第3話 公式配信者ジョウゴ、始動
「おはようございます。ジョウゴです」
俺がそう挨拶した瞬間――。
『きたああああ!』
『公式配信者ジョウゴ!』
『待ってました!』
『灰色谷以来だ!』
『正式契約おめでとう!』
『というか後ろ! 後ろ!』
『バルガいるじゃん!』
『カイルまでいるんだけど!?』
『初回から豪華すぎるwww』
視界の端をものすごい勢いでコメントが流れていった。
「……速すぎて読めないな」
以前の試験配信とは明らかに違う。
正式契約によって追加された《コメント要約》を見る。
《公式配信者就任への祝福多数》
《カイルについての質問多数》
《バルガについての質問多数》
《東方刀・月白への関心:非常に高》
《マリアの料理を希望するコメント多数》
「最後だけ方向性がおかしくないか?」
「あら、私?」
カウンターにいたマリアさんが振り返る。
「どうやら視聴者がマリアさんの料理を見たいらしいです」
「まあ!」
嬉しそうだ。
「それなら腕を振るわなくちゃね!」
『やったー!』
『銀麦亭飯だ!』
『飯テロ配信確定』
『朝から腹減ってきた』
俺は苦笑した。
公式配信第一回。
企画名は――。
《普段通りのAWO生活》
本当に普段通りになりそうだ。
◇◇◇
「それで」
俺はテーブルへ座った。
「なんでバルガとカイルが朝から銀麦亭にいるんだ?」
「俺はお前を待ってた」
バルガが即答する。
「俺も似たようなものだ」
カイルも答えた。
「……嫌な予感しかしない」
「失礼な奴だな!」
バルガが笑う。
その横でカイルは腰から一本の刀を外し、テーブルへ置いた。
白い鞘。
美しい曲線。
東方刀――《月白》。
『月白きた!』
『これ見たかった!』
『カイルさんの刀!』
『ジョウゴの試作三号と全然違う』
『東方諸国製なんだよな?』
視聴者の反応も一気に増えた。
俺も《月白》を見る。
以前にも見せてもらった。
だが、今見る目的は鑑賞ではない。
「魔力経路か」
「ああ」
カイルが頷く。
「お前たちが作っている刀と、東方の刀。その最大の違いの一つだ」
俺は腰の《鉄刀・試作三号》へ触れた。
高密度鉄。
黒鉄。
二種類の素材を複合鍛造した現在の主力武器。
強度も高く、粘りもある。
重心も手元寄りで、俺の受け流しを中心とした戦い方との相性もいい。
だが――。
魔力を積極的に利用することまでは想定されていない。
「昨日から頭の中で考えてたんだが」
バルガが身を乗り出した。
「やっぱり素材だけじゃ足りねぇ」
「星蒼複合鋼?」
「ああ」
現在研究している新素材。
高密度鉄。
黒鉄。
蒼鉄。
そして銀星砂。
それらを組み合わせ、
高硬度。
高粘性。
軽量。
高魔力伝導。
その四つを狙う特殊素材――。
《星蒼複合鋼》。
「素材そのものが魔力を通しやすくても、刀身の中で魔力が暴れたら意味がねぇ」
「だから道を作る」
「そういうことだ」
カイルが《月白》を軽く叩く。
「東方では、それを刀の内部に作る」
「どうやって?」
「知らん」
「知らないのかよ」
『www』
『カイルさん即答www』
『職人じゃないから仕方ない』
『使い手に製法聞くなwww』
カイルは涼しい顔をしている。
「俺は刀鍛冶ではない」
「まあ、それはそうなんだけど」
「だが、魔力を流した時の感覚なら教えられる」
それは大きい。
「頼めますか?」
「もちろんだ」
バルガが立ち上がった。
「よし! 工房行くぞ!」
「待て」
「なんだ?」
「まだ朝飯を食ってない」
「鍛冶しながら食えばいい!」
「マリアさんに怒られるぞ」
「誰が怒るって?」
「…………」
バルガの動きが止まった。
背後には笑顔のマリアさん。
ただし、その手には大きな木製トレー。
「朝ご飯を抜いて鍛冶?」
「いや、その……」
「バルガさん?」
「食います」
「はい」
『強い』
『銀麦亭最強NPC』
『バルガ敗北』
『ジョウゴより強いwww』
俺は何も言わず、運ばれてきた朝食へ手を伸ばした。
触らぬ神に祟りなし。
◇◇◇
朝食を終えた俺たちはバルガの工房へ向かった。
途中。
《コメント要約》
《正式配信になって何が変わったのか質問多数》
「ああ、それか」
歩きながら説明する。
「一番変わったのは配信機能かな」
『詳しく!』
『コメント見えてる?』
「全部は無理。今も要約された質問を見てる」
俺の視界には、配信者専用の小さなウィンドウが表示されている。
「他にはNPCのプライバシー保護とか、位置情報の遅延とか」
『位置情報遅延?』
「配信を見て俺の現在地へ集まってくるプレイヤーへの対策らしい」
『なるほど』
『配信者狩り対策か』
『ストーカー防止大事』
「あと現実側の個人情報も保護されてる」
そこはかなり重要だ。
「ちなみに俺の本名や仕事について詮索するのはやめてください」
『了解!』
『ジョウゴはジョウゴ』
『リアル特定ダメ絶対』
『ゲームを楽しもうぜ』
ありがたい。
もちろん全員がそうとは限らない。
だからCROSS社側にも荒らし対策や現実身元保護機能がある。
だが、視聴者自身がそういう空気を作ってくれるのは助かる。
「それと――」
俺は少し考える。
「配信者になったからって、毎日配信するつもりはありません」
『えー!』
『毎日見たい!』
『仕事あるなら仕方ない』
『生活優先大事』
「AWOは遊びだからな」
これは最初から変わらない。
「現実の生活を壊してまでやったら、本末転倒だろ」
仕事。
食事。
睡眠。
家事。
まず現実。
その上でAWOを楽しむ。
正式配信者になったところで、それを変えるつもりはない。
《肯定的コメント多数》
「ありがとう」
そんな話をしているうちに工房へ到着した。
◇◇◇
「ジョウゴ!」
工房の前から聞き慣れた声がした。
「おはよう!」
「おはよう、ミナ」
杖を持ったミナがこちらへ走ってくる。
「聞いたよ! 正式配信者になったんだって?」
「ああ。今も配信中」
「えっ?」
ミナが固まる。
「…………今?」
「今」
「先に言ってよー!」
『ミナきた!』
『回復担当!』
『かわいい』
『今日も元気だ』
「うわぁぁ……!」
ミナが顔を両手で隠した。
「普通に走ってきちゃった……」
「普段通りの配信だから、それでいいんじゃないか?」
「そういう問題かなぁ……」
俺はそういう問題だと思う。
そこへバルガが割り込む。
「ミナ! ちょうどいい!」
「え?」
「魔力流してくれ!」
「説明が雑!」
『www』
『職人www』
『いきなり魔力要求』
ミナも呆れていた。
「何に流すの?」
「試作素材だ」
工房の中へ入る。
作業台には四種類の素材が並べられていた。
高密度鉄。
黒鉄。
蒼鉄。
銀星砂。
バルガが腕を組む。
「今日は《星蒼複合鋼》の試験をする」
「ついに?」
「ああ」
俺も表情を引き締めた。
「成功すれば試作四号へ?」
「まだ早ぇ」
「やっぱり?」
「まず素材を安定させる」
その判断には同意する。
刀にするのはその後だ。
「ミナには鍛造中、蒼鉄と銀星砂に一定量の魔力を流してほしい」
「一定量?」
「ああ」
「どのくらい?」
「…………」
「バルガさん?」
「そこを調べる!」
「そこからなの!?」
『研究って感じしてきた』
『つまり人体実験ならぬミナ実験』
『ミナ逃げて』
「変な言い方しないで!」
ミナがコメントへ怒っている。
俺は笑いながら槌を手に取った。
すると。
《槌打ちLv.1》
技能表示が視界へ浮かぶ。
「よし」
炉へ火を入れる。
バルガが温度を見る。
俺が素材を準備する。
ミナが魔力制御を担当。
そしてカイルは――。
「俺は?」
「月白を貸してください」
「断る」
「じゃあ見本として置いといてください」
「それならいい」
工房の中央。
炎が勢いを増す。
正式配信者としての初LIVE。
派手なボス討伐でもない。
新しい街へ向かう冒険でもない。
ただの鍛冶。
それでも――。
《現在視聴者数:82,417》
「八万……?」
俺は二度見した。
『鍛冶待ってました!』
『刀開発編きたあああ!』
『試作四号!?』
『星蒼複合鋼って何!?』
『八万人で鍛冶見学www』
「……本当にこれでいいのか?」
「いいんじゃない?」
ミナが笑う。
「ジョウゴらしいし」
バルガもニヤリと笑った。
「さあ、始めるぞ!」
「ああ」
俺は槌を握る。
高密度鉄。
黒鉄。
蒼鉄。
銀星砂。
そして、魔力。
現実世界には存在しない素材と力を使い――。
俺たちは新しい刀の可能性へ挑む。
《鉄刀・試作四号》。
その第一歩となる、
《星蒼複合鋼》の試験鍛造が始まった。




