第5話 鍛冶師たちがやってきた
《名称:不安定な星蒼複合鋼》
《内部に未完成の魔力経路を形成》
《硬度:高》
《粘性:中》
《重量:軽》
《魔力伝導:高》
《安定性:低》
《品質:良》
作業台の上に置かれた小さな金属片。
俺――ジョウゴは、それを眺めながら腕を組んでいた。
「……できたんだよな?」
「ああ」
バルガが満面の笑みで答える。
「不安定だがな!」
「そこが問題なんだけど」
「最初から完成品ができると思うな!」
「それはそうだけどさ」
方向性そのものは間違っていない。
高密度鉄。
黒鉄。
蒼鉄。
銀星砂。
そして、ミナによる魔力操作。
俺の槌打ちとタイミングを合わせることで、素材内部へ魔力の通り道らしきものを形成できた。
さらにシステムから――。
《特殊鍛造工程:魔力同調鍛造》
という聞いたこともない技術まで試験登録された。
「で」
俺は椅子に座っているミナを見る。
「大丈夫?」
「うん」
ミナはコップを両手で持ちながら頷いた。
「ちょっと疲れたくらい」
「なら休憩継続」
「賛成」
「もう一回いけるだろ!」
バルガ。
「却下」
「なんでだ!」
「人の魔力を何だと思ってるんだ」
「素材を鍛えるための――」
「バルガさん?」
ミナが笑顔になった。
「…………大切な力です」
「よろしい」
『圧』
『マリアさんとは別方向の圧力』
『バルガ完全敗北』
『ジョウゴ止めなかったらこの職人ずっと鍛冶してそう』
現在も《CROSS LIVE》は配信中。
正式配信初日なのだが――。
《現在視聴者数:96,841》
「…………」
九万六千?
さっき八万人くらいだったよな?
《コメント要約》
《星蒼複合鋼への関心急増》
《魔力同調鍛造についての質問多数》
《鍛冶職プレイヤーからの質問急増》
《シズナ鍛冶師関連コメント増加中》
「最後のは何だ?」
『あ』
『ジョウゴ後ろ』
『外』
『なんか来てるぞ』
「ん?」
工房の外が騒がしい。
ガヤガヤ。
ガヤガヤガヤ。
「バルガー!」
「おいバルガ!」
「新しい鋼を作ったって本当か!」
「魔力を鍛冶に使ったって聞いたぞ!」
「見せろ!」
「説明しろ!」
「…………」
俺。
ミナ。
カイル。
三人揃ってバルガを見る。
「バルガ」
「なんだ?」
「知り合い?」
「……たぶん」
「たぶん?」
バルガが工房の扉を開ける。
そこには――。
「うわ」
いた。
鍛冶師。
鍛冶師。
鍛冶師。
髭。
筋肉。
革エプロン。
槌。
そして鍛冶師。
「何人いるんだよ……」
「十二……いや、後ろにもいる」
カイルが冷静に数えている。
「十七人だな」
「増えてる!」
『鍛冶師軍団www』
『怖い怖い』
『完全に職人集会』
『新素材の匂いを嗅ぎつけたwww』
「バルガ!」
先頭にいた白髭の鍛冶師が叫んだ。
「聞いたぞ!」
「何をだ?」
「とぼけるな!」
白髭の鍛冶師が指を突きつける。
「青白く光る新しい鋼を作ったそうじゃないか!」
「…………」
バルガが俺を見る。
「俺じゃないぞ」
「まだ何も言ってない」
「配信だろ」
「あ」
そうだった。
今、九万人以上が見ている。
当然、その中にはシズナにいるプレイヤーもいる。
さらに鍛冶関係者と交流のある者もいるだろう。
「情報が広がるの早すぎないか?」
『ライブ配信ですから』
『リアルタイムだからな』
『ごもっとも』
「便利だけど怖いな、配信」
◇◇◇
結局。
工房へ全員入れるわけにもいかないため、代表者三人だけが入ることになった。
白髭の鍛冶師。
片目に傷のある大柄な鍛冶師。
そしてドワーフらしき小柄な鍛冶師。
「これか」
白髭の鍛冶師が《不安定な星蒼複合鋼》を見る。
触らない。
まず目で観察する。
「……青い」
「蒼鉄が入ってるからな」
バルガが答える。
「黒鉄もか?」
「ああ」
「こっちの銀色の粒は?」
「銀星砂だ」
「銀星砂!?」
三人の表情が変わった。
「そんな扱いにくい物を混ぜたのか!?」
「だから面白いんだろ!」
「馬鹿か!」
「職人だ!」
「同じ意味だ!」
『名言きた』
『馬鹿=職人らしい』
『本人たちが言うと説得力ある』
俺は黙っておこう。
「それで」
片目の鍛冶師が俺を見る。
「お前が槌を?」
「はい」
「バルガじゃなく?」
「工程管理はバルガです。俺は打ち手ですね」
「ふむ」
今度はミナを見る。
「娘さんは?」
「魔力を流しました」
「…………魔力を?」
「はい」
三人が一斉に試験片を見る。
やはり鍛冶師にとって、そこが一番異質らしい。
「魔力を素材に付与したのか?」
「違う」
カイルが口を挟んだ。
「内部へ流した」
「内部?」
カイルが《月白》を抜く。
そして僅かに魔力を通す。
すぅ――。
白銀の刀身内部を淡い光が走った。
「なっ!?」
「なんだこれは!」
「刀身の中を魔力が……!」
鍛冶師三人が一斉に身を乗り出す。
カイルが若干引いた。
「近い」
「見せろ!」
「触るな」
「少しくらい!」
「駄目だ」
さすが元Sランク冒険者。
鍛冶師三人に囲まれても動じない。
「東方の刀だ」
カイルが説明する。
「《月白》には、内部へ魔力を通すための経路が作られている」
「どうやって!?」
「知らん」
「なぜだ!」
「俺は鍛冶師じゃない」
「役に立たん!」
「斬るぞ」
「すまん」
『カイルさんwww』
『元Sランクに喧嘩売る鍛冶師』
『職人強い』
話を戻そう。
「俺たちは《月白》と同じ物を作ろうとしてるわけじゃないです」
俺が説明する。
「ん?」
「東方の技術をそのまま再現できるわけじゃない。そもそも製法を知らないですから」
「なら何を?」
「俺たちなりの方法で、魔力が流れる刀を作ります」
作業台の上。
小さな星蒼複合鋼を見る。
「そのための素材研究です」
白髭の鍛冶師が顎を撫でる。
「……なるほど」
「最終的には《鉄刀・試作四号》に使う予定です」
「試作四号……」
「ただし」
俺は試験片を指差す。
「今のままじゃ使えません」
安定性――低。
粘性――中。
魔力伝導は高い。
硬度も高い。
軽い。
性能だけを見れば魅力的だ。
しかし刀は振る。
斬る。
受け流す。
時には強い衝撃も受ける。
内部構造が不安定では話にならない。
「俺なら刀にはしない」
俺が言うと、バルガも頷いた。
「ああ」
意外だった。
「バルガならすぐ作りたがると思った」
「俺を何だと思ってやがる」
「鍛冶馬鹿」
「否定できねぇ!」
できないのか。
「だがな」
バルガの表情が職人のものになる。
「使い手が命を預ける武器だ」
試験片を指で示す。
「面白そうだからって、不安定な素材で刀を作って渡せるか」
「……そうだな」
そこは俺も同じだ。
試作品でも武器は武器。
折れれば死ぬ。
ここはゲーム世界。
プレイヤーなら復活できる。
だがNPCは?
少なくとも俺は、
「ゲームだから壊れてもいい」
とは考えたくなかった。
◇◇◇
「それなら安定させればいい」
白髭の鍛冶師が言った。
「簡単に言うな」
「簡単とは言っておらん」
ニヤリ。
「だから面白いんだろ?」
バルガの口元も上がる。
「……言うじゃねぇか」
「お前だけに研究させると思うな」
「は?」
「俺たちも混ぜろ」
「断る!」
「なぜだ!」
「これは俺とジョウゴの刀研究だ!」
「独占するな!」
「うるせぇ!」
「工房の外でやってくれない?」
ミナが呆れている。
『始まったwww』
『職人戦争』
『新素材争奪戦』
『鍛冶師クラン結成しそう』
だが――。
俺は少し考えた。
「バルガ」
「あ?」
「全部を公開する必要はないと思う」
「……何?」
「でも意見を聞くくらいならいいんじゃないか?」
バルガが黙る。
「俺たちだけじゃ気づかないこともある」
例えば。
熱処理。
素材比率。
鍛接方法。
冷却。
魔力を入れるタイミング。
試せる条件はいくらでもある。
「もちろん《鉄刀・試作四号》そのものは俺たちで作る」
「…………」
「でも素材研究なら、知恵を借りてもいいんじゃないか?」
バルガは腕を組んだ。
しばらく考える。
「……条件がある」
「何だ」
「俺が仕切る!」
「そこかよ!」
『www』
『結局それ』
『バルガ研究所爆誕』
白髭の鍛冶師も笑った。
「構わん!」
「よし!」
なんだか大事になってきたな。
その時だった。
ポーン。
「ん?」
視界へ通知。
《地域技術情報が更新されました》
「地域技術?」
以前、《複合鍛造刀》が登録された時にも見た表示だ。
《シズナ地域において、新規鍛造研究活動を確認》
《複数の鍛冶職人による技術交流が発生》
《特殊素材研究》
《星蒼複合鋼》
《地域研究対象として仮登録されました》
「…………」
静寂。
「仮登録?」
バルガが呟く。
白髭の鍛冶師が笑う。
「面白くなってきたな!」
外からも声が聞こえる。
「俺にも見せろ!」
「次は俺だ!」
「蒼鉄なら持ってるぞ!」
「銀星砂は!?」
「少しならある!」
俺は頭を抱えた。
「……これ、収拾つくのか?」
カイルが肩を叩いてくる。
「諦めろ」
「他人事だな?」
「ああ」
「即答するなよ」
視界端。
《現在視聴者数:112,306》
『十万人突破!』
『鍛冶配信で十万人www』
『ジョウゴ公式初回からやらかしてる』
『普段通りのAWO生活とは?』
「俺が聞きたいよ」
ただ。
工房の中に並ぶ素材。
集まった鍛冶師たち。
楽しそうなバルガ。
魔力回復用の飲み物を飲むミナ。
壁際で《月白》を手入れするカイル。
それを十万人以上が見ている。
ボス討伐じゃない。
ダンジョン攻略でもない。
誰かと競争しているわけでもない。
ただ新しいものを作ろうとしているだけ。
「……まあ」
俺は小さく笑った。
「こういうのもAWOか」
――もう一つの世界で、もう一人のあなたとして生きよう。
冒険だけが、この世界の楽しみじゃない。
こうして。
たった一つの小さな金属片から――。
シズナの鍛冶師たちを巻き込んだ、
《星蒼複合鋼》安定化研究が始まることになった。




