第7話 久しぶりの四人旅
翌日。
現実での仕事を終え、夕食と家事を済ませてから《Another World Online》へログインした俺――ジョウゴは、《銀麦亭》の一階へ降りた。
「おはよう……じゃないな。こんばんは、マリアさん」
「おかえり、ジョウゴ」
「ただいま」
AWOと現実では時間の感覚が少しずれる。
こうしてマリアさんから「おかえり」と言われることにも、すっかり慣れてしまった。
「みんなは?」
「外で待ってるよ」
「分かりました」
銀麦亭を出る。
「ジョウゴ!」
すぐにミナが手を振った。
その隣には大盾を背負ったカイト。
さらに弓を携えたレント。
「全員揃ってるな」
「遅いぞ!」
「時間通りだろ」
「気分的に遅い!」
「知らん」
カイトの無茶苦茶な理屈を流す。
「依頼内容を確認するぞ」
昨日受注したのは、シズナ冒険者ギルドの常設依頼。
《北西森林・薬草採取および周辺調査》
推奨Lv7~12。
目的は二つ。
一つ目。
指定された薬草の採取。
二つ目。
北西森林で報告されている魔物の生息域変化についての調査。
「今日は久しぶりに普通の冒険だな」
カイトが嬉しそうに言った。
「普通って何だろうね」
ミナが首を傾げる。
「少なくとも犯罪組織の拠点に突入したり、四十五人救出したりはしない」
「基準がおかしくなってるぞ」
レントの冷静な指摘。
まったくだ。
「じゃあ始めるか」
俺は視界の端に追加された《CROSS LIVE》アイコンを見る。
昨日は配信しなかった。
ログインしたからといって、必ず配信する必要はない。
だが今日は――。
「配信するんだろ?」
カイトが聞いてくる。
「ああ」
タイトルを入力。
【AWO】今日は普通に北西森林を探索します
「……普通に、ねぇ」
レントが意味深に呟いた。
「やめろ」
嫌な予感を呼び込むな。
《NPCプライバシー保護:ON》
《位置情報遅延:ON》
《現実身元保護:ON》
《荒らし対策:ON》
「配信開始」
《LIVE――START》
『きた!』
『ジョウゴだ!』
『今日は冒険!?』
『刀鍛冶じゃないのか』
『ミナちゃんいる!』
『カイト!』
『レント久しぶり!』
『四人パーティーだ!』
「こんばんは。ジョウゴです」
前回より自然に言えた気がする。
「今日は北西森林で薬草採取と調査依頼をやります」
『普通だ』
『本当に普通の依頼だ』
『こういうのでいいんだよ』
『AWOの日常配信好き』
「俺もこういうのでいいと思う」
毎回、命懸けの大事件なんて御免だ。
「それじゃあ出発するか」
「おー!」
ミナとカイトが拳を上げる。
レントは静かに歩き始めた。
俺も三人の後を追う。
◇◇◇
シズナ北西門。
街を出ると、草原が広がる。
その先。
少し離れた場所に濃い緑色の森林が見えていた。
北西森林だ。
「目的の薬草は《青葉草》と《月露草》」
ミナが依頼書を確認する。
「青葉草は回復薬の材料。月露草は魔力回復薬に使うみたい」
「必要数は?」
「青葉草二十株、月露草十株」
「了解」
歩きながら周囲を見る。
街道から外れるにつれて草が高くなる。
ここからはレントの出番だ。
「レント」
「ああ」
レントが先行する。
弓使いである彼は索敵能力が高い。
「右前方、スライム三」
「距離は?」
「五十くらい」
「避けられる?」
「余裕」
「なら無視しよう」
カイトが不満そうな顔になる。
「戦わないのか?」
「目的は薬草採取と調査だろ」
「経験値が……」
「帰りに見つけたら相手すればいい」
「ちぇっ」
『ジョウゴ合理的』
『戦闘狂カイト』
『盾役なのに戦いたがるの草』
「誰が戦闘狂だ!」
カイトがコメントに反論する。
「コメントと喧嘩するなよ」
◇◇◇
北西森林へ入る。
途端に空気が変わった。
木々が陽光を遮り、足元には落ち葉。
湿った土の匂い。
遠くから鳥の声。
「いいな」
俺は思わず呟いた。
「何が?」
ミナが聞く。
「森」
「好きなの?」
「こういうところを歩くのは嫌いじゃない」
以前の冒険で習得した技能が反応する。
《森歩き》
足元の枝。
泥。
木の根。
そういった障害を自然と意識できる。
ただし――。
俺は技能だけに頼らない。
「レント」
「気づいたか?」
「ああ」
少し先。
地面を見る。
「足跡」
カイトとミナも近づく。
「魔物?」
「たぶん」
しゃがむ。
足跡は複数。
四足歩行。
「ウルフ系かな」
レントが答える。
「問題は数だ」
「多い?」
「少なくとも六」
俺は周囲を見る。
森の奥へ続いている。
「依頼にあった生息域変化と関係あるかもしれないな」
「記録しておこう」
レントがマップへ印を付ける。
『ちゃんと調査してる』
『冒険者っぽい』
『こういう地味な作業好き』
「地味って言うな」
でも否定はできない。
冒険者だからといって、毎回ドラゴンと戦うわけじゃない。
足跡を調べる。
薬草を探す。
地図へ記録する。
こういう仕事もある。
むしろ俺は嫌いじゃない。
◇◇◇
「あった!」
ミナがしゃがみ込む。
「青葉草!」
「採取できそう?」
「うん!」
根を傷めないよう慎重に採取。
《青葉草×1を入手》
「これを二十か」
「この辺に群生してるみたい」
「じゃあ手分けしよう」
俺も探す。
葉の形。
色。
一度覚えてしまえば見分けられる。
《青葉草×1》
《青葉草×1》
《青葉草×1》
「ジョウゴ、意外と採取うまいね」
「森歩きの影響かな」
「剣士だよね?」
「剣士だな」
「鍛冶もするよね?」
「するな」
「配信者でもある」
「そうだな」
カイトが腕を組む。
「お前、何者なんだ?」
「銀行――」
危ない。
「ん?」
「……ただの剣士だ」
「今なんか言いかけなかった?」
「気のせい」
『怪しいwww』
『何言いかけた?』
『ジョウゴ秘密多いな』
「詮索禁止」
危なかった。
配信中ということを忘れかけていた。
正式配信者になったばかりなのに、現実の職業を自分から漏らしたら神崎さんに何を言われるか。
いや。
支店長のほうが怖い。
◇◇◇
青葉草を必要数集めた頃。
レントが突然手を上げた。
「止まれ」
全員が止まる。
「どうした?」
「音」
耳を澄ませる。
ガサッ。
ガサガサ。
低い唸り声。
「来る」
俺は《鉄刀・試作三号》の柄へ手を添える。
茂みが揺れ――。
「グルルルル……!」
灰色の狼が姿を現した。
《フォレストウルフ Lv8》
一匹。
二匹。
三匹。
さらに奥。
「五……六」
レントの索敵通りだ。
「カイト!」
「任せろ!」
大盾を構える。
「来い!」
ウルフ二匹がカイトへ突っ込む。
ガンッ!
「おっと!」
盾で受け止める。
「ミナ!」
「《ライトヒール》準備!」
「まだ使わなくていい!」
「了解!」
俺の正面にも一匹。
「グルァ!」
跳ぶ。
速い。
だが――。
《見切り》
軌道を見る。
真正面から刀で受けない。
半歩。
身体をずらす。
爪が横を抜ける。
刀身を添える。
《受け流しLv.1》
ガキン!
力を横へ逃がす。
ウルフの体勢が崩れた。
「今!」
踏み込む。
胴へ一閃。
ザンッ!
《フォレストウルフを討伐しました》
『うまっ』
『相変わらず避け方がおかしい』
『受け止めないんだよな』
『これがジョウゴ式』
横から二匹目。
だが。
ヒュン!
矢が飛ぶ。
ザクッ!
「ギャン!」
「ジョウゴ、右」
「助かる!」
レントの援護。
カイトが二匹を引きつける。
ミナが必要な時だけ回復。
俺が崩れた敵を仕留める。
久しぶりだ。
四人での普通の戦闘。
「やっぱり」
俺は刀を構え直す。
「この四人はやりやすいな」
「今さらかよ!」
カイトが叫ぶ。
「喋ってる暇があったら一匹そっち寄越せ!」
「盾役だろ!」
「盾役だって攻撃したいんだよ!」
『カイトwww』
『安定のパーティー』
『この感じ好き』
◇◇◇
数分後。
六匹すべてを討伐。
「怪我は?」
「俺は大丈夫!」
「俺も」
「私も平気」
俺も問題なし。
「じゃあ素材回収して進もう」
解体できる素材を回収する。
その時。
「ジョウゴ」
レントが呼ぶ。
「どうした?」
「これを見ろ」
地面。
ウルフたちが出てきた方向。
そこには――。
「また足跡?」
「ああ」
だが先ほどより多い。
十。
二十。
いや。
「……かなりいるな」
同じ方向へ移動した痕跡。
「群れ?」
ミナが不安そうに聞く。
「可能性はある」
レントが森の奥を見る。
「だが妙だ」
「何が?」
「ウルフは普通、縄張りを持つ」
「うん」
「これだけの数が同じ方向へ移動するなら、理由がある」
俺も足跡を見る。
《洞察Lv.1》
意識すると、細かな違和感が浮かび上がる。
古い足跡。
新しい足跡。
いくつもの群れ。
それらが――。
「同じ方向から来てる?」
「ああ」
レントが頷いた。
「北西の奥だ」
依頼内容を思い出す。
《最近、北西森林において一部魔物の生息域変化が報告されています》
「これか」
「たぶんな」
カイトが盾を背負い直す。
「調べる?」
俺は少し考える。
現在Lv9。
推奨Lv7~12の調査地域。
まだ危険度は分からない。
そして俺たちの目的は討伐ではない。
「追いすぎない」
三人を見る。
「安全に確認できるところまで行こう。危険ならすぐ戻ってギルドへ報告する」
「賛成」
レント。
「うん」
ミナ。
「了解!」
カイト。
俺は配信画面を見る。
《現在視聴者数:74,219》
『調査開始?』
『なんかありそう』
『普通の冒険だったはずでは』
『ジョウゴの普通、もう信用できない』
「俺のせいじゃないだろ」
今日は薬草を採るだけ。
そのはずだった。
俺たちは足跡を追って、北西森林のさらに奥へ進む。
やがて――。
「止まれ」
レントが低い声を出した。
前方。
木々の間。
地面が大きく抉れている。
「……何だ、これ?」
一本の大木。
幹には――。
巨大な爪痕。
俺の頭よりも高い位置まで、深く刻まれている。
そして足元には。
フォレストウルフとは比較にならないほど大きな足跡。
《洞察Lv.1》
違和感。
いや。
これは違和感なんてものじゃない。
「レント」
「ああ」
彼も表情を険しくする。
「この辺りにいる魔物の足跡じゃない」
ミナが杖を握る。
カイトが盾を構え直す。
俺も《鉄刀・試作三号》へ手を置いた。
久しぶりの――。
普通の冒険。
そのはずだったのだが。
「……一度、ギルドに戻ったほうがよさそうだな」
俺たちはまだ知らなかった。
北西森林で起きている小さな異変が――。
シズナの冒険者ギルドを動かすことになるとは。




