第2話 始まりの街《シズナ》
眩しい光が収まった。
「……ここが」
俺――ジョウゴの目の前に広がっていたのは、一つの街だった。
石造りと木造の建物が並び、赤や茶色の屋根がどこまでも続いている。
道路には石畳。
少し離れた場所には噴水。
さらにその向こうには大きな時計塔らしき建物まで見える。
耳を澄ませば――。
「焼きたてのパンだよー!」
「鉄鉱石ならこっちだ!」
「今日の護衛依頼、あと二人募集!」
「ポーション安くするよ!」
あちこちから人々の声が聞こえてきた。
「……すげえな」
思わず呟いてしまう。
ゲームだ。
分かっている。
だが――ゲームに見えない。
風が頬を撫でる。
どこかからパンの焼ける香りが漂ってくる。
噴水から落ちる水の音。
石畳を歩く靴音。
馬車の車輪が転がる音。
人々の話し声。
あまりにも情報量が多い。
「これ全部VRなのか……?」
試しに足元を見る。
石畳。
しゃがんで触れてみた。
「硬い」
当然と言えば当然なのだろう。
だが、指先には石らしい冷たさと僅かな凹凸まで伝わってくる。
「こりゃ話題になるわけだ」
立ち上がる。
俺が転送されたのは、どうやら街の中央広場らしい。
俺以外にも次々と光が現れていた。
「うおおおおお! 本当に異世界だ!」
「待って、風まで感じる!」
「メニューどこ!?」
「装備ってどうするんだ!?」
「魔法! 早く魔法使いてぇ!」
新規プレイヤーたちだろう。
俺と同じく今日からAWOを始めた人間たちが、興奮した様子で辺りを見回している。
中にはその場で飛び跳ねている人までいる。
「気持ちは分かる」
俺だって内心かなり興奮している。
ただ。
「まずは操作確認だな」
こういうところは性格なのだろう。
いきなり街の外へ飛び出すより、先に基本操作を確認しておきたい。
「メニュー」
そう口にすると。
ポンッ。
半透明の画面が現れた。
「おお」
表示はシンプルだ。
---
NAME:ジョウゴ
種族:人間
基本職業:剣士
Lv:1
HP:100/100
MP:30/30
---
「レベル制ではあるんだな」
その下には装備欄。
現在装備しているのは、
《初心者の剣》
《初心者の革鎧》
《初心者のブーツ》
だけ。
所持金も少ない。
いかにもゲーム開始直後といった内容だ。
「スキルは……」
項目を開く。
《剣術Lv.1》
《受け流しLv.1》
《身体操作Lv.1》
「身体操作?」
聞き慣れない項目だった。
説明を開いてみる。
《身体操作》
《プレイヤー自身の身体運用能力を補助する特殊技能》
《フルダイブ環境下における動作精度に影響します》
「へえ」
全プレイヤーが持っているのだろうか。
現実の身体能力をゲーム内へ反映するための補助スキルなのかもしれない。
まだ始めたばかりだ。
今考えても分からない。
「そのうち調べればいいか」
メニューを閉じる。
まずは街を見て回ろう。
◇◇◇
《シズナの街》
AWOを開始したプレイヤーが最初に訪れる街の一つ。
中央には大きな広場。
そこから東西南北へ主要道路が伸びている。
「冒険者ギルド」
「武器屋」
「防具屋」
「道具屋」
「宿屋」
「食堂……」
歩くだけでも様々な店が見つかる。
しかも。
「いらっしゃい! 兄ちゃん、リンゴどうだい?」
「リンゴ?」
「今朝届いたばっかりだよ。一個2G!」
露店のおばちゃんに声をかけられた。
NPCだろう。
……多分。
「一個ください」
「毎度!」
2Gを支払い、リンゴを受け取る。
「……普通だな」
「何がだい?」
「あ、いや。何でもないです」
「変な兄ちゃんだねぇ」
笑われた。
「…………」
会話が成立している。
決められた文章を繰り返している感じがほとんどない。
試しに聞いてみる。
「この街でおすすめの場所ってあります?」
「おすすめ?」
おばちゃんは少し考える。
「初めて来たなら中央通りの《銀麦亭》かねぇ。あそこのシチューは美味しいよ」
「食堂ですか?」
「食堂兼宿屋さ。泊まるなら悪くないよ」
「ありがとうございます」
「いいってことよ。それよりリンゴ食べてみな!」
言われるまま齧ってみる。
シャリッ。
「…………うま」
思わずリンゴを見る。
甘い。
少し酸っぱい。
果汁まで感じる。
「味まであるのか」
「リンゴなんだから味くらいあるさ」
「ですよね」
「本当に変な兄ちゃんだねぇ!」
豪快に笑われた。
俺もつられて笑う。
これはすごい。
NPCとの交流もゲームの遊び方。
公式サイトに書かれていた意味が少し分かった。
この人たちを単なるゲームキャラクターとして扱う方が難しい。
「また買いに来ます」
「あいよ!」
リンゴを食べながら歩き出す。
◇◇◇
しばらく歩いていると、大きな建物が見えてきた。
入口の上には剣と盾を組み合わせた看板。
《冒険者ギルド》
「ここか」
中へ入る。
途端に騒がしい声が飛び込んできた。
「ゴブリン討伐三人募集!」
「北側の森行く人いませんかー!」
「採取クエストどこで受けるんだ!?」
「受付混みすぎ!」
プレイヤーでいっぱいだった。
「発売初日だもんな」
当然こうなる。
受付には長い列。
少し待つ必要がありそうだ。
「……先に武器でも見に行くか」
別に急いで冒険者登録をする必要もない。
AWOでは何をするかは自由。
だったら混雑している場所へ無理に並ぶ必要もないだろう。
俺は冒険者ギルドを出た。
◇◇◇
「ここだな」
次に見つけたのは武器屋。
《武具店・ガルド》
中へ入る。
カランカラン。
「いらっしゃい」
低い声が響いた。
カウンターの向こうにいたのは、腕の太い中年男性。
壁には剣。
槍。
斧。
盾。
様々な武器が並んでいる。
「見ていっても?」
「もちろんだ。壊さなきゃ好きに見ろ」
「ありがとうございます」
まず剣を見る。
ロングソード。
ショートソード。
片手剣。
両手剣。
細身の剣まである。
「結構種類あるな」
一本の剣を手に取る。
初心者用より少し重い。
握る。
重心を探す。
軽く構える。
「…………」
自然と身体が動いた。
左足を前へ。
右足を僅かに引く。
腰を落としすぎない。
肩から力を抜く。
剣先を相手の喉元へ向けるように構える。
「ほう」
店主が声を漏らした。
「兄ちゃん」
「はい?」
「剣を使ったことがあるのか?」
「剣?」
少し考える。
「似たようなものなら」
「似たようなもの?」
「刀です」
「カタナ?」
「片刃で、少し反った剣ですね」
「聞いたことねぇな」
そうか。
この世界に日本刀が存在するとは限らない。
「まあ、俺の故郷にある武器です」
「なるほどな」
店主は俺の構えを見る。
「妙な構えだが……隙が少ねぇ」
「そうですか?」
「少なくとも、昨日今日剣を握った奴の構えじゃねぇよ」
そう言われても。
現実では何年も竹刀や木刀を握っている。
VRでも身体が同じように動くなら、こうなるのは当然だ。
「でも、この剣は俺には少し合わないですね」
「分かるのか?」
「重心がちょっと前すぎます」
「…………」
店主が黙った。
「?」
「兄ちゃん、本当に初心者か?」
「この世界では今日が初めてですよ」
「……変な奴だな」
今日二回目である。
「それ、戻していいですか?」
「あ、ああ」
剣を戻す。
初心者の所持金ではまともな武器はまだ買えそうにない。
「ありがとうございました」
「おう」
店を出ようとした時。
「兄ちゃん!」
店主に呼び止められた。
「はい?」
「街の外へ行くなら南門から行け」
「南門?」
「初心者向けだ。角ウサギやスライム程度しか出ねぇ」
「なるほど」
「東側の森にはまだ行くなよ。ゴブリンがいる」
「分かりました」
「あと――」
店主が俺の腰の初心者用の剣を見る。
「剣を過信するな」
「……」
「武器ってのは使い手次第だ。いい剣を持ったから強くなるわけじゃねぇ」
思わず笑った。
「それは同感です」
「ほう?」
「道具が良くても、扱えなきゃ意味がありませんから」
「ハッ!」
店主が笑う。
「やっぱり変な初心者だ!」
カランカラン。
今度こそ店を出た。
◇◇◇
「南門か」
せっかくだ。
少しくらい戦闘も経験してみよう。
俺は街の案内板を確認しながら南へ向かった。
数分後。
巨大な城門が見えてきた。
門の向こうには――。
「おお……」
広大な草原。
青い空。
遠くには森。
さらにその奥には山々。
風に揺れる草原の景色は、現実と見分けがつかないほどだった。
《フィールドエリア》
《シズナ南部草原》
表示が現れる。
「さて」
腰の剣へ手を置く。
「初戦闘といきますか」
草原へ踏み出す。
ザッ。
草を踏む感触。
風。
匂い。
音。
「ゲームだって忘れそうだな」
そんなことを考えながら歩くこと数分。
ガサッ。
「ん?」
草むらが揺れた。
何かがいる。
腰から剣を抜く。
スッ。
自然と呼吸が整った。
視線を一点へ。
足裏で地面を捉える。
肩の力を抜く。
そして。
草むらから――。
「キュッ!」
一匹のウサギが飛び出した。
ただし。
額から一本の鋭い角を生やしている。
頭上に名前が表示された。
《ホーンラビット Lv.1》
「こいつが角ウサギか」
「キュルル……!」
ホーンラビットがこちらを睨む。
俺も剣を構える。
ゲームでの初戦闘。
相手はレベル1。
「まあ、最初だしこんなもの――」
ドンッ!
「速っ!?」
ホーンラビットが地面を蹴った。
一直線に飛び込んでくる。
狙いは腹。
角を突き刺すつもりらしい。
普通なら驚いて剣を振るところだろう。
だが。
突進。
直線。
狙いが分かっている。
「――そこか」
身体が勝手に動いた。
半歩。
僅かに身体を横へずらす。
大きく避ける必要はない。
相手の攻撃線から、自分の身体を外すだけ。
ホーンラビットの角が服の横を通過する。
その瞬間。
俺の右手が動いた。
シュッ。
初心者の剣が横へ走る。
ザンッ!
「キュッ――」
ホーンラビットの身体が光へ変わった。
《ホーンラビットを討伐しました》
《経験値を獲得しました》
《角ウサギの角×1》
《角ウサギの肉×1》
「…………」
静かになった草原。
俺は剣を持ったまま立ち尽くす。
「今ので終わり?」
初戦闘。
攻撃された。
避けた。
斬った。
以上。
「ゲームだから……こんなものなのか?」
その時。
ポーン。
聞き慣れない音が鳴った。
《特殊判定を確認》
「ん?」
《プレイヤー自身の技術による回避行動を確認しました》
《システムアシスト未使用》
「……はい?」
さらに表示が続く。
《特殊条件を達成》
《スキル《見切り》の習得条件を一部満たしました》
「見切り?」
俺が首を傾げていると。
少し離れたところから声が聞こえた。
「……え?」
振り向く。
そこには三人のプレイヤーが立っていた。
全員がこちらを見ている。
「今……」
一人が呟いた。
「スキル使った?」
「いや」
もう一人が首を振る。
「エフェクト出てなかったぞ」
「じゃあ普通に避けたの?」
三人の視線が俺へ集まる。
「…………」
「…………」
気まずい。
「どうも」
とりあえず軽く頭を下げる。
すると三人が顔を見合わせた。
「いやいやいやいや」
「何です?」
「今のどうやったんですか!?」
「どうって……」
俺は首を傾げる。
「普通に避けて斬っただけですけど」
「「「普通じゃない!」」」
三人の声が草原に響いた。
俺――ジョウゴのAWO初戦闘。
本人としては、ただ攻撃を避けて剣を振っただけ。
しかし。
どうやらこの世界における俺の『普通』は。
他のプレイヤーにとっては、少し違うらしい。




