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Another World Online(通称:AWO)  作者: バモス
第一章 AWO開始編

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第1話 もう一つの世界への招待状

「……終わったぁ」


 カチッ、と。


 最後の入力を終えてマウスから手を離した瞬間、俺――上塚賢吾は椅子の背もたれに身体を預けた。


 時刻は午後六時を少し回ったところ。


 銀行の営業そのものはとっくに終わっているが、だからといって銀行員の仕事が終わるわけではない。


「上塚主任、こっち確認お願いします」


「はいよ。……ああ、ここ数字が違う。入力前の資料と照らし合わせてみて」


「あっ、本当だ。ありがとうございます!」


「直したらもう一回持ってきて」


「はい!」


 今年で二十六歳。


 銀行員として働き始めて数年。


 気づけば主任なんて肩書きまで付いていた。


 別に偉くなった実感はない。


 むしろ確認する書類と責任が増えただけのような気がする。


「上塚主任、今日は早いですね」


「早いって言っても、もう六時だけどな」


「いつもならもうちょっと残ってるじゃないですか」


「今日は予定がある」


「デートですか?」


「違う」


 即答すると、後輩がニヤニヤする。


「じゃあ飲み会?」


「それも違う」


「まさか合コン――」


「ゲームだ」


「……ゲーム?」


 後輩が目を丸くした。


「今日発売なんだよ」


「あー! もしかして《Another World Online》ですか!?」


「知ってるのか?」


「そりゃ知ってますよ! 今めちゃくちゃ話題じゃないですか!」


 正式名称――


 《Another World Online》


 略称、AWO。


 今日、正式サービスを開始する新作フルダイブ型VRMMORPGだ。


 剣と魔法。


 広大な大地。


 数多くの街や村。


 モンスター。


 ダンジョン。


 冒険者。


 鍛冶師。


 商人。


 そして、まるで本当に生きているかのように振る舞うNPCたち。


 公式サイトに大きく掲げられていた言葉を、俺は今でも覚えている。


 ――もう一つの世界で、もう一人のあなたとして生きよう。


 最初に見た時は、大袈裟な宣伝文句だと思った。


 だが、公開された映像を見て、その認識が変わった。


 風に揺れる草。


 遠くを飛ぶ鳥。


 城壁の向こうに広がる街。


 市場で商品を売る商人。


 広場を走り回る子供たち。


 酒場で笑う冒険者。


 そして剣を手に、巨大な魔物へ挑むプレイヤー。


 映像だけなら、映画と大差ない。


 問題なのは――。


 そこへ自分自身が入れることだ。


「主任もゲームするんですね」


「まあな。最近はあんまりやってなかったけど」


「意外です。休日とか道場にいるイメージでした」


「それも間違ってない」


 剣道は小学生の頃から続けている。


 中学に入る頃にはかなり本格的に打ち込むようになり、今では師範代として人に教えることもある。


 中学生から始めた合気道も、今まで続いている。


 さらに縁があって古流剣術まで習うことになった。


 古流は現代剣道とは考え方がかなり違う。


 綺麗に一本を取ればいいわけではない。


 鎧の隙間を突く。


 足を払う。


 蹴る。


 相手の懐へ潜る。


 武器を奪う。


 場合によっては組み付く。


 要するに――。


 生き残るための技術だ。


 もちろん現代社会で使う機会なんてない。


 というか、あってたまるか。


 だが。


 フルダイブ型VRゲームならどうなる?


 そんな好奇心も、AWOを購入した理由の一つだった。


「じゃ、お先に」


「お疲れさまでした!」


「主任、AWOで会ったらよろしくお願いします!」


「会えたらな」


 軽く手を振って職場を出る。


 電車に揺られ、自宅へ。


 途中で夕飯の材料を買い、帰宅するとすぐスーツを脱いだ。


「さて」


 まず飯。


 ゲームは逃げない。


 炊いておいた米を温め、簡単に肉野菜炒めを作る。


 味噌汁は朝の残り。


 食事を済ませ、食器を洗う。


 風呂も済ませる。


 明日の準備も確認。


「よし」


 時刻は午後八時過ぎ。


 ようやく自由時間だ。


 寝室へ向かう。


 そこには昨日届いたばかりのフルダイブ用VR機器が置かれていた。


 その横には、AWOのパッケージ。


 黒を基調とした箱に、巨大な城と草原。


 そして剣を持った冒険者の後ろ姿。


 パッケージを手に取る。


 裏面には、例のキャッチコピー。


 ――もう一つの世界で、もう一人のあなたとして生きよう。


「もう一つの世界、か」


 ベッドに横になる。


 VR機器を装着。


 身体の位置を調整してから、起動する。


 視界にシステム表示が浮かんだ。


《フルダイブシステムを起動します》


《身体状態を確認》


《心拍数――正常》


《呼吸――正常》


《接続状態――正常》


《安全装置――正常》


 次々とチェック項目が流れていく。


 そして。


《ゲームタイトルを選択してください》


 一覧の一番上。


 今日追加されたばかりのタイトルを選ぶ。


 《Another World Online》


 決定。


 一瞬だけ静寂が訪れた。


 身体の感覚が薄れていく。


 だが、不快感はない。


 眠りに落ちる直前のような、不思議な浮遊感。


 そして――。


 視界が真っ白になった。


         ◇◇◇


 次に目を開けた時。


「……おお」


 思わず声が漏れた。


 俺は白い空間に立っていた。


 上も下もない。


 何も存在しない。


 なのに、自分が立っている感覚だけははっきりしている。


 手を見る。


 握る。


 開く。


 腕を振る。


 肩を回す。


「すごいな……」


 自分の身体そのものだ。


 VRゲームだと分かっているのに、違和感がほとんどない。


 試しに軽く腰を落とす。


 右足を半歩引く。


 重心を移動。


 さらに一歩。


「……へえ」


 足運びまで再現されている。


 なら――。


 左足を前へ。


 腰を落とし、身体の軸を整える。


 右手を腰へ。


 そこに刀があると仮定して。


 一歩。


 抜き付け。


 もちろん刀なんて持っていない。


 ただ腕を振っただけだ。


 それでも。


「ちゃんと身体がついてくるな」


 現実とほとんど変わらない。


 これなら剣道の動きも使える。


 合気道も。


 古流も、おそらく。


 面白くなってきた。


《身体情報の同期が完了しました》


 目の前に半透明のウィンドウが現れる。


《ようこそ》


《Another World Onlineへ》


 続いて女性の声が響いた。


『これより、あなたの分身となるキャラクターを作成します』


「キャラクター作成か」


『最初にプレイヤーネームを入力してください』


 目の前に入力欄が現れた。


 名前。


 こういうのは毎回迷う。


 本名そのままは避けたい。


「上塚……賢吾……」


 少し考える。


 上塚の『上』。


 賢吾の『吾』。


 ジョウ。


 ゴ。


「……ジョウゴでいいか」


《プレイヤーネーム――ジョウゴ》


《使用可能です》


《この名前で決定しますか?》


「決定」


《登録しました》


 その瞬間。


 俺――上塚賢吾は。


 この世界ではジョウゴになった。


『続いて、基本職業を選択してください』


 ずらりと選択肢が現れる。


《剣士》


《戦士》


《槍士》


《弓使い》


《魔術師》


《神官》


《盗賊》


《鍛冶師》


《木工師》


《料理人》


《商人》


 ほかにも大量にある。


 戦闘職だけではない。


「本当に何でもできるんだな」


 少し迷ったものの。


 最初から答えは決まっていた。


 俺は《剣士》へ触れる。


《基本職業――剣士》


《決定しますか?》


「ああ」


《決定しました》


 すると腰に一本の剣が現れた。


「おっ」


 鞘から抜いてみる。


 シュッ。


 金属が擦れる音。


 重さ。


 柄の感触。


 刃の存在感。


 当然、日本刀とは違う。


 両刃の西洋剣だ。


「……なるほど」


 右手で構える。


 軽く振る。


 ヒュッ!


「思ったより重いな」


 だが扱えないほどではない。


 重心位置を確認。


 握りを少し変える。


 肩の力を抜く。


 もう一度。


 ヒュンッ!


 今度は綺麗に剣先が走った。


《…………》


「ん?」


 何か表示された気がした。


 だがすぐ消えてしまった。


「気のせいか」


 剣を鞘へ戻す。


 すると正面に巨大な扉が現れた。


 石造りの古びた扉。


 その向こうから、わずかに人々の声が聞こえてくる。


『キャラクター作成が完了しました』


『初期転送地点――《シズナの街》』


『最後に、一つだけ』


 女性の声が少しだけ柔らかくなった。


『この世界に決められた生き方はありません』


『冒険者になるのも』


『職人になるのも』


『商人になるのも』


『誰かと旅をするのも』


『一つの街で静かに暮らすのも』


『すべて、あなたの自由です』


 扉がゆっくりと開く。


 眩しい光が差し込んだ。


『――もう一つの世界で、もう一人のあなたとして生きよう』


《Welcome to Another World Online》


 俺は光の中へ足を踏み出す。


 この時の俺は、まだ知らなかった。


 現実世界で長年積み重ねてきた技術が、この世界ではとんでもない意味を持つことを。


 そして。


 ただゲームを楽しむつもりだった一人の銀行員が――。


 やがてAWO中から、


 「何かがおかしい剣士」


 として知られるようになることを。


 それはまだ、もう少し先の話だった。

新しくVRMMOの物語を始めます。よろしくお願いします。m(_ _)m

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