第1話 正式配信者契約
水曜日。
午後八時。
俺――上塚賢吾は、自宅のパソコンの前に座っていた。
画面に映っているのは。
《CROSS株式会社》
《配信事業部》
《担当:神崎》
第一章の終わり。
AWO内で届いた正式契約の提案。
今日は、その内容を直接聞くためのオンライン面談だ。
『こんばんは、上塚様』
「こんばんは」
『改めまして、CROSS株式会社配信事業部の神崎です。本日はよろしくお願いいたします』
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ゲームの中で数十万人を前に配信した時より。
なぜか。
今の方が緊張する。
「……会社との契約だからかな」
『何か?』
「いえ、こちらの話です」
◇◇◇
『では早速ですが』
神崎さんが資料を画面共有する。
《CROSS LIVE 正式配信者契約》
「お願いします」
『今回、上塚様へお願いしたいのは、CROSS LIVEにおける正式配信者としての活動です』
今まで。
俺がしていたのは。
簡易契約。
試験的な配信。
だったらしい。
それでも。
灰色谷では。
三十万人以上。
見ていた。
『今後は定期的なLIVE配信だけでなく、CROSS社による配信支援、広告収益の分配、映像の権利管理、切り抜き対応、誹謗中傷や個人特定への対策なども正式なサポート対象となります』
「個人特定対策も?」
『はい』
それ。
かなり。
重要。
俺。
現実。
銀行員。
身元。
不用意に。
広げたくない。
『現在も保護設定を行っていますが、正式契約後は強化されます』
「なるほど」
◇◇◇
次。
《契約期間》
《一年》
《双方合意による更新》
《配信義務:月最低四回》
「月四回」
『最低回数です』
「毎週一回くらい?」
『目安としてはそうなります。ただし、上塚様には本業がありますので、日時についてはかなり柔軟に設定できます』
そこ。
俺。
一番。
気になっていた。
「銀行の仕事が優先でも?」
『もちろんです』
「繁忙期で配信できない週とか」
『月単位で調整可能です』
「急な残業」
『配信延期で問題ありません』
「……かなり柔軟ですね」
『無理をして本業や生活を崩される方が困りますので』
まとも。
会社。
だ。
◇◇◇
『それと』
神崎さん。
次。
《健康管理規定》
「健康?」
『長時間フルダイブ配信についてです』
《連続ログイン上限》
《休憩推奨通知》
《水分・食事・睡眠時間確認》
《長時間配信時の強制警告》
「強制ログアウト?」
『原則は警告のみです。ただし、重大な体調異常を検知した場合は安全機構が優先されます』
「それは当然」
灰色谷。
かなり。
長かった。
ああいう時。
夢中。
なりすぎる。
可能性。
ある。
「必要ですね」
『ご理解いただけて助かります』
◇◇◇
次。
《収益》
数字。
出る。
「……」
『こちらが基本契約金です』
「はい」
『そして広告収益』
「はい」
『投げ銭機能』
「……」
『有料会員向けアーカイブ分配』
「……」
『スポンサー案件については個別協議』
「ちょっと待ってください」
『はい』
「これ」
俺。
数字。
見る。
「普通に」
「副業の範囲」
超えません?
神崎さん。
少し。
笑う。
『今後の視聴規模によっては』
「……」
『可能性はあります』
「困るな」
『嬉しくないんですか?』
「嬉しいとか以前に」
銀行員。
副業規定。
税務。
申告。
社内手続き。
「やること増える」
『そこですか』
「そこです」
◇◇◇
『税務については』
「税理士?」
『必要であればCROSS提携先をご紹介できます』
「そこまで?」
『配信規模が一定以上になる方には一般的です』
つまり。
俺。
その規模。
なのか。
「……」
『上塚様?』
「現実味が」
「急に」
『ゲーム内で三十万人以上見ていましたから』
「言わないでください」
『もう数字を見ない作戦は難しいと思います』
「神崎さんまで」
◇◇◇
次。
《配信内容》
『基本的には自由です』
「自由?」
『攻略』
『戦闘』
『生産』
『観光』
『NPC交流』
『日常』
「何でも?」
『公序良俗や規約に反しない範囲で』
「なるほど」
『むしろ』
神崎さん。
少し。
笑う。
『ジョウゴ様の場合、内容を固定しない方が良いと考えています』
「なぜ?」
『戦闘講座』
『鍛冶』
『街道旅』
『護衛』
『救出』
『料理』
「最後」
「俺料理配信してました?」
『食事場面の視聴維持率が高いです』
「……」
『銀麦亭も人気です』
「マリアさん強いな」
◇◇◇
『特に』
資料。
グラフ。
出る。
《視聴者が評価している要素》
《1位:NPCとの自然な交流》
《2位:現実技能を活かした戦闘》
《3位:AWO内の日常生活》
《4位:仲間との掛け合い》
《5位:刀》
「刀」
「五位?」
『十分高いです』
「バルガに言ったら怒る」
『では秘密にしましょう』
「お願いします」
◇◇◇
さらに。
《ルク関連回》
視聴維持率。
高い。
ただし。
『こちらについて』
神崎さん。
表情。
真面目。
『今後もNPC本人の意思を最優先します』
「ああ」
『未成年相当NPC』
『家族事情』
『犯罪被害』
『そういった内容は』
『CROSS側でも慎重に扱います』
「それなら」
「問題ないです」
ルク。
セリエ。
アルト。
家族。
再会。
あれ。
配信。
しなかった。
正解。
だったと思う。
◇◇◇
『そして最後に』
神崎さん。
新しい。
ページ。
《正式配信者ネーム》
《ジョウゴ》
《所属:CROSS LIVE》
《カテゴリー:AWO》
「所属?」
『プロ配信者としての所属ではありません』
「違う?」
『CROSS LIVE公式配信者という意味です』
「なるほど」
『プロフィールなどに公式マークが付きます』
「……」
嫌な予感。
「目立つ?」
『かなり』
「ですよね」
◇◇◇
『契約について』
神崎さん。
『何かご質問はありますか?』
「あります」
まず。
「配信しない日」
「自由にAWO遊べます?」
『もちろん』
「配信外の行動に制限」
『ありません』
「配信しない時に」
「重要イベント起きても?」
『問題ありません』
「良かった」
『むしろ』
「?」
『配信していない日に何か起きる率が高いですから』
「CROSS社でも言われてる?」
『社内で少し』
「……」
◇◇◇
「次」
俺。
「スポンサー」
『はい』
「勝手に付けない?」
『必ず本人承認があります』
「企業案件」
『内容確認後、断ることも可能です』
「顔出し」
『不要』
「現実の本名」
『原則非公開』
「銀行名」
『公開しません』
「自宅」
『当然保護対象です』
「よし」
『かなり慎重ですね』
「普通です」
◇◇◇
『では』
一拍。
『契約されますか?』
「今すぐ?」
『もちろん持ち帰って検討していただいても』
「契約書」
俺。
画面。
「全部」
「一度読みたいです」
『承知しました』
「特に」
「解除条件」
「違約金」
「権利関係」
「アーカイブ」
「二次利用」
「広告」
「スポンサー」
「個人情報」
「税金」
『……』
「何です?」
『銀行員ですね』
「今さら?」
◇◇◇
契約書。
PDF。
送られる。
「今日は」
「一旦」
「持ち帰ります」
『もちろんです』
『なお』
「?」
『他社配信プラットフォームへの同時配信』
「禁止?」
『原則不可です』
「そこ」
「確認します」
『はい』
こういう。
ところ。
大事。
◇◇◇
面談。
一時間。
終了。
『本日はありがとうございました』
「ありがとうございました」
『契約の有無に関わらず』
一拍。
『今後もAWOを楽しんでください』
「それは」
「言われなくても」
『そうでしょうね』
神崎さん。
笑う。
《通話終了》
◇◇◇
「……」
静か。
部屋。
俺。
椅子。
座ったまま。
契約書。
見る。
《CROSS LIVE 正式配信者契約書》
「本当に」
「配信者になるのか」
銀行員。
主任。
二十六歳。
ゲーム。
趣味。
剣道。
そして。
配信者。
「肩書き」
「増えるな」
◇◇◇
契約書。
読む。
最初。
契約期間。
次。
報酬。
権利。
解除。
守秘義務。
「ここ」
《配信映像著作権》
原則。
CROSS。
利用許諾。
でも。
人格権。
本人。
「まあ」
普通。
かな。
次。
《配信者都合による契約解除》
通知。
三十日前。
「問題なし」
次。
《違約金》
重大な規約違反。
故意。
虚偽。
「妥当」
少なくとも。
俺。
読む限り。
変な。
縛り。
ない。
◇◇◇
その時。
スマートフォン。
メッセージ。
AWO仲間。
グループ。
《カイト:面談終わった?》
《ミナ:どうでした?》
《レント:契約した?》
「早い」
返信。
《まだ》
《契約書確認中》
即。
《カイト:銀行員》
《ミナ:さすがです》
《レント:安心した》
「何で安心?」
◇◇◇
さらに。
《ミナ:明日AWO入ります?》
「明日」
木曜日。
仕事。
ある。
でも。
夜。
少し。
《入る》
《普通に遊ぶ》
カイト。
《普通》
レント。
《信用できない》
「お前ら」
◇◇◇
翌日。
銀行。
「主任」
「何?」
「ジョウゴ」
「CROSSの正式配信者になるって噂です」
「……」
危ない。
「そうなんだ」
「SNSで話題ですよ」
「契約前なのに?」
「いや」
「CROSSが勧誘したんじゃないかって」
「推測」
「なるほど」
まだ。
公表。
されてない。
よかった。
「もし正式になったら」
後輩。
「凄いですよね」
「そうだな」
「主任」
「ジョウゴ好きなのに薄いなぁ」
「仕事中だから」
「はい」
◇◇◇
昼休み。
俺。
社内規定。
確認。
《副業・兼業規定》
「……」
やっぱり。
申請。
必要。
配信活動。
収益。
ある。
なら。
「上司」
「相談か」
最大。
難関。
来た。
黒鎖商会。
より。
嫌。
かもしれない。
◇◇◇
仕事。
終わり。
帰宅。
夕食。
風呂。
家事。
そして。
AWO。
「今日は」
「普通に」
《Another World Onlineを起動します》
「ログイン」
◇◇◇
《Welcome Back》
《Another World Online》
銀麦亭。
七号室。
「帰ってきた」
ベッド。
立つ。
階段。
降りる。
「ジョウゴ!」
マリアさん。
「飯!」
「ログインして最初それ?」
「食ってきた顔してるけど」
「向こうで」
「じゃあこっちでも食える!」
「理屈強い」
◇◇◇
「ジョウゴさん!」
ミナ。
カイト。
レント。
「契約!」
「声大きい」
「どうでした?」
「まだ」
「契約前」
「何で?」
「職場」
「副業申請」
「あー」
カイト。
「現実」
「面倒」
「大事」
◇◇◇
「それで」
レント。
「今日は?」
「普通に」
「街」
「歩く」
「依頼?」
「なし」
「戦闘?」
「なし」
「鍛冶?」
「バルガに捕まらなければ」
カラン。
「兄ちゃん!」
「……」
「フラグ」
ミナ。
「早すぎ」
◇◇◇
「バルガ」
「何?」
「四号!」
「もう?」
「構想できた!」
「俺」
「今日は」
「普通に遊びたい」
「鍛冶も遊びだ!」
「強い」
「反論できない」
◇◇◇
バルガ。
紙。
広げる。
《試作四号案》
「黒鉄」
「高密度鉄」
「さらに」
新しい。
素材。
《蒼鉄》
「蒼鉄?」
「レイゼンで仕入れた!」
「いつ?」
「お前らが灰色谷行ってる間!」
「行動早い」
「特徴?」
「軽い!」
「黒鉄より」
「硬い?」
「硬さは下」
「でも」
「粘る」
「つまり」
「芯?」
バルガ。
ニヤ。
「そうだ!」
◇◇◇
《鍛冶師バルガと刀》
《第七段階:三素材複合》
「また」
進んだ。
「今日は」
「作る?」
「今日は設計!」
「なら」
「少し」
結局。
普通。
じゃない。
◇◇◇
その時。
ポーン。
《CROSS社からメッセージ》
「何?」
《正式契約書確認状況について》
《不明点があれば随時ご連絡ください》
そして。
《契約成立後、初回公式LIVEについて特別企画をご提案予定です》
「特別企画?」
ミナ。
「何でしょう?」
開く。
《詳細は契約後にご案内します》
「まだ」
「分からない」
カイト。
「怖いな」
「会社の企画だぞ」
「ジョウゴ」
「お前の場合」
「事件より企画が普通じゃない可能性」
「失礼」
◇◇◇
でも。
俺。
思う。
第一章。
AWO。
始めた。
それだけ。
だった。
第二章。
これから。
配信。
本格。
なる。
CROSS社。
現実。
関わり。
増える。
ゲーム内。
ただ。
冒険するだけ。
じゃない。
現実。
仕事。
副業。
契約。
そして。
もう一つの世界。
その生活。
二つ。
両立。
必要。
「忙しくなるな」
ミナ。
「嫌です?」
「いや」
少し。
考える。
「面白そう」
◇◇◇
同じ頃。
CROSS株式会社。
配信事業部。
「上塚さん」
「契約書確認中」
「慎重ですね」
神崎。
「当然です」
「銀行員ですし」
「それだけではありません」
「?」
「ジョウゴさん」
「ゲーム内でも」
「ずっと同じです」
「何か起きても」
「まず見る」
「確認する」
「考える」
「それから動く」
「契約でも同じ?」
「ええ」
◇◇◇
「ところで」
スタッフ。
「正式契約後の企画」
「本当にこれやるんですか?」
神崎。
資料。
見る。
《CROSS LIVE特別企画案》
《ジョウゴのAWO生活・公式密着LIVE》
「本人が」
「嫌がりそうですね」
「だから」
「選択式です」
「それと」
別。
資料。
《CROSS公式スタジオゲスト出演》
「顔出しなし?」
「もちろん」
「音声のみ」
「現実側?」
「そうです」
スタッフ。
「配信者ジョウゴ」
「とうとう」
「リアル側にも」
「少し出てくる」
「契約すれば」
「ですが」
◇◇◇
そして。
AWO。
銀麦亭。
俺。
バルガ。
設計図。
見ながら。
「ここ」
「厚くすると」
「重心」
「前?」
「ああ」
「なら」
「手元」
「少し」
「……」
契約。
現実。
仕事。
いろいろ。
増える。
でも。
今。
こうして。
刀。
考えてる。
時間。
楽しい。
――もう一つの世界で、もう一人のあなたとして生きよう。
その言葉。
第二章。
入って。
ますます。
本当。
なってきた。
そして俺は。
まだ知らない。
正式契約を結んだ後。
CROSS社のLIVE配信が。
俺のAWO生活を。
さらに。
大きく。
広げていくことを。
そして。
黒鎖商会との因縁もまた。
灰色谷だけでは。
終わっていなかったことを――。




