第16話 CROSS社からの企画相談
現実世界へ戻った俺――上塚賢吾は、VR機器を外してからスマートフォンを手に取った。
時刻はまだ遅くない。
明日の仕事に支障が出る時間でもない。
「……神崎さんから、か」
《CROSS LIVE》の担当者。
俺を正式配信者として契約まで導いたCROSS株式会社・配信事業部の神崎さん。
AWOで届いた通知は、現実側の専用アプリにも同期されていた。
《次回配信企画についてご相談があります》
「企画相談……」
正式配信者になった以上、いつかは来ると思っていた。
ただ。
「早くないか?」
まだ正式配信者としての活動を始めたばかりだ。
初回公式LIVE。
《星蒼複合鋼》研究。
《鉄刀・試作四号》完成。
実戦試験。
鍛冶師ギルドによる正式審査。
確かに、話題は続いている。
俺はメッセージを開いた。
『上塚様』
『お疲れさまです。CROSS株式会社の神崎です』
『先日の公式LIVE、および《鉄刀・試作四号》関連の視聴データを確認しました』
『現在、刀開発・鍛冶関連への視聴者関心が非常に高い状態です』
「まあ……そうだろうな」
試作四号の実戦試験では、最終的に十四万人以上が見ていた。
続きを読む。
『ただし、弊社から特定の企画を強制する意図はありません』
『上塚様のプレイスタイルを維持したまま、次回LIVEで新技術認定について簡単に紹介する企画はいかがでしょうか』
「なるほど」
さらに。
『例』
『・星蒼複合鋼の正式登録報告』
『・魔力同調鍛造についての簡単な説明』
『・試作三号と試作四号の比較』
『・視聴者からの質問回答』
『・通常のAWO生活』
最後。
《実施するかどうかは上塚様の判断にお任せします》
「……これなら」
嫌ではない。
むしろ助かる。
CROSS社から突然、
『次回は十万人集めるためにボスを倒してください』
などと言われたら困っていた。
そういう契約ではないと理解していても、正式配信者になれば数字を求められる可能性は考えていた。
でも。
今のところ神崎さんは一貫している。
普段通り。
無理をさせない。
本人が承認した企画だけ。
「返信しておくか」
『ありがとうございます』
『新技術認定の報告と、試作三号・四号の比較くらいなら問題ありません』
『ただし、AWO内の予定次第では内容を変更する可能性があります』
送信。
数分もしないうちに返事が来た。
『承知しました』
『予定変更も含めて、ジョウゴさんらしい配信になると思います』
「……ジョウゴさんらしい、ね」
どういう意味だろう。
◇◇◇
翌朝。
いつも通り出勤。
「おはようございます」
「おはようございます、上塚主任」
仕事を始める。
今日は月末前。
いつもより確認する書類が多い。
こういう日は、AWOのことを考えている余裕はない。
「上塚主任」
「はい」
「この申請書なんですが」
「見ます」
後輩から受け取る。
金額。
日付。
添付資料。
「ここ、確認しました?」
「え?」
「前月資料と数字がずれてます」
「……あっ」
「原因を確認してから通してください」
「はい!」
仕事。
仕事。
また仕事。
昼前までほとんど席を立てなかった。
「ふう……」
ようやく一息。
その時。
「上塚君」
「はい?」
支店長。
まさか。
「昨日、息子がまた騒いでいたよ」
「……何の話ですか?」
「青く光る刀」
「ああ……」
試作四号。
やはり見ていたらしい。
「『あれ絶対強い』とか言っていた」
「強いことは強いですが」
「だろうね」
支店長が笑う。
「ただ、仕事は問題なさそうだ」
「はい」
「ならいい」
それだけ。
でも。
こうして何も言われないというのは、逆にありがたい。
副業申請は条件付き承認。
その条件を守っている限り、必要以上に干渉しない。
それが今の距離感なのだろう。
◇◇◇
仕事終了。
帰宅。
夕食。
風呂。
家事。
翌日の準備。
時計を見る。
「今日は少し余裕あるな」
配信予定。
神崎さんには今日か明日で調整すると伝えている。
「……今日やるか」
VR機器を装着。
「ログイン」
◇◇◇
光が晴れる。
AWO。
《銀麦亭》。
部屋から一階へ降りる。
「あら、ジョウゴ」
「ただいま、マリアさん」
「おかえり」
いつものやり取り。
今日は少し落ち着く。
「夕飯?」
「あとでお願いします」
「はいはい」
その時。
「ジョウゴ!」
聞き慣れた声。
振り返る。
「ミナ」
「今日、配信するんでしょ?」
「なんで知ってる?」
「バルガさんが言ってた」
「なんでバルガが知ってる?」
「ジョウゴが昨日、新技術の報告配信するかもって言ってたって」
「俺、バルガに言ったっけ?」
「言ってたぞ」
奥から本人が出てきた。
「いたのかよ」
「俺もいる」
カイルまで。
「また?」
「暇だった」
「元Sランクって本当に暇なんだな」
「引退すると意外とな」
以前も聞いた。
◇◇◇
結局。
銀麦亭の一角。
マリアさん。
ミナ。
バルガ。
カイル。
そして俺。
全員揃った。
「……これ、前にも見た構図だな」
「正式初配信の時だね」
ミナ。
「まあいいか」
視界端。
《CROSS LIVE》
配信タイトル。
【AWO】試作四号完成&新鍛冶技術の報告をします
「普通だな」
カイトがいたら言いそうだ。
「配信開始」
《LIVE――START》
『きた!』
『ジョウゴ!』
『試作四号!』
『正式登録されたって本当?』
『鍛冶配信だ!』
《現在視聴者数:31,208》
「こんばんは。ジョウゴです」
もう挨拶には慣れた。
「今日は、前回まで研究していた《星蒼複合鋼》について報告があります」
『おお』
『きたきた』
『正式登録?』
「はい」
視界に情報を表示。
《地域特殊素材:星蒼複合鋼》
「シズナ鍛冶師ギルドの審査を受けて、正式に地域特殊素材として登録されました」
『おめでとう!』
『すげえ』
『プレイヤー発の素材?』
「俺一人じゃないです」
バルガを見る。
「バルガ」
「おう!」
「ミナ」
「はい!」
「あと、ヒントをくれたカイル」
「俺はほとんど見ていただけだ」
「《月白》がなかったら魔力経路の発想は遅れてたと思います」
そこは事実だ。
『月白先生』
『カイルさん重要人物』
『バルガもいる!』
次。
《地域鍛冶技術:魔力同調鍛造》
「これも正式登録」
説明する。
「簡単に言うと、槌を打つタイミングと魔力を流すタイミングを合わせます」
『簡単に言ってるけど難しそう』
『鍛冶職だけじゃできない?』
「現状、魔力を細かく操作できる人がいた方がいいです」
「つまり私!」
ミナが胸を張る。
『ミナ先生!』
『鍛冶師兼回復役』
「鍛冶師じゃないよ!」
◇◇◇
そして。
「これが《鉄刀・試作三号》」
まず三号を机へ。
「高密度鉄と黒鉄の複合鍛造。品質は希少。耐久性が高くて、重心は手元寄り」
続けて。
「こっちが《鉄刀・試作四号》」
二本を並べる。
『見比べると違うな』
『四号細い』
『鍔も違う』
『刃文ちょっと青い?』
「四号は《星蒼複合鋼》」
抜く。
刀身。
「三号より軽い。でも重心は手元寄りを維持しています」
バルガが割り込む。
「ここが大事なんだ!」
「急に来たな」
「軽くするだけなら簡単だ!」
「そうなの?」
ミナ。
「素材を減らせば軽くなる!」
「雑!」
「だがな!」
バルガは止まらない。
「軽くして強度を保って、しかも使い手に合う重心にする! そこが難しい!」
確かに。
『バルガ先生の授業始まった』
『熱い』
『職人トーク好き』
バルガは試作四号を指差す。
「こいつはジョウゴ用だ!」
「俺用?」
「当たり前だろ」
胸を張る。
「誰にでも最高の刀じゃねぇ!」
俺は少し驚いた。
「ジョウゴは真正面から力比べしねぇ!」
受け流す。
崩す。
返す。
「だから手元で動かしやすくした!」
なるほど。
「万人向けじゃない、か」
「そうだ!」
その言葉は大事だと思う。
「確かに」
俺は視聴者へ向き直る。
「試作四号は、俺の戦い方に合わせています」
『専用装備』
『主人公武器っぽい』
『他の人が使ったら?』
「使えないわけじゃない。でも俺と同じ評価になるとは限らない」
ステータス。
技能。
戦い方。
それぞれ違う。
装備だけ真似すれば同じ強さになるわけではない。
◇◇◇
《コメント要約》
《魔力刃補助の実演希望多数》
「やっぱり来たか」
「やろう!」
ミナが嬉しそう。
「銀麦亭の中ではやらない」
「当たり前だよ!」
マリアさん。
「やったら?」
笑顔。
「弁償だからね?」
「絶対やりません」
『マリアさん最強』
『圧がすごい』
◇◇◇
場所をバルガの工房裏へ移す。
位置情報遅延はON。
配信上では細かな現在地は伏せられている。
「じゃあ」
試作四号を抜く。
「通常状態」
木杭。
一閃。
ザンッ!
深く切れる。
「次」
MPを流す。
スゥゥゥ――。
鍔元から青白い線。
刃文が淡く光る。
『きた!』
『これ好き』
『めっちゃ綺麗』
構える。
「ふっ!」
斬る。
スッ――。
木杭がずれ。
落ちる。
『おおおおお!』
『切れ味やばい』
『魔力剣だ』
「魔力剣というより補助です」
魔力を止める。
青白い光が消える。
「MPも使うので常用はしません」
『強敵用か』
「そういう使い方になると思います」
◇◇◇
その後。
視聴者からの質問。
《星蒼複合鋼は販売する?》
「現時点では未定」
バルガを見る。
「どうする?」
「まず研究だ!」
「だそうです」
《試作四号を売る?》
「売りません」
即答。
『即答www』
「自分用だから」
《試作五号は?》
「まだ考えてません」
「俺は考えてるぞ!」
バルガ。
「聞いてない」
《東方諸国へ行く予定は?》
俺の手が止まった。
「東方諸国……」
カイルを見る。
彼の腰には《月白》。
「いつかは行ってみたい」
これは本音だ。
本物の東方刀文化。
刀鍛冶。
素材。
技術。
そして。
「俺たちが作ってる刀と、向こうの刀がどれくらい違うのか見たい」
カイルが少し笑った。
「面白いぞ、東方は」
「行ったことあるんですよね?」
「ああ」
「遠い?」
「かなりな」
「じゃあ、すぐには無理だな」
『長期目標きた』
『東方編いつか見たい』
『月白の故郷!』
今すぐじゃない。
でも。
いつか。
そのくらいがちょうどいい。
◇◇◇
《現在視聴者数:128,744》
「……また十万超えてる」
『鍛冶配信人気すぎ』
『刀好き集まりすぎ』
『普通の生活配信とは』
「今日は普通だろ」
『どこが』
『新技術正式登録は普通じゃない』
「……確かに」
否定できない。
「じゃあ最後に」
俺は試作四号を鞘へ納める。
「星蒼複合鋼と試作四号は、ひとまず一区切りです」
バルガが不満そう。
「一区切りだ!」
「分かってるよ」
「次があるからな!」
「まだ何も決めてない」
「決める!」
元気だ。
「今後はまた普通に冒険したり、依頼を受けたり、街で過ごしたりします」
『普通希望』
『また飯配信して』
『戦闘講座も』
『四人で冒険して』
「その辺は予定が合えば」
そして。
「無理に配信内容を作るつもりはありません」
正式配信者。
でも。
そのためにAWOへ来たわけじゃない。
「俺がAWOで生活して、その中で面白そうなことがあれば配信します」
『それでいい』
『ジョウゴらしい』
『自由にやってくれ』
コメント要約。
《方針への肯定的反応多数》
「ありがとう」
配信を終える。
《LIVE――END》
◇◇◇
静かになった工房裏。
「終わった?」
ミナ。
「ああ」
「お腹空いた!」
「さっきからそれ言いたかっただろ」
「うん!」
銀麦亭へ戻ることになった。
歩き出した、その時。
ポーン。
「ん?」
通知。
CROSS LIVE。
神崎さん。
『本日の配信、お疲れさまでした』
さらにもう一通。
『今回の配信内容を受け、スポンサー企業よりジョウゴ様への案件相談が一件届いております』
「……スポンサー?」
正式契約の時に説明された。
スポンサー案件。
本人承認制。
受けるも断るも自由。
ついに来たか。
「何?」
ミナが聞く。
「CROSS社から」
内容を見る。
『案件内容の詳細について、現実側でご確認ください』
「……今日はログアウト後も仕事か」
「配信の?」
「そうなるな」
銀行員としての本業。
AWOでの冒険。
CROSS LIVE。
そして――。
初めて届いたスポンサー案件。
正式配信者になったことで。
俺の日常は少しずつ――。
これまでとは違う形へ変わり始めていた。




