なるほど」
さらに。
『使用する映像については、公開前に上塚様の確認を挟む条件へ変更可能です』
「それなら」
悪くない。
でも、まだ承認しない。
『サービス自体を一度試用してから判断したいです』
すぐ返事。
『もちろんです』
『むしろ弊社としても、その判断を推奨しています』
俺は小さく笑った。
「ちゃんとしてるな」
◇◇◇
翌日。
いつも通り銀行へ出勤。
「おはようございます」
「おはようございます、上塚主任」
今日も仕事。
副業が増えたからといって、本業の量が減るわけではない。
「主任、この確認お願いします」
「はい」
資料を見る。
数字。
日付。
添付書類。
「ここ、前回の申請と内容が違いますね」
「え?」
「理由書あります?」
「……ないです」
「では先方へ確認してください」
「はい」
淡々と仕事を進める。
午前中。
特に問題なし。
昼休み。
スマートフォンを見ると、CROSS社から試用案内が届いていた。
「早いな」
試用期間は数日。
利用データのうち、企業へ提供されるのは本人が許可した範囲のみ。
睡眠時間や休憩回数などの詳細情報は外部公開されない。
「そこも大事だな」
健康管理サービスだからといって、生活情報まで広告に使われたら困る。
資料を閉じた時。
「上塚君」
「はい?」
支店長だった。
「少しいいかな」
「はい」
今度は何だろう。
会議室へ移動するほどではなく、その場で小声。
「息子から聞いたんだが」
「……またですか」
「君、スポンサーが付くのか?」
「早い!」
思わず声が出た。
「まだ受けてません」
「そうなのか?」
「相談が来ただけです」
「なるほど」
支店長が少し安心した顔になる。
「念のため言っておくけど」
「はい」
「銀行の名前を使った広告は――」
「しません」
「金融商品も――」
「扱いません」
「専門家として投資を――」
「しません」
「……完璧だね」
「条件なので」
支店長が苦笑する。
「それならいい」
少し間。
「ちなみに息子には何も言ってないよ」
「ありがとうございます」
「ただ、配信を見て勝手に情報を拾ってくる」
「それは……止められませんね」
「私もそう思う」
◇◇◇
数日後。
試用。
仕事後に使ってみる。
AWOへログインする前。
利用時間を設定。
《連続VR利用:90分で休憩推奨》
《深夜帯:長時間利用時に警告》
《翌日の予定に応じた終了目安設定》
「これは便利かもな」
特に最後。
翌日の起床時間を登録しておけば、睡眠時間を確保できるように逆算して通知してくれる。
「俺の場合、もともとやってることだけど」
でも。
配信していると時間感覚がずれることはある。
実際、鍛冶研究中は集中しすぎていた。
バルガだったら絶対無視するだろうが。
「よし」
試してみる。
◇◇◇
AWO。
《銀麦亭》。
「おかえり、ジョウゴ」
「ただいま、マリアさん」
今日は配信しない。
普通にログイン。
「みんなは?」
「カイトとレントはギルドに行ったよ。ミナは厨房」
「厨房?」
嫌な予感。
覗く。
「マリアさん! これもう食べていい?」
「まだ煮込むよ!」
「えー!」
いた。
「ミナ」
「あ、ジョウゴ!」
「何してるんだ?」
「料理見学!」
「やっぱり」
マリアさんの横。
鍋の中からいい匂い。
「今日は何?」
「鶏肉と豆の煮込みだよ」
「それください」
「はいはい」
「私も!」
「ミナはもう注文してるだろ」
「追加!」
「食べすぎじゃないか?」
「AWOだから大丈夫!」
「空腹システムあるけど満腹システムもそのうち来そうだな」
「嫌なこと言わないで!」
◇◇◇
食事後。
カイトとレントも戻ってきた。
「よう!」
「お疲れ」
「北西森林の追加調査、進んでるらしいぞ」
レントが言う。
「何か分かった?」
「大型魔物が一体いる可能性が高いらしい」
「一体?」
「ああ。ただ、まだ正体は不明」
俺たちが見つけた巨大な足跡。
調査隊が追っているようだ。
「俺たちは?」
カイトが期待する目。
「行かない」
「まだ何も言ってない!」
「顔で分かる」
「推奨Lv12以上だぞ」
レントも同意する。
「まずレベルを上げてからだ」
「ちぇっ」
そのうち。
焦らなくていい。
◇◇◇
ポーン。
視界端に通知。
《連続VR利用時間:85分》
《5分後に休憩を推奨します》
「お」
「どうしたの?」
ミナ。
「今試してるサービスから休憩通知」
「サービス?」
「現実側の話」
「配信関係?」
「まあ、そんな感じ」
詳しく説明する必要はない。
そして五分後。
《休憩を推奨します》
「ちょうどいい」
俺は立ち上がる。
「今日はここで一回ログアウトする」
「早くない?」
カイト。
「九十分くらいやってる」
「もう?」
「集中してると早いな」
このサービス。
悪くない。
◇◇◇
現実へ戻る。
VR機器を外す。
水分補給。
少し身体を動かす。
「……使えるな」
広告だから褒める。
ではない。
実際に使ってみて便利。
なら案件を受けてもいい。
俺は神崎さんへ連絡する。
『試用しました』
『機能として問題ありません』
『案件を受けたいと思います』
送信。
すぐに返信。
『ありがとうございます』
『では正式な案件条件をお送りします』
契約内容を再確認。
配信内での紹介時間。
表現は本人の言葉でよい。
不満点があれば言ってよい。
誇張禁止。
広告であることを明示。
公開前の二次利用映像は本人確認あり。
「問題なし」
電子承認。
ポン。
《スポンサー案件が確定しました》
これで正式配信者になってから――。
初めての企業案件。
「……なんだか急に仕事っぽくなってきたな」
今までは配信して。
広告収益や投げ銭が入る。
それだけだった。
今度は企業から依頼を受ける。
内容を確認する。
契約する。
実施する。
「本業とは全然違うけど」
契約書を読むところだけは妙に馴染みがある。
◇◇◇
翌日。
神崎さんから正式な配信予定案が届いた。
『次回LIVE冒頭に3~5分程度』
『広告である旨を明示』
『実際に使用した感想をジョウゴさん自身の言葉でお話しください』
『その後は通常通りAWOをお楽しみください』
「通常通り、か」
それが一番ありがたい。
案件だからといって、その後一時間ずっと商品を宣伝するわけじゃない。
紹介したら、後は普通にAWO。
「さて」
次の配信。
何をするか。
星蒼複合鋼研究は一区切り。
試作四号も完成。
北西森林はまだ危険。
なら。
「久しぶりに街の外へ普通の依頼でも――」
その瞬間。
スマートフォンへCROSS社ではない通知。
AWO公式アプリ。
《冒険者ギルド・登録プレイヤー向け通知》
《シズナ周辺地域》
《新規共同依頼が公開されました》
「共同依頼?」
開く。
《シズナ南方街道》
《商隊護衛および周辺魔物討伐》
《推奨Lv:8~11》
「ちょうどいいな」
現在Lv9。
ミナたちにも声をかければいい。
そして護衛依頼なら――。
戦闘だけじゃない。
旅。
NPCとの交流。
街道。
食事。
正式配信者になった俺が最初からやりたかった、
《普段通りのAWO生活》
そのものだ。
「次はこれにするか」
初めてのスポンサー案件。
そして久しぶりの護衛依頼。
銀行員として働きながら始まった配信者生活は――。
少しずつ。
俺の日常の中へ溶け込み始めていた。




