第26話 初配信は朝食から
《LIVE》
《現在視聴者数:31,842》
「…………」
三万。
改めて見ると、とんでもない数字だ。
俺――ジョウゴは、《銀麦亭》の食堂で数秒ほど固まっていた。
視界の端では、CROSS社のシステムによって抽出されたコメントが次々と流れている。
『三万人に気づいたw』
『固まってて草』
『ジョウゴ頑張れ』
『人数は気にするな!』
『いつも通りでいいぞ』
『むしろ普段通りが見たい』
「……人数は見なかったことにします」
『現実逃避w』
『それが正解』
『三万人を無視する男』
『もう増えてるぞ』
「増えてるって言わないでください」
『コメントに返した!』
『ちゃんと読んでるw』
『敬語なのちょっと新鮮』
……配信。
思っていたより難しい。
戦闘なら相手を見るだけでいい。
今はコメントまで気になる。
「ジョウゴ!」
「あ?」
「朝飯どうするんだい?」
女将のマリアさんが腰に手を当てている。
「ああ。お願いします」
「何にする?」
「おすすめで」
「今日は焼きたてパンに卵、ベーコン、それと野菜スープだよ!」
「それで」
「あいよ!」
『うまそう』
『VR飯きた』
『初配信開始5分で朝食』
『攻略配信とは』
『いやこれがAWOだろ』
『銀麦亭行きたい』
『マリアさん今日も元気』
マリアさんが俺の視線の先を見た。
「そいつら、何て言ってるんだい?」
「朝飯が美味そうって」
「そりゃそうさ!」
胸を張る。
「うちの料理だからね!」
『さすがマリアさん』
『自信満々w』
『銀麦亭宣伝配信になってる』
『店の売上増えそう』
「あと、店に来たいって」
「だったら来ればいいじゃないか」
「三万人ですけど」
「…………」
マリアさんが店内を見回す。
十数卓。
「交代制だねぇ」
「受け入れるんだ」
『強い』
『三万人を交代制で捌く女将』
『予約何年待ちになるんだw』
俺は。
思わず笑った。
配信開始前まであった緊張。
気づけば。
かなり消えていた。
◇◇◇
「お待たせ!」
ドンッ。
目の前。
朝食。
《銀麦亭の朝食セット》
焼きたてのパン。
目玉焼き。
分厚いベーコン。
野菜。
湯気を立てるスープ。
「いただきます」
『いただきます!』
『飯テロ開始』
『朝飯食べたのに腹減る』
『VR食事って実際どうなん?』
一口。
スープ。
「うん」
『感想それだけ!?』
『うんw』
『食レポ初心者』
「美味しいですよ」
『急に補足したw』
「食レポするために食べてるわけじゃないので」
『正論』
『これがジョウゴ』
『CROSS、食レポ指導しなかったのかw』
しばらく。
普通に食べる。
パン。
カリッ。
香ばしい。
ベーコン。
塩気。
卵。
黄身。
「これ」
『?』
「ゲームなんですよね」
『今さら!?』
『サービス開始何日目だよw』
「こうやって普通に飯食べてると、忘れそうになる」
窓。
朝の街。
通りを歩くNPC。
馬車。
パン屋。
声。
匂い。
「だから」
スープ。
一口。
「俺は結構好きです。このゲーム」
コメント。
一瞬。
少しだけ。
雰囲気が変わった。
『分かる』
『AWOの良さそこだよな』
『攻略だけじゃない』
『生活できるのいい』
『ジョウゴが人気出た理由分かった気がする』
『こういう配信好きだわ』
「人気出た理由?」
余計なコメント拾った。
『気づいてないw』
『本人だけ知らない』
『128万再生の男』
「その話はやめましょう」
『逃げたw』
◇◇◇
「ジョウゴさん!」
声。
入口。
振り向く。
ミナ。
その後ろ。
カイト。
レント。
「来た」
『ミナちゃん!』
『いつものPT!』
『カイトだ』
『レントもいる』
『動画で見た人たちだ』
ミナたちが近づいてくる。
「配信始まってます?」
「始まってる」
「何人?」
「聞かない方がいい」
「え?」
「俺の精神衛生のために」
カイトが笑った。
「三万くらい?」
「言うな」
「合ってる!?」
『草』
『カイト速攻で踏んだw』
『今3.6万』
「増えてるじゃねぇか!」
『自分から見たw』
『三万六千おめ』
「コメント表示消そうかな」
『やめて!』
『ごめんなさい!』
『数字言わないから!』
「視聴者と交渉してる」
レントが苦笑する。
◇◇◇
「それで」
ミナが席へ座る。
「今日は何するんです?」
「まだ決めてない」
「本当にノープラン!?」
「昨日言っただろ」
『知ってた』
『ノープラン配信』
『ルクに会ってほしい』
『バルガの工房』
『刀見たい』
『戦闘も見たい』
『猫!』
『長い棒!』
「長い棒推してる人、何なんですか?」
『伝統芸』
『罠解除スキル:長い棒』
「そんなスキルないから」
しかし。
候補。
ルク。
バルガ。
街。
森。
「じゃあ」
俺は朝食の最後のパンを食べる。
「まずルクのところ行きます」
『ルク!』
『ハーフエルフの子?』
『救出した子だ』
『会いたかった』
「ただ」
俺はコメントを見る。
「一つお願いがあります」
『なんだ?』
「ルクはNPCだけど」
一拍。
「見世物じゃないので」
コメント。
少し静かになる。
「嫌がることはしないでください」
「あと」
「種族とか家族の話を無理に聞くのもなし」
「俺も必要以上には聞きません」
AWOのNPC。
人間ではない。
それでも。
俺にとって。
話している時は。
ただの登場人物という感覚ではない。
「それが守れるなら」
「一緒に会いに行きましょう」
数秒後。
『了解』
『もちろん』
『それでいい』
『ジョウゴらしい』
『ルク優先で』
『コメント映るわけじゃないけどなw』
「確かに」
本人にはコメント見えないんだった。
「まあ俺が変なコメント拾わなければいいか」
『責任重大w』
◇◇◇
銀麦亭を出る。
「行ってきます」
「いってらっしゃい!」
マリアさん。
「また飯食いにおいで!」
「多分夜に」
「はいよ!」
『実家かな?』
『完全に帰る場所になってる』
『銀麦亭=ジョウゴの実家説』
「俺の家は現実にあります」
『そりゃそうだw』
◇◇◇
街。
一人称視点。
「これがシズナ」
俺。
歩く。
「始めた時からいる街です」
中央通り。
露店。
冒険者。
NPC。
『うおお』
『一人称すげえ』
『普通の動画と全然違う』
『視線動くな』
『何見てる?』
「今?」
視線。
左。
「露店」
右。
「馬車」
前。
「人」
上。
「看板」
『めっちゃ見てる』
『戦闘じゃなくても視線忙しい』
「歩く時は普通じゃない?」
ミナ。
「ジョウゴさんの普通は禁止です」
「配信中まで?」
『公式設定だったw』
『普通禁止w』
◇◇◇
その時。
「おや!」
露店。
「兄ちゃん!」
「ベルさん」
初日。
リンゴを買った老婆。
《露店商 ベル》
「今日は随分人を連れてるじゃないか!」
「見えない人が三万人くらいいます」
「何だそりゃ」
「説明難しい」
「また異邦人の妙なことかい?」
「多分」
『ベル婆ちゃん!』
『最初のリンゴの人!』
『覚えてるのすごい』
「リンゴ食うかい?」
「ください」
「毎度!」
《リンゴを購入しました》
シャリ。
「うまい」
『朝飯食った直後w』
『食べ歩き』
『この配信ずっと飯食ってない?』
「ゲーム内なら太らないから」
ミナ。
「ジョウゴさん、それ初日から言ってますね」
「重要だから」
『名言』
『VRMMO最大の利点』
◇◇◇
診療所。
「ここ」
《シズナ冒険者ギルド診療所》
俺は扉へ手を掛ける。
でも。
止める。
「配信」
『?』
「NPC個人情報保護処理って」
設定。
《NPCプライバシー保護》
《センシティブ場面の自動映像制御:ON》
《医療施設内:保護処理適用》
「ちゃんとしてる」
CROSS社。
いや。
AWO側か。
「入ります」
◇◇◇
「こんにちは」
治療師セレナさん。
「あら、ジョウゴさん」
「ルクは?」
「奥ですよ」
「今日は会って大丈夫?」
「ええ。朝から元気です」
「よかった」
『NPCにちゃんと許可取るんだ』
『医療施設だからな』
『細かいけど大事』
奥。
扉。
ノック。
「ルク」
「!」
中。
「入るぞ」
「……うん!」
扉。
開く。
「よう」
「ジョウゴ!」
ルク。
ベッド。
元気そう。
『いた!』
『かわいい』
『元気そうでよかった』
ただ。
ルク。
俺の後ろ。
「今日、なんか変」
「何が?」
「ジョウゴ」
「俺?」
「誰かいる感じする」
「…………」
ミナたち。
止まる。
俺も。
「分かるの?」
「なんとなく」
配信。
視聴者。
ゲーム内には存在しないはず。
なのに。
「面白いな」
俺。
正直に。
「今日は」
「うん」
「俺の見てるものを、向こう側の人たちにも見てもらってる」
「向こう側?」
「前に話しただろ」
「ジョウゴが時々帰るところ?」
「そう」
「そこに人いる?」
「いる」
「いっぱい?」
今。
《現在視聴者数:42,713》
「…………」
「いっぱい」
「どれくらい?」
「この街に入りきらないくらい」
「すごい」
『ざっくり説明w』
『嘘ではない』
『4万人だからな』
「みんなルクが元気か気になってたみたい」
「俺?」
「ああ」
ルク。
少し。
照れる。
「……変なの」
「俺もそう思う」
『本人に変って言われたw』
『ジョウゴと同類扱い』
◇◇◇
「これ」
ルク。
何か。
差し出す。
「何?」
木の小さな板。
削ってある。
「作った」
「何を?」
「ジョウゴのカタナ」
「……刀?」
見る。
細長い木。
少し反っている。
柄。
簡単な鍔。
《木彫りの刀》
《製作者:ルク》
《特別な効果はありません》
「…………」
「変?」
「いや」
俺は受け取る。
「嬉しい」
「ほんと?」
「ああ」
「よかった」
『うわ』
『これは嬉しい』
『ルク……』
『大事にしろよ』
「もちろん」
アイテム欄。
昨日の《シズナの小花》。
その隣。
《木彫りの刀》
「売らない」
『即答w』
『当たり前だ』
『宝物枠』
◇◇◇
「ジョウゴ」
「ん?」
「今日も冒険?」
「どうしようかな」
「決めてないの?」
「ああ」
「変」
「また言った」
「普通は決める」
「十二歳に正論言われた」
ミナ。
吹き出す。
「ルク君!」
「?」
「もっと言ってあげて!」
「ミナ、どっちの味方?」
◇◇◇
「外」
ルク。
窓。
見る。
「出たい?」
「……少し」
セレナさん。
確認。
「短時間なら構いませんよ」
「本当?」
ルク。
目。
輝く。
「走ったりはしないこと」
「うん!」
「じゃあ」
俺。
「銀麦亭行く?」
「!」
「パン」
「行く!」
「即答」
『食いついたw』
『パン強い』
『マリアさんとの初対面!』
◇◇◇
こうして。
初配信。
開始から約一時間。
派手な戦闘。
ゼロ。
ダンジョン。
ゼロ。
攻略。
ゼロ。
やっていること。
朝食。
街歩き。
リンゴ。
NPCへのお見舞い。
そして。
「ジョウゴ、ゆっくり!」
「走ってるのルクだぞ!」
「だってパン!」
「セレナさんに走るなって言われただろ!」
「走ってない!」
「それ早歩きっていうんだ!」
『草』
『完全に保護者』
『初配信どこ行ったw』
『これが見たかった』
『戦闘なくても面白い』
『AWO生活配信だ』
現在視聴者数。
《47,382》
減るどころか。
なぜか。
増えていた。
◇◇◇
CROSS社。
「四万七千」
「戦闘してませんよね?」
「してません」
「一時間で?」
「朝食と街歩きとお見舞いです」
「……伸びてます」
神崎。
モニター。
ルクの歩調に合わせて、少しゆっくり歩くジョウゴ。
「予想通りですね」
「何がです?」
「この人」
一拍。
「やっぱり配信者らしいことをしない」
「なのに」
「見てしまう」
スタッフ。
頷く。
「コメントの空気もいいですね」
「モデレーションは?」
「問題なし」
「センシティブなコメントは自動除外」
「なら継続」
◇◇◇
銀麦亭。
「マリアさん」
「あいよ――」
マリアさん。
ルク。
見る。
「あんたがルクかい?」
「……うん」
「ジョウゴから聞いたよ」
「何を?」
「パンが好きだって」
「ジョウゴ!」
「間違ってないだろ」
「恥ずかしい!」
「ハハハハ!」
マリアさん。
ルクの頭。
撫でる。
「いっぱい食べな!」
「いいの?」
「もちろん!」
「お金」
「最初くらいサービスだよ!」
「…………」
「どうした?」
「ありがとう」
「いい子だねぇ!」
『マリアさん……』
『銀麦亭あったけえ』
『こういうの好き』
『もう実家でいいだろ』
俺たち。
席。
座る。
「また食うの?」
カイト。
「俺じゃない」
「ジョウゴさんも食べるでしょ?」
ミナ。
「…………」
「食べるんですね」
「少しくらい」
『二度目の朝飯w』
◇◇◇
そして。
その時だった。
ポーン。
《特殊クエスト情報が更新されました》
「ん?」
《ルクの故郷》
《新たな情報提供者が存在します》
「情報?」
どこ?
システム。
《シズナ住民との交流により、条件を満たしました》
そして。
「エルナ村?」
マリアさん。
「え?」
全員。
見る。
「今、エルナ村って出た?」
俺。
「マリアさん、知ってる?」
「昔ね」
マリアさん。
少し。
考える。
「そこから来た旅人を泊めたことがあるよ」
「いつ?」
「十年くらい前だったかねぇ」
ルク。
パン。
止まる。
「ほんと?」
「ああ」
「どこ?」
「確か」
マリアさん。
「西の古街道を通ってきたって言ってた」
《クエスト情報更新》
《エルナ村へ続く可能性がある旧街道の情報を獲得しました》
《新規調査地点:西門・旧街道跡》
「進んだ」
ルク。
俺。
見る。
「ジョウゴ」
「ああ」
「行く?」
「今日は」
俺。
ルクの体調。
見る。
「行かない」
「え?」
「ルクはまだ休む」
「でも」
「場所は逃げない」
それに。
「ちゃんと準備してから行く」
ルク。
少し。
不満そう。
でも。
「……分かった」
「明日以降」
「約束?」
「ああ」
「約束」
『無理に進めないのいい』
『ジョウゴこういうとこ堅実』
『配信映えよりNPC優先』
『CROSSが声掛けた理由分かる』
◇◇◇
「ということで」
俺。
コメント。
「今日、西へ行くのはやめます」
『了解』
『ルク休ませよう』
『じゃあ何する?』
「それなんですけど」
刀。
腰。
「せっかく配信なので」
『お?』
『ついに戦闘?』
『刀!』
「視線トラッキングを使って」
一拍。
「ちょっと戦い方の説明でもします?」
コメント。
数秒。
そして。
『きたあああああ!』
『待ってた!』
『見切り講座!』
『リアル武術講座!?』
『訓練場行こう!』
ミナ。
拳。
握る。
「やった!」
「なんでミナが一番喜んでる?」
「私も知りたいからです!」
「いつも横で見てるだろ」
「見ても分からないんです!」
「そんなに?」
「そんなにです!」
ルク。
「俺も見る」
「休まなくていい?」
「座って見る」
「なら」
俺。
立つ。
「訓練場行きますか」
◇◇◇
初配信。
第二部。
朝食。
街歩き。
ルク。
それだけで終わるはずだった配信は。
ここから。
視聴者たちが待ち望んでいた。
ジョウゴの一人称視点による戦闘解説
へ移ることになる。
そして。
俺はまだ知らなかった。
「簡単に説明すればいいか」
そう考えているこの講座が。
後にAWOプレイヤーたちから。
《ジョウゴ式・初心者向け講座》
などと呼ばれ。
「初心者向けの難易度じゃない」
と総ツッコミを受けることになるとは――。




