第65話 蒼月安定導路、完成
《月影渓谷》で必要な《青月石》を三つ確保し、《蒼月安定導路》を製作するための素材はすべて揃った。
青晶鉄鉱を主導路として使い、《星蒼導流鋼》で魔力の流れを整え、一定間隔に青月石の中継核を配置する。
工房で行った四メートルの模擬接続試験では、蒼月晶の安定波長を九割以上維持したまま伝達できた。
設計も素材も揃っている。
あとは実際に青晶洞へ持ち込むための《蒼月安定導路》を完成させるだけだった。
◇◇◇
翌日。
現実世界での仕事を終えた俺――上塚賢吾は、いつものように帰宅後の生活を優先した。
夕食を取り、風呂に入り、洗濯物を片付け、翌日の出勤準備まで終える。
そこまで済ませてからVR機器を装着した。
《リアルコンディションチェックを開始します》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
ジョウゴ「ログイン」
視界が切り替わり、銀麦亭の客室へ降り立つ。
装備を確認してから一階へ向かうと、ミナ、カイト、レントの三人がいつものテーブルに集まっていた。
ミナ「ジョウゴ、おかえり!」
ジョウゴ「ただいま」
カイト「今日は工房直行か?」
ジョウゴ「そのつもり」
レント「バルガからは?」
メッセージを確認する。
バルガ『工房!』
バルガ『今日は長いぞ!』
バルガ『飯食ってから来い!』
俺は思わず画面を二度見した。
ジョウゴ「……バルガが食事を気にしてる」
カイト「成長したな」
ミナ「私たちのことを心配してくれてるんですよ」
レント「単純に途中で抜けられたくないだけかもしれない」
それもありそうだ。
ミナ「じゃあ、食べてから行こう!」
ジョウゴ「ミナは食べ過ぎるなよ」
ミナ「分かってます!」
今日も銀麦亭で食事を済ませ、満腹度を確認してから工房へ向かうことになった。
◇◇◇
バルガの工房へ入ると、いつもの鍛冶場とは少し様子が違っていた。
作業台の上には、用途別に分けられた素材が整然と並んでいる。
青晶鉄鉱。
星蒼導流鋼の試験材。
青月石。
固定用の金属部品。
耐魔力性を持つ岩材。
さらに壁際には、前回の模擬接続試験で使用した四メートルの試験導路が分解された状態で置かれていた。
バルガ「来たな」
ジョウゴ「準備済み?」
バルガ「ああ。今日は二本作る」
一本目は第一断裂部用。
約四・一メートル。
二本目は第二断裂部用。
約〇・八メートル。
ただし、そのまま一本の長い設備として作るわけではない。
バルガ「現場まで持っていくことを考えて、分割式にする」
作業台の上へ設計図が広げられる。
第一断裂部用は四つの導路ユニットと三つの中継核ユニットに分かれている。
それぞれを現地で接続し、最後に天然鉱脈と同調させる構造だ。
ジョウゴ「組み立て式か」
バルガ「ああ。四メートルの棒を洞窟の中へ運ぶなんて面倒だからな。それに現場の崩れ方は真っ直ぐじゃねぇ」
レント「断裂面AとBの位置には高低差もある」
バルガ「だから各接続部に少し遊びを持たせる。角度を調整してから固定する」
なるほど。
工房で作ったものをそのまま現地へ押し込むのではなく、実際の断裂地形に合わせて組み直せるようにするわけだ。
《特殊生産を開始します》
《製作対象:《蒼月安定導路・第一断裂部用》》
《設計:完成》
《素材:充足》
《製作者:バルガ/ジョウゴ》
《魔力工程協力:ミナ》
《特殊工程を開始します》
いよいよ本番用の製作が始まった。
◇◇◇
最初に加工するのは青晶鉄鉱だった。
天然の青晶鉄鉱は魔力伝導性が高い一方で、そのままでは形が不揃いだ。
まず不純物の多い部分を落とし、内部の魔力脈を壊さないように細長い導路材へ加工していく。
バルガ「叩きすぎるなよ」
ジョウゴ「分かってる」
普通の鉄材なら、形を整えるために何度も槌を振るう。
でも青晶鉄鉱は違う。
内部に存在する魔力の流れそのものを残す必要がある。
俺は《槌打ちLv.1》を使いながら、バルガが指定した場所だけを慎重に叩いていった。
《青晶鉄鉱加工》
《内部魔力脈:正常》
《加工進行度:31%》
少し角度を変える。
もう一度。
コン。
コン。
強く叩くのではなく、素材の形を少しずつ誘導する。
《内部魔力脈保持率:94%》
バルガ「いい。そのまま行け」
四つの導路ユニットを順番に作る。
長さは完全に同じではない。
現地での角度調整を考え、第一、第二、第三、第四で僅かに形が違う。
一時間近い作業の末、四本の青晶鉄鉱導路材が完成した。
《青晶鉄鉱導路ユニット×4》
《品質:良》
《内部魔力脈保持率:平均93%》
《蒼月晶安定波長適合性:高》
次は星蒼導流鋼だ。
◇◇◇
星蒼導流鋼は、星月を作った時に何度も扱っている。
ただし今回は刀身ではない。
必要なのは青晶鉄鉱の外側を支え、魔力の流れを整える補助経路だ。
バルガ「全部覆う必要はねぇ」
ジョウゴ「模擬試験と同じ?」
バルガ「ああ。むしろ覆いすぎると天然鉱脈との共鳴を邪魔する可能性がある」
細く加工した星蒼導流鋼を、青晶鉄鉱の導路材へ一定間隔で取り付けていく。
ここからはミナの出番だ。
ミナ「流します」
ミナが弱い魔力を導路材へ送る。
青晶鉄鉱の内部を淡い青色の光が進んでいく。
俺とバルガは、その流れを見ながら星蒼導流鋼の位置を微調整する。
《魔力流動安定度:71%》
バルガ「二つ目を少し右だ」
ジョウゴ「これくらい?」
バルガ「もう少し」
ほんの数ミリ。
それだけで表示が変わる。
《魔力流動安定度:71%→78%》
ジョウゴ「上がった」
バルガ「そこで固定」
一本目。
二本目。
三本目。
四本目。
同じ作業を繰り返していく。
最後の導路材が完成した時には、四本すべてで八十五%以上の安定度を確保できていた。
《星蒼導流鋼補助経路形成:成功》
《導路ユニット1:安定度89%》
《導路ユニット2:安定度88%》
《導路ユニット3:安定度91%》
《導路ユニット4:安定度87%》
カイト「刀を作る時とは全然違うな」
ジョウゴ「ああ」
武器を作っている感覚はほとんどない。
どちらかといえば、魔力を流すための配管を作っているような感じだ。
でも、これも鍛冶の延長なのだろう。
金属を加工し、必要な機能を持たせる。
目的が斬ることではなく、魔力を運ぶことになっただけだ。
◇◇◇
次は青月石の中継核を作る。
今回用意するのは三基。
第一断裂部の四つの導路ユニットをつなぐためのものだ。
月影渓谷でミナが見つけた、品質良、魔力蓄積性高、魔力放出安定性高の青月石は中央へ使う。
残る二つを前後へ配置する。
バルガ「青月石そのものは削りすぎるな」
ジョウゴ「外側だけ?」
バルガ「ああ。固定枠に合わせる程度でいい」
青月石を星蒼導流鋼製の小さな枠へ収める。
さらに青晶鉄鉱の小片を前後へ配置し、魔力が自然に出入りできるよう経路を作る。
《青月石中継核・一号》
《魔力蓄積性:中》
《魔力放出安定性:高》
《導路接続適性:91%》
二号。
中央に使う最も良い石だ。
《青月石中継核・二号》
《魔力蓄積性:高》
《魔力放出安定性:高》
《導路接続適性:96%》
ミナ「九十六!」
バルガ「こいつはいいな」
ミナ「私が見つけました」
カイト「そこ強調するんだな」
ミナ「大事です」
そして三号。
《青月石中継核・三号》
《魔力蓄積性:中》
《魔力放出安定性:高》
《導路接続適性:90%》
必要な三基が揃った。
◇◇◇
ここから、第一断裂部用の仮組みを行う。
工房の床へ導路ユニットを並べる。
一号導路。
一号中継核。
二号導路。
二号中継核。
三号導路。
三号中継核。
四号導路。
全長は約四・二メートル。
現地で少し角度を付ければ、約四・一メートルの断裂部へ合わせられる。
バルガ「流すぞ」
《魔力検知板・改》を接続する。
蒼月泉で記録した、蒼月晶の安定波長。
《基準波長を設定》
《蒼月晶安定波長》
《試験開始》
入力側が光る。
青い光が第一導路を進み、一号中継核へ入る。
そこで一度落ち着き、第二導路へ。
さらに中央の二号中継核。
第三導路。
三号中継核。
そして第四導路へ流れた。
《入力魔力量:基準100》
《第一中継核:正常》
《第二中継核:正常》
《第三中継核:正常》
《到達魔力量:83》
《安定波長保持率:95%》
《魔力流動安定度:93%》
《現地同調前試験:成功》
ミナ「前より少し良くなってる?」
ジョウゴ「ああ」
バルガ「試験品より素材を選んでるからな」
ただし、これで完成ではない。
現地で天然鉱脈へ接続した時、同じ性能が出るかは分からない。
《《蒼月安定導路・第一断裂部用》》
《品質:希少》
《製作者:バルガ/ジョウゴ》
《魔力工程協力:ミナ》
《全長:約4.2メートル》
《分割導路ユニット:4》
《青月石中継核:3》
《蒼月晶安定波長保持率:95%》
《状態:仮完成》
《現地同調:未実施》
《天然鉱脈接続:未実施》
仮完成。
最後の仕上げは青晶洞だ。
◇◇◇
続いて第二断裂部用を作る。
こちらは約〇・八メートルしかない。
導路ユニットは二つ。
中央に青月石中継核を一基。
青月石はバルガの工房に残っていた在庫から選ぶ。
《青月石》
《品質:普通》
《魔力蓄積性:中》
《魔力放出安定性:高》
条件は満たしている。
第一断裂部ほど長くないため、これで十分らしい。
同じように青晶鉄鉱を加工し、星蒼導流鋼で流れを整える。
ミナが魔力を流し、俺とバルガが経路を調整する。
こちらは一時間もかからなかった。
《《蒼月安定導路・第二断裂部用》》
《品質:希少》
《製作者:バルガ/ジョウゴ》
《魔力工程協力:ミナ》
《全長:約0.9メートル》
《分割導路ユニット:2》
《青月石中継核:1》
《蒼月晶安定波長保持率:97%》
《状態:仮完成》
《現地同調:未実施》
《天然鉱脈接続:未実施》
カイト「こっちは九十七%か」
バルガ「短いからな」
レント「問題は第一断裂部だな」
ジョウゴ「ああ」
第二断裂部は構造的にはかなり余裕がある。
一方、第一断裂部は約四メートル。
現地での接続角度も複雑だ。
こちらが本番になる。
◇◇◇
二つの導路が完成したところで、システムメッセージが表示された。
《特殊生産に成功しました》
《《蒼月安定導路・第一断裂部用》を製作しました》
《《蒼月安定導路・第二断裂部用》を製作しました》
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》が進行しました》
《主要断裂部調査:完了》
《《蒼月安定導路》設計:完了》
《模擬接続試験:成功》
《必要素材確保:完了》
《実地設置用導路製作:完了》
《第三段階進行度:89%→94%》
《次段階》
《青晶洞へ《蒼月安定導路》を設置してください》
《第一断裂部:現地同調が必要》
《第二断裂部:現地同調が必要》
《注意:魔力循環経路へ直接干渉します》
《推奨:蒼晶竜への事前確認》
最後の一文に俺は頷いた。
ジョウゴ「明日、いきなり取り付けるのはやめよう」
カイト「まず蒼晶竜に見せる?」
ジョウゴ「ああ。自分たちだけで決めていいことじゃない」
青晶洞は蒼晶竜が長く暮らしてきた場所だ。
そして俺たちが修復しようとしているのは、蒼月泉から流れる魔力循環そのもの。
いくら幼竜を助けるためとはいえ、勝手に取り付けるべきではない。
ミナ「蒼晶竜さんにも説明して、それからだね」
レント「ギルドにも設置方法を共有しておいた方がいい」
バルガ「俺から製作データを送っとく」
バルガは完成した導路を見ながら、腕を組んだ。
バルガ「ただな、現場で一つ気をつけろ」
ジョウゴ「何?」
バルガ「最初から全部つなぐな」
俺はバルガを見る。
バルガ「まず第二断裂部だ。短い方で現地同調を試せ」
レント「そこで天然鉱脈との接続方法を確認する?」
バルガ「ああ。第二断裂部で問題が起きるようなら、第一断裂部へ手を出すべきじゃねぇ」
確かにその通りだ。
〇・八メートルの第二断裂部で試し、天然鉱脈との接続が正常にできることを確認する。
その後で、四・一メートルの第一断裂部。
順番として合理的だ。
ジョウゴ「分かった。第二断裂部からやる」
バルガ「それと、接続した瞬間に魔力が一気に流れ込む可能性がある」
ジョウゴ「遮断は?」
バルガ「各導路に仮設遮断具を付けてある。接続しても、最初は流れない」
導路ユニットの端を見ると、小さな金属製の部品が付いている。
《仮設魔力遮断具》
《状態:閉》
《用途:現地同調作業時の魔力流入防止》
バルガ「両端を接続して、波長を合わせて、それから少しずつ開けろ。一気に全開は絶対やるな」
ジョウゴ「了解」
星月の《魔力遮断刻印》を作った経験が、ここでも生きている。
魔力は流せればいいわけじゃない。
止められることも重要だ。
◇◇◇
工房での作業を終えた後、俺たちは完成した導路を持って冒険者ギルドへ向かった。
グレイス副支部長に製作結果を報告すると、すぐに設計情報を確認してくれた。
グレイス「明日設置するのか?」
ジョウゴ「まず蒼晶竜へ説明します。その後、第二断裂部だけ接続する予定です」
グレイス「第一断裂部は?」
ジョウゴ「第二断裂部で問題がないことを確認してからです」
グレイス「それがいい」
ギルド側からも、設置時の監視用として追加の《定点魔力観測器》を貸し出してもらえることになった。
第二断裂部の泉側。
幼竜側。
両方に置き、接続前後で魔力の変化を測る。
グレイス「目的は幼竜を助けることだが、洞窟全体の魔力循環に影響する可能性もある。数値は必ず記録しろ」
ジョウゴ「はい」
準備は整った。
◇◇◇
銀麦亭へ戻った俺たちは、少し遅めの夕食を取った。
ミナも今日は食べ過ぎず、満腹度八十一%で止めている。
ミナ「明日は本当に取り付けるんだね」
ジョウゴ「ああ」
カイト「まず短い方から」
レント「第二断裂部が成功すれば、幼竜へ届く安定波長も少し上がるはずだ」
ジョウゴ「でも、それだけで治るとは思わない方がいい」
現在、幼竜へ届いている安定波長は推定十八%。
第二断裂部の損失率は約三十一%。
そこだけ直しても、最大の問題である第一断裂部が残る。
幼竜の状態が少し改善する可能性はあっても、それで完全に助かるとは考えにくい。
それでも。
一つずつ直す。
それしかない。
クエスト画面を開く。
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》》
《第三段階進行度:94%》
《《蒼月安定導路》製作:完了》
《次の目的:青晶洞への実地設置》
《推奨施工順序》
《第二断裂部》
《第一断裂部》
《最終目標:蒼月泉から幼竜までの魔力循環経路を再接続する》
九十年以上前に途切れた蒼月の流れ。
それをつなぎ直すための橋は完成した。
明日は、いよいよ青晶洞へ戻る。
最初に直すのは、幼竜の近くにある第二断裂部。
そこで蒼月安定導路が天然の鉱脈とも正常につながることを確認できれば、次はいよいよ最大の断裂地点へ挑む。
蒼月泉と幼竜をつなぐ最後の道を取り戻すための作業が、ようやく始まろうとしていた。




