第68話 戻り始めた蒼月の巡り
九十年以上前の地震によって断裂していた、青晶鉄鉱の主鉱脈。
最大の障害だった第一断裂部と、幼竜に近い第二断裂部。その二か所へ《蒼月安定導路》を設置したことで、《蒼月泉》から流れ出す魔力は再び幼竜のいる場所まで届くようになった。
昨日まで自分の身体を支えるだけでも辛そうだった幼竜は、蒼月晶の安定波長を受け、自分の脚で立ち、そしてミナのところまで歩いてきた。
俺たちが作った導路は機能した。
ただし、これで終わりではない。
幼竜はまだ完全に回復していないし、九十年以上途切れていた魔力循環をつなぎ直したばかりだ。青晶洞全体にどんな変化が起こるのかも分からない。
だから俺たちは、喜ぶより先に観測を続けることにした。
◇◇◇
幼竜はミナの手へ小さな頭を押しつけたまま、気持ちよさそうに目を細めていた。
ミナ「ふふっ。さっきより元気になってるね」
幼竜「キュゥ」
カイト「完全に懐かれてるな」
ミナ「回復役だから分かるんですよ」
レント「運の良さ十九の影響かもしれない」
ミナ「そこは私の人柄って言ってください」
いつものやり取りに少しだけ笑いながら、俺は幼竜の状態をもう一度確認した。
《蒼晶竜の幼竜》
《Lv:1》
《状態:魔力欠乏》
《生命力:回復中》
《蒼月晶安定波長:継続受容中》
《魔力核安定度:上昇中》
《重度魔力欠乏:解除》
「……重度が取れた」
ミナ「本当?」
ジョウゴ「ああ。《魔力欠乏》は残ってるけど、《重度》じゃなくなってる」
これは大きな変化だ。
完全回復ではないが、少なくとも危険な状態から一段階抜け出したことになる。
蒼晶竜も幼竜を見つめていた。
巨大な身体から放たれていた魔力は、以前より明らかに弱い。
最初なら不安になる変化だが、今は意味が違う。
《蒼晶竜》
《状態:魔力消耗》
《継続的魔力放出:減少》
《外部魔力供給:受容中》
《魔力回復:開始》
ジョウゴ「親の方も変わってる」
ミナ「魔力大量消耗じゃなくなった?」
ジョウゴ「ああ。《魔力消耗》まで改善してる」
これまで蒼晶竜は、幼竜を生かすために自分の魔力を洞窟へ大量に放出し続けていた。
その必要が減ったのだ。
蒼月泉から本来の力が届き始めたことで、親が自分の魔力を削って補う必要がなくなりつつある。
蒼晶竜「……温かい……」
低い声が洞窟へ響いた。
蒼晶竜「……懐かしい……巡りだ……」
ジョウゴ「昔は、ずっとこうだったんですか?」
蒼晶竜「……ああ……泉より生まれた力は……青き石を伝い……山を巡った……」
蒼晶竜が周囲の青晶鉄鉱を見る。
蒼晶竜「……我らも……その巡りの中で……生きていた……」
つまり蒼月泉は、単なる高濃度魔力の泉ではない。
蒼月晶が魔力を安定させ、蒼月水へ伝え、それが青晶鉄鉱脈を通って山全体へ広がっていた。
蒼晶竜もその循環の一部だったのだ。
九十年以上前の地震で主鉱脈が切れたことで、循環の一部が失われた。
そして幼竜が生まれた時、その影響が決定的な問題として表面化した。
ジョウゴ「……そういうことだったのか」
レント「洞窟全体が一つの魔力循環設備みたいなものだったんだな」
ジョウゴ「設備というより、生態系に近いかもしれない」
人工物ではない。
蒼月晶。
蒼月泉。
青晶鉄鉱。
蒼晶竜。
長い時間をかけて、それぞれが影響し合いながら一つの環境を作っていたのだろう。
◇◇◇
俺たちはすぐにはシズナへ戻らず、まず第二断裂部の状態を確認することにした。
蒼晶竜へ断ってから移動し、昨日設置した導路へ向かう。
《第二断裂部《蒼月安定導路》》
《稼働状態:正常》
《魔力伝達損失率:3%》
《青月石中継核:正常》
《異常発熱:なし》
《魔力逆流:なし》
《天然鉱脈同調率:96%》
カイト「昨日より一%良くなってないか?」
ジョウゴ「天然鉱脈との同調が進んでる?」
設置直後は伝達損失率が四%前後だった。
それが三%。
誤差とも考えられるが、別の表示が出た。
《長時間同調による経路安定化を確認》
《天然青晶鉄鉱脈と《蒼月安定導路》の魔力波長が徐々に同期しています》
ミナ「使ってるうちに馴染んでる?」
ジョウゴ「みたいだな」
レント「星月の経路安定化に近い現象かもしれない」
人工的に作った導路でも、主材料は青晶鉄鉱だ。
蒼月晶の安定波長を長時間受け続けることで、天然鉱脈と似た性質へ近づいているのかもしれない。
これはバルガが喜びそうな情報だ。
すべて記録しておく。
◇◇◇
次に第一断裂部へ向かった。
こちらは規模が大きいため、特に慎重に確認する。
旧採掘坑道から《第三坑道・側路二》へ入り、壁沿いに設置した約四・六メートルの導路を調べる。
一号中継核。
正常。
二号中継核。
正常。
三号中継核。
正常。
導路材にも異常はない。
《第一断裂部《蒼月安定導路》》
《稼働状態:正常》
《魔力伝達損失率:5%》
《安定波長保持率:90%》
《一号中継核:正常》
《二号中継核:正常》
《三号中継核:正常》
《異常発熱:なし》
《魔力逆流:なし》
《天然鉱脈同調率:94%》
ミナ「こっちも大丈夫」
ジョウゴ「ああ」
中央の二号中継核へ手を近づける。
前回、魔力開放中に僅かな温度上昇があった場所だ。
今はほとんど熱を感じない。
《二号中継核温度:正常》
《長時間運用安定性:良好》
カイト「これなら成功って言っていいんじゃないか?」
ジョウゴ「導路についてはな」
ただし、青晶洞全体の確認がまだ残っている。
流れを戻した結果、別の場所で魔力が溢れていたら問題だ。
俺たちは第一断裂部からさらに泉側へ進み、主要地点の数値を測り直すことにした。
◇◇◇
《月隠れの闇路》へ入る。
《蒼月の道標》を取り出すと、以前と同じように青い線が暗闇の中へ浮かんだ。
《蒼月の道標》
《耐久度:100%》
《蒼月泉共鳴:正常》
道標そのものには変化がない。
しかし、周囲の青晶鉄鉱の反応は以前より整っていた。
《周辺魔力濃度:高》
《魔力流動:安定》
《異常滞留:なし》
以前は断裂部で行き場を失った魔力の一部が周辺へ漏れていた。
今はそれが減っているらしい。
レント「洞窟内の魔力濃度が下がっている場所もある」
カイト「流れが戻ったのに?」
ジョウゴ「溜まってた分が流れるようになったんだろうな」
川と同じだ。
せき止められれば上流側の水位は上がる。
流れが戻れば、局所的な水位は下がる。
魔力も似たような状態だったのかもしれない。
そのまま深部大空洞の手前まで進む。
そこでは《岩喰い大顎獣グラン・ガルドLv.18》が、相変わらず岩を食べていた。
カイト「いるな」
レント「こっちには気づいているが、反応なし」
《岩喰い大顎獣グラン・ガルド》
《Lv:18》
《状態:通常》
《敵対状態:なし》
《縄張り性:高》
《食事中》
ミナ「食事中」
ジョウゴ「邪魔しないで戻ろう」
カイト「ミナと同じで飯の邪魔は危険そうだな」
ミナ「どういう意味ですか?」
グラン・ガルドと戦う理由はない。
今日は蒼月泉まで行く必要もないため、そこで引き返すことにした。
◇◇◇
蒼晶竜のところへ戻ると、幼竜は先ほどとは違う場所にいた。
蒼晶竜の前脚の周りを、小さな身体で歩いている。
幼竜「キュッ、キュッ」
ミナ「歩いてる!」
カイト「さっきより元気じゃないか?」
確かにそう見える。
まだ動きはゆっくりだ。
それでも、自分から周囲を歩こうとしている。
幼竜がこちらに気づく。
幼竜「キュ!」
そして、またミナのところへ来た。
ミナ「おかえり」
ジョウゴ「いや、戻ってきたのは俺たちなんだけど」
ミナが幼竜の頭を撫でる。
今度は嫌がる様子もない。
蒼晶竜も止めなかった。
むしろ静かに見守っている。
《蒼晶竜の幼竜》
《状態:魔力欠乏》
《生命力:回復中》
《魔力核安定度:43%》
《蒼月晶安定波長:継続受容中》
《自力活動:可能》
数値が表示されるようになった。
ジョウゴ「魔力核安定度、四十三%」
ミナ「まだ半分以下なんだ」
ジョウゴ「ああ。だから無理はさせない方がいい」
蒼晶竜「……仔の核は……まだ幼い……」
蒼晶竜が答える。
蒼晶竜「……巡りが戻っても……すぐには満ちぬ……」
ジョウゴ「どのくらいかかるか分かりますか?」
蒼晶竜「……分からぬ……」
即座に治るわけではないらしい。
でも、それでいい。
原因は取り除いた。
あとは幼竜自身が少しずつ回復していけばいい。
ミナ「回復魔法は?」
蒼晶竜「……使ってもよい……だが……今は……泉の力に慣れさせる方がよい……」
ミナ「分かりました」
ミナもすぐに手を引く。
治せるからといって、何でも回復魔法をかければいいわけではない。
今必要なのは、幼竜自身の魔力核が本来の循環へ適応することなのだろう。
◇◇◇
その時、俺の視界に新しいシステムメッセージが現れた。
《特殊クエスト《蒼晶竜の願い》が進行しました》
《《蒼月泉》:発見済み》
《《蒼月晶》:正常》
《魔力循環障害:解消》
《第一断裂部:修復完了》
《第二断裂部:修復完了》
《蒼月泉―蒼晶竜生息域間:魔力循環再形成》
《幼竜の魔力核:回復開始》
《親個体による過剰魔力供給:終了》
《主要救命条件を達成しました》
その下に、さらに表示が続く。
《特殊クエスト《蒼晶竜の願い》》
《最終段階へ移行します》
《最終目標》
《幼竜の魔力核が自立可能な状態まで安定することを確認してください》
《推奨行動》
《蒼月安定導路の継続観測》
《幼竜の経過観察》
《蒼晶竜との対話》
《注意:追加の強制的魔力供給は推奨されません》
ジョウゴ「まだクエスト完了じゃない」
レント「経過観察が最終段階か」
カイト「珍しいな。普通ならここでクリアって出そうなのに」
ジョウゴ「このゲームらしいけどな」
設備を直した。
だから終了。
そんな単純な話ではない。
助けようとしているのは生き物だ。
幼竜自身が回復するまで確認して、初めて《願い》を叶えたことになるのだろう。
◇◇◇
シズナへ戻り、冒険者ギルドへ報告する。
グレイス副支部長とエドガーさんは、俺たちが持ち帰った観測記録を確認した。
グレイス「第一、第二ともに異常なし。周辺の魔力滞留も減少か」
ジョウゴ「はい。少なくとも確認した範囲では、悪影響は出ていません」
エドガー「九十年前の地震以来、初めて本来の流れに近い状態へ戻ったということか」
レント「完全に昔と同じかは分かりません」
エドガー「それでいい。記録のないものを断定する必要はない」
エドガーさんらしい言い方だった。
俺も同感だ。
九十年以上前の状態を直接見た人間はいない。
蒼晶竜の記憶はあるが、それを現在の数値と完全に比較することはできない。
だから《元通り》と断言するのではなく、《循環が再形成された》と考えるべきだろう。
グレイス「当面、青晶洞の一般開放は見送る」
カイト「まだ立入制限を続けるんですか?」
グレイス「当然だ」
グレイス副支部長は即答した。
グレイス「古竜がいる。幼竜もいる。深部にはLv18の大型魔物。さらに蒼月泉と特殊鉱脈だ。今の状態で一般冒険者を入れる理由がない」
ジョウゴ「俺も賛成です」
特に幼竜の存在が知られれば、見物目的のプレイヤーが押しかける可能性もある。
それは避けたい。
グレイス「今後は調査協力者のみ立ち入りを許可する。蒼晶竜との関係もある。君たち四人については、引き続き特別調査協力者として扱う」
《青晶洞・入域情報が更新されました》
《一般冒険者:立入制限継続》
《調査協力者:許可制》
《ジョウゴ》
《ミナ》
《カイト》
《レント》
《青晶洞特別調査協力者として登録されました》
カイト「また肩書き増えたな」
ジョウゴ「称号じゃないだけマシだ」
◇◇◇
ギルドを出た後は、もちろんバルガの工房へ向かった。
結果を伝えると、予想通りバルガは導路のデータへ食いついた。
バルガ「第一断裂部の損失五%!?」
ジョウゴ「今のところな」
バルガ「第二が三%で、第一が五……しかも長時間同調で改善傾向……」
完全に研究者の顔になっている。
ミナ「幼竜も歩けるようになったよ」
バルガ「そうか!」
そこには即座に反応した。
バルガ「なら成功だな!」
ジョウゴ「まだ完全回復じゃない。クエストも最終段階が残ってる」
バルガ「分かってる。だが流れが戻ったなら、あとは仔竜自身の力だ」
バルガがデータを見ながら腕を組む。
バルガ「それより面白いのは、人工導路が天然鉱脈へ馴染み始めてることだ」
ジョウゴ「やっぱりそこ?」
バルガ「当たり前だ!」
予想通りだった。
バルガ「長期間使ったらどうなる? 青晶鉄鉱の性質が変わるのか? 星蒼導流鋼にも影響が出るのか? 青月石は蒼月晶の波長を記憶するのか?」
カイト「始まった」
レント「しばらく終わらないな」
バルガ「工房!」
ジョウゴ「もう工房にいるだろ」
その一言で、ミナとカイトが吹き出した。
◇◇◇
その日の最後は銀麦亭だった。
マリアさんが用意してくれた夕食を食べながら、俺たちは今回の探索を振り返る。
最初は青鉄砂の流れを追っていただけだった。
その先で青晶洞を見つけた。
未知の魔物がいると思って警戒していたら、そこにいたのは幼竜を守り続けていた蒼晶竜だった。
さらに蒼月泉を探し、蒼月晶を見つけ、九十年以上前の地震で鉱脈が切れていることを知った。
そして今。
その流れは再びつながった。
ミナ「最初に青鉄砂を探してた時は、こんなことになると思わなかったね」
ジョウゴ「俺も思ってない」
カイト「刀の素材探しが古竜の仔育て支援になった」
レント「言い方は軽いが、間違ってはいない」
ジョウゴ「本当に何がつながるか分からないな」
星月を作るために研究した技術。
青月石の蓄積と安定放出。
星蒼導流鋼の魔力経路形成。
青晶鉄鉱の環境魔力伝達。
どれか一つでも欠けていれば、今回の導路は作れなかった。
そして、その導路も完成したから終わりではない。
今後も維持しなければならない。
《特殊クエスト《蒼晶竜の願い》》
《最終段階》
《幼竜魔力核安定度:43%》
《蒼月安定導路:正常稼働》
《魔力循環:安定》
《推奨:経過観察》
俺はその表示を見てから閉じた。
急ぐ必要はない。
幼竜は回復し始めている。
蒼晶竜も自分の魔力を削り続ける必要がなくなった。
俺たちにできることは、今の流れが安定して続くよう見守ることだ。
九十年以上途切れていた蒼月の巡りは、ようやく戻り始めた。
そして青晶洞での物語もまた、ただ問題を解決して終わるのではなく、新しい関係へと少しずつ形を変え始めていた。




