第74話 交易都市の市場と新たな出会い
交易中継都市へ到着した俺たちは、冒険者ギルドで訪問登録を済ませた後、宿屋を探すことにした。
シズナからの護衛依頼は無事に達成し、商隊にも積荷にも被害はなかった。報酬は一人二万三千G。初めての長距離護衛としては、十分な成果だろう。
ただ、せっかく新しい街へ来たのだから、すぐに次の依頼を受けるつもりはない。今日は街を見て回り、リーヴェルがどんな場所なのか確かめたいと思っていた。
冒険者ギルドでもらった案内図を確認すると、中央市場の近くに宿屋が何軒かあるらしい。
「市場に近い宿屋がいいです!」
ミナが真っ先に希望を口にした。
俺が理由を尋ねると、彼女は当然のように答えた。
「おいしい料理を探しやすいじゃないですか!」
カイトが笑い、レントも小さく肩をすくめる。
まあ、買い物にも便利だろう。
俺たちは中央市場から一本外れた通りにある《金麦の宿》という宿屋へ向かった。
◇◇◇
金麦の宿は三階建ての石造りの建物で、一階には食堂が併設されていた。
受付にいた中年の女性へ声をかけると、空き部屋があるとのことだった。
「四名様ですね。個室を四部屋でよろしいですか?」
「はい。お願いします」
宿泊料金を確認してから、それぞれの部屋を確保する。
部屋は清潔で、ベッドや収納棚も揃っていた。宿泊施設として登録されているため、安全にログアウトすることもできる。
荷物を整理して一階へ戻ると、ミナが待ちきれない様子で声をかけてきた。
「ジョウゴ、早く市場へ行きましょう!」
「分かったから、そんなに急ぐな」
俺たちは宿屋を出て、リーヴェルの中央市場へ向かった。
市場へ近づくにつれ、人通りが増えていく。
広場には色鮮やかな布製の屋台が並び、野菜や果物、香辛料、武具、日用品など、様々な商品が売られていた。
シズナの市場も賑やかだったが、こちらはさらに規模が大きい。
交易中継都市というだけあって、遠方から運ばれてきた商品も多いようだ。
「すごいですね!」
ミナが目を輝かせる。
カイトも周囲を見渡しながら感心していた。
「武器屋も多いな。あとで見て回ろうぜ」
「俺は道具屋も確認したい」
レントがそう言ったので、まずは市場を一周してから、それぞれ気になる店へ立ち寄ることにした。
◇◇◇
市場の中央付近では、焼きたての肉串や香辛料を使った料理が販売されていた。
ミナは早速、一軒の屋台へ近づいていく。
「これ、何ですか?」
店主の男性が笑顔で答えた。
「西方名物の《香草焼き鳥》だよ。特製の香草塩で焼いてるんだ」
香ばしい匂いが漂ってくる。
俺たちも興味を持ち、一人一本ずつ購入した。
口に運ぶと、柔らかな肉の旨味と香草の香りが広がる。
「うまいな」
俺が呟くと、カイトも頷いた。
「これなら何本でも食えそうだ」
ミナはすでに食べ終えていた。
「もう一本買ってきてもいいですか?」
「満腹度だけ確認しておけよ」
「分かってます!」
いつもの返事だった。
レントが苦笑しながら、近くの屋台を指さす。
「あっちには果実飲料もあるみたいだぞ」
その言葉を聞いたミナは、すぐにそちらへ向かっていった。
俺たちも後を追いながら、市場の雰囲気を楽しんだ。
◇◇◇
食べ歩きを終えると、今度は武具や素材を扱う区画へ向かった。
こちらには鍛冶師の工房や素材商の店舗が並び、店先には剣や槍、盾などが展示されている。
俺は自然と素材商の店へ目を向けた。
青晶洞での研究を通じて、鉱石や魔力伝導素材にも興味を持つようになっていたからだ。
ある店の前で足を止めると、棚に見慣れない青緑色の鉱石が並んでいた。
《風導鉱》
《品質:良質》
《分類:魔力伝導鉱石》
《風属性魔力との親和性:高》
《魔力伝導性:中》
青晶鉄鉱とは違う性質を持つ鉱石らしい。
俺が眺めていると、店主の老人が声をかけてきた。
「おや、若い冒険者さん。鉱石に興味があるのかい?」
「はい。少し鍛冶の研究もしているので」
そう答えると、老人は興味深そうに笑った。
「ほう。剣士に見えるが、鍛冶もするのか」
「本職は剣士です。鍛冶は知り合いの職人に教わっています」
老人は頷き、風導鉱を一つ手に取った。
「これは西方の山地で採れる鉱石でな。風属性の魔導具によく使われる。軽量化や魔力の流れを整える用途で研究されているんだ」
俺は説明を聞きながら、鉱石の性質を確認した。
魔力伝導性は青晶鉄鉱ほど高くないが、風属性との親和性が強い。
星蒼導流鋼とは別の方向性で研究できそうだ。
「少し買ってもいいですか?」
「もちろんだとも」
俺は研究用として少量の風導鉱を購入した。
その様子を見ていたカイトが笑う。
「結局、新しい街でも素材集めか」
「珍しい素材を見ると気になるんだよ」
「もう立派な鍛冶師だろ」
「だから本職は剣士だって」
いつものやり取りに、ミナとレントも笑っていた。
◇◇◇
市場をさらに進んでいると、突然、前方から小さな悲鳴が聞こえた。
「きゃっ!」
振り向くと、荷物を抱えた少女が石畳につまずき、転びそうになっていた。
俺は反射的に踏み込み、少女の腕を支える。
「大丈夫か?」
少女は驚いた顔で俺を見上げた。
「あ、ありがとうございます!」
年齢は十二、三歳くらいだろうか。
栗色の髪を肩のあたりで結び、商人見習いらしい服装をしている。
足元には小さな木箱が落ちていた。
幸い、箱の中身は無事らしい。
俺が箱を拾って渡すと、少女は何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございます。急いでいたので……」
「怪我がなくてよかった。急いでいても足元には気をつけた方がいいぞ」
「はい!」
そこへ、近くの店から一人の男性が出てきた。
「リゼ! 何をしているんだ!」
男性は少女へ駆け寄ると、俺たちへ頭を下げた。
「申し訳ありません。娘がご迷惑をおかけしたようで」
「いえ、転びそうになったところを支えただけです」
男性は安心した様子で息をついた。
「私はこの市場で素材商を営んでいるハロルドと申します。こちらは娘のリゼです」
少女も改めて頭を下げる。
「リゼです。助けていただいてありがとうございました」
俺たちも簡単に自己紹介した。
するとハロルドさんが、俺の腰にある星月へ目を向けた。
「その刀……珍しい形ですね」
「日本刀という種類の武器です」
「ほう。リーヴェルではあまり見かけませんな」
ハロルドさんは興味深そうに眺めていたが、すぐに何かを思い出したような顔になった。
「そういえば、皆さんは冒険者でしたね」
「はい」
「実は、少し相談したいことがありまして……」
その言葉に、俺は首を傾げた。
◇◇◇
ハロルドさんの話によると、彼の店では西方山地から運ばれてくる鉱石や魔導具素材を扱っているらしい。
しかし最近、山地へ向かう採掘道の周辺で魔物の目撃情報が増え、素材の入荷が遅れているという。
「冒険者ギルドにも調査を依頼しているのですが、まだ詳しい原因が分かっていないのです」
ハロルドさんは困ったように眉を下げた。
「もし興味があれば、ギルドで依頼を確認してみてください」
俺は仲間たちへ視線を向けた。
カイトは面白そうな顔をしている。
レントはすでに情報を整理しているようだった。
ミナも心配そうにリゼを見ていた。
「分かりました。まずはギルドで確認してみます」
俺が答えると、ハロルドさんは嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。もちろん、無理にお願いするつもりはありません」
リゼも笑顔を見せる。
「お兄さんたち、またお店に来てくださいね!」
「ああ。また寄らせてもらうよ」
俺たちは親子と別れ、市場を後にした。
◇◇◇
宿屋へ戻る途中、カイトが口を開いた。
「新しい街に来た途端、依頼の話が出てきたな」
「まだ受けると決めたわけじゃないけどな」
俺が答えると、レントが頷いた。
「西方山地の採掘道か。推奨レベルや魔物の種類を確認する必要がある」
「そうだな。明日ギルドで調べてみよう」
ミナは少し考えた後、笑顔で言った。
「リゼちゃんのお父さん、困ってましたもんね。私たちにできることなら手伝いたいです」
俺も同じ気持ちだった。
ただし、依頼を受けるかどうかは内容次第だ。無理な相手と戦ってまで引き受ける必要はない。
それに、俺たちはまだリーヴェルへ到着したばかりだ。
街の情報を集めながら、少しずつ行動範囲を広げていけばいい。
宿屋の看板が見えてきたところで、俺は振り返って市場の方を眺めた。
新しい街。
新しい素材。
そして、新しい出会い。
交易中継都市リーヴェルでの冒険は、まだ始まったばかりだった。
明日は冒険者ギルドで、西方山地の採掘道について調べてみよう。
そう考えながら、俺たちは金麦の宿へ戻っていった。




