第6話 銀行員と配信者の朝
ピピピピッ――。
「……ん」
翌朝。
スマートフォンのアラームで目を覚ました俺――上塚賢吾は、布団の中でゆっくり目を開いた。
時刻を確認する。
「よし」
寝坊していない。
身体も重くない。
昨日は《Another World Online》――AWOで正式配信者として初めてのLIVEを行った。
バルガ、ミナ、カイルと一緒に新素材《星蒼複合鋼》を研究。
最初は安定性《低》だったものを、魔力を流す方向や投入タイミングを調整することで――。
《星蒼複合鋼・試験材》
《安定性:中》
まで引き上げることに成功した。
正直、もう少し研究したかった。
バルガなんて、配信終了後も続けようとしていた。
だが――。
「仕事に影響を出したら意味ないからな」
布団から起きる。
CROSS社との契約にも健康管理についての項目がある。
勤務先から副業を認めてもらった際にも、
睡眠不足で本業へ影響を出さないこと。
そう条件を付けられている。
何より、それ以前の問題だ。
ゲームを楽しむために現実生活を壊す。
そんなことをするつもりはない。
◇◇◇
朝食を済ませる。
身支度。
忘れ物確認。
そしてスーツを着る。
「……こっちが本業」
鏡を見る。
昨日までAWOで刀を振り、槌を振るっていた人間には見えない。
当然だが。
俺は鞄を持って家を出た。
◇◇◇
「おはようございます」
「おはようございます、上塚主任」
出勤。
いつもの銀行。
いつもの朝。
自分の席へ向かう。
「主任、昨日確認をお願いした資料なんですが」
「ああ、見ます」
パソコンを起動。
仕事開始。
配信のことは頭から切り離す。
AWOのことも同じ。
今は銀行員――上塚賢吾だ。
「ここ、数字が合ってないですね」
「え?」
後輩が持ってきた資料を指差す。
「ここと、こっち」
「あっ……」
「転記ミスだと思います。元資料を確認して修正してください」
「はい!」
「それと修正したら、もう一度俺に回してください」
「分かりました!」
仕事を進める。
確認。
電話。
書類。
相談。
確認。
また書類。
AWOでは剣を握る。
現実ではペンとマウスを握る。
全然違う。
……はずなのだが。
「上塚君」
「はい?」
声をかけてきたのは支店長だった。
「ちょっといいかな」
「はい」
何だろう。
まさか副業の件で問題でも?
少し身構える。
「昨日」
「はい」
「配信した?」
「…………」
俺は固まった。
「どうしてそれを」
「息子が朝からうるさくてね」
「ああ……」
そうだった。
支店長の息子さん。
ジョウゴの配信を見ているんだった。
「『新しい金属を作った!』とか『魔力同調鍛造だ!』とか、朝食中ずっと説明された」
「……すみません」
「君が謝ることじゃない」
支店長が苦笑する。
「私は半分も理解できなかったがね」
「でしょうね」
「ただ」
支店長の表情が少し真面目になる。
「ちゃんと切り上げたらしいじゃないか」
「はい?」
「夜遅くまでやらなかったんだろう?」
「ああ」
なるほど。
「今日は仕事なので」
「結構」
支店長が頷く。
「その調子で頼むよ」
「はい」
それだけ言って戻っていく。
俺は小さく息を吐いた。
「……監視されてる気分だ」
もちろん違うのだろうが。
身近に視聴者がいるというのは、妙な感覚だった。
◇◇◇
昼休み。
スマートフォンを見る。
CROSS社から通知が届いていた。
神崎さんだ。
『昨日の初回公式LIVE、お疲れ様でした』
『配信レポートが完成しましたのでご確認ください』
「もう出たのか」
添付されたレポートを開く。
最大同時視聴者数――。
「十二万近い……」
最終的には十一万人台だったが、ピーク時には十二万人近くまで伸びていたらしい。
配信内容別の視聴者推移まで載っている。
マリアさん登場。
上昇。
カイルと《月白》。
上昇。
バルガの工房。
さらに上昇。
《星蒼複合鋼》試作。
急上昇。
《魔力同調鍛造》発生。
さらに急上昇。
「……鍛冶が一番伸びてる」
意外だった。
戦闘配信のほうが人気になると思っていた。
続いて視聴者アンケート。
《今後見たい配信》
一位。
刀開発・鍛冶
二位。
通常冒険
三位。
NPCとの日常生活
四位。
ジョウゴの戦闘講座
五位。
料理・食事
「料理……」
俺、料理担当じゃないんだけど。
たぶんマリアさんとミナの影響だ。
さらに神崎さんから追伸。
『数字は非常に好調ですが、数字を意識して普段のプレイスタイルを変更する必要はありません』
『CROSS社としても、ジョウゴさんにはこれまで通りAWOを楽しんでいただく方針です』
「……ありがたいな」
配信者になったから、視聴者数を稼ぐためだけにボスへ挑む。
毎日企画を考える。
刺激の強いことばかりする。
そうなったら、たぶん俺は疲れる。
AWOはもう一つの世界。
そこへ遊びに行っている。
その姿を配信する。
今くらいがちょうどいい。
◇◇◇
仕事を終える。
「お先に失礼します」
「お疲れ様でした!」
帰宅。
夕食。
風呂。
洗濯。
明日の準備。
時計を見る。
「……よし」
まだ余裕がある。
今日は配信予定日ではない。
だから――。
「普通に遊ぶか」
VR機器を装着する。
「ログイン」
◇◇◇
光が晴れる。
AWO。
始まりの街。
「ふぅ」
《銀麦亭》の部屋で目を覚ます。
腰には《鉄刀・試作三号》。
今日は配信をしない。
別に正式配信者だからといって、ログインするたびLIVEをする必要はない。
「まず飯かな」
階段を下りる。
「あら、ジョウゴ。おかえり」
「ただいま、マリアさん」
このやり取りにも慣れてきた。
「夕飯?」
「お願いします」
「今日は羊肉の煮込みがあるよ」
「それで」
「パンも付ける?」
「お願いします」
席へ座る。
今日は静かだ。
コメントも流れない。
視聴者数も表示されない。
こういう時間もいい。
「ジョウゴー!」
……静かな時間は三秒で終わった。
「なんだ?」
銀麦亭へ飛び込んできたのはミナ。
その後ろからカイトとレントも入ってくる。
「いた!」
「やっぱここか!」
「銀麦亭に来れば大体いるからな」
レント。
否定できない。
「どうした?」
ミナがテーブルへ一枚の紙を置く。
「これ!」
「依頼?」
見る。
《シズナ冒険者ギルド・常設依頼》
《北西森林・薬草採取および周辺調査》
《推奨Lv:7~12》
《依頼内容》
《薬草採取》
《森林内の魔物分布確認》
《最近、北西森林において一部魔物の生息域変化が報告されています》
「普通の調査依頼か」
「そう!」
カイトが笑う。
「最近ずっと黒鎖商会とか刀研究とかだっただろ?」
「まあな」
「たまには普通に冒険しようぜ!」
普通の冒険。
薬草を採って。
森を歩いて。
魔物がいたら戦う。
「いいな」
俺は頷いた。
「明日?」
「うん!」
ミナが嬉しそうに答える。
「レントも?」
「もちろん」
「じゃあ四人で行くか」
久しぶりの通常冒険だ。
俺は依頼書を見る。
北西森林。
推奨Lv7~12。
現在の俺はLv9。
ちょうどいい。
「配信は?」
カイトが聞く。
「……どうしようかな」
「別にしてもいいんじゃない?」
ミナが言う。
「普段通りのAWOを配信するんでしょ?」
「そうだけど」
確かに。
派手な事件だけを配信する必要はない。
「じゃあ明日は配信するか」
「決まり!」
その時。
マリアさんが料理を運んできた。
「はい、羊肉の煮込み」
「ありがとうございます」
「パンもね」
「おお……」
湯気。
柔らかそうな肉。
香草の香り。
ミナの視線が料理へ固定された。
「…………」
「ミナ」
「なに?」
「食べたいなら注文したら?」
「マリアさん、私も同じの!」
「はいはい」
やっぱりそうなるか。
◇◇◇
食事を終えた後。
俺は一度、バルガの工房へ寄った。
「バルガ」
「おう!」
まだ作業している。
「星蒼複合鋼は?」
「今日は触ってねぇ!」
「意外だな」
「お前とミナがいねぇのに進めても仕方ねぇだろ」
「……ちゃんと共同研究してるんだな」
「当たり前だ!」
作業台を見る。
昨日作った《星蒼複合鋼・試験材》が保管されている。
「明日は冒険に行く」
「そうか」
「研究はその次だな」
「構わん」
バルガはニヤリと笑った。
「急いで作る刀じゃねぇ」
「だな」
刀は逃げない。
素材も逃げない。
一つずつ進めればいい。
「それと」
「ん?」
バルガが一枚の紙を俺へ渡してきた。
「なんだこれ?」
「今日、鍛冶師ギルドから来た」
「鍛冶師ギルド?」
内容を見る。
《特殊素材研究に関する確認通知》
《対象:星蒼複合鋼》
「…………」
嫌な予感。
「地域技術として正式登録するかどうか、確認したいらしい」
「まだ安定してないぞ?」
「だから調査するんだろ」
なるほど。
「いつ?」
「三日後」
「三日後……」
明日は森林調査。
その後は星蒼複合鋼。
さらに鍛冶師ギルド。
現実では銀行勤務。
CROSS LIVEも月最低四回程度。
「……忙しくなってきたな」
思わず笑う。
でも、不思議と嫌ではない。
銀行員として働き。
家へ帰り。
AWOへログインして。
仲間と冒険する。
鍛冶をする。
配信もする。
それぞれを無理なく続けていく。
それが今の俺の生活だ。
そして次の日。
俺たちは久しぶりに四人揃って――。
《北西森林》へ向かうことになった。




