第17話 北西鉱山と良質な鉄鉱石
翌日の夜。
《Welcome Back》
《Another World Online》
「今日は鉱山か」
俺――ジョウゴは、《銀麦亭》七号室でメニューを開いた。
《特殊連続イベント》
《鍛冶師バルガと刀》
《第三段階:新たな素材》
《シズナ北西鉱山で良質な鉄鉱石を採取してください》
昨日。
《鉄刀・試作一号》を実戦で使い、バルガへ改善点を伝えた。
すると次に要求されたのが、より良い素材。
「刀を作るのも大変だな」
当然と言えば当然か。
現実の日本刀だって、形だけ真似すれば完成するような単純なものではない。
むしろ今の《鉄刀・試作一号》は、AWO世界の鍛冶技術で外形だけを近づけた武器と言った方がいい。
「それでも十分使いやすいけど」
腰の刀へ手を添える。
《耐久値:143/150》
昨日の戦闘で少し減った。
今度バルガに整備も頼んでおこう。
「さて」
銀麦亭を出るか。
◇◇◇
「ジョウゴさん!」
「やっぱりいたな」
「こんばんは」
いつもの三人。
ミナ。
カイト。
レント。
「こんばんは」
「今日は北西鉱山ですよね?」
「なんで知ってる?」
「昨日バルガさんが酒場で喋ってました」
「…………」
あの鍛冶師。
本当に口が軽いな。
「『次は素材から選ぶぞ!』って嬉しそうでしたよ」
「完全にハマってるな」
レントが笑う。
「俺よりバルガの方が楽しんでない?」
「職人ですからね」
ミナが腰の刀を見る。
「私たちも行っていいですか?」
「採掘だぞ?」
「いいじゃないですか」
カイトが胸を張る。
「冒険者なら鉱山くらい行くだろ!」
「採掘技能持ってる?」
「ない!」
「堂々と言うな」
「ジョウゴは?」
「ない」
「同じじゃねぇか!」
確かに。
「まあ、人手は多い方がいいか」
「決まりですね!」
◇◇◇
冒険者ギルド。
「北西鉱山ですか?」
受付嬢エリナさんが地図を取り出す。
「ああ。バルガに鉄鉱石を採ってこいって言われて」
「でしたら採掘許可が必要ですね」
「許可?」
「はい」
AWO。
こういうところは妙に細かい。
「北西鉱山はシズナの管理区域です」
「勝手に採ったら駄目なのか」
「少量の個人採取なら問題ありません。ただし、採掘場として整備された区画を利用する場合は登録が必要です」
「なるほど」
現実で勝手に鉱山へ入れないのと似たようなものか。
「こちらへ名前を」
俺たち四人が登録。
《シズナ北西鉱山・一時採掘許可を取得しました》
「道具は?」
「現地で借りられます」
「助かります」
「それと」
エリナさんの表情が少し真面目になる。
「現在、《シズナ防衛準備》の進行に伴って各地の魔物が活発化しています」
「鉱山にも?」
「コボルトの目撃報告が増えています」
「コボルト?」
《コボルト》
二足歩行の獣人型モンスター。
鉱山周辺でよく見られるらしい。
「ゴブリンより強い?」
「個体差がありますが、鉱山にいるものはレベル4から7ほどです」
「昨日のフォレストウルフくらいか」
「無理はしないでください」
「分かりました」
「本当に?」
「エリナさんまで疑うのやめません?」
◇◇◇
《シズナ北西街道》
シズナを出て北西へ。
「こっちは初めてですね」
ミナが辺りを見回す。
「ああ」
南側は草原。
南西は森。
北西側は地形が少しずつ険しくなる。
低い丘。
岩場。
遠くには山。
「景色がちゃんと地域で違うな」
「観光モード入った」
カイトが笑う。
「こういうの見るの好きなんだよ」
「ジョウゴさん、本当に攻略より旅行してますよね」
「だって、せっかくのVRだぞ?」
空気。
風。
景色。
歩く感覚。
これだけでも普通のゲームとは違う。
「急いで目的地だけ往復するのはもったいない」
「分からなくもないですね」
レントも空を見上げる。
「スクリーンショット撮っておくか」
「写真機能あるの?」
「あるぞ」
「知らなかった」
「配信機能も録画機能もあるのに?」
「使ってないから」
三人が一斉にこちらを見る。
「何?」
「だからCROSS社みたいなところが目を付けるんですよ……」
「CROSS社?」
「え?」
ミナが止まる。
「何それ?」
「……知らないんですか?」
「知らない」
「VR配信関係では有名ですよ!」
「へえ」
「『へえ』で終わった!」
俺には関係ないだろう。
少なくとも今は。
◇◇◇
街から歩くことしばらく。
「見えてきた」
岩山の麓。
木製の柵。
作業小屋。
そして大きな坑道口。
《シズナ北西鉱山》
「いらっしゃい!」
入口にいるNPC。
《鉱山管理人 ドムス》
「採掘か?」
「はい」
許可証を見せる。
「四人だな」
「ああ」
「道具は使うか?」
「お願いします」
渡されたのは。
《貸出用ツルハシ》
《貸出用ランタン》
《鉱石袋》
「本格的」
ミナがツルハシを持つ。
「重っ!」
「持てる?」
「大丈夫です!」
カイトがツルハシを肩へ担ぐ。
「採掘ってどうやるんだ?」
「鉱脈を見つけて叩くんじゃない?」
「適当!」
ドムスさんが呆れた顔になる。
「お前ら初心者か」
「はい」
「なら先に言え!」
簡単な説明を受ける。
坑道内には採掘可能な岩壁がある。
鉱脈ごとに色や質感が違う。
初心者は光る採掘ポイントを目安にしてもいい。
ただし。
「採り方で品質変わるからな」
「やっぱり?」
「力任せに叩けば砕ける」
「じゃあどうする?」
「亀裂を見ろ」
「亀裂」
「岩は全部同じ強さじゃねぇ」
ドムスさんがツルハシを持つ。
「弱い場所を見つけろ」
カンッ!
一撃。
パキッ。
石が綺麗に剥がれる。
「なるほど」
面白そうだ。
「ジョウゴさん」
「何?」
「嫌な予感しかしません」
「採掘だぞ?」
「あなた、こういうの絶対真面目に観察するでしょう」
「普通だろ」
「禁止!」
◇◇◇
坑道内部。
「おお」
ランタンの灯り。
湿った岩壁。
水滴。
奥から響く金属音。
他のプレイヤーやNPC鉱夫も採掘している。
「本物の鉱山みたい」
「匂いまであるな」
土。
岩。
湿気。
「こっちが初心者区画だって」
カイトが案内板を見る。
《第一採掘区》
《主な産出物:石材・銅鉱石・鉄鉱石》
「鉄鉱石狙いだな」
「良質ってどう見分けるんです?」
「知らない」
「イベント説明は?」
「『良質な鉄鉱石を採取』だけ」
「雑!」
「自分で探せってことだろ」
AWOらしい。
◇◇◇
「これかな?」
ミナが壁を指す。
黒っぽい筋。
《鉄鉱脈》
「表示出た」
「叩いてみるか」
カイトがツルハシを振り上げる。
「うおりゃ!」
ガンッ!
石が砕ける。
《鉄鉱石を採取しました》
《品質:標準》
「よし!」
「ちゃんと採れるんだな」
「ジョウゴもやってみろよ」
「ああ」
ツルハシを受け取る。
壁を見る。
「…………」
「止まりましたね」
ミナが言う。
「見るんじゃなかったんですか?」
「見てる」
鉱脈。
亀裂。
表面の凹凸。
「ドムスさん、弱い場所を見ろって言ってたから」
「本当に探すんですか?」
「その方が壊しやすいだろ」
ツルハシ。
握る。
剣とは違う。
重い。
振り回す道具ではない。
「腰から?」
いや。
もっと下。
脚。
股関節。
背中。
肩。
「こうかな」
振り上げすぎない。
狙い。
亀裂の交点。
「ふっ!」
カンッ!
硬い音。
直後。
パキパキッ。
岩が大きく剥離した。
《鉄鉱石を採取しました》
《品質:良》
「…………」
「良、出た」
カイトが呟く。
「一発で?」
「たまたまだろ」
次。
別の場所。
「今度はこれ」
カンッ!
《鉄鉱石》
《品質:良》
「また」
「…………」
ミナが俺を見る。
「何?」
「戦闘じゃなくてもジョウゴさんでした」
「意味分からない」
◇◇◇
何度か試す。
《鉄鉱石:良》
《鉄鉱石:標準》
《鉄鉱石:良》
《鉄鉱石:良》
「全部良にはならないな」
「十分すごいです!」
「採掘スキルないんですよね?」
「ない」
レントが自分のツルハシを見る。
「俺も亀裂狙ってみる」
カンッ!
《鉄鉱石:標準》
「難しい」
「力入れすぎじゃない?」
「分かるの?」
「ツルハシが岩に跳ね返されてる」
俺は動きを見せる。
「当てる瞬間だけ力を乗せる感じ」
「こう?」
「腕だけじゃなくて腰も使う」
「こうか」
カンッ!
《鉄鉱石:良》
「出た!」
「おお」
「本当にできた!」
レントが嬉しそうだ。
「ジョウゴさん」
「ん?」
「また人に教えてる」
「聞かれたから」
「そのうち鍛冶以外の先生にもなりそう」
「ならないよ」
多分。
◇◇◇
ポーン。
《採掘行動を継続》
《適切な打撃点への攻撃を複数回確認》
《身体操作による道具使用補正を確認》
《採掘技能の習得条件を一部達成しました》
「ほら来た」
ミナが言う。
「俺、戦闘職なんだけど」
「AWOに関係ないんでしょうね」
「何でもできるってことか」
「何でも上げ始めたら器用貧乏になりますよ?」
「その時考える」
「絶対考えない人の言い方!」
◇◇◇
必要量まであと少し。
その時。
「キィ……」
「ん?」
奥から音。
金属音ではない。
「何かいる」
俺はツルハシを置く。
刀へ手。
「コボルト?」
カイトが盾を構える。
暗い坑道。
ランタンの向こう。
二つ。
四つ。
六つ。
目が光る。
「キキッ!」
《マインコボルト Lv.5》
《マインコボルト Lv.5》
《マインコボルト Lv.6》
三体。
「来た!」
武器。
小型のツルハシ。
短剣。
棍棒。
「鉱夫みたいな装備だな」
「感心してる場合じゃないですよ!」
「分かってる」
抜刀。
スッ。
「キィ!」
一体がツルハシを振る。
「重そうだな」
真正面から受けたくない。
振り下ろし。
横へ。
ドガンッ!
地面が砕ける。
「威力高っ!」
カイトが叫ぶ。
「でも戻しが遅い」
ツルハシが地面へ刺さっている。
「そこ」
踏み込み。
横薙ぎ。
ザンッ!
《Critical Hit!》
《斬撃適正判定:Excellent》
「キィッ!」
一体目。
まだ倒れない。
「硬い」
「鉱山個体ですからね!」
ミナ。
「《ファイアアロー》!」
ドンッ!
《Critical Hit!》
一体目消滅。
「次!」
二体目。
短剣。
速い。
突き。
引く。
また突き。
「ゴブリンより上手い」
俺は刀で短剣の側面へ触れる。
カンッ!
《Parry!》
《《崩しLv.1》発動》
「キッ!?」
姿勢が崩れる。
だが。
「後ろ!」
レントの声。
三体目。
棍棒。
「ジョウゴ!」
カイトが間へ入る。
ガンッ!
「ぐっ!」
「助かった!」
「一人で全部見るな!」
「了解!」
俺は短剣持ちへ集中。
踏み込み。
一閃。
《Critical Hit!》
《マインコボルトを討伐しました》
「二体!」
「最後!」
棍棒持ち。
カイトが引き付ける。
「ミナ!」
「《ファイアボール》!」
爆炎。
「レント!」
「《パワーショット》!」
矢。
「ジョウゴ!」
「ああ!」
踏み込む。
刀。
胴。
ザンッ!
《Critical Hit!》
《Weak Point!》
最後のコボルトが消える。
《マインコボルトを討伐しました》
「終わり」
納刀。
カチン。
「やっぱり刀似合いますね」
「そう?」
「初心者の剣より圧倒的に」
「俺もそう思う」
「自分で言った!」
◇◇◇
戦闘場所。
「待って」
「どうした?」
コボルトの一体がいた壁。
「ここ」
普通の岩壁とは違う。
黒っぽい。
だが僅かに光沢がある。
《???鉱脈》
「名前が出ない」
「レア?」
ミナが覗き込む。
「叩いてみる?」
「やってみよう」
ツルハシ。
亀裂。
「硬そうだな」
普通の鉄鉱脈より密度が高い。
狙う。
カンッ!
「硬っ」
手へ振動。
壊れない。
「もう一回」
角度を変える。
弱い場所。
「ここ」
カンッ!
ピシッ。
「割れた!」
三撃目。
カンッ!
ゴロッ。
黒銀色の鉱石が落ちた。
《高密度鉄鉱石を採取しました》
《品質:良》
「高密度鉄?」
「イベント用かな」
その瞬間。
ポーン。
《特殊イベント対象素材を確認》
《《鍛冶師バルガと刀》進行条件を達成しました》
「これだ」
《通常の鉄鉱石より密度と強度に優れています》
《鍛冶師バルガへ持ち帰ることができます》
「良質な鉄鉱石ってこれのことだったんですね」
「多分」
「普通の鉄鉱石を必死に掘った時間は?」
「無駄じゃないだろ」
「まあ、お金になりますしね」
「あと採掘楽しかった」
「ジョウゴさんらしい」
◇◇◇
鉱山管理所へ戻る。
「高密度鉄鉱石だと?」
ドムスさんが驚く。
「珍しい?」
「第一採掘区じゃそうそう出ねぇ」
「コボルトがいた場所で」
「なるほど」
ドムスさんが鉱石を見る。
「奴らが奥から持ち込んだ鉱石脈が露出したのかもしれんな」
「奥にはもっとある?」
「可能性はある」
《北西鉱山の情報が更新されました》
《深部区画に未知の鉱脈が存在する可能性があります》
「また何か増えた」
カイトが笑う。
「ジョウゴと歩くとイベント増えるな」
「俺のせいじゃない」
「もう誰も信じませんよ」
◇◇◇
その足で。
《鍛冶工房・バルガ》。
「バルガ」
「おう! 早かったな!」
「これ」
鉱石袋。
普通の良品質鉄鉱石。
そして。
高密度鉄鉱石。
「…………」
バルガが止まる。
「兄ちゃん」
「何?」
「これ、どこで採った」
「北西鉱山」
「それは分かってる!」
高密度鉄鉱石を手に取る。
「こいつは普通の鉄じゃねぇぞ」
「やっぱり?」
「重い」
「うん」
「密度も違う」
叩く。
コン。
「音も違ぇ」
職人の顔になった。
「使える?」
「使えるかじゃねぇ」
バルガがニヤリ。
「使いてぇ」
「だと思った」
《特殊連続イベント》
《鍛冶師バルガと刀》
《第三段階:新たな素材 達成》
《第四段階:改良刀の製作》
「次が始まった」
「兄ちゃん」
「何?」
「試作一号、預けろ」
「え」
反射的に刀へ手を置く。
「なんだその顔は!」
「これも使う?」
「測るだけだ!」
「壊さない?」
「壊すか!」
「なら」
刀を渡す。
「次はどんな刀になる?」
バルガが高密度鉄鉱石と試作一号を並べる。
「それを考えるのが俺の仕事だ」
「なるほど」
「ただし」
こちらを見る。
「お前にも考えてもらう」
「また?」
「当然だ!」
楽しそうだ。
「刀身を厚くする」
「うん」
「重心を少し手元へ」
「うん」
「柄も細く」
「覚えてたのか」
「職人を舐めんな!」
バルガが胸を張る。
「次は試作二号だ」
「楽しみにしてる」
◇◇◇
工房を出る。
「ジョウゴさん」
「ん?」
「刀預けちゃいましたね」
「…………」
腰。
空。
「初心者の剣は?」
「銀麦亭」
「なんで持ってこなかったんです!?」
「今日は刀があったから」
「じゃあ今丸腰!?」
「あ」
忘れていた。
カイトが腹を抱える。
「ハハハハハ!」
「笑うな」
「変な剣士、ついに剣なし!」
「銀麦亭までだから問題ない」
「モンスター出ませんよね?」
「街中だからな」
「ジョウゴさんなら途中でイベント拾いそう」
「さすがにないだろ」
その時。
ポーン。
「…………」
四人。
止まる。
「ジョウゴさん」
「俺、何もしてないぞ」
《シズナ防衛準備》
《進行度:100%》
「……来た」
レントが呟く。
《エリアクエスト第二段階を達成しました》
《シズナ防衛準備 完了》
《NPC各勢力の準備が完了しました》
そして。
街中。
遠くから。
ゴォン――。
ゴォン――。
大きな鐘。
「何?」
NPCたちが足を止める。
衛兵が走る。
「南門へ急げ!」
「冒険者ギルドへ伝令!」
「ゴブリンの斥候を確認!」
空気が一変した。
次の通知。
《エリアクエスト第三段階が開始されます》
《シズナ防衛戦》
「防衛戦……」
ミナが息を呑む。
《ゴブリン集落の軍勢が活動を開始しました》
《襲撃予測時刻:近日》
《参加プレイヤーは冒険者ギルドまたは衛兵隊へ登録してください》
街がざわめく。
プレイヤーたちにも一斉に通知が届いたらしい。
「とうとう来たな」
カイトが真剣な顔になる。
「ああ」
俺は。
無意識に腰へ手を伸ばし。
「…………」
空振りした。
「ジョウゴさん?」
「刀、バルガに預けた」
「…………」
「…………」
「…………」
三人が俺を見る。
「どうしよう」
カイトが吹き出した。
「防衛戦直前にメイン武器預ける奴いる!?」
「タイミング悪すぎる!」
ミナまで笑う。
「仕方ないだろ!」
こんなの予想できるか。
「初心者の剣を取りに戻る」
「早く行きましょう!」
「試作二号間に合うかな」
「そっち気にしてる場合ですか!?」
シズナへ響く警鐘。
走り始める衛兵。
冒険者ギルドへ集まるプレイヤー。
そして。
俺たちが発見した小さなゴブリン集落は。
ついに。
《シズナ》という街へ牙を剥こうとしていた。
AWOサービス開始後。
俺にとって初めてとなる。
大規模な戦いが。
間もなく始まろうとしていた。




