第4話 星蒼複合鋼、最初の一打
ゴウッ――!
バルガの工房に、炉の炎が唸る音が響く。
作業台の上には四種類の素材。
高密度鉄。
黒鉄。
蒼鉄。
そして、細かな星のように光を反射する《銀星砂》。
目指すのは、新素材――。
《星蒼複合鋼》
「さて」
バルガが腕を組み、炉を睨む。
「まずは少量だ」
「いきなり刀一本分を作るわけじゃないんだな」
「当たり前だ!」
即答された。
「配合も分からねぇ。魔力を入れる量も分からねぇ。温度も分からねぇ。そんな状態で貴重な素材を大量にぶち込む馬鹿がいるか!」
「それもそうか」
『正論』
『バルガが職人の顔してる』
『普段から職人だろwww』
『試作は少量から、大事』
正式配信になって追加された《コメント要約》のおかげで、全部を読む必要がなくなった。
現在視聴者数。
八万を超えている。
「……なんで鍛冶を八万人も見てるんだ?」
「気にしたら負けだろ」
カイルが壁際から言った。
「他人事だと思ってるだろ?」
「思っている」
「おい」
『カイルさんwww』
『白銀の旅人自由すぎる』
まあいい。
俺は作業へ意識を戻す。
「ミナ」
「うん」
「魔力操作、大丈夫か?」
「流すだけならね。でも鍛冶に使うのは初めてだから……」
ミナも少し緊張しているようだった。
今回の研究では、彼女が重要な役割を担う。
俺とバルガだけでは、魔力を細かく制御しながら鍛造するのは難しい。
そこで魔法職であるミナに協力してもらうことになった。
「無理はするなよ」
「分かってる
「はーい」
準備完了。
バルガが素材を炉へ入れる。
「まず高密度鉄!」
続いて黒鉄。
蒼鉄。
ただし銀星砂はまだ入れない。
「温度を上げるぞ!」
炉の炎が強くなる。
赤。
橙。
やがて金属が眩しい色へ変わっていく。
「ジョウゴ!」
「ああ!」
取り出された素材を金床へ。
俺は槌を握った。
《槌打ちLv.1》
視界の端に技能表示。
呼吸を整える。
刀を振る時と同じだ。
力任せにはしない。
肩。
肘。
手首。
腰。
足。
全身を連動させる。
そして――。
カァン!
最初の一打。
『いい音!』
『始まった!』
『鍛冶配信好き』
カァン!
カァン!
カァン!
「……いいぞ」
バルガが金属の状態を見る。
「もう少し!」
カァン!
槌を振り下ろす。
ただ叩けばいいわけではない。
形。
厚み。
熱。
素材の状態。
一打ごとに見る。
《槌打ちの熟練度が上昇しました》
「お」
だが今は確認している暇はない。
「ミナ!」
「うん!」
ここからだ。
バルガが少量の銀星砂を投入する。
青白い粒子が熱された金属へ触れた瞬間――。
パァッ!
「うおっ!?」
光った。
金属表面へ青白い光が走る。
『!?』
『何これ!?』
『光った!』
『魔法金属だ!』
「ミナ、少しだけ魔力を!」
「やってみる!」
ミナが両手を素材へ向ける。
淡い光が集まる。
「流すよ!」
「ああ!」
魔力が素材へ触れる。
次の瞬間。
ビキッ!
「止めろ!」
バルガが叫んだ。
ミナが即座に魔力を切る。
見る。
素材の表面に――。
「ひび?」
細い亀裂が走っていた。
「……失敗か」
俺が言う。
しかしバルガは首を横に振った。
「いや」
熱された試験片を慎重に確認する。
「完全な失敗じゃねぇ」
「というと?」
「魔力は入った」
バルガが金属を指差す。
亀裂の周囲には、青い筋のようなものが残っていた。
カイルが壁から離れる。
「見せろ」
近づいてくる。
「これ……」
カイルの表情が変わった。
「《月白》に似ている」
「本当か?」
「ああ」
カイルが自分の刀を抜く。
東方刀《月白》。
刀身へ微量の魔力を流す。
すると。
淡い光が、刀身の内部を走った。
俺は試験片を見る。
似ている。
ただし――。
「こっちはバラバラだな」
「ああ」
カイルが頷く。
「月白は柄から切っ先へ、流れが整っている」
一方、俺たちの試験片。
青い筋はあちこちへ伸びている。
「これが魔力経路……?」
ミナが覗き込む。
「たぶんな」
バルガが顎髭を撫でる。
「だが今のままじゃ魔力が好き勝手に走ってる」
「それで亀裂が入った?」
「可能性は高い」
俺は考える。
水と同じか?
流れる道がなければ、弱いところへ圧力が集中する。
なら――。
「先に道を作ったらどうだ?」
「道?」
「魔力を入れてから経路を作るんじゃない」
金床の試験片を指差す。
「鍛造している段階で、魔力が流れる方向を決めておく」
バルガが黙る。
カイルも《月白》を見る。
「……面白ぇ」
バルガが笑った。
「やってみるか」
◇◇◇
二回目。
今度は手順を変えた。
高密度鉄と黒鉄を基礎にする。
そこへ蒼鉄。
そして銀星砂。
ただし――。
「ミナ、魔力を一気に入れないでくれ」
「じゃあ少しずつ?」
「ああ」
俺は槌を握る。
「俺が叩くタイミングに合わせられる?」
「やってみる」
「無理なら止めよう」
「了解!」
バルガが素材を取り出す。
「来るぞ!」
金床へ。
俺は構える。
息を吸う。
吐く。
カァン!
その瞬間。
ミナがほんの僅かに魔力を流す。
淡い光。
カァン!
再び魔力。
カァン!
また魔力。
「おい……」
バルガが呟いた。
俺も気づいた。
青い光が――。
「伸びてる?」
槌を打つたびに、一本の細い光が金属内部を伸びていく。
『すげえ』
『何これ』
『魔力の線?』
『刀作ってるというより魔法研究じゃん』
カァン!
カァン!
カァン!
槌。
魔力。
槌。
魔力。
タイミングを合わせる。
「ジョウゴ!」
「分かってる!」
少しずつ。
一定方向へ。
柄側になる位置から、切っ先側になる方向へ。
魔力を――流す。
カァン!!
最後の一打。
青白い光が一本、試験片を走った。
「……できた?」
ミナが恐る恐る聞く。
俺は槌を置いた。
バルガが試験片を確認する。
「冷ますぞ」
処理を行い、しばらく待つ。
そして。
完成した小さな金属片を作業台へ置いた。
「鑑定してみろ」
「ああ」
俺は試験片を見る。
表示されたのは――。
《名称:不安定な星蒼複合鋼》
「……不安定な?」
続けて説明を見る。
《高密度鉄・黒鉄・蒼鉄・銀星砂を複合した特殊金属》
《内部に未完成の魔力経路を形成》
《硬度:高》
《粘性:中》
《重量:軽》
《魔力伝導:高》
《安定性:低》
《品質:良》
「おお……」
ミナが声を上げる。
「名前が付いた!」
「不安定だけどな」
「でも《星蒼複合鋼》って認識されたんでしょ?」
「そうなるな」
バルガは――。
震えていた。
「バルガ?」
「……くく」
「?」
「くははははは!」
突然笑い始めた。
「できたぞ!」
工房中に声が響く。
「まだ不安定だが、方向は間違ってねぇ!」
『職人歓喜www』
『新素材誕生!』
『世界初?』
『ジョウゴまたやった?』
その瞬間。
視界中央へシステムメッセージが現れた。
《特殊条件を満たしました》
《プレイヤー・ジョウゴ》
《NPC鍛冶師・バルガ》
《プレイヤー・ミナ》
《三者による共同研究成果を確認》
「ん?」
さらに続く。
《共同鍛造システムが部分開放されました》
《特殊鍛造工程》
《魔力同調鍛造》
《試験登録されました》
「…………」
「え?」
俺とミナが固まる。
バルガだけが目を輝かせた。
「もう一回やるぞ!」
「待て待て待て!」
「何だ!」
「今なんかシステムが増えた!」
「だったら試すしかねぇだろ!」
「休憩!」
俺は即答した。
「ミナが魔力使ってるんだから休ませろ!」
「あ」
「今気づいたの!?」
ミナが頬を膨らませる。
『ジョウゴ正論』
『健康管理』
『正式配信者になっても変わらんな』
『バルガ暴走中』
バルガは不満そうだったが、諦めた。
「……じゃあ飯食ったら再開だ」
「結局やるのか」
「当然だ!」
俺は苦笑する。
だが――。
作業台の上には、小さな金属片。
まだ不安定。
まだ刀にはできない。
それでも確かに、俺たちは一歩進んだ。
高密度鉄。
黒鉄。
蒼鉄。
銀星砂。
そしてミナの魔力。
現実の鍛冶には存在しない、AWOだからこそ可能な技術。
《星蒼複合鋼》。
その最初の試作品が――。
今、俺たちの手によって生まれた。
そして俺たちはまだ知らない。
この小さな金属片が、シズナの鍛冶師たちを巻き込む新たな騒動の始まりになることを――。




