第12話 試作四号、焼き入れ
《鉄刀・試作四号》。
刀身形成率――79%。
魔力経路安定度――93%。
重心――手元寄り。
内部密度――高。
ここまで来れば、完成は近い。
近いのだが――。
「問題は焼き入れだな」
俺――ジョウゴは、作業台に置かれた刀身を見ながら呟いた。
「ああ」
バルガも珍しく難しい顔をしている。
昨日までの工程で、刀身そのものはかなり形になった。
だが、刀として使うなら熱処理は避けて通れない。
刃に必要な硬さ。
折れにくさ。
粘り。
そのバランスを作る工程。
俺が現実で知っている日本刀なら、焼き入れ前に焼刃土を塗り、刃側と棟側で冷え方に差を作る。
だが――。
「今回、それをそのままやっていいのか?」
「俺に聞くな」
「鍛冶師だろ」
「星蒼複合鋼なんて昨日できたような素材だぞ!」
「それはそう」
バルガが胸を張る。
「未知だ!」
「威張るところじゃないと思う」
ミナが横から突っ込んだ。
壁際ではカイルが《月白》を膝へ置いている。
「東方刀はどうしてる?」
俺が聞く。
「焼き入れはする」
「魔力経路は?」
「職人によって方法が違うらしい」
「また曖昧だな」
「俺は使い手だ」
「分かってる」
もう何度このやり取りをしただろう。
◇◇◇
「まず試験材でやる」
俺は言った。
「試作四号本体をいきなり焼くのは危険すぎる」
「だな」
さすがにバルガも反対しない。
以前作った《星蒼複合鋼・試験材》。
安定性《高》。
魔力経路も形成済み。
これを小さな刀身に近い形へ加工して、複数の熱処理を試す。
「条件を分けるぞ」
一枚の紙へ書き出す。
一号。
全体を均一加熱して水冷。
二号。
全体を均一加熱して油に近い冷却液。
三号。
刃側だけ冷却速度を上げる。
四号。
魔力を流しながら焼き入れ。
バルガが覗き込む。
「四号が一番面白そうだな!」
「一番最後」
「なんでだ!」
「失敗原因が増えるから」
「またそれか!」
「またそれだ」
研究で一番困るのは、何が原因か分からなくなることだ。
俺は銀行の仕事でも、数字が合わない時は一つずつ確認する。
鍛冶も似ている。
……たぶん。
◇◇◇
一号試験。
加熱。
水冷。
ジュワァァァッ――!
大量の蒸気。
冷めるのを待つ。
鑑定。
《星蒼複合鋼・熱処理試験材》
《硬度:非常に高》
《粘性:低》
《魔力経路安定度:61%》
「駄目だ」
即判断。
「硬すぎるな」
バルガも頷く。
「これじゃ強い衝撃で割れる」
「魔力経路も落ちすぎ」
ミナが数字を見る。
「水冷は急すぎる?」
「可能性高いな」
次。
二号。
水よりゆっくり冷える専用冷却液。
ジュウウウ……。
結果。
《硬度:高》
《粘性:中》
《魔力経路安定度:78%》
「さっきよりいい」
「でもまだ低いな」
「刀身そのものは使えそうだが……」
魔力経路が乱れる。
今回は普通の刀じゃない。
経路も刀の一部だ。
◇◇◇
三号。
「刃だけ急冷する?」
ミナが聞く。
「ああ」
現実の日本刀に近い発想。
ただし完全再現じゃない。
刃側は早く。
棟側は遅く。
硬さと粘りを分ける。
「塗るぞ」
バルガが専用の耐熱泥を作る。
「これ、現実でも似たようなことするんだよな?」
「する」
「本当にお前、剣士なのか?」
「剣道やってると刀にも興味出るだろ」
「普通は鍛造までやらねぇだろ」
「それは知らない」
耐熱泥を棟側へ厚く。
刃側へ薄く。
加熱。
色を見る。
温度を見る。
「今だ!」
冷却。
ジュワァァァァ――!
白い蒸気。
刀身がわずかに反る。
「おっ」
俺は思わず声を出す。
「反ったな」
「いい方向か?」
「たぶん」
冷却後。
鑑定。
《硬度:高》
《粘性:高》
《魔力経路安定度:87%》
「かなりいい」
バルガがニヤリと笑う。
「これなら試作四号に使えるか?」
「まだ」
「まだ!?」
「四号試験がある」
「魔力流しながらか」
「ああ」
◇◇◇
四号試験。
基本は三号と同じ。
棟側に厚く耐熱泥。
刃側は薄く。
違うのは一つ。
「ミナ」
「準備できてる」
「焼き入れの瞬間だけ、柄側から切っ先へ弱く魔力を流して」
「どのくらい?」
「前の鍛造よりかなり少なく」
「了解」
「無理そうなら止める」
「分かってるって」
バルガが試験材を炉へ入れる。
赤。
橙。
明るさが変わる。
「ジョウゴ」
「ああ」
俺はじっと見る。
この世界の金属。
この世界の魔力。
そして現実で知っている刀の考え方。
全部混ぜる。
「今!」
バルガが試験材を取り出す。
「ミナ!」
「いくよ!」
淡い青白い光。
柄側から切っ先へ。
その状態で――。
冷却。
ジュワァァァァァッ――!
「うおっ!」
今までより蒸気が多い。
でも。
「見ろ!」
バルガが叫ぶ。
蒸気の中。
青白い光が消えていない。
むしろ。
「経路が……」
ミナが目を見開く。
「一本に締まってる」
冷却が終わる。
俺はすぐ鑑定する。
《星蒼複合鋼・熱処理試験材》
《硬度:高》
《粘性:高》
《魔力伝導:高》
《魔力経路安定度:95%》
「九十五!」
ミナが叫ぶ。
「上がった!」
「よっしゃああああ!」
バルガ。
「うるさい!」
また外から怒鳴られた。
「すまん!」
今日は謝った。
「珍しいな」
「成功したから機嫌がいい!」
「なるほど」
カイルが試験材を手に取る。
「これは面白い」
「月白と比べて?」
「月白とは違う」
またそれか。
でも今回は、言葉が続いた。
「月白は魔力経路を完成後に調整しているような感覚がある」
「こっちは?」
「鍛造から熱処理まで、経路と刀身が一緒に育っている」
俺は試験材を見る。
「一体化してる?」
「ああ」
「なら」
バルガが笑う。
「試作四号もこれでいくぞ!」
◇◇◇
本番。
作業台には《鉄刀・試作四号》。
刀身形成率79%。
魔力経路安定度93%。
「失敗したら?」
ミナが聞く。
「作り直し」
「さらっと言うね」
「試作だから」
でも。
正直、緊張している。
素材集め。
配合。
失敗。
魔力経路。
重心調整。
折り返し。
ここまで積み重ねてきた。
全部が今、この刀身に入っている。
「やるぞ」
バルガが言う。
「ああ」
「任せて」
ミナも頷く。
カイルは少し離れて見守る。
耐熱泥を塗る。
棟側は厚く。
刃側は薄く。
魔力経路の入口となる鍔元周辺には、少し形を変える。
「ここは?」
バルガ。
「黒鉄を追加した場所だから、熱を逃がしすぎないように」
「了解」
準備完了。
炉へ。
ゴウッ――!
炎が刀身を包み込む。
誰も喋らない。
色。
温度。
刀身全体。
俺は息を整える。
「……今だ」
バルガが刀身を取り出す。
「ミナ!」
「はい!」
青白い魔力。
鍔元から。
切っ先へ。
一本の光が走る。
「入れるぞ!」
冷却。
ジュワァァァァァァァ――!!
轟音。
蒸気。
視界が白く染まる。
「経路は!?」
「流れてる!」
ミナ。
「そのまま!」
蒸気の向こう。
青白い光。
一本。
消えない。
折れない。
乱れない。
そして――。
キィィィン……。
どこか澄んだ音が響いた。
「……終わった」
バルガが刀身を上げる。
ゆるやかな反り。
刃の形。
青白い光はもう見えない。
でも。
「鑑定」
俺は結果を開く。
《鉄刀・試作四号/製作途中》
《刀身形成率:91%》
《硬度:高》
《粘性:高》
《重量:軽》
《重心:手元寄り》
《魔力伝導:高》
《魔力経路安定度:97%》
「九十七……」
「成功?」
ミナ。
「ああ」
俺は笑った。
「成功だ」
「よっしゃああああああ!」
「バルガ!」
「すまん!」
謝りながら叫ぶな。
◇◇◇
その瞬間。
ポーン。
《特殊武器製作工程の進行を確認》
《特殊熱処理工程を検知しました》
《星蒼複合鋼》
《魔力同調鍛造》
《差分熱処理》
《魔力経路維持》
《複数条件の組み合わせに成功》
「ん?」
さらに表示。
《新規鍛造工程》
《魔力同調焼入れ》
《試験登録されました》
「また増えた……」
ミナが笑う。
「ジョウゴたち、どんどん知らない技術作ってるね」
「俺もそう思う」
バルガは目を輝かせている。
「名前なんざ後だ! 次は研ぎだ!」
「今日はここまで」
「なんでだぁ!」
「焼き入れ直後だぞ。刀身の状態を確認してから」
「……そうだった」
さすがに今回はすぐ納得した。
俺は試作四号を見る。
残りは。
刃付け。
研磨。
鍔。
柄。
鞘。
そして――。
実際に魔力を通した試験。
戦闘で使えるのか。
そこまで確認して初めて完成だ。
「もう少しだな」
カイルが言う。
「ああ」
俺は頷く。
試作三号は、俺の戦い方に合わせて作った刀だった。
試作四号は違う。
俺。
バルガ。
ミナ。
そして《月白》という東方刀から得たヒント。
複数の技術が重なって生まれた刀だ。
作業台の上。
焼き入れを終えた刀身が、静かに光を返す。
《鉄刀・試作四号》。
完成まで――。
残すところ、仕上げと実戦試験のみとなった。




