第72話 西方交易路への出発
翌日、仕事を終えて帰宅した俺――上塚賢吾は、夕食や風呂などを済ませてからAWOへログインした。
銀麦亭の客室に降り立つと、まず装備を確認する。愛刀《星月》の耐久値は九十六%。魔力経路も安定しており、回復薬や携帯食料も十分に揃っている。
今日は交易商人ローデンさんの商隊を護衛し、西方交易路の先にある交易中継都市を目指す予定だ。
階下へ下りると、宿の入口でミナ、カイト、レントが待っていた。
「ジョウゴ、おはようございます!」
ミナが元気よく挨拶する。俺も挨拶を返すと、カイトが背中の盾を軽く叩いた。
「準備万端だぜ。久しぶりの護衛依頼、楽しみだな」
「楽しむのはいいけど、護衛対象の安全が最優先だからな」
俺が念を押すと、カイトは笑いながら頷いた。
レントも弓の弦を確認しながら口を開く。
「西方樹林帯ではフォレストウルフの目撃情報が増えている。街道から森までの距離には注意した方がいい」
「分かった。出発前にローデンさんとも確認しよう」
俺たちはマリアさんへ出発の挨拶をして、シズナの西門へ向かった。
◇◇◇
西門前の広場には、すでに三台の荷馬車が並んでいた。
一台目には食料品、二台目には織物、三台目には薬草や日用品が積まれている。御者たちは馬の状態を確認し、商隊の従業員が荷物を固定する縄を点検していた。
俺たちに気づいたローデンさんが、笑顔で近づいてくる。
「皆さん、おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶を交わした後、俺たちは護衛配置を確認した。
俺は先頭で進路を警戒し、カイトは一台目の荷馬車付近を担当する。ミナは中央で回復と支援に備え、レントは最後尾を中心に周囲を警戒することになった。
ローデンさんは地図を広げ、今日の行程を説明してくれた。
「本日は《エルム宿場》まで進みます。途中に小さな休憩所がありますので、そこで昼食を取る予定です」
「西方樹林帯は今日通るんですか?」
俺が尋ねると、ローデンさんは頷いた。
「はい。午後には森に接する区間へ入ります。ただし、危険な場所を避けながら進みますので、無理な戦闘は必要ありません」
それなら問題ない。
準備が整ったところで、ローデンさんが御者たちへ出発を告げた。
荷馬車の車輪がゆっくりと動き始める。
こうして俺たちの西方交易路の旅が始まった。
◇◇◇
シズナを出てしばらくは、穏やかな草原が続いていた。
街道は整備されており、荷馬車がすれ違える程度の幅がある。道沿いには小さな農地や牧場も点在し、遠くには緩やかな丘陵地帯が広がっていた。
「いい景色ですね」
中央の荷馬車付近を歩くミナが、周囲を見渡しながら呟く。
「ああ。洞窟に潜ってばかりだったから、余計に広く感じるな」
俺が答えると、カイトも笑った。
「やっぱり冒険はこうでなくちゃな!」
その一方で、レントは周囲の警戒を怠っていない。
弓を背負ったまま街道の左右へ視線を走らせ、時折《気配察知》を使用している。
俺も《索敵》を意識しながら進んでいた。
午前中は特に問題もなく、商隊は予定通り街道沿いの休憩所へ到着した。
木製の屋根と水場が設けられた小さな施設で、数台の荷馬車が休める広さがある。
ローデンさんたちは馬に水を与え、俺たちも交代で昼食を取った。
ミナは昨日購入した果実菓子を取り出し、嬉しそうに頬張っている。
「これ、おいしいですよ!」
「食べ過ぎるなよ」
俺が言うと、ミナは少し不満そうな顔をした。
「分かってますって!」
その様子を見たカイトが笑い、穏やかな休憩時間が過ぎていった。
◇◇◇
午後になると、街道の景色が少しずつ変わり始めた。
右手に広がっていた草原が減り、背の高い木々が並ぶ森へと変わっていく。
西方樹林帯だ。
森の中は昼間でも薄暗く、木々の隙間から差し込む光が地面にまだら模様を作っていた。
俺は歩く速度を少し落とし、周囲の気配を探る。
その時、後方からレントの声が届いた。
「ジョウゴ、右前方に反応がある」
俺は足を止めず、視線だけを森へ向けた。
「数は?」
「三……いや、四体だ。街道へ近づいている」
続いて索敵表示が現れる。
《フォレストウルフ Lv13》
《フォレストウルフ Lv12》
《フォレストウルフ Lv13》
《フォレストウルフ Lv14》
四体か。
推奨レベルの範囲内とはいえ、群れで行動する狼型の魔物は厄介だ。
俺はローデンさんへ声をかけた。
「右側の森に魔物がいます。荷馬車を止めず、速度を落として進んでください」
「分かりました!」
ローデンさんが御者たちへ指示を出す。
カイトは盾を構え、ミナは荷馬車の中央で待機した。
レントが弓へ矢をつがえる。
しかし、俺はすぐに攻撃するつもりはなかった。
フォレストウルフたちは森の中からこちらを観察しているだけで、まだ街道へ飛び出してきていない。
無理に刺激する必要はない。
「レント、向こうが襲ってくるまで撃たなくていい」
「了解」
俺たちは警戒を続けながら進む。
ところが、先頭の一体が低く唸り、森の茂みから姿を現した。
続いて残りの三体も姿を見せる。
どうやら獲物として狙われたらしい。
「カイト、右側を頼む!」
「任せろ!」
カイトが荷馬車と狼たちの間へ移動した。
俺も星月を抜き、街道へ踏み出す。
先頭のフォレストウルフが地面を蹴った。
一直線に飛びかかってくる。
俺は半歩だけ身体をずらし、突進をかわしながら星月を横へ振るった。
刃が狼の胴を捉える。
《フォレストウルフ Lv13を討伐しました》
残る三体が一斉に動いた。
一体は俺へ、二体は荷馬車へ向かう。
「させるか!」
カイトが盾を構え、先頭の狼を受け止めた。
鈍い衝突音が響く。
その隙にレントの矢がもう一体の肩を射抜いた。
「ジョウゴ、そっちへ一体!」
「見えてる!」
俺へ向かってきた狼が跳躍する。
剣道で鍛えた間合いの感覚を頼りに、踏み込みの瞬間を見極める。
攻撃を受け流し、そのまま返す刃で斬り伏せた。
カイトも盾で押し返した狼へ反撃し、レントが負傷した最後の一体を仕留める。
戦闘は短時間で終わった。
《フォレストウルフ四体を討伐しました》
《経験値を獲得しました》
俺は周囲を確認する。
追加の反応はない。
「全員、怪我は?」
ミナがすぐに答えた。
「大丈夫です! 商隊の皆さんも無事ですよ」
荷馬車にも損傷はなかった。
俺は星月を鞘へ納め、ローデンさんへ報告する。
「魔物は排除しました。もう進めます」
ローデンさんは安堵した様子で頭を下げた。
「ありがとうございます。皆さんのおかげで助かりました」
「これが仕事ですから」
俺たちは短く休息を取り、再び街道を進み始めた。
◇◇◇
夕方が近づく頃、森が途切れ、街道の先に小さな集落が見えてきた。
木製の柵に囲まれた宿場で、中央には大きな宿屋と馬車の停留所がある。
入口の看板には《エルム宿場》と書かれていた。
「到着しましたね」
ミナが嬉しそうに声を上げる。
ローデンさんも頷いた。
「はい。予定通りです。今日はここで宿泊し、明日の朝にリーヴェルへ向かいます」
俺たちは荷馬車を宿場の停留所へ誘導し、積荷に異常がないことを確認した。
《護衛依頼:シズナ―リーヴェル間交易商隊護衛》
《第一行程:完了》
《護衛対象:全員無事》
《荷馬車損害:なし》
《積荷損害:なし》
《現在地:エルム宿場》
《次の目的地:交易中継都市リーヴェル》
どうやら初日は無事に終わったらしい。
宿屋で部屋を確保した後、俺たちは夕食を取りながら明日の予定を確認した。
今日の戦闘はフォレストウルフ四体だけだったが、護衛対象を守りながら戦う難しさは改めて感じた。
普段の冒険なら自分たちの安全だけを考えればいい。
しかし護衛依頼では、商人や御者、荷馬車の位置まで意識する必要がある。
それでも、四人の連携は十分に機能していた。
俺は仲間たちを見渡しながら口を開いた。
「明日も今日と同じように、安全第一で行こう」
カイトが頷き、レントも賛成する。
ミナは笑顔で答えた。
「はい! みんなで無事にリーヴェルへ行きましょう!」
こうして西方交易路での一日目は、無事に幕を閉じた。
明日はいよいよ交易中継都市リーヴェルへ向かう。
新しい街でどんな出会いが待っているのか。
その期待を胸に、俺は宿場の客室でログアウトした。




