第3話 俺の普通は普通じゃない?
「「「普通じゃない!」」」
三人の声が草原に響いた。
「……そうなのか?」
俺――ジョウゴは、思わず首を傾げた。
つい先ほど。
俺は《シズナ南部草原》で、初めてモンスターと戦った。
相手はレベル1の《ホーンラビット》。
やったことは単純だ。
突進してきた。
攻撃線を見た。
半歩ずれて避けた。
すれ違いざまに斬った。
それだけ。
剣道というより、古流剣術で習った身体操作に近い。
相手の攻撃を大きく避けるのではなく、必要最低限の動きで攻撃線から身体を外す。
現実なら角を生やしたウサギに襲われることなんてないが、動きそのものは特別ではない。
……少なくとも、俺にとっては。
「普通って……」
三人組の一人。
片手剣と盾を持った男性プレイヤーが頭を抱える。
頭上には《カイト》と表示されていた。
「普通はもっとこう……避けるだろ!」
カイトが大きく横へ飛ぶ。
「うおおおっ! って!」
「それだと次の攻撃が遅れないか?」
「そこなんだよ!」
「どこなんだよ」
話が見えない。
「ちょっと待ってください!」
今度は杖を持った女性プレイヤーが前へ出てきた。
《ミナ》
職業は見たところ魔術師だろうか。
「ジョウゴさん、ですよね?」
「ああ」
「AWO、今日からですか?」
「今日から」
「VRゲームの経験は?」
「昔、少しやったくらいかな。フルダイブは何回か」
「じゃあAWOのベータテスト参加者とか?」
「いや」
「……本当に初心者?」
「だから、そうだって」
すると三人が顔を見合わせる。
「おかしい」
「おかしいな」
「絶対おかしい」
「初対面の相手に随分な言い方だな」
三人目は弓を背負った男性プレイヤーだった。
名前は《レント》。
彼が俺の方へ歩いてくる。
「悪い。別に馬鹿にしてるわけじゃないんだ」
「分かってるよ」
「ただ、さっきの動きがな」
レントが草原を見る。
「俺たちもさっきまでホーンラビットと戦ってたんだけど……結構苦戦した」
「レベル1だろ?」
「レベル1でも初見だと速いんだよ」
「確かに速かったな」
「だろ?」
ホーンラビットは小さい。
しかも地面すれすれを高速で突進してくる。
ゲーム初心者なら対処しづらいのかもしれない。
「でも見てから避けられるだろ?」
「見てから!?」
「動き出す前に身体が沈むし」
「身体が沈む?」
「後ろ足に力が入ってただろ」
「そこ見てたの!?」
ミナが驚く。
「いや、見るだろ」
「見ませんよ普通!」
「……そうなのか?」
また普通と言われた。
どうやら俺と彼らの『普通』には、かなり差があるらしい。
◇◇◇
「じゃあ、もう一匹やってみてくれない?」
カイトが言った。
「もう一匹?」
「俺たち見てるから!」
「別にいいけど」
ちょうど戦闘システムを確認したかったところだ。
剣を抜く。
すると。
「……やっぱ構えから違う」
レントが呟いた。
「そうか?」
「剣先が全然揺れない」
「普通じゃない?」
「だから、その普通を捨ててくれ!」
「無茶言うな」
そんなことを話していると。
ガサガサッ。
草が揺れた。
「来た」
《ホーンラビット Lv.1》
一匹。
こちらに気づいた。
「キュルル……!」
低い鳴き声。
俺は剣を構える。
今度は意識的に観察する。
前足。
後ろ足。
視線。
角。
身体の向き。
呼吸――は分からないな。
「キュッ!」
身体が沈む。
来る。
ドンッ!
ホーンラビットが突進。
「ジョウゴさん!」
ミナの声。
だが問題ない。
一歩。
いや。
半歩でいい。
右足を僅かに外へ。
腰を回す。
身体を開きすぎない。
角が横を通る。
その瞬間。
「ふっ」
剣を落とす。
ザンッ!
《Critical Hit!》
「キュッ――!」
光になるホーンラビット。
《ホーンラビットを討伐しました》
《経験値を獲得しました》
《角ウサギの毛皮×1》
「…………」
後ろを見る。
三人が固まっていた。
「どうだった?」
「いや」
カイトが真顔になる。
「どうだったじゃない」
「また一撃……」
「クリティカル出てたよね?」
「出てたな」
俺も表示を見た。
「頭に当たったからじゃないか?」
「狙ったんですか?」
「一応」
「動いてる相手の頭を?」
「ああ」
「…………」
ミナが黙った。
そして。
「やっぱり普通じゃない!」
「だから何なんだよ!」
◇◇◇
「なるほどな……」
三人から説明を聞き、ようやく事情が分かってきた。
AWOには戦闘アシストが存在する。
たとえば《剣術》スキル。
剣を振ろうとすれば、システムがある程度軌道を補正してくれる。
《受け流し》なら、発動条件を満たした際に身体の動きを補助してくれる。
「もちろん完全自動じゃないけどな」
カイトが剣を抜く。
「《スラッシュ》!」
剣が淡く光った。
そして。
ブンッ!
斜めに振り下ろされる。
「今のがアーツ?」
「そう。剣術系の基本アーツ《スラッシュ》」
「へえ」
確かに綺麗な軌道だ。
ただ。
「ちょっと動きが大きいな」
「え?」
「振りかぶりが大きい」
「ゲームの技だからな」
「途中で止められる?」
「無理じゃないか?」
「なるほど」
俺は少し考える。
強力な技なのだろう。
だが、発動モーションが決まっているなら使いどころを考える必要がありそうだ。
「ジョウゴさんはアーツ使わないんですか?」
「まだ使い方知らない」
「えっ」
「今日始めたばっかりだから」
「そうだった!」
ミナが頭を抱える。
「じゃあ本当に全部自力だったんだ……」
「自力というか普通に身体を動かしただけだぞ」
「その身体の動かし方がおかしいんです!」
「だから普通――」
「その単語禁止!」
「理不尽だな」
◇◇◇
そこで俺は、さっき表示された通知を思い出した。
「そういえば」
「どうした?」
「こんなの出たんだけど」
ウィンドウを操作する。
《特殊判定を確認》
《プレイヤー自身の技術による回避行動を確認しました》
《システムアシスト未使用》
《特殊条件を達成》
《スキル《見切り》の習得条件を一部満たしました》
三人へ見せる。
「…………」
「…………」
「…………」
また黙った。
「これ何?」
「俺が聞きたい」
カイトが即答した。
「《見切り》なんてスキル、初めて見たぞ」
「攻略情報には?」
「サービス開始初日だぞ!?」
「ああ、そうだった」
まだ攻略サイトも情報が揃っていない時期か。
レントが表示を覗き込む。
「でも『プレイヤー自身の技術』って書いてあるな」
「あるな」
「AWOって現実の技能も反映されるって宣伝してたけど……」
ミナが俺を見る。
「ジョウゴさん、現実で何かやってます?」
「何かって?」
「スポーツとか武術とか」
「ああ」
別に隠すことでもない。
「剣道」
「なるほど!」
「あと合気道」
「え?」
「それと古流剣術」
「…………」
三人が止まる。
「剣道は小学生の頃からだな」
「何年です?」
「今二十六だから……結構長いな」
「段位は?」
「まあ、人に教える側ではある」
「…………」
「合気道は中学から」
「…………」
「古流は縁があって習った」
「…………」
沈黙。
「どうした?」
カイトが俺の肩を掴んだ。
「先に言ってくれ!」
「何を?」
「ガチ勢じゃねぇか!」
「ゲームは初心者だぞ?」
「リアルの方だよ!」
「リアル?」
「リアルスキル持ち込んでるじゃねぇか!」
なるほど。
そういう表現になるのか。
「でもAWOって、そういうゲームなんだろ?」
「そうだけど!」
公式説明にもあった。
現実世界で身につけた技能は、フルダイブしたプレイヤー自身の技術として利用できる。
だったら使って問題ないはずだ。
「剣道経験者なら他にもいるだろ」
「いるだろうけど……」
レントが苦笑する。
「師範代レベルはそうそういないと思うぞ」
「そんなものか」
「そんなものです!」
ミナが強く頷いた。
◇◇◇
その後。
三人と一緒に何匹かホーンラビットを倒した。
「来るぞ!」
「分かってる」
突進。
一歩外す。
斬る。
《Critical Hit!》
「またクリティカル!」
「次!」
別方向からホーンラビット。
今度は剣を振らない。
踏み込む。
身体をずらしながら――。
剣の腹を角へ当てる。
カンッ!
軌道を逸らす。
《Parry!》
「え?」
表示が出た。
「今度はパリィ?」
「パリィってこれか」
「初見でやるなよ!」
バランスを崩したホーンラビット。
首元へ剣を落とす。
ザンッ!
《Critical Hit!》
《ホーンラビットを討伐しました》
「……なるほど」
面白い。
ゲームだから現実とは違う。
HP。
スキル。
アーツ。
ステータス。
モンスター。
現実には存在しない要素ばかり。
だが。
身体を動かす基本部分は驚くほど現実に近い。
「これなら色々試せそうだ」
「嫌な予感しかしないんだけど」
「何でだよ」
カイトが遠い目をしていた。
すると。
ポーン。
システム音。
《条件達成》
《一定回数、システムアシストを使用せず敵対対象の攻撃を最小動作で回避しました》
《特殊スキルを習得しました》
「お?」
《スキル《見切りLv.1》を習得しました》
「取れた」
「何が!?」
「見切り」
「もう!?」
三人が駆け寄ってくる。
説明を開く。
《見切りLv.1》
《敵対対象の予備動作を認識した際、知覚補正が僅かに上昇します》
《本スキルはプレイヤー自身の観察能力に依存します》
「観察能力依存……」
レントが呟く。
「つまり持ってるだけじゃ駄目なのか?」
「みたいだな」
「ジョウゴさんには相性良すぎません?」
「そうか?」
「攻撃前の後ろ足まで見てた人ですよ?」
ミナが呆れている。
そんな話をしていると。
さらに通知音が鳴った。
《Lvが上昇しました》
《ジョウゴのLvが2になりました》
「レベルアップか」
ステータスを見る。
HPなどが少し上昇している。
これでようやくレベル2。
「よし」
剣を鞘へ戻す。
「今日はこのくらいにするかな」
「えっ?」
「もう?」
「街もまだ全部見てないからな」
戦闘だけがAWOではない。
食事。
宿。
NPCとの交流。
生産。
探索。
まだ知らないことばかりだ。
「せっかく別世界に来たんだ」
草原の向こうを見る。
夕日に照らされた《シズナの街》。
城壁の向こうから煙突の煙が上がっている。
「急いで攻略する必要もないだろ」
三人が少し驚いた顔をした。
やがてカイトが笑う。
「確かにな」
「じゃあフレンド登録しません?」
ミナがウィンドウを開く。
「また一緒に遊びましょうよ」
「いいよ」
《カイトからフレンド申請が届きました》
《ミナからフレンド申請が届きました》
《レントからフレンド申請が届きました》
すべて承認。
「じゃ、またな!」
「ああ」
「次はアーツも覚えてくださいね!」
「覚えておく」
「絶対ですよ!」
三人と別れ。
俺は一人、《シズナの街》へ戻る。
初めての戦闘。
初めてのレベルアップ。
初めてのスキル習得。
そして初めてのフレンド。
「……楽しいな、AWO」
自然と笑みが浮かんだ。
俺はまだ知らない。
今日習得した《見切り》が、一般的なスキルとは少し違うことも。
俺の戦闘を偶然目撃したプレイヤーが、すでにゲーム内掲示板へ書き込んでいたことも。
そして――。
『シズナ南草原に、初期装備でホーンラビットをパリィしてる変な剣士がいる』
『何それ』
『アーツなし』
『嘘乙』
『動画ないの?』
『撮ってない。でもマジ』
『サービス開始初日だぞ?』
『名前は?』
『たしか――ジョウゴ』
AWOサービス開始初日。
誰にも知られていなかった剣士の名前が。
ほんの少しだけ。
プレイヤーたちの間へ広がり始めていた。




