第15話 完成した異世界の刀
《Another World Online》を始めてから。
仕事が終わった後の楽しみが、一つ増えた。
「上塚主任、お先に失礼します」
「お疲れさま」
「主任は今日もAWOですか?」
「そのつもり」
「完全にハマりましたね」
「否定はしない」
俺――上塚賢吾は、最後の書類を確認してパソコンを閉じた。
今日の仕事は終了。
残業する理由もない。
そして今日は。
「三日目か」
「何がです?」
「いや、こっちの話」
鍛冶師バルガへ頼んだ武器。
俺が現実世界の知識を教え、それを参考に作ってもらった《刀》の試作品。
約束では三日。
つまり――。
「今日、完成予定なんだよな」
自然と足取りが少し軽くなった。
◇◇◇
帰宅。
夕食。
風呂。
明日の準備。
いつもの生活を済ませる。
AWOを始めたからといって、現実生活を崩すつもりはない。
むしろ。
「これ終わらせないと落ち着いて遊べないんだよな」
洗い物まで片づける。
時計を見る。
「よし」
VR機器を装着。
《Another World Onlineを起動します》
「ログイン」
◇◇◇
《Welcome Back》
《Another World Online》
目を開く。
銀麦亭。
いつもの七号室。
今日は迷う必要がない。
「バルガのところだな」
装備を整えて一階へ。
「おや、ジョウゴ」
「こんばんは、マリアさん」
「今日は随分急いでるねぇ」
「頼んでた剣が完成する日なので」
「ほう!」
マリアさんが楽しそうに笑う。
「男ってのは武器が絡むと子供みたいになるねぇ」
「そんなに顔に出てます?」
「出てる出てる!」
「……気をつけよう」
「何を気をつけるんだい!」
笑われた。
◇◇◇
「ジョウゴさん!」
銀麦亭を出たところで声。
「ん?」
ミナだった。
その後ろにはカイトとレント。
「三人ともどうした?」
「見に来ました!」
「何を?」
「刀ですよ!」
「なんで?」
「なんでって!」
ミナが頬を膨らませる。
「私たちも気になるからです!」
「そうなの?」
「俺も見たい」
カイトが頷く。
「異世界の鍛冶師が日本刀をどこまで再現したのか」
レントも興味津々だ。
「分かった。一緒に行くか」
「最初からそのつもりです!」
というわけで。
四人で《鍛冶工房・バルガ》へ向かう。
◇◇◇
カン。
カン。
カン。
工房へ近づくにつれ、金属音が聞こえる。
「まだ作業してる?」
「別の武器じゃないですか?」
扉を開く。
カラン。
「こんばんは」
「……来たか」
工房の奥。
バルガがいた。
いつもと違う。
顔。
腕。
服。
煤だらけ。
「すごい格好ですね」
「誰のせいだと思ってやがる」
「俺?」
「お前以外に誰がいる!」
「なんで?」
バルガが頭を掻く。
「三日間ほとんどこいつに掛かりきりだったんだぞ」
「そんなに?」
「こんな形の剣、作ったことねぇんだから当たり前だ!」
そして。
「まあいい」
バルガが工房の奥へ歩く。
「待ってろ」
俺たちは顔を見合わせる。
「ジョウゴさん」
「何?」
「なんか私まで緊張してきました」
「俺も」
「俺もだ」
「なんでお前らが緊張するんだよ」
でも。
俺も少しだけ。
いや。
かなり楽しみだった。
◇◇◇
「待たせたな」
バルガが戻ってくる。
両手には細長い布包み。
「これが」
作業台へ置く。
「俺が作った最初の――」
布を外す。
「《カタナ》だ」
「…………」
思わず黙った。
黒い鞘。
円形に近い簡素な鍔。
両手で握れる柄。
そして。
鞘から伸びる姿。
「……すごい」
ミナが呟く。
「本当に刀だ」
カイトも驚いている。
「ジョウゴ」
バルガが言う。
「抜いてみろ」
「ああ」
柄へ手を掛ける。
ゆっくり抜く。
スッ――。
刀身が姿を現した。
「…………」
片刃。
反り。
切っ先。
もちろん。
俺が現実で知っている日本刀そのものではない。
素材も違う。
製法も違う。
刃文らしいものもない。
細部を見ればかなり異なる。
だが。
「刀だな」
間違いなく。
刀を目指して作られた武器だった。
《鉄刀・試作一号》
《分類:片刃剣》
《品質:良+》
《製作者:鍛冶師バルガ》
《共同考案:ジョウゴ》
《耐久値:150/150》
「共同考案?」
「名前載ってますよ!」
「俺、作ってないぞ」
「形を教えただろうが」
バルガが鼻を鳴らす。
「なら半分はお前の知恵だ」
「そういうものか?」
「そういうもんだ」
職人が言うならそうなのだろう。
◇◇◇
「振ってみろ」
「ここで?」
「裏に試し斬り場がある」
「そんな場所あったのか」
「鍛冶屋だからな」
工房裏。
小さな空間。
木製の標的が並んでいる。
「まず振るだけでいい」
「ああ」
刀を握る。
左手。
右手。
「…………」
懐かしい。
初心者の剣とは違う。
鉄製片手剣とも違う。
自然に構えられる。
「重心は……」
少し前。
ただし不自然ではない。
「悪くない」
「本当か?」
「ああ」
バルガが真剣な顔で見る。
「振るぞ」
「やれ」
呼吸。
力を抜く。
足。
腰。
背中。
肩。
腕。
全部を繋げる。
「――ふっ」
ヒュンッ!
「!」
ミナたちが息を呑む。
刀を止める。
「…………」
俺自身が一番驚いていた。
「使いやすい」
「そうか」
バルガが笑う。
「もう一度」
構える。
袈裟。
横薙ぎ。
切り上げ。
突き。
一つずつ確かめる。
ヒュンッ!
ヒュッ!
シュッ!
「……全然違うな」
カイトが呟いた。
「何が?」
「ジョウゴの動き」
「そう?」
「初心者の剣の時より自然だ」
レントも頷く。
「武器に身体を合わせてない」
「…………」
以前バルガにも言われた。
西洋剣を使う時。
俺は無意識に武器へ身体を合わせていた。
だが今は。
「確かに」
刀の方が。
身体が知っている。
◇◇◇
その瞬間。
ポーン。
《プレイヤーの戦闘動作を解析》
《装備武器と身体動作の高い適合率を確認》
《現実技能との動作同期を確認》
「何か出た」
「またですか?」
もうミナも驚かなくなってきた。
《特殊条件達成》
《片刃・反り・両手使用武器による規定動作を確認》
《既存武器分類との相違を確認》
《新規武器カテゴリが暫定登録されました》
「……え?」
《新規武器カテゴリ》
《刀》
全員。
「「「「…………」」」」
沈黙。
「ジョウゴ」
カイトが俺を見る。
「何?」
「武器カテゴリ作ったぞ、お前」
「俺じゃない」
「お前だよ!」
「作ったのはバルガだろ」
「そういう問題じゃない!」
バルガにはシステムメッセージが見えていない。
「何騒いでる?」
「この武器」
俺は刀を見る。
「《刀》っていう新しい分類になったらしい」
「ほう!」
バルガの目が輝く。
「なら成功じゃねぇか!」
「喜ぶところそこ?」
「当たり前だ!」
豪快に笑う。
「世界にねぇ武器を作ったんだぞ!」
確かに。
職人からすれば嬉しいのだろう。
◇◇◇
さらに。
ポーン。
《新規武器カテゴリ《刀》の使用条件を満たしました》
《特殊武器技能を獲得》
《刀術Lv.1》
「刀術まで」
《刀術Lv.1》
《刀カテゴリ武器の操作補正》
《斬撃時の刃筋補正》
《抜刀・納刀動作補正》
《本技能は使用者本人の技量を強く反映します》
「また技量依存」
レントが苦笑する。
「運営から『自分で頑張れ』って言われてるみたいだな」
「俺にはその方がいい」
自動で身体が動くより。
自分で動かしたい。
その方が楽しい。
「じゃあ」
バルガが木製標的を指す。
「斬ってみろ」
「ああ」
標的。
丸太。
刀を構える。
「…………」
間合い。
呼吸。
一歩。
踏み込む。
「ふっ!」
斬る。
ザンッ!
上半分が落ちる。
《Critical Hit!》
《斬撃適正判定:Excellent》
「おお!」
カイトが声を上げる。
「すごい!」
ミナも拍手。
俺は刀身を見る。
「刃は?」
確認。
「大丈夫そう」
だが。
「バルガ」
「なんだ?」
「少し気になる」
「言ってみろ」
俺は刀身を示す。
「ここ」
「ん?」
「もう少し厚みが欲しい」
「なぜだ?」
「今のままだと強い相手の武器を受けた時に不安がある」
「なるほど」
「それと重心」
「前過ぎるか?」
「ほんの少しだけ」
「…………」
バルガが考える。
「分かった」
「直せる?」
「当然だ」
「じゃあお願いします」
「待て」
「何?」
「これは試作品だ」
バルガがニヤリ。
「そのまま使え」
「いいのか?」
「ああ」
「改善点は?」
「次へ反映する」
「次?」
「一振り作って終わりなわけねぇだろ」
目。
完全に職人。
「もっといいカタナを作る」
「……なるほど」
「お前も付き合え」
「俺も?」
「使う奴の意見が必要だ」
《特殊連続イベントが発生しました》
《鍛冶師バルガと刀》
《第一段階:試作刀完成》
《第二段階:実戦データ収集》
「実戦?」
嫌な単語が見えた。
◇◇◇
そして。
さらに。
《ワールド情報》
《プレイヤーとNPCの共同研究により新規武器カテゴリ《刀》が発見されました》
《一部NPC鍛冶師へ研究情報が伝播する可能性があります》
「……また世界情報変えましたね」
ミナが俺を見る。
「俺じゃない」
「ジョウゴです」
「バルガだ」
「二人です」
「それならまあ……」
否定できない。
その時。
《エリアクエスト情報更新》
《シズナ防衛準備》
《進行度:78%》
《ゴブリン集落の活動が活発化しています》
《第三段階への移行条件が接近しています》
空気が変わった。
「そっちも進んでるな」
カイトが呟く。
「刀の実戦テスト」
レントが森の方向を見る。
「ちょうど相手もいる」
「やめろ」
俺は即答する。
「今日は試し振りだけ」
「珍しい!」
「新品の武器をいきなり乱戦に持ち込みたくない」
「理由が武器優先!」
「当たり前だろ」
「やっぱりジョウゴさんですね」
ミナが笑う。
◇◇◇
工房を出る。
腰には。
《鉄刀・試作一号》
初心者の剣とは違う感触。
「…………」
歩きながら柄へ軽く触れる。
「嬉しそうですね」
「まあな」
「顔に出てます」
「マリアさんにも言われた」
「分かりやすいですよ」
「そうかな」
現実なら。
刀を腰へ差して街を歩くなんて当然できない。
だがここは。
剣と魔法の世界。
《Another World Online》。
現実ではできないことができる。
現実で身につけたものも活かせる。
「いいゲームだな」
自然と呟いた。
◇◇◇
同時刻。
AWO公式掲示板。
---
【速報】シズナで新武器カテゴリ発見
521:名無しの冒険者
ワールド情報見た?
522:名無しの冒険者
刀って何?
523:名無しの冒険者
日本刀じゃね?
524:名無しの冒険者
AWOに日本刀あったの?
525:名無しの冒険者
今追加されたっぽい。
526:名無しの冒険者
プレイヤーとNPC共同研究って書いてある。
527:名無しの冒険者
誰だよ。
528:名無しの冒険者
シズナらしい。
529:名無しの冒険者
待て。
530:名無しの冒険者
シズナ?
531:名無しの冒険者
まさか。
532:名無しの冒険者
ジョウゴ?
533:名無しの冒険者
またお前か。
534:名無しの冒険者
変な剣士から変な刀剣士になったw
535:名無しの冒険者
本人何したの?
536:名無しの冒険者
NPC鍛冶師に日本刀教えた説。
537:名無しの冒険者
そんなことできるの!?
538:名無しの冒険者
AWO自由度どうなってんだよ。
539:名無しの冒険者
誰か動画!
540:名無しの冒険者
ジョウゴ配信してくれ!
541:名無しの冒険者
一人称視点で刀見たい。
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そして。
現実世界。
《CROSS社》。
「……決めました」
「何をです?」
「ジョウゴへの接触準備を始めます」
「もう?」
「新規武器カテゴリまで作りました」
モニターには。
《新規武器カテゴリ――刀》
そして。
掲示板で急速に増える。
《ジョウゴの配信を見たい》
という言葉。
「ただし」
担当者は続ける。
「いきなり契約の話はしません」
「では?」
「まずは本人の意向確認です」
配信したいのか。
したくないのか。
仕事にしたいのか。
純粋に遊びたいだけなのか。
「こちらの都合で彼の遊び方を壊したら意味がありません」
「了解です」
「接触は慎重に」
画面の中。
刀を腰に差し。
ミナたちと笑いながら銀麦亭へ向かうジョウゴ。
「この人は多分」
担当者が苦笑する。
「自分が話題になってることすら、ほとんど気にしてませんから」
その予想は。
ほぼ正しかった。
当の本人は。
「今日のおすすめ何だろ」
新しい刀より少しだけ。
銀麦亭の夕食にも興味を向けていたのだから。




