第66話 第二断裂部、再接続
九十年以上前の地震によって途切れた、蒼月泉から続く魔力循環経路。
その流れを取り戻すための《蒼月安定導路》が、ついに完成した。
青晶鉄鉱を主導路とし、星蒼導流鋼によって魔力の流れを整え、青月石を中継核として安定させながら次へ送る。工房での模擬試験では、四メートルの距離でも蒼月晶由来の安定波長を九割以上維持できた。
ただし、それはあくまで工房での試験結果だ。
本当に天然の青晶鉄鉱脈へ接続できるのか。
接続した時、蒼月泉から流れてくる魔力に導路が耐えられるのか。
そして何より、その力を幼竜まで届けられるのか。
今日から始まるのは、その実地試験だった。
◇◇◇
現実世界で一日の仕事を終えた俺――上塚賢吾は、いつものように帰宅後の用事をすべて済ませてからAWOへログインした。
銀麦亭の客室へ降り立ち、装備を確認する。
《星月》
《状態:良好》
《耐久値:96%》
《魔力経路安定度:99.2%》
《魔力調整核蓄積量:82%》
《外部魔力制限弁・試作型:正常》
《外部魔力流入:手動遮断中》
星月については問題なし。
今回の目的は戦闘ではないものの、青晶洞へ入る以上は油断できない。
一階へ下りると、ミナ、カイト、レントの三人もすでに準備を終えていた。
ミナ「ジョウゴ、おかえり!」
ジョウゴ「ただいま。準備できてる?」
カイト「こっちはいつでも行けるぞ」
レント「ギルドから連絡が来ている。導路はすでに運び込まれたらしい」
完成した《蒼月安定導路》は、昨日のうちに冒険者ギルドへ預けてある。
第一断裂部用は四つの導路ユニットと三つの中継核。第二断裂部用は二つの導路ユニットと一つの中継核に分割されているため、四人でも十分運搬可能だ。
ミナ「今日は短い方だけなんだよね?」
ジョウゴ「ああ。第二断裂部だけ。成功しても第一断裂部には手を出さない」
カイト「慎重だな」
ジョウゴ「天然の魔力循環経路をいじるんだから、そのくらいでいい」
レント「同意する」
第二断裂部は約〇・八メートル。
第一断裂部の四・一メートルと比べればかなり小さい。
まずそこで天然鉱脈との接続方法を確認する。
それが今日の目的だった。
◇◇◇
冒険者ギルドへ到着すると、副支部長のグレイスが待っていた。
机の上には、二つの《定点魔力観測器》と第二断裂部用の蒼月安定導路が並べられている。
グレイス「予定通り第二断裂部だけだな?」
ジョウゴ「はい」
グレイス「接続後、異常がなくても今日は第一断裂部へ進むな」
ジョウゴ「そのつもりです」
グレイス「ならいい」
グレイス副支部長が観測器を指す。
グレイス「一台を泉側、もう一台を幼竜側へ置け。接続前と接続後の両方を記録する」
レント「魔力流量と波長保持率ですか?」
グレイス「それに周辺魔力濃度だ。循環が改善したことで別の場所へ影響が出ないとも限らん」
その可能性もあるのか。
俺たちが直そうとしているのは、ただの壊れた設備ではない。
青晶洞そのものを巡っている天然の魔力経路だ。
一本つなげば、その先へ流れる魔力量が変わる。
だからこそ慎重に進める必要がある。
グレイス「異常な上昇、急激な魔力逆流、導路の発熱。このどれかが出たら即座に遮断しろ」
ジョウゴ「了解です」
バルガが取り付けた《仮設魔力遮断具》が、そこで役に立つ。
接続したからといって、すぐ魔力が流れるわけではない。
両端を取り付け、波長を合わせ、それから少しずつ開放する。
銀行の仕事とはまったく違うけれど、確認してから次へ進むという考え方は同じだ。
◇◇◇
青晶洞へ入り、第一分岐を越える。
今日も洞窟内部の魔力濃度は安定していた。
蒼晶竜のところへ到着すると、巨大な頭がゆっくりとこちらを向いた。
蒼晶竜「……来たか……」
ジョウゴ「はい。今日は、前に話した鉱脈の修復を試します」
俺はインベントリから第二断裂部用の《蒼月安定導路》を取り出した。
青晶鉄鉱を中心に、星蒼導流鋼の補助構造を組み合わせた二つの導路ユニット。その中央へ青月石の中継核を入れる。
蒼晶竜はしばらく無言でそれを見つめていた。
蒼晶竜「……青き石……月の石……そして……人の手で作られた……魔力の道……」
ジョウゴ「この洞窟にあるものと、俺たちが作った素材を組み合わせています」
蒼晶竜「……これで……巡りを……つなぐのか……」
ジョウゴ「そのつもりです。ただ、今日は小さい断裂部だけです」
俺は第二断裂部の位置と、そこで約三十一%の魔力が失われていることを説明する。
ジョウゴ「ここを直して問題がないことを確認してから、大きい方へ進みます」
蒼晶竜はすぐには答えなかった。
視線を導路から幼竜へ移す。
幼竜は今日も母親――あるいは父親かもしれない蒼晶竜の近くで横になっていた。
状態表示は変わっていない。
《蒼晶竜の幼竜》
《Lv:1》
《状態:重度魔力欠乏》
《生命力低下》
ミナが近づくと、小さく頭を持ち上げる。
幼竜「キュ……」
ミナ「今日はね、少しだけ泉の力が届きやすくなるかもしれないよ」
幼竜が弱々しく尻尾を動かした。
その様子を見ていた蒼晶竜が、やがて俺へ向き直る。
蒼晶竜「……任せる……」
ジョウゴ「ありがとうございます」
蒼晶竜「……だが……巡りが乱れれば……すぐに止めよ……」
ジョウゴ「はい」
これで蒼晶竜からも許可を得た。
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》が更新されました》
《蒼晶竜から魔力循環経路修復の許可を取得》
《第二断裂部への《蒼月安定導路》設置が可能になりました》
◇◇◇
第二断裂部は、蒼晶竜のいる場所からそれほど遠くない。
以前発見した岩盤の亀裂まで移動すると、レントが周囲を確認する。
レント「敵性反応なし」
カイト「作業中は俺が周囲を見る」
ジョウゴ「頼む」
俺とミナ、レントで設置作業を進める。
まずギルドから借りた二台の定点魔力観測器を設置した。
泉側。
《定点魔力観測器A》
《蒼月晶安定波長:検出》
《基準流量:100》
《波長保持率:39%》
幼竜側。
《定点魔力観測器B》
《蒼月晶安定波長:検出》
《基準流量:69》
《波長保持率:37%》
この短い断裂だけで三割近く失われている。
改めて数字で見ると大きい。
ジョウゴ「設置を始める」
ミナ「はい」
レント「記録開始」
まず断裂面AとBを確認する。
《主鉱脈断裂面A》
《状態:安定》
《主鉱脈断裂面B》
《状態:安定》
《断裂距離:約0.8メートル》
ここへ導路を入れる。
ただし天然鉱脈を削る量は最小限だ。
表面に積もっている土や細かな岩片だけを除去し、青晶鉄鉱そのものは極力傷つけない。
すると、淡い青色を帯びた断裂面が姿を現した。
ミナ「光ってる……」
ジョウゴ「ああ」
弱い。
でも、確かに魔力が流れている。
泉側の断裂面から魔力が滲み出し、わずか〇・八メートル先にある鉱脈へ届こうとしている。
しかし途中に物理的な経路がないため、大部分が周囲へ散ってしまっている。
俺は第一導路ユニットを断裂面Aへ合わせた。
《天然鉱脈との接続判定》
《波長差:12%》
《現地同調が必要です》
ジョウゴ「ミナ、弱く魔力を流して」
ミナ「分かった」
ミナが導路へ手を添える。
流すのはごく僅かな魔力。
導路内部の青晶鉄鉱が淡く輝く。
《現地同調開始》
《同調率:41%》
俺は星蒼導流鋼の補助部分を微調整する。
少し右。
《同調率:53%》
角度を僅かに下へ。
《同調率:67%》
レント「上がってる」
ジョウゴ「もう少し」
天然鉱脈の魔力脈と、人工導路の内部経路。
二つの流れができるだけ真っ直ぐつながるように位置を合わせる。
《同調率:81%》
《同調率:89%》
そして。
《同調率:94%》
《断裂面Aとの仮接続が可能です》
ジョウゴ「ここだ」
固定する。
第一導路の反対側へ青月石中継核を接続し、その先に第二導路ユニット。
今度は断裂面Bへ合わせる。
同じようにミナが弱い魔力を流し、俺が経路を調整する。
《同調率:46%》
《同調率:62%》
《同調率:79%》
最後の数%がなかなか上がらない。
ジョウゴ「少し角度が違う?」
レント「断裂面Bは左上へ魔力脈が伸びている」
レントが探査器を見ながら教えてくれる。
俺は導路を数ミリだけ左へずらした。
《同調率:87%》
さらに上。
《同調率:93%》
ほんの少し回転させる。
《同調率:96%》
《断裂面Bとの仮接続が可能です》
ジョウゴ「よし」
固定する。
《《蒼月安定導路・第二断裂部用》》
《物理設置:完了》
《断裂面A同調率:94%》
《断裂面B同調率:96%》
《青月石中継核:正常》
《仮設魔力遮断具:閉》
《魔力流入:停止中》
形としてはつながった。
でも、まだ魔力は流していない。
◇◇◇
カイト「ここから本番か」
ジョウゴ「ああ」
俺は一度深呼吸する。
周囲の安全。
確認済み。
導路。
異常なし。
観測器。
稼働中。
遮断具。
正常。
すぐ閉じられる。
ジョウゴ「まず一割開放する」
ミナ「いつでも止められるよ」
レント「観測する」
カイト「周りは任せろ」
俺は《仮設魔力遮断具》を操作した。
《魔力流入率:10%》
断裂面Aから青い光が導路へ入る。
第一導路。
青月石中継核。
第二導路。
そして断裂面B。
《魔力伝達開始》
《中継核:正常》
《異常発熱:なし》
《魔力逆流:なし》
レント「観測器B、上がってる」
《定点魔力観測器B》
《基準流量:72》
六十九から七十二。
僅かだけれど増えた。
ジョウゴ「二十五%」
《魔力流入率:25%》
《基準流量:77》
ミナ「大丈夫そう」
ジョウゴ「五十%」
《魔力流入率:50%》
青月石の光が少し強くなる。
《中継核蓄積量:18%》
《放出安定性:正常》
《基準流量:84》
問題なし。
さらに七十五%。
《魔力流入率:75%》
《基準流量:91》
《波長保持率:52%》
レント「波長も上がった」
元は三十七%だった。
すでに五十二%。
俺は最後に確認する。
ジョウゴ「全開にする」
遮断具をゆっくり開く。
《魔力流入率:100%》
その瞬間。
青晶鉄鉱の主鉱脈が、低い音とともに光った。
ゴォン――。
ミナ「っ!」
カイト「何だ!?」
ジョウゴ「待って。数値を見る!」
《大規模魔力流動を検出》
《蒼月晶安定波長:流入》
《《蒼月安定導路》:正常稼働》
《青月石中継核:正常》
《異常発熱:なし》
《魔力逆流:なし》
《断裂面A:正常》
《断裂面B:正常》
そして観測器B。
《基準流量:96》
《波長保持率:71%》
《第二断裂部伝達損失率:4%》
「……四%」
以前は三十一%。
それが四%まで下がった。
ミナ「成功?」
ジョウゴ「まだ待とう」
ここで喜ぶのは早い。
五分。
十分。
俺たちはその場で数値を監視する。
《連続稼働時間:10分》
《魔力流量:安定》
《青月石中継核:正常》
《導路温度:正常》
《周辺魔力濃度:変化小》
《魔力逆流:なし》
さらに五分。
《連続稼働時間:15分》
《総合状態:安定》
そこでシステムメッセージが表示された。
《青晶鉄鉱主鉱脈・第二断裂部》
《魔力循環経路の再接続に成功しました》
《《蒼月安定導路》現地同調:成功》
《第二断裂部伝達損失率:31%→4%》
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》が進行しました》
《第二断裂部修復:完了》
《第三段階進行度:94%→97%》
カイト「今度こそ成功だな」
ジョウゴ「ああ」
ミナ「やった!」
ただし、最大の第一断裂部はまだ残っている。
だから完全復旧ではない。
それでも、九十年以上切れていた魔力の道が一つ、確かにつながった。
◇◇◇
俺たちは導路をそのまま稼働させ、蒼晶竜のところへ戻った。
近づく前から変化が分かった。
周囲の青晶鉄鉱が、以前より少し明るい。
そして蒼晶竜も顔を上げていた。
蒼晶竜「……これは……」
巨大な瞳が洞窟の奥を見る。
蒼晶竜「……泉の声が……少し……近くなった……」
ジョウゴ「第二断裂部の接続に成功しました」
蒼晶竜が目を閉じる。
何かを感じ取っているらしい。
蒼晶竜「……弱い……だが……確かに……」
その時だった。
幼竜「キュ……?」
幼竜が顔を上げた。
いつもなら、頭を持ち上げるだけでも少し辛そうだった。
でも今日は違う。
前脚を床へつける。
ミナ「え……?」
小さな身体が震えながら持ち上がる。
そして。
幼竜が、自分の力で立った。
幼竜「キュゥ!」
ミナ「立った!」
カイト「おお!」
ほんの数秒。
すぐに座り込んでしまった。
でも、今までほとんど横になっていた幼竜が、自分の力で立った。
状態を確認する。
《蒼晶竜の幼竜》
《Lv:1》
《状態:重度魔力欠乏》
《生命力低下》
《蒼月晶安定波長:微弱受容》
《魔力核安定度:僅かに上昇》
まだ《重度魔力欠乏》は消えていない。
生命力低下も残っている。
治ったわけではない。
それでも。
変化は出た。
ミナ「届いてる……」
ジョウゴ「ああ」
第二断裂部を直しただけでも、蒼月晶の安定波長が幼竜へ届き始めた。
なら。
最大の障害である第一断裂部も修復できれば。
蒼晶竜が、ゆっくりと頭を下げる。
蒼晶竜「……人の子らよ……」
低い声が洞窟へ響く。
蒼晶竜「……礼を……言う……」
ジョウゴ「まだ終わってません」
俺は答える。
ジョウゴ「一番大きい断裂部が残っています」
蒼晶竜「……そうか……」
ジョウゴ「今日はここまでにします。今の状態をしばらく観測して、問題がなければ次に第一断裂部を直します」
蒼晶竜は少しだけ目を細めた。
蒼晶竜「……急がぬのだな……」
ジョウゴ「急いで壊したら意味がないので」
以前、蒼晶竜自身に言われた言葉でもある。
急ぎ、道を誤るな。
その考えは変わっていない。
蒼晶竜「……よい……」
幼竜がこちらを見て、小さく鳴いた。
幼竜「キュゥ」
ミナ「次はもっと泉の力を届けるからね」
ミナが笑うと、幼竜はもう一度だけ尻尾を動かした。
◇◇◇
シズナへ戻った俺たちは、冒険者ギルドへ観測結果を報告した。
グレイス副支部長は、第二断裂部の伝達損失率が三十一%から四%まで改善したデータを何度も確認していた。
グレイス「周辺への異常は?」
レント「確認されていません」
ジョウゴ「十五分の現地観測では魔力逆流、異常発熱、周辺魔力濃度の急上昇はありませんでした」
グレイス「幼竜は?」
ミナ「自分で立ちました。少しだけですけど」
グレイス副支部長の表情が僅かに緩んだ。
グレイス「そうか」
しかし、すぐにいつもの落ち着いた顔へ戻る。
グレイス「ならば予定通り、今日は終わりだ」
ジョウゴ「はい」
グレイス「第二断裂部は一晩観測する。異常がなければ、第一断裂部の施工を許可する」
それがいい。
ギルドの定点観測器なら、俺たちがログアウトしている間もゲーム世界では観測を続けられる。
◇◇◇
最後にバルガの工房へ立ち寄った。
結果を聞いたバルガは、数字を見るなり大きく頷いた。
バルガ「損失四%か。十分だ」
ジョウゴ「工房試験より少し落ちたけどな」
バルガ「天然鉱脈へつないで四%なら上出来だ。むしろ試験通りの数字が出る方が怖ぇよ」
それもそうか。
現地では岩盤の状態も違う。
鉱脈の形も不均一。
完全な理想環境ではない。
バルガ「それで仔竜は?」
ミナ「立ったよ!」
バルガ「……そうか」
バルガが少しだけ黙る。
そして、作業台の上に置いてある第一断裂部用の導路を見る。
バルガ「なら、次はこいつだな」
全長約四・二メートル。
四つの導路ユニット。
三つの青月石中継核。
蒼月晶の安定波長保持率九十五%。
今回の第二断裂部とは規模が違う。
でも、天然鉱脈と人工導路を接続できることは確認できた。
現地同調のやり方も分かった。
あとは一晩の観測で異常が出ないことを確認するだけだ。
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》》
《第二断裂部修復:完了》
《第二断裂部《蒼月安定導路》:正常稼働中》
《幼竜への安定波長伝達:改善》
《第三段階進行度:97%》
《第一断裂部:未修復》
《次段階条件:第二断裂部の継続安定を確認》
九十年以上途切れていた道の一つが、今日つながった。
その結果は、幼竜が自分の脚で立つという小さな変化になって現れた。
まだ救えたわけではない。
けれど、俺たちが進んでいる方向は間違っていない。
残るのは最大の断裂地点。
蒼月泉から流れる力の大半を失わせている、約四・一メートルの第一断裂部。
そこをつなげることができれば、九十年以上前に途切れた《蒼月の流れ》は、再び一本につながるはずだった。




