第32話 双子岩の先で見つけたもの
《Welcome Back》
《Another World Online》
視界を包んでいた淡い光が消える。
次に聞こえてきたのは、鳥の鳴き声と風に揺れる木々の音だった。
「……朝か」
俺――ジョウゴは、簡易テントの中で身体を起こした。
《現在地:双子岩野営地点》
昨日。
俺たちは古石橋の先へ進み、《精霊迷い》と呼ばれる特殊エリアを突破。
謎の小さな森精霊に導かれ、第二の中継地点である《双子岩》まで到達した。
そして――。
《長期クエスト》
《ルクの故郷》
《現在目標:旧西街道の安全確認》
《エルナ村推定位置:双子岩より北西方向》
《推定距離:徒歩半日程度》
「あと半日」
距離だけなら。
もう遠くない。
ただし。
「地図がここからほとんど役に立たないんだよな」
ガレスからもらった古い地図。
双子岩より先は、線も曖昧。
地形の記載も少ない。
十四年。
森が変化するには十分な時間だ。
「今日は周辺調査だけ」
現実では平日。
仕事を終えてからログインしている。
深夜まで無理に進むつもりはない。
エルナ村へ向かう本格的な探索は、次の休日。
「その前に」
安全確認。
道。
魔物。
野営場所。
そして。
「本当に村があるのか」
それを確かめたい。
◇◇◇
テントの外へ出る。
「おはようございます」
「おはよう」
ミナ。
すでに焚き火のそば。
「カイトとレントは?」
「まだです」
「珍しい」
前回は俺より早かったのに。
その瞬間。
「うおおお……」
隣のテント。
カイト。
出てくる。
「ゲームの中で朝起きる感覚、妙にリアルなんだけど」
「実際は夜だけどな」
「言うな!」
レントも。
「揃ったな」
「ああ」
◇◇◇
まず。
朝食。
簡単なスープ。
パン。
干し肉。
「ミナ」
「はい?」
「肉」
「……何です?」
「今日も肉がないって言うかと思って」
「私はそこまで肉好きじゃありません!」
「昨日言ってたじゃん」
「フォレストボアが美味しかっただけです!」
カイト。
「つまり今日も猪が出たら」
「倒しましょう!」
「目的変わってる!」
朝から元気だな。
◇◇◇
食事を終え。
野営道具は一部だけ残す。
「テントは?」
レント。
「今日は戻る予定だから」
「一張りだけ残す?」
「ああ」
もし。
予想外に時間が掛かった場合。
戻れない可能性もある。
《簡易テント×1》
野営地点維持。
残りは収納。
「よし」
◇◇◇
《旧西街道・双子岩西方》
俺たちは四人で森へ入った。
「本当に道ないですね」
ミナ。
「地図だとこっち」
レント。
簡易コンパス。
北西。
でも。
目の前。
木。
低木。
苔。
岩。
完全な森だ。
「昔は街道だった?」
カイト。
「荷車が通れる幅じゃないぞ」
「十四年あればこうなるんじゃない?」
俺は木を見る。
比較的若い。
「昔の道の上に木が生えてる」
「それ分かるんですか?」
「幹が細い」
「周りの木より若そう」
「なるほど」
ミナ。
「じゃあこの列?」
「ああ」
若い木が。
妙に一直線。
そこ。
昔。
道だったのかもしれない。
《観察Lv.1の熟練度が上昇しました》
「観察スキルが完全に探索用になってる」
レント。
「便利だからいい」
◇◇◇
三十分。
進む。
すると。
「止まって」
三人。
止まる。
「今度は何?」
カイト。
「足跡」
地面。
泥。
「大きい?」
ミナ。
「いや」
俺の手のひら。
それより。
少し大きい。
《人型種の足跡》
「人型?」
「ゴブリン?」
レント。
「形が違う」
ゴブリン。
以前。
何度も見た。
これは。
靴。
「靴履いてる」
「人?」
「あるいはエルフ」
ミナ。
目。
少し輝く。
「最近の?」
俺。
触る。
《観察》
《人型種の足跡》
《経過時間:推定1~3日》
「新しい」
三人。
顔。
変わる。
「エルナ村の人?」
「可能性ある」
もし。
そうなら。
「村が残ってる?」
ルク。
故郷。
「でも決めつけない」
この森。
人型。
他にもいるかもしれない。
盗賊。
別の集落。
冒険者。
「追う?」
「ああ」
◇◇◇
足跡。
一つだけではない。
「二人?」
レント。
「いや」
俺。
地面。
「三人」
「分かる?」
「サイズ違う」
一つ。
大きい。
一つ。
中くらい。
一つ。
小さい。
「家族?」
ミナ。
「かもしれない」
「荷物運んでる?」
地面。
深い。
大型の足跡。
「一人は重い物持ってた可能性ある」
歩幅。
一定。
逃げてはいない。
「普通に移動してた」
《クエスト情報が更新されました》
《旧西街道周辺で最近の人型種の痕跡を確認》
「当たりっぽい」
◇◇◇
一時間。
足跡。
森。
そして。
「木」
カイト。
「切られてる」
幹。
新しい。
斧。
「切り株」
複数。
「薪?」
「材木?」
近く。
枝。
まとめられている。
《最近採取された薪材》
「誰か生活してる」
ミナ。
嬉しそう。
「この近く?」
「多分」
さらに。
少し先。
「煙」
レント。
木々。
間。
薄い。
白。
「焚き火?」
「家?」
俺たち。
動き。
慎重になる。
「武器は?」
カイト。
「抜かない」
「でも準備」
「了解」
俺。
刀。
柄へ手。
ミナ。
杖。
レント。
弓。
ただし。
攻撃するつもりはない。
◇◇◇
茂み。
抜ける。
「……」
小さな。
空間。
そして。
「小屋?」
木造。
一軒。
古い。
でも。
煙突。
煙。
出ている。
横。
薪。
積んである。
《森の小屋》
《所属:???》
「誰かいる」
その時。
「止まれ」
「!」
声。
背後。
いつの間に?
俺。
振り向く。
弓。
こちらへ。
向いている。
男。
いや。
耳。
長い。
《???》
エルフ。
年齢。
三十代くらいに見える。
緑色の外套。
「何者だ」
弓。
引いたまま。
「武器から手を離せ」
俺。
すぐ。
刀から手を離す。
「分かった」
カイト。
盾。
下げる。
レント。
弓。
持っているが。
構えない。
ミナ。
杖。
下ろす。
「冒険者です」
「どこから」
「シズナ」
男。
眉。
動く。
「シズナ?」
「ああ」
「なぜこんなところへ」
どう答える?
正直に。
「エルナ村を探してます」
「!」
男。
明確に。
反応。
「誰に聞いた」
「ルク」
弓。
一瞬。
揺れる。
「……ルク?」
「十二歳のハーフエルフ」
「ゴブリンに捕まってた」
「シズナ近くで保護した」
男。
目。
大きく。
「生きているのか!?」
弓。
下がる。
「無事です」
「今はシズナの診療所」
「……」
男。
息。
吐く。
「よかった……」
それだけで。
分かった。
「ルクを知ってる?」
「ああ」
「村の人?」
「……そうだ」
そして。
《NPC情報が更新されました》
《エルフの狩人 エディル》
《所属:エルナ村》
「……見つけた」
ミナ。
小さく。
「村、生きてる」
◇◇◇
《長期クエスト》
《ルクの故郷》
《重大情報を獲得しました》
《エルナ村の生存者と接触しました》
「エディルさん」
俺。
「エルナ村は」
「まだある?」
「……ある」
即答。
「ただ」
表情。
暗い。
「昔のエルナではない」
「どういう意味?」
「村は襲われた」
「ゴブリンに?」
「ああ」
「大勢が」
言葉。
止まる。
「死んだ」
ミナ。
視線。
下。
「でも生存者は?」
「いる」
「何人?」
「二十七人」
少ない。
「元々は?」
「百人ほど」
「……」
ルク。
十二歳。
村。
燃えた。
捕らわれた。
「ルクの両親」
聞くか。
でも。
ここ。
重要。
「エディルさん」
「何だ」
「ルクの父親と母親」
「知ってますか」
エディル。
俺を見る。
長い。
沈黙。
「名前は?」
そうだ。
俺。
知らない。
「聞いてない」
「なら」
エディル。
「直接ルクから聞け」
「……分かった」
無理に聞くべきではない。
◇◇◇
「村はここから近い?」
「歩いて二時間」
「二時間」
「かなり近い」
「案内してもらえる?」
エディル。
首。
横。
「今日は駄目だ」
「なぜ?」
「村は今」
森。
奥。
見る。
「外部の者を入れない」
「襲撃後だから?」
「それもある」
「人間を警戒している者が多い」
「……」
俺。
人間種。
カイト。
人間。
レント。
種族。
人間系。
ミナ。
エルフ。
「ハーフエルフへの扱いも?」
ルク。
耳。
隠す。
エディル。
少し。
目を細める。
「シズナではどうだ」
「今のところ普通」
「そうか」
それだけ。
◇◇◇
「じゃあ」
俺。
「どうすれば村へ行ける?」
「ルクを連れて来い」
「!」
「生存者なら」
「村へ戻る権利がある」
「ただし」
「まずルク本人に」
「帰りたいか聞け」
当然。
だ。
俺たちが。
勝手に。
決める話じゃない。
「分かった」
「それと」
エディル。
俺を見る。
「村へ来るなら」
「人数は少なく」
「武器は必要以上に抜くな」
「了解」
「異邦人」
「?」
「お前」
「ジョウゴと言ったな」
「言ってないけど」
「……仲間が呼んでいた」
「ああ」
「ルクを助けたのは」
「お前たちか?」
「四人で」
エディル。
深く。
頭。
下げた。
「ありがとう」
「やめてください」
「礼を言うのは当然だ」
「でも」
俺。
「まだ故郷に帰せたわけじゃない」
「……そうだな」
◇◇◇
《クエスト情報更新》
《ルクの故郷》
《エルナ村への経路情報を獲得》
《条件を満たすことでエルナ村へ入村可能》
《条件:ルク本人の意思確認》
「ここまで」
レント。
「かなり進んだな」
「ああ」
今日は。
十分。
「戻ろう」
「村行かないんですか?」
ミナ。
「ルクなしで行かない」
「ですね」
「それに」
エディル。
「夕方から魔物が増える」
「何が出る?」
「森狼」
「熊」
カイト。
顔。
引きつる。
「熊……」
「昨日の?」
俺。
《グレートフォレストベア Lv.12》
「もっと大きいのもいる」
エディル。
「帰ろう」
カイト。
「今すぐ帰ろう!」
「お前熊に弱くなったな」
「レベル12に追われてみろ!」
◇◇◇
エディル。
小屋。
入る。
少し。
待つ。
「これを」
木製。
小さな。
札。
《エディルの木札》
《エルナ村狩人の身分証》
「ルクへ見せろ」
「俺が生きている証になる」
「ありがとう」
「それと」
袋。
《森蜜》
「ルクはこれが好きだった」
「……」
渡される。
「生きてると知ったら」
「持っていけ」
「分かった」
◇◇◇
帰路。
「よかったですね」
ミナ。
「村」
「残ってた」
「ああ」
「でも」
カイト。
「二十七人」
「かなり減ってる」
「百人から」
「七割以上」
レント。
「襲撃」
「相当大きかった」
そして。
ルクの両親。
「生きてるか」
分からない。
「本人に名前聞くしかない」
でも。
聞けば。
期待。
する。
そして。
もし。
亡くなっていたら。
「難しいな」
「何が?」
ミナ。
「情報を伝えること」
ゲーム。
なら。
クエスト。
達成。
報酬。
でも。
今。
俺。
完全に。
ルクへ何と話すか。
考えている。
「ジョウゴさん」
「ん?」
「そのままでいいと思います」
「何が?」
「分かったことだけ」
「分からないことは」
「分からないって」
「……そうだな」
◇◇◇
双子岩。
戻る頃。
空。
暗くなり始める。
「間に合った」
カイト。
「熊来なかった」
「そこ一番?」
「一番!」
◇◇◇
焚き火。
夕食。
「今日は」
ミナ。
袋。
見る。
「肉ないですね」
「まだ言うの?」
「ちょっとだけ期待してました」
「明日シズナ帰ったら銀麦亭」
「じゃあ我慢します」
「マリアさんの料理強い」
◇◇◇
食後。
「明日」
レント。
「シズナまで戻る?」
「一日では?」
双子岩。
古石橋。
西門。
距離。
「前回」
二日近く。
「途中」
古石橋休憩所。
「一泊」
「じゃあ」
明日。
古石橋。
次。
西門。
その後。
「ルク」
待っている。
◇◇◇
俺。
木札。
見る。
《エディルの木札》
「喜ぶかな」
森蜜。
「少なくとも」
故郷。
ある。
生きている人。
いる。
それは。
伝えられる。
「ジョウゴ」
カイト。
「何?」
「今日配信しなくてよかったのか?」
「いい」
「かなり重要回だったぞ」
「重要だからこそ」
「?」
「ルクに先に話したい」
三人。
少し。
驚く。
「視聴者より?」
「当たり前だろ」
「ルクの話だから」
配信。
面白い。
でも。
全部。
配信する必要はない。
「次回」
「話せる範囲で話す」
「それでいい」
レント。
頷く。
◇◇◇
《CROSS社からメッセージが届きました》
「?」
《旧街道探索の進行を確認しました》
《配信予定の催促ではありません》
《必要な際のみご利用ください》
「……」
ちゃんと。
分かってる。
「CROSS」
悪くないな。
◇◇◇
《セーフログアウト》
《双子岩野営地点》
「じゃあ」
「今日は終わり」
「お疲れ」
「おやすみなさい」
「また」
テント。
入る。
「ログアウト」
◇◇◇
現実。
俺――上塚賢吾はVR機器を外す。
時計。
午後十一時前。
「結構遅い」
明日も仕事。
「寝よう」
でも。
その前に。
連携アプリ。
クエスト。
《ルクの故郷》
《エルナ村:現存確認》
《生存者:最低27名》
《ルク本人の帰郷意思を確認してください》
「……」
明日。
帰れない。
明後日。
たぶん。
シズナ。
「待たせるな」
急ぎたい。
でも。
無理。
現実。
仕事。
「一つずつ」
ルクに言った。
自分。
守る。
◇◇◇
そして。
シズナ。
診療所。
「まだ?」
ルク。
窓。
外。
「ジョウゴ帰ってこない」
セレナ。
「遠い旅なのでしょう?」
「うん」
「なら」
「待つことも旅の一部ですよ」
「……」
ルク。
不満そう。
でも。
手元。
木。
削る。
ジョウゴ。
自分。
そして。
三本目。
「これは?」
セレナ。
「お父さん」
「……そう」
四本目。
「お母さん」
小さな。
木の刀。
四本。
並ぶ。
「帰れるかな」
誰にも。
まだ。
答えは出せない。
ただ。
確かなことが。
一つだけある。
エルナ村は。
今も。
存在していた。
そして。
ルクのことを覚えている者も。
確かに。
生きていた。
その事実を持って。
俺たちは。
今度こそ。
シズナへ。
帰ることになる。




