第34話 帰郷のための準備
翌日。
仕事を終えた俺――上塚賢吾は、帰宅するといつも通り夕食と風呂を済ませた。
そして。
「今日は準備だけだな」
VR機器を装着する。
《Another World Onlineを起動します》
「ログイン」
◇◇◇
《Welcome Back》
《Another World Online》
視界が切り替わる。
《銀麦亭》七号室。
俺――ジョウゴはベッドから立ち上がると、すぐにメニューを開いた。
《重要NPC同行クエスト》
《ルクの帰郷》
《目的:ルクをエルナ村まで護衛してください》
《推奨Lv:5~》
《失敗条件:ルクの戦闘不能》
《事前準備を推奨します》
「失敗条件がある以上、適当にはできないな」
ルクの故郷《エルナ村》までは、徒歩で数日。
途中には。
古石橋。
精霊迷い。
地形の変化した旧街道。
そして。
《グレートフォレストベア Lv.12》
「……あいつには会いたくない」
カイトほどではないが、俺も同意見だ。
俺たちだけなら逃げればいい。
しかし今回はルクがいる。
「まず装備からか」
俺は部屋を出た。
◇◇◇
「おはようございます!」
「こんばんはだろ」
銀麦亭の一階。
いつものようにミナ、カイト、レントが待っていた。
さらに。
「ジョウゴ!」
「ルク?」
ルクまでいる。
もう診療所から出てもいい程度には回復したらしい。
「セレナさんは?」
「今日は外出していいって」
「本当に?」
「ほんと!」
「確認しに行こうかな」
「信用して!」
「冗談」
「ジョウゴの冗談分かりにくい!」
カイトが笑う。
「元気になったなぁ」
「俺は最初から元気!」
「森で倒れそうだったけど?」
「……あれは疲れてただけ」
「同じだろ」
◇◇◇
「で」
ミナが俺を見る。
「今日は準備ですよね?」
「ああ」
「何から?」
「ルクの装備」
「俺?」
「当然」
ルクを見る。
現在の服装。
普通の布服。
靴。
そして腰に。
「……ナイフ」
森で出会った時に持っていた、小さなナイフ。
《古い小型ナイフ》
《品質:低》
《耐久値:19/40》
「これで戦う?」
「戦える」
「駄目」
「なんで!」
「耐久値十九」
「まだ十九ある!」
「そういう問題じゃない」
十二歳。
護衛対象。
戦わせる気はない。
「自衛用の武器は必要だけどな」
「じゃあ剣!」
「扱える?」
「……少し」
「弓は?」
ルク。
反応。
「弓なら」
「エディルおじさんに教えてもらった」
「どれくらい?」
「小さい獣なら当てられる」
なるほど。
「じゃあ弓だな」
レント。
「俺が見ようか?」
「お願い」
「任せろ」
◇◇◇
まず。
《武具店・ガルド》
「また来たな」
店主ガルド。
「今日は俺じゃない」
「そこの坊主か?」
「ルク」
「……ハーフエルフ?」
ルク。
一瞬。
身体。
固まる。
「ガルドさん」
「何だ?」
「そこ気にする?」
「いや」
ガルド。
普通に。
「耳が見えたから言っただけだ」
「そう」
「弓か?」
「はい」
店主。
ルクを見る。
「腕伸ばせ」
「こう?」
「身長は?」
「これくらい」
「見れば分かる」
ガルド。
奥から。
短い弓。
《狩人見習いの短弓》
《必要筋力:低》
《品質:良》
《価格:280G》
「持ってみろ」
ルク。
弓。
持つ。
「軽い」
「引ける?」
レント。
矢はつがえず。
弦。
「……」
引く。
「もう少し」
「うん」
「止めて」
ルク。
姿勢。
そこまで悪くない。
「本当に経験あるな」
レント。
「エディルさんに?」
「うん」
「ならこれでいいと思う」
「決まり」
◇◇◇
「待って」
ルク。
俺を見る。
「お金」
「俺が出す」
「駄目!」
「なんで?」
「俺のだから」
「でも持ってないだろ」
「……」
「あとで返せばいい」
「ほんと?」
「ああ」
「絶対?」
「利息は――」
三人。
俺を見る。
「冗談です」
「銀行員が子供に利息要求しようとした!」
「しないって!」
ルク。
「利息?」
「知らなくていい」
《狩人見習いの短弓を購入しました》
《280Gを支払いました》
さらに。
《練習用矢×20》
《狩猟矢×20》
《小型矢筒》
購入。
「戦闘用は基本使わない」
「なんで」
「逃げる時だけ」
「……分かった」
◇◇◇
次。
防具。
《軽革の旅装》
《子供用》
《防御力:低》
《重量:軽》
《移動補正:微》
「これ」
「動きやすい」
ルク。
腕。
回す。
「重くない?」
「大丈夫」
「靴」
《森歩きの革靴》
滑り止め。
足首。
保護。
「これ重要」
「なんで?」
「長距離歩くから」
現実でも。
靴。
大事。
「合わない靴で二日歩くのはきつい」
ミナ。
「こういうところだけ妙に現実的ですよね」
「こういうところこそ大事だろ」
◇◇◇
装備。
終わり。
ルク。
姿。
変わった。
緑と茶色。
軽装。
背中に短弓。
腰には小型ナイフ。
「おお」
カイト。
「冒険者っぽい!」
「俺、冒険者?」
「まだ違う」
「じゃあ何?」
「護衛対象」
「嫌!」
即答。
「じゃあ旅人」
「それならいい」
◇◇◇
次。
道具屋。
「食料」
「五人分」
「三日以上」
店主。
次々。
並べる。
《保存パン》
《干し肉》
《乾燥果実》
《携帯スープ》
《水袋》
《塩》
《簡易調理器具》
「水」
レント。
「途中で川あるけど」
「飲める?」
「分からない」
「浄水」
店主。
《簡易浄水布》
《煮沸用小鍋》
「買う」
◇◇◇
「回復関係」
ミナ。
《回復薬×10》
《解毒薬×5》
《止血布》
《状態異常回復草》
「ルク用」
俺。
《小型回復薬×3》
「俺も飲むの?」
「怪我したら」
「しない」
「そうなるようにする」
◇◇◇
次。
野営道具。
前回。
二人用テント二張り。
一人用テント一張り。
「今回は五人」
ミナ。
「配置問題」
「……」
俺。
カイト。
レント。
ルク。
男四人。
ミナ。
一人。
「ミナ一人用」
「最初からそうしてください!」
「男四人を二人用二張り」
「誰と誰?」
カイト。
「俺とレント」
「じゃあ」
俺。
「ルク」
「ジョウゴと?」
「ああ」
「……分かった」
少し。
嬉しそう?
◇◇◇
「あと」
俺。
店内。
見る。
「熊対策」
カイト。
即。
「重要!」
「鈴はある」
「他は?」
店主。
考える。
《強烈臭の獣避け香》
「これ」
「熊に効く?」
「大型獣が嫌う匂いだ」
「絶対?」
「絶対なんてあるか」
「ですよね」
購入。
「カイト」
「何?」
「持つ?」
「もちろん」
「自分で撒けるように」
「熊来たら全部投げる!」
「それはやめろ」
◇◇◇
買い物。
終わり。
「重い……」
ミナ。
荷物。
見る。
「分担しよう」
俺。
全員の荷物。
確認。
「カイト」
「テント一つ」
「調理器具」
「了解」
「レント」
「食料」
「矢予備」
「ああ」
「ミナ」
「回復薬」
「魔法用品」
「はい」
「俺」
「ロープ」
「雨具」
「水」
「獣避け」
「それ多くない?」
「持てる」
「ジョウゴさん」
ミナ。
「ルクは?」
「自分の水と軽い食料だけ」
「俺もっと持てる」
「初めての長旅だろ」
「でも」
「最初は軽く」
「途中で大丈夫なら増やす」
「……分かった」
◇◇◇
その時。
「兄ちゃん!」
「バルガ?」
なぜ。
道具屋に。
「探したぞ!」
「何?」
「工房来い!」
「また急だな」
「カタナ!」
「分かった分かった」
◇◇◇
《鍛冶工房・バルガ》
作業台。
黒鉄片。
高密度鉄鉱石。
並ぶ。
「ガレスの黒鉄」
バルガ。
「少し調べた」
「どう?」
「面白ぇ」
鉄。
叩く。
「普通の鉄より粘る」
「折れにくい?」
「ああ」
「ただ」
「柔らかい」
「刃には向かない?」
「単体じゃな」
なるほど。
「なら高密度鉄と合わせる?」
バルガ。
目。
細める。
「兄ちゃん」
「何?」
「俺の考えてること先に言うな」
「同じこと考えてた?」
「そうだ!」
バルガ。
嬉しそう。
「硬い鉄」
「粘る黒鉄」
「役割を分ける」
「複合?」
「そうだ」
現実の日本刀。
異なる性質を持つ鋼。
芯。
皮。
構造。
「似てるな」
「何が?」
「俺の知ってる刀にも」
「硬さと粘りを両立する考え方がある」
「詳しく!」
「製法までは無理」
「知ってる範囲でいい!」
◇◇◇
俺。
紙。
簡単な図。
「中心に粘りのある部分」
「外側に硬い鋼」
「みたいな考え方」
「全部の日本刀が同じ構造ではないと思うけど」
「ほう……」
バルガ。
完全。
職人顔。
《現実知識の提供を確認》
《鍛冶師バルガと刀》
《第五段階:強さと粘り》
《進行度上昇》
《新たな製作思想が共有されました》
「また世界情報変わりそう」
ミナ。
「もう慣れた」
カイト。
「俺は慣れてない」
◇◇◇
「次」
バルガ。
言う。
「試作三号」
「作る?」
「ああ」
「でも」
俺。
「遠征」
「行くだろ」
「その間」
「試作二号使う」
「それでいい」
「三号は?」
「帰ってくるまでに作る」
「材料足りる?」
「足りねぇ」
「え?」
「黒鉄が」
ガレスの持っていた量。
少量。
「試験分しかない」
「じゃあ」
「旧街道の先」
バルガ。
地図。
指。
「黒鉄が昔採れたって話」
「ガレスから聞いた」
《サブクエスト発生》
《黒鉄の産地》
《旧西街道周辺で黒鉄の採取地点を探してください》
「また目的増えた」
「ついででいい!」
バルガ。
「ルクの村が先だ!」
「そこは分かってるんだ」
「当たり前だ!」
この人。
武器しか見てないようで。
意外と。
ちゃんとしている。
◇◇◇
その帰り。
「ジョウゴ」
ルク。
「何?」
「俺の村」
「うん」
「いっぱい人死んだ」
「ああ」
「怖い」
「うん」
「でも」
背中。
弓。
触る。
「帰りたい」
「分かってる」
「もし」
「?」
「お父さんとお母さん」
「いなかったら」
言葉。
止まる。
俺も。
すぐ答えられない。
「その時」
「どうすればいい?」
難しい。
十二歳。
質問。
「俺には」
少し。
考える。
「悲しむなとは言えない」
「……」
「泣いてもいい」
「怒ってもいい」
「でも」
「一人にはしない」
ルク。
俺を見る。
「ジョウゴが?」
「俺だけじゃない」
後ろ。
ミナ。
カイト。
レント。
「みんな」
ミナ。
「もちろん」
カイト。
「ここまで来たしな」
レント。
「最後まで付き合う」
ルク。
少し。
俯く。
「……ありがと」
◇◇◇
銀麦亭。
「おや!」
マリアさん。
「旅支度じゃないか!」
「次の休日に出る」
「ルクも?」
「ああ」
「やっと帰るんだね」
ルク。
「うん」
「なら」
マリアさん。
厨房。
「ちょっと待ちな!」
「?」
しばらく。
パン。
袋。
「これ持ってきな」
《銀麦亭の旅パン》
《通常のパンより保存性が高い》
「いいの?」
ルク。
「帰郷祝いさ」
「まだ帰ってないけど」
「先払いだよ!」
「マリア」
「ありがとう!」
「無事帰ったら」
「また食べに来るんだよ!」
「うん!」
◇◇◇
ポーン。
《NPC支援を獲得しました》
《銀麦亭:旅食支援》
「こういうのもあるのか」
AWO。
関係。
築いた。
結果。
旅。
助けてくれる。
「面白いな」
◇◇◇
その時。
《CROSS社からメッセージ》
「配信?」
開く。
《ルク帰郷遠征の配信予定について》
《同行NPCルクの配信同意を確認済み》
《長時間配信対応可能》
《配信の開始・終了はジョウゴ様の判断にお任せします》
「配信する?」
カイト。
「する」
俺。
今回は。
決めていた。
「ルクもいいって言ったし」
「ただ」
俺。
ルク。
見る。
「途中で嫌になったら言え」
「配信?」
「ああ」
「そしたら切る」
「ほんと?」
「当然」
「分かった」
◇◇◇
《次回配信予定》
《ルク帰郷遠征》
《土曜日 09:00~》
《CROSS社へ通知しました》
「九時?」
ミナ。
「前回より早いですね」
「距離長いから」
「朝飯は?」
カイト。
「現実で食べてから」
「ゲーム内は?」
「銀麦亭で食べる」
「二回食うのか!」
「ゲームと現実は別腹」
「それ絶対違う」
◇◇◇
現実世界。
CROSS社。
「配信予定来ました!」
「土曜九時」
「内容」
《ルク帰郷遠征》
「長時間想定」
「はい」
「休憩通知は強めに」
「現実側安全チェックも」
「了解」
「NPC保護」
「最大」
「家族関連コメント」
「自動フィルター強」
「視聴者による位置誘導」
「どうします?」
神崎。
「遮断してください」
「攻略情報は禁止?」
「ジョウゴさんは自分で旅したい人です」
「先回り情報は邪魔になります」
「了解」
◇◇◇
そして。
公式告知。
---
【CROSS LIVE】
剣士次回配信決定。
《ルク帰郷遠征》
日時:土曜日 9:00~
ゴブリンに故郷を追われたハーフエルフの少年ルク。
旧西街道の先に残る《エルナ村》を目指し、ジョウゴたちが護衛の旅へ出ます。
※NPC本人の意思およびプライバシーを最優先とした配信となります。
---
コメント。
『きた』
『帰郷編!』
『絶対見る』
『ルク頑張れ』
『ジョウゴちゃんと守れよ』
『熊だけは避けろ』
『カイト枝踏むなよ』
『そこ大事』
『エルナ村どうなってるんだろ』
『親いるかな……』
『詮索しすぎるなよ』
『見守ろう』
◇◇◇
ログアウト前。
銀麦亭。
ルク。
新しい弓。
眺める。
「ジョウゴ」
「何?」
「これ」
「うん」
「ちゃんと使えるようになりたい」
「レントに教えてもらう?」
「うん」
レント。
「明日訓練場行くか」
「いい?」
「ああ」
「ただし」
俺。
「戦うためじゃない」
「分かってる」
「逃げるため」
「うん」
「自分を守るため」
「うん」
「よし」
◇◇◇
旅。
準備。
食料。
水。
薬。
野営道具。
武器。
地図。
そして。
何より。
心の準備。
全部。
完璧とは言えない。
でも。
できることは。
やった。
次の休日。
俺たちは再び。
シズナ西門から。
旧街道へ入る。
今度は。
四人ではなく。
五人で。
エルナ村。
ルクの故郷。
そこへ。
彼を帰すために。
そして。
父。
母。
二人の安否を確かめるために。
剣士ジョウゴのAWO生活で。
これまでとは少し違う。
**「誰かの帰る場所を取り戻す旅」**が。
いよいよ。
始まろうとしていた。




