第14話 防衛準備と知らないところで伸びる動画
「……眠い」
翌朝。
俺――上塚賢吾は、出勤途中の電車の中で小さく欠伸を噛み殺した。
昨夜も《Another World Online》へログイン。
ゴブリン集落への対策として始まった《シズナ防衛準備》に参加し、冒険者ギルドの訓練場で新人冒険者たちの相手をした。
結果。
《崩しLv.1》
《体術Lv.1》
なぜか剣士なのに体術系スキルまで増えた。
「ゲームでも稽古してるみたいだな」
もっとも、現実の稽古とは全く違う。
ゲームなら怪我の心配が少ない。
多少無茶な動きも試せる。
何より――。
「今日も仕事か」
現実は現実。
AWOはAWO。
混同するつもりはない。
駅へ到着。
銀行へ向かう。
◇◇◇
「おはようございます、主任」
「おはよう」
職場へ入る。
パソコンを起動。
メール確認。
予定確認。
案件確認。
「上塚主任、こちら確認お願いします」
「置いといて」
「はい」
いつも通りの一日。
ゲームの中ではゴブリンの集落が発展しているが、現実世界ではそんなことは関係ない。
当然だ。
「主任」
「ん?」
後輩がスマートフォンを見ながら近づいてくる。
「AWOやってましたよね?」
「やってるけど」
「これ知ってます?」
画面を見せてくる。
「何?」
「昨日からちょっと伸びてる動画です」
動画タイトル。
《シズナの変な剣士、ついに発見》
「……変な剣士?」
「面白いんですよ、この人」
再生。
映像には訓練場。
木剣を持った剣士。
新人冒険者の攻撃を半歩で避ける。
アーツ《スラッシュ》の発動前へ入り込み。
最後はNPC衛兵を投げる。
「…………」
見覚えしかない。
「この人、レベル3らしいですよ」
「へえ」
「しかもリアル武術勢っぽいんです」
「そうなんだ」
「主任?」
「何?」
「反応薄くないです?」
「仕事中だからな」
「真面目!」
いや。
本人だから反応に困っているだけだ。
「コメント欄も結構盛り上がってますよ」
「仕事しろ」
「はい」
後輩が席へ戻る。
俺は画面を見る。
「……撮られてたのか」
AWOでは、プレイヤーによる映像記録が可能。
街中や通常フィールドでは一定のプライバシー処理が入り、現実の個人情報へ繋がるものは表示されない。
それでも。
ゲーム内キャラクターの姿は普通に映る。
「まあ、別にいいか」
悪意のある動画でもない。
戦い方を見られただけだ。
気にしないことにした。
◇◇◇
その頃。
都内某所。
《CROSS社》。
AWOを含むVRコンテンツの配信支援、配信者マネジメント、イベント制作などを手掛ける企業。
会議室。
「これです」
大型モニターへ一本の動画が映し出される。
《シズナの変な剣士、ついに発見》
「再生数は?」
「昨夜から伸びて、現在約三万」
「三万?」
「切り抜きみたいな一般投稿ですよね?」
「はい」
一人の社員が映像を止める。
ジョウゴが《スラッシュ》の発動前へ踏み込む瞬間。
「ここ」
「何か?」
「アーツを見てから動いてない」
映像を戻す。
再生。
停止。
「発動前の構えを見てる?」
「おそらく」
「ゲーム知識じゃないな」
「ええ」
別の場面。
ゴブリンの武器を落としたという掲示板情報。
ホーンラビットを投げたという書き込み。
NPC衛兵への投げ。
「剣道?」
「それだけじゃないでしょう」
「合気道か柔術系?」
「古流も入っているかもしれません」
「リアル武術経験者か」
「かなり長いと思います」
会議室の奥。
一人の女性社員が資料を見る。
「配信活動は?」
「確認できません」
「動画投稿も?」
「なし」
「SNSは?」
「ゲーム内名として活動している公式アカウントは見当たりません」
「完全な一般プレイヤー?」
「現状では」
女性社員がモニターを見る。
「珍しいですね」
「何がです?」
「普通、これだけ掲示板で名前が出始めたら、自分から動画を上げようと考える人もいます」
「まあ、宣伝になりますからね」
「でも、この人は何もしていない」
画面。
訓練終了後。
普通に仲間と話しながら去っていくジョウゴ。
「単純に遊んでるだけ」
「だから面白い、と?」
「ええ」
女性社員が笑う。
「作っていない自然さがあります」
「接触します?」
「まだ」
「まだ?」
「第一章……いえ、サービス開始直後です」
資料を閉じる。
「もう少し様子を見ましょう」
◇◇◇
夜。
《Welcome Back》
《Another World Online》
「よし」
俺は銀麦亭から外へ出た。
「ジョウゴさん!」
「今日は遅くないですね!」
ミナ。
「昨日も時間通りだったぞ」
「今日は私たちより先です」
「それが普通だろ」
「昨日のこと根に持ってる?」
「少し」
カイトとレントもやって来る。
「今日は何する?」
「防衛準備の続きだろ」
メニュー。
《エリアクエスト》
《シズナ防衛準備》
《進行度:37%》
「結構進んでる」
「俺たちがログアウトしてる間も他のプレイヤーが進めてたみたいだ」
「NPCも動いてますよ」
ミナが南門を指差す。
「ほら」
「おお」
昨日までなかったもの。
木製の柵。
簡易防壁。
見張り台。
衛兵たちが作業している。
「本当に変化してる」
カイトが感心する。
「一日でこれか」
「プレイヤーがログアウトしても世界は止まらないんだな」
俺は防壁へ近づく。
NPC衛兵が木材を運んでいる。
「よっ!」
「せーの!」
重そうだ。
「手伝うか?」
「え?」
ミナが振り返る。
「依頼あるぞ」
《防壁建設補助》
《木材運搬》
《報酬:作業量による》
「戦闘じゃないんですか?」
「剣の耐久値温存したいし」
「昨日は訓練してましたけど」
「木剣だったからな」
「なるほど」
カイトが笑う。
「じゃあ今日は肉体労働か!」
「ゲームの中まで仕事するのか……」
レントが呟く。
「銀行より体動かす方が気分転換になるぞ」
「それはそうかも」
◇◇◇
「そっち持ってくれ!」
「はい!」
木材。
太い丸太。
俺とカイトで運ぶ。
「重っ!」
「ゲームなのにちゃんと重いな」
「ステータス補正あるとはいえキツい!」
「腰だけで持つなよ」
「え?」
「脚使え」
俺は丸太を下ろす。
「こう」
腰を落とす。
背中を丸めすぎない。
股関節。
脚。
持ち上げる。
「ほっ」
「……普通に持った」
「身体の使い方だよ」
「またリアル技能!」
「荷物運びまでリアル技能扱いするな」
だが。
ポーン。
《身体操作の熟練度が上昇しました》
「上がった」
「ほら!」
「本当に上がるとは思わなかった」
AWO。
恐るべし。
◇◇◇
「ジョウゴさん!」
ミナが木箱を抱えて歩いてくる。
「これどこです?」
「矢?」
「はい!」
「見張り台の横らしいぞ」
「分かりました!」
その直後。
「わっ!」
石畳の段差。
ミナの足が引っかかる。
木箱が傾く。
「危ない」
反射的に手を伸ばす。
箱の底を支える。
「おっと」
「…………」
「大丈夫?」
「はい」
「気をつけろよ」
「ジョウゴさん」
「何?」
「今、片手ですよね」
「もう片方で丸太持ってるから」
「何でできるんです?」
「ゲームだから」
「便利な言葉として使い始めた!」
カイトが爆笑している。
◇◇◇
作業開始から約一時間。
《防壁建設補助を達成しました》
《報酬:120G》
《シズナ防衛準備への貢献を確認》
《エリアクエスト進行度が上昇しました》
《37%→42%》
「俺たちだけで5%?」
「他のプレイヤーの作業も同時集計されてるみたいですよ」
「なるほど」
見る間にも。
《42%→43%》
「誰か別の依頼終わらせたな」
「面白いな、これ」
大勢のプレイヤー。
NPC。
それぞれが別の場所で動いている。
その結果が一つの街へ積み上がる。
「MMOっぽい」
レントが言う。
「でも普通のMMOより生活感あるな」
「分かる」
俺は完成しつつある防壁を見る。
自分たちが運んだ木材も、その一部になっている。
「自分が手伝ったものが残るのはいいな」
何となく。
少し嬉しい。
◇◇◇
作業終了後。
「腹減った」
カイトが言う。
「ゲームで?」
「ゲームでも腹減るだろ!」
「じゃあ銀麦亭行くか」
「賛成!」
四人で歩き始める。
その途中。
プレイヤー数人がこちらを見ていた。
「……あれ?」
「どうしました?」
「なんか見られてない?」
ミナが周囲を見る。
「確かに」
「ジョウゴじゃね?」
小さな声。
「例の動画の」
「本物?」
「レベル3の?」
「…………」
俺は立ち止まる。
「何?」
三人が俺を見る。
「動画」
「あ」
今日、職場で見せられたやつ。
「そういえば俺、撮られてたらしい」
「今さら!?」
ミナが叫ぶ。
「知ってたのか?」
「掲示板で話題になってますよ!」
「見てない」
「見てください!」
「攻略情報入るの嫌なんだよ」
「そういう理由!?」
カイトが笑う。
「ジョウゴらしいな」
「別に困ってないし」
すると。
「あ、あの!」
一人のプレイヤーが近づいてくる。
「はい?」
「ジョウゴさんですか?」
「そうですけど」
「昨日の訓練動画見ました!」
「どうも」
「アーツの避け方って、どうやってるんですか!?」
「避け方?」
「はい!」
少し考える。
「相手を見れば」
「…………」
後ろから。
「出た!」
ミナの声。
「ジョウゴさんの一番参考にならない説明!」
「え?」
「ちゃんと説明してください!」
「いや、構えとか重心とか肩とか腰とか見れば――」
「もっと難しくなった!」
周囲から笑い声。
俺は頭を掻く。
「説明するの難しいな」
剣を振る方が簡単だ。
◇◇◇
その夜。
例の動画。
再生数。
五万。
八万。
十万。
さらに。
《ジョウゴ 剣士》
《AWO リアル武術》
《AWO 手動パリィ》
関連する検索も増えていた。
そして《CROSS社》。
「十万超えました」
「早いですね」
「追加動画も出ています」
「何の?」
「防壁建設です」
「……戦闘じゃなくて?」
「はい」
再生。
『腰じゃなくて脚使え』
丸太を持ち上げるジョウゴ。
「…………」
「身体操作、かなり染みついてますね」
「戦闘以外でも出るんだ」
「むしろ、こっちの方が面白いかもしれません」
「どういう意味?」
「この人」
画面を止める。
「AWOを攻略してないんですよ」
「?」
「生活してるんです」
街を歩く。
NPCと話す。
依頼を受ける。
猫を探す。
ゴブリンを調査する。
鍛冶師へ刀の話をする。
防壁を作る。
「公式コンセプトそのままですね」
――もう一つの世界で、もう一人のあなたとして生きよう。
「……確かに」
「配信者として作ったキャラクターじゃない」
「普通に遊んでるだけ」
「だから」
女性社員が静かに言う。
「一人称視点で見てみたいですね」
ジョウゴ本人は。
そんなことなど知る由もなく。
「マリアさん、香草焼き四人分!」
「あいよ!」
銀麦亭で。
「今日、俺奢るわ!」
「カイト、急にどうした?」
「防衛作業の報酬入ったから!」
「全部使うなよ」
「銀行員みたいなこと言うな!」
「銀行員だからな」
「ゲーム内まで主任になるな!」
仲間たちと夕食を楽しんでいた。
《Another World Online》。
サービス開始から、まだ僅か。
ジョウゴは有名になろうとしていない。
最強になろうともしていない。
ただ。
この世界を楽しんでいるだけ。
けれど。
その「普通に楽しむ姿」が。
本人の知らないところで。
多くの人間を惹きつけ始めていた。




