第25話 初配信前夜
土曜日。
初配信。
その言葉が、思っていた以上に頭から離れなかった。
「上塚主任、なんか今日そわそわしてません?」
「そう見える?」
「ちょっとだけ」
平日の仕事中。
俺――上塚賢吾は、書類を確認しながら後輩へ視線を向けた。
「別に何もない」
「ほんとですか?」
「ほんと」
「AWO関係?」
「……まあ」
「やっぱり!」
声が大きい。
「静かに」
「すみません」
後輩が声を落とす。
「イベントですか?」
「そんなところ」
まさか。
明日から配信者になります。
なんて職場で言う必要はない。
収益化はまだ保留。
副業規定に引っかかる形にもしていない。
それでも。
余計な話はしない方がいい。
「主任って、ジョウゴって人の動画よく見てます?」
「たまに」
「明日初配信らしいですよ!」
「……知ってる」
「え?」
「告知見た」
「あー!」
危ない。
ほんの少しだけ。
自分で自分の首を絞めかけた。
「俺、絶対見ますよ」
「休日だろ」
「だから見られるんです!」
「そうか」
「主任も見ます?」
「多分」
「感想共有しましょう!」
「…………」
どうしよう。
配信者本人に。
本人の配信感想を共有するとか。
なかなかの地獄では?
◇◇◇
その日の夜。
《Welcome Back》
《Another World Online》
「ふう」
俺は《銀麦亭》七号室で、軽く息を吐いた。
初配信は明日。
今日までにテスト配信は済ませてある。
一人称視点。
視線トラッキング。
音声。
映像。
どれも問題なし。
でも。
「本番は別だよな」
コメント。
視聴者。
リアルタイム。
そこが一番違う。
メニュー。
《CROSS配信支援》
《初回LIVE配信》
《明日 11:00開始予定》
《予約視聴登録:12,483》
「…………」
俺は表示を閉じた。
もう一度開いた。
《予約視聴登録:12,491》
「増えてる」
いや。
待て。
「一万?」
百人くらい。
そう思っていた。
千人でも多い。
なのに。
「一万超えてる?」
何かの間違いじゃないか?
ポーン。
《CROSS社からメッセージが届いています》
「タイミングいいな」
開く。
《予約視聴登録者数が一万人を超えました》
《初配信として非常に高い注目度です》
《過度に意識せず、通常通りのプレイをお願いいたします》
「通常通りって言われてもな」
通常通りの俺を。
一万人が見る。
それはもう。
通常ではない気がする。
◇◇◇
「ジョウゴさん!」
一階。
「知ってます!?」
「何を?」
「一万人!」
「知ってる」
「反応薄っ!」
ミナ。
カイト。
レント。
三人揃っている。
「一万ですよ!?」
「数字としては分かる」
「実感ない?」
「ない」
「じゃあ想像してください」
「何を?」
「シズナの中央広場に一万人」
「無理だろ」
「そういう意味じゃないです!」
カイトが笑う。
「ジョウゴ、絶対明日固まるぞ」
「固まらない」
「じゃあ最初の挨拶何て言う?」
「…………」
三人。
見る。
「ほら」
「考えてないだけ」
「何て言うんです?」
「普通に」
一拍。
「どうも。ジョウゴです」
「終わり!?」
「駄目?」
「もうちょっとあるだろ!」
「初めましてとか」
「来てくれてありがとうとか」
「配信初心者ですとか」
レントが指を折る。
「全部言えば?」
「長くない?」
「短い!」
配信。
難しい。
◇◇◇
「じゃあ練習しましょう!」
ミナが立ち上がる。
「何を?」
「初配信の挨拶」
「ここで?」
「はい」
「嫌なんだけど」
「視聴者一万人より私たち三人の方が怖いですか?」
「それはそう」
「なんで!?」
仕方ない。
立つ。
「えー」
三人。
正面。
「どうも。ジョウゴです」
「はい」
「今日は……」
「今日は?」
「AWOで遊びます」
「知ってる!」
カイト。
机叩く。
「配信内容そのもの!」
「じゃあ」
「初配信なので」
「うん」
「何するか決めてません」
三人。
沈黙。
「ジョウゴさん」
「何?」
「それは逆にアリです」
「いいの?」
「多分」
レント。
「この人ほんとに何も決めてないんだ、って伝わる」
「それ褒めてる?」
「褒めてる」
◇◇◇
「明日は何するんです?」
ミナ。
「まだ決めてない」
「本当に?」
「ああ」
「ルクのところ?」
「それもあり」
「バルガ?」
「それもあり」
「森?」
「あり」
「訓練場?」
「あり」
「つまり」
「その時次第」
「CROSS社の人、よくそれ許しましたね」
「そこを評価されたらしい」
「すごい契約ですね」
確かに。
◇◇◇
その時。
「ジョウゴ!」
銀麦亭。
入口。
大声。
「今度は誰だ?」
バルガ。
また。
「兄ちゃん!」
「どうした?」
「試作二号!」
「ここにある」
「見せろ!」
「昨日調整しただろ」
「もう一回!」
「なんで?」
「明日配信するんだろ!」
「……知ってるの?」
「街の異邦人どもが騒いでた!」
「情報早いな」
バルガ。
刀。
見る。
「せっかくなら」
「?」
「ちゃんとした状態で映せ」
「……映るの気にしてる?」
「当たり前だ!」
「なんで?」
「俺の刀だぞ!」
「俺のでもあるけど」
「共同考案だからな!」
誇らしいらしい。
「少し待て」
砥石。
布。
油。
「整備する」
「今?」
「今だ!」
「銀麦亭で?」
「マリア!」
「あいよ!」
マリアさん。
「机汚すなよ!」
「分かってる!」
「普通に許可するんだ」
もう常連だな。
◇◇◇
バルガ。
試作二号。
丁寧に。
刃。
確認。
柄。
調整。
「明日は戦うのか?」
「未定」
「は?」
「何するか決めてない」
「配信なのに?」
「ああ」
「……兄ちゃんらしいな」
「褒めてる?」
「半分」
「レントと同じこと言うな」
「誰だそいつ」
「そこ」
「俺!?」
レント。
急に話振られる。
◇◇◇
整備。
終了。
《鉄刀・試作二号》
《耐久値:210/210》
《状態:最良》
「よし」
バルガ。
満足。
「これならいい」
「ありがとう」
「明日」
「うん」
「ちゃんと使え」
「戦闘あればな」
「戦闘ない配信もあるのか?」
「多分」
「何するんだ?」
「街歩く」
「……それ面白いのか?」
「俺に聞くな」
三人。
笑う。
◇◇◇
そして。
夜。
銀麦亭。
いつもの夕食。
「ジョウゴさん」
「何?」
「緊張してます?」
「少し」
「やっと認めた!」
「一万人超えたらさすがに」
今。
《予約視聴登録:15,204》
「増えてる」
「一万五千!」
「やめろ」
「明日二万行くかも!」
「やめろ」
「三万?」
「本当にやめろ」
カイト。
肩叩く。
「大丈夫」
「何が」
「ジョウゴはどうせ」
「?」
「配信始まったら視聴者忘れて普通に遊ぶ」
「……ありそう」
ミナ。
頷く。
「絶対途中でコメント読むの忘れますよ」
「気をつける」
「本当に?」
「努力する」
「いつものやつ!」
◇◇◇
ログアウト。
現実。
俺はベッドへ座る。
スマートフォン。
CROSS社。
《配信前最終案内》
《開始30分前から接続確認可能》
《開始5分前に待機画面へ移行》
《緊急時は即時配信停止可能》
《個人情報保護フィルター常時ON》
《視聴者コメントは任意表示》
「コメント」
ON。
OFF。
迷う。
「最初はONでいいか」
ただし。
表示量。
大量だと。
視界邪魔。
《コメント表示:重要・抽出》
「これで」
CROSS社側AIが。
流れの速いコメントから。
代表的なものだけ表示する。
「便利だな」
◇◇◇
そして。
翌朝。
土曜日。
午前九時。
「……目覚ましいらなかったな」
普通に起きた。
朝食。
洗濯。
掃除。
「まだ十時」
配信。
十一時。
「一時間ある」
落ち着かない。
ニュース。
スマホ。
見ても。
内容入らない。
「……道場行く時間でもないし」
軽く。
素振り。
木刀。
十本。
二十本。
「ふう」
身体。
少し。
落ち着く。
スマートフォン。
《予約視聴登録:23,871》
「見るんじゃなかった」
◇◇◇
午前十時三十分。
VR機器。
装着。
《CROSS配信前接続確認を開始します》
「開始」
《映像:正常》
《音声:正常》
《視線トラッキング:正常》
《配信遅延:2秒》
《コメント抽出:正常》
《プライバシーフィルター:ON》
「全部正常」
深呼吸。
《AWOへログインしますか?》
「ログイン」
◇◇◇
《Welcome Back》
《Another World Online》
銀麦亭。
七号室。
まだ。
配信開始前。
《配信開始まで:24分》
「思ったより時間ある」
その時。
メッセージ。
《ミナ:もうログインしてます!》
《カイト:一階》
《レント:頑張れ配信者》
「最後なんだ」
階段。
◇◇◇
一階。
「ジョウゴさん!」
「おはよう」
「緊張してます?」
「少し」
「顔固い」
「ゲーム内でも分かる?」
「分かります」
カイト。
「何人?」
「見てない」
「嘘」
「今は見ない」
「正解」
レント。
「始まるまで見ない方がいい」
「だよな」
◇◇◇
マリアさん。
「今日がハイシンってやつかい?」
「そう」
「たくさんの異邦人が見るんだろ?」
「多分」
「じゃあ」
マリアさん。
笑う。
「いつも通りやりな」
「……うん」
「変に格好つけたってボロ出るよ!」
「ひどい」
「でも」
「?」
「いつものジョウゴなら大丈夫さ」
その言葉。
少し。
楽になる。
「ありがとう」
◇◇◇
《配信開始まで:05:00》
「来た」
視界。
端。
《待機画面へ移行します》
《視聴者には開始予定画面が表示されています》
コメント。
まだ。
見えない。
「四人でいる?」
ミナ。
「最初は一人でやる」
「お」
「挨拶してから呼ぶ」
「分かりました」
「頑張れ」
「噛むなよ」
「余計なこと言うな」
三人。
少し離れる。
俺。
銀麦亭。
入口。
立つ。
《配信開始まで:01:00》
「…………」
深呼吸。
《00:30》
刀。
腰。
《00:10》
「……まあ」
《9》
「普通に」
《8》
「やればいいか」
《7》
《6》
《5》
《4》
《3》
《2》
《1》
《LIVE》
《配信を開始しました》
一瞬。
静寂。
そして。
視界。
右側。
コメント。
『きたあああああ!』
『ジョウゴ!』
『初配信待ってた!』
『一人称だ!』
『視線表示ある!』
『刀見える!』
『本物だ!』
『声初めて聞いた!』
『緊張してる?w』
『変な剣士きた!』
「…………」
速い。
「えー」
何言うんだっけ。
挨拶。
挨拶。
「どうも」
コメント。
止まらない。
「ジョウゴです」
『知ってる!』
『本人だ!』
『声落ち着いてる』
『ほんとに配信した!』
「初配信なので」
一拍。
「何をするか、まだ決めてません」
コメント。
一瞬。
そして。
『草』
『知ってた』
『最高』
『CROSSの告知通り完全本人次第w』
『いきなりノープラン』
『これを待ってた』
『普通の配信者じゃねえ』
『まず銀麦亭見せて!』
『マリアさんいる?』
『刀見たい!』
『戦闘!』
『猫探し!』
『長い棒!』
「長い棒はやらない」
『コメント拾ったw』
『長い棒認知されてる!』
『草』
「……結構見えるな」
コメント抽出。
便利。
そして。
《現在視聴者数:31,842》
「…………」
見てしまった。
「三万?」
コメント。
爆発。
『気づいたwww』
『今気づいたのか』
『顔固まった』
『三万人おめ!』
『まだ増えてるぞ』
『普通に遊んでくれればいい!』
俺。
数秒。
固まる。
でも。
「……まあ」
息。
「人数は考えないことにします」
『正解』
『それがいい』
『いつも通りで頼む』
『ジョウゴはジョウゴでいい』
いつも通り。
なら。
「まず」
銀麦亭。
見る。
「朝飯食べます」
『初配信の最初が朝飯!?』
『最高』
『AWO生活配信始まったw』
『これこれ』
『マリアさん!』
「マリアさん」
「あいよ!」
厨房。
「朝飯お願いします」
「はいよ!」
マリアさん。
こちら。
見る。
「そいつらが見てるのかい?」
「多分三万人くらい」
「…………」
マリアさん。
一拍。
「店入りきらないねぇ!」
「そういう問題?」
『マリアさん強いw』
『草』
『さすが女将』
『三万人でも通常営業』
俺。
思わず。
笑う。
「……よし」
緊張。
少し。
消えた。
こうして。
剣士ジョウゴ。
初めてのLIVE配信は。
ボス戦でも。
ダンジョン攻略でも。
派手なイベントでもなく。
《銀麦亭》で朝食を注文するところから。
始まった。
そして。
本人はまだ知らない。
この何気ない始まりこそが。
視聴者たちに。
「ジョウゴの配信は、攻略を見る配信ではない」
「AWOで暮らす一人の人間を見に行く配信だ」
そう認識される。
最初の一歩になることを――。




