第11話 試作四号、折り返しの一打
《鉄刀・試作四号》。
昨日の作業で、刀身内部へ一本の魔力経路を通すところまでは成功した。
ただし――。
まだ完成には程遠い。
「ここからが本番だぞ」
翌日。
バルガの工房で、俺――ジョウゴは昨日の粗い刀身を前にしていた。
隣にはミナ。
少し離れたところにはカイル。
そしてバルガは、朝から完全に職人の顔になっている。
「昨日は形を作っただけだ」
バルガが刀身を持ち上げる。
「今日は内部を締める」
「折り返すのか?」
「一部だけな」
「一部?」
「全部折り返したら、せっかく作った魔力経路が潰れる可能性がある」
「なるほど」
今回の《星蒼複合鋼》は、普通の鋼じゃない。
内部に魔力を通す。
だから、今までの刀と同じやり方をそのまま使えばいいわけではない。
「じゃあ経路は残しつつ、外側だけ締める?」
「そうだ」
バルガがニヤリと笑う。
「難しいぞ」
「今さらだろ」
「言うようになったな」
◇◇◇
まず刀身を再加熱する。
炉の炎が赤く揺れる。
俺は昨日の記録を確認する。
素材比率。
魔力投入量。
槌打ち間隔。
魔力経路の位置。
「ミナ」
「うん」
「今日は昨日ほど大量に魔力を流さなくていいと思う」
「維持だけ?」
「ああ」
完全に新しく経路を作るわけじゃない。
今あるものを壊さないように支える。
「分かった」
ミナが頷く。
「カイル」
「何だ?」
「月白って鍛え直したことある?」
「ある」
「その時、魔力経路は?」
「職人が触る前に封じていた」
「封じる?」
「一時的に魔力を流れなくする」
俺とバルガが同時に見る。
「それ、先に言え!」
「聞かれなかった」
「そういう大事なことは自分から言え!」
「俺は鍛冶師じゃない」
「またそれか!」
ミナが吹き出した。
「でもヒントにはなるね」
「ああ」
完全に同じことはできなくても、
作業中だけ経路を落ち着かせる
という発想は使える。
「ミナ」
「やってみる?」
「できそう?」
「流すのと逆なら……」
ミナが刀身へ手を近づける。
目を閉じる。
「流れを止めるんじゃなくて、弱くするなら」
「それでいこう」
◇◇◇
再加熱。
バルガが刀身を取り出す。
「ジョウゴ!」
「ああ!」
金床へ置く。
まず一打。
カァン!
その瞬間。
ミナが魔力を流す。
いや――。
今日は流さない。
抑える。
青白い光が一瞬だけ弱くなった。
「今だ!」
バルガが叫ぶ。
カァン!
カァン!
刀身の外側を叩いて締めていく。
中央。
魔力経路のある部分へは強く入れない。
外側から少しずつ。
「いいぞ!」
バルガが見る。
「経路が乱れてねぇ!」
「ミナ!」
「まだいける!」
カァン!
カァン!
少しずつ。
形が締まる。
密度が上がる。
その間も、青白い魔力経路は細く残っている。
「これなら……」
カイルが前へ出る。
「月白とは違うが、理屈は近い」
「つまり?」
「経路を守りながら刀身を鍛えている」
「なら正解に近いな」
俺は槌を握り直す。
◇◇◇
一度目の処理が終わる。
鑑定。
《鉄刀・試作四号/製作途中》
《刀身形成率:46%》
《魔力経路安定度:82%》
「数字まで出るようになったか」
「大型アップデート便利だな」
バルガはよく分かっていない顔をしている。
「で、良いのか?」
「悪くない」
「じゃあ続けるぞ!」
「待て」
「またか!」
「休憩じゃない」
「なら何だ!」
俺は刀身を見る。
「重心」
「……あ」
忘れていたわけじゃない。
でも。
今回の素材は軽い。
試作三号と同じ寸法で作ると、思っていたより軽くなりすぎる可能性がある。
「俺は手元寄りがいい」
「受け流し用だな」
「ああ」
軽ければ速く振れる。
でも軽すぎると、相手の武器に触れた時の安定感が落ちる。
「柄側に少し厚みを残すか?」
「それか、鍔の近くに重さを持たせる」
バルガが考える。
「黒鉄を追加する手もある」
「追加できる?」
「やれなくはねぇ」
ただし。
素材を追加すれば、魔力経路との干渉が起きる。
「危険だな」
「だから試作なんだろ?」
バルガが笑う。
確かに。
「少量だけ」
「おう」
◇◇◇
鍔元。
柄に近い部分。
そこへ、ごく少量の黒鉄を追加する。
理由は二つ。
重心調整。
そして――。
「黒鉄って魔力を抑える性質が少しあるんだよな?」
「蒼鉄ほど通さねぇからな」
「なら根元で魔力の暴走を抑えられるかもしれない」
ミナが頷く。
「入口を絞る感じ?」
「そう」
魔力を一気に流さない。
必要な量だけ。
刀身内部へ送る。
「やってみよう」
再加熱。
黒鉄を合わせる。
鍛接。
カァン!
カァン!
ミナが魔力経路を抑える。
俺が槌を振る。
バルガが温度を見る。
少しずつ。
慎重に。
そして――。
キンッ。
「……今の音」
「変わったな」
高い。
でもさっきより締まっている。
「鑑定してみろ」
「ああ」
《鉄刀・試作四号/製作途中》
《刀身形成率:61%》
《魔力経路安定度:88%》
《重心:手元寄り》
「来た」
俺は笑う。
「狙い通り」
「おお!」
バルガが声を上げる。
「経路も上がってるぞ!」
「黒鉄が効いた?」
ミナ。
「可能性あるな」
入口側で魔力が暴れにくくなったのかもしれない。
カイルも刀身を見る。
「面白い構造だ」
「月白にはない?」
「ああ」
「じゃあやっぱり別物だな」
「そういうことだ」
◇◇◇
そして最後。
今日の一番難しい工程。
「折り返すぞ」
バルガが言う。
「本当に?」
「一回だけ」
完全な折り返しではない。
外側の層だけを折る。
内部の魔力経路は残す。
「失敗したら?」
「やり直しだ」
「だよな」
俺は深く息を吐く。
怖い。
ここまで順調に来ている。
だからこそ怖い。
失敗すれば、一から。
でも。
「やろう」
「おう」
ミナも構える。
「私も合わせる」
「頼む」
加熱。
刀身が赤くなる。
バルガが外側を少しだけ折る。
「ジョウゴ!」
「ああ!」
最初の一打。
カァン!
ミナが魔力を抑える。
カァン!
少しずつ。
外側を閉じる。
経路は触らない。
中心は守る。
俺は槌を振る。
身体の使い方は刀を振る時と同じ。
肩からではなく。
全身で。
必要なところに。
必要な力だけ。
《技量補正》
表示。
カァン!
カァン!
そして――。
最後。
「いけ!」
バルガ。
俺は一打。
カァァン――!
工房中に澄んだ音が響いた。
刀身内部。
青白い光が、一度だけ強く走る。
「……!」
ミナ。
カイル。
バルガ。
全員が見ている。
「壊れた?」
俺は恐る恐る聞く。
「いや」
カイルが首を振る。
「むしろ――」
鑑定。
《鉄刀・試作四号/製作途中》
《刀身形成率:79%》
《魔力経路安定度:93%》
《内部密度:高》
《重心:手元寄り》
「九十三……」
「上がった!」
ミナが笑う。
「成功だ!」
バルガが拳を握る。
俺も思わず笑った。
「よし」
まだ完成ではない。
熱処理。
刃付け。
研ぎ。
柄。
鍔。
鞘。
そして魔力を流した時の実戦試験。
残っている工程は多い。
でも――。
ここまで来た。
「次は焼き入れか」
「そうだ」
バルガの顔が真剣になる。
「一番失敗したくねぇところだ」
「だな」
この刀は普通の鋼じゃない。
普通の焼き入れでいいのかも分からない。
「また研究か」
「当然だ!」
バルガは嬉しそうだった。
俺は作業台の刀身を見る。
《星蒼複合鋼》。
《魔力同調鍛造》。
黒鉄による魔力入口の制御。
そして外層だけを締める折り返し。
知らない技術を真似しただけじゃない。
俺たちはもう――。
俺たちだけの刀を作り始めている。
《鉄刀・試作四号》。
完成まで――。
あと少しだった。




