第64話 再び月影渓谷へ
九十年以上前の地震によって断裂した青晶鉄鉱の主鉱脈を修復するため、俺たちは《蒼月安定導路》を設計した。
青晶鉄鉱を主導路に使い、《星蒼導流鋼》で魔力の流れを整え、一定間隔に《青月石》の中継核を配置する。
工房で行った四メートルの模擬接続試験では、蒼月晶の安定波長を九割以上維持したまま伝達できた。
設計そのものは完成した。
しかし、実際に第一断裂部と第二断裂部の両方へ導路を設置するには、青月石が最低でもあと二つ必要になる。
予備まで考えれば三つ。
そのため俺たちは、以前にも訪れた《月影渓谷》へ再び向かうことになった。
◇◇◇
翌日。
現実世界。
銀行の仕事を終えた俺――上塚賢吾は、いつも通り帰宅して夕食を済ませ、風呂と家事、翌日の準備を終えてからVR機器を装着した。
青月石が必要だからといって、仕事から帰ってすぐAWOへ飛び込むようなことはしない。
幼竜のことを考えれば急ぎたい気持ちはある。
でも、焦って現実側の生活を崩しても意味がない。
《リアルコンディションチェックを開始します》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
ジョウゴ「ログイン」
視界が光に包まれ、次の瞬間には銀麦亭の客室へ立っていた。
装備を確認し、一階へ下りる。
いつものテーブルでは、ミナが食事をしていた。
ジョウゴ「……これから採取に行くんだよな?」
ミナ「行くよ?」
ジョウゴ「満腹度は?」
ミナ「六十八%です」
カイト「聞かれる前から確認してたぞ」
隣に座っていたカイトが苦笑する。
ミナ「今日はちゃんと考えて食べてます」
ジョウゴ「成長したな」
ミナ「前からできます!」
レント「以前、食べ過ぎ寸前まで食べてから探索へ行こうとしたのは誰だった?」
ミナ「……今日は大丈夫です」
答えになっていない。
まあ、《食べ過ぎ》が付いていないなら問題ない。
◇◇◇
出発前に、俺たちはバルガの工房へ立ち寄った。
昨日の試験で使った《蒼月安定導路》は分解され、各部品が作業台の上へ並べられている。
バルガ「来たか」
ジョウゴ「青月石の条件をもう一度確認したい」
バルガ「ああ。今回欲しいのは、ただ魔力を溜められる石じゃねぇ」
バルガが試験用の青月石を持ち上げる。
バルガ「蓄積性は中以上。それより重要なのが放出安定性だ。中継核は魔力を溜め込むためのもんじゃねぇ。一度受け止めて、流れを整えて次へ渡すために使う」
ミナ「いっぱい溜められる石より、綺麗に出せる石?」
バルガ「そういうことだ」
今回必要な条件を改めて確認する。
《青月石》
《品質:普通以上》
《魔力蓄積性:中以上》
《魔力放出安定性:高》
《最低必要数:2》
《推奨確保数:3》
ジョウゴ「三つ見つからなくても、二つあれば戻る」
バルガ「ああ。二つで本番用は足りる。三つ目は予備だ」
カイト「欲張って危険地帯の奥へ行く必要はないってことだな」
バルガ「当然だ」
バルガがそう言うと、少し違和感がある。
バルガ「何だ、その顔は」
ジョウゴ「いや。素材のためなら奥まで行けって言いそうなのに」
バルガ「今回は仔竜の命がかかってんだろ。素材遊びと一緒にすんな」
その言葉に、俺は少しだけ笑った。
ジョウゴ「了解」
こういうところは信用できる。
◇◇◇
月影渓谷へ向かう前に冒険者ギルドにも立ち寄った。
グレイス副支部長には、すでにバルガから《蒼月安定導路》の模擬試験結果が共有されている。
グレイス「設計が完成したそうだな」
ジョウゴ「工房での試験は成功しました。ただ、現地で同じように動くかはまだ分かりません」
グレイス「その認識でいい」
グレイス副支部長は、月影渓谷の最新情報を見せてくれた。
以前遭遇した《グランドロックリザードLv.16》は、現在も渓谷中央部から北側にかけて目撃されているらしい。
青月石を採取した場所は南寄り。
普通に考えれば接触する必要はない。
グレイス「青月石の採取だけなら、以前確認した範囲から出る必要はない」
ジョウゴ「そのつもりです」
グレイス「幼竜を助けたい気持ちは分かるが、そのために君たちが倒れれば意味がない」
カイト「最近、それいろんな人に言われるな」
レント「俺たちが危険な場所ばかり行っているからだ」
ジョウゴ「否定できない」
青晶洞だけでも、推奨レベル不明の状態から古竜、Lv18のグラン・ガルド、特殊暗黒領域、蒼月泉と続いている。
少なくともLv12の普通の冒険としては、かなり特殊なことになっている気がする。
◇◇◇
月影渓谷へ向かう道は、以前一度通っている。
シズナ南側から街道を外れ、丘陵地を抜ける。
やがて岩肌の多い地形へ変わり、空が開けた先に月影渓谷が見えてきた。
《月影渓谷》
《推奨Lv:12~16》
《現在地周辺危険度:C+》
以前来た時より推奨レベルの下限が低く感じるのは、俺たち自身がLv12になったからだろうか。
もっとも、Lv16のグランドロックリザードがいることに変わりはない。
レント「前回の採取地点は南東側だ」
ジョウゴ「ああ。今日はそこだけ見る」
ミナ「青月石が二つ以上あったら帰る?」
ジョウゴ「条件を満たしていればな」
カイト「三つ目は?」
ジョウゴ「近くにあれば取る。危険なら諦める」
方針を確認してから渓谷へ入った。
◇◇◇
前回記録した地図のおかげで移動はかなり楽だった。
どこに高低差があるのか。
どこから魔物が出やすいのか。
青月石を見つけた場所はどこか。
一度探索した情報があるだけで、未知の場所を歩く時とはまったく違う。
レントが先頭で周囲を確認する。
レント「右前方、ロックリザード二体」
《ロックリザードLv.12》
《ロックリザードLv.13》
通常種だ。
こちらへ向かってくる様子はない。
ジョウゴ「迂回しよう」
カイト「倒さなくていいのか?」
ジョウゴ「今日は採取が目的だ」
カイト「了解」
戦闘を避けられるなら避ける。
経験値を稼ぎに来たわけではない。
岩陰を使って距離を取り、ロックリザードの縄張りを回り込む。
しばらく進むと、以前青月石を発見した岩場へ到着した。
《月影渓谷・南東岩場》
《青月石反応:微弱》
ミナ「反応あるね」
ジョウゴ「ああ」
俺は《魔力検知板・改》を取り出す。
今回は蒼月晶の波長データが記録されたままだ。
青月石を探すだけなら必須ではないけれど、採取前に魔力反応を確認できる。
岩場をゆっくり調べていくと、最初の反応はすぐに見つかった。
灰色の岩の隙間。
その奥に、淡い青色の結晶が見える。
《青月石》
《品質:普通》
《魔力蓄積性:中》
《魔力放出安定性:中》
条件に一つ足りない。
カイト「これじゃ駄目か」
ジョウゴ「放出安定性が中だ」
ミナ「取らないの?」
ジョウゴ「必要ないなら残しておこう」
今回の目的に使えないからといって、全部掘る必要はない。
位置だけ記録し、次を探す。
◇◇◇
二十分ほど調査したところで、レントが岩壁の上部を指差した。
レント「ジョウゴ、あそこ」
高さ二メートルほど。
岩の亀裂の奥に青い光がある。
足場を確認しながら近づき、鑑定する。
《青月石》
《品質:良》
《魔力蓄積性:中》
《魔力放出安定性:高》
ジョウゴ「一つ目」
ミナ「やった!」
周囲の岩を壊しすぎないよう、採掘具を使って慎重に取り出す。
《青月石×1を入手しました》
《《蒼月安定導路》素材条件を満たしました》
《必要数:1/2》
最低必要数の半分。
あと一つ。
俺たちはさらに南東岩場を調べる。
しかし、その後しばらくは条件を満たす石が見つからなかった。
《品質:普通》
《魔力蓄積性:低》
《魔力放出安定性:高》
蓄積性が足りない。
別の石は、
《品質:良》
《魔力蓄積性:高》
《魔力放出安定性:中》
今度は放出安定性が足りない。
カイト「同じ青月石でも結構違うんだな」
ジョウゴ「天然素材だからな」
レント「星月の核を選んだ時も個体差があった」
ミナ「良い石を見つけるのも大変なんだね」
鍛冶というと、どうしても加工技術ばかり考えてしまう。
でも、素材そのものの個体差も大きい。
何でも高品質ならいいわけではなく、用途に合った性質が必要になる。
◇◇◇
さらに十五分ほど探したところで、ミナが足を止めた。
ミナ「……ここ、何か光ってない?」
地面に近い岩の隙間。
言われてみれば、確かに僅かな青い光が漏れている。
カイト「よく見つけたな」
ミナ「なんとなく?」
ジョウゴ「運の良さ十九」
レント「四人の中で一番高い」
ミナ「実力です!」
運なのか実力なのかは置いておこう。
周囲の砂を払うと、少し大きめの青月石が姿を現した。
《青月石》
《品質:良》
《魔力蓄積性:高》
《魔力放出安定性:高》
《中継核適性:高》
「当たりだ」
ミナ「やった!」
今度は文句なし。
慎重に採取する。
《青月石×1を入手しました》
《《蒼月安定導路》必要素材条件を満たしました》
《必要数:2/2》
《最低必要数を確保しました》
これで目的達成だ。
カイト「帰る?」
俺は周囲を見る。
まだ採取を始めてからそれほど時間は経っていない。
予備の三つ目があれば安心できる。
でも、ここから探索範囲を広げる必要があるなら戻るべきだ。
ジョウゴ「この岩場だけあと十分調べよう。それでなければ帰る」
レント「妥当だな」
ミナ「了解です」
範囲は広げない。
時間も決める。
その条件で三つ目を探すことにした。
◇◇◇
そして八分後。
レントが小さく手を上げた。
レント「動くな」
全員が止まる。
レントの視線は渓谷の北側へ向いていた。
岩の間から、何か大きなものが動いている。
《グランドロックリザードLv.16》
以前、俺たちが逃げた相手だ。
距離はかなりある。
まだこちらには気づいていない。
カイト「来たな」
ジョウゴ「帰ろう」
迷う必要はない。
最低必要数は確保した。
予備一つのためにLv16へ近づく理由はない。
ミナ「三つ目は?」
ジョウゴ「いらない」
ミナ「即答だ」
ジョウゴ「予備より安全」
レント「同意する」
俺たちは来た道を戻り始めた。
走らない。
相手がこちらに気づいていない状態で大きな音を立てれば、逆に存在を知らせることになる。
岩陰を利用しながら静かに距離を取る。
レントが後方を確認する。
レント「動きに変化なし」
カイト「気づかれてない?」
レント「ああ」
そのまま百メートルほど離れたところで、ようやく少し緊張を解く。
しかし、その時だった。
ミナ「待って」
ミナが足元を見る。
俺たちが通り過ぎようとしていた岩の陰。
そこに青い光があった。
ジョウゴ「まさか」
鑑定する。
《青月石》
《品質:普通》
《魔力蓄積性:中》
《魔力放出安定性:高》
条件を満たしている。
カイト「三つ目」
レント「帰り道のすぐ脇だな」
グランドロックリザードから離れる方向でもある。
採取に時間もかからない。
ジョウゴ「取ろう」
ミナ「予備確保!」
周囲を確認し、素早く、しかし壊さないよう慎重に採取する。
《青月石×1を入手しました》
《《蒼月安定導路》推奨素材数を確保しました》
《青月石:3/3》
《素材確保目標:達成》
ミナ「三つ揃った!」
ジョウゴ「ああ。今度こそ帰ろう」
それ以上は欲張らない。
俺たちはそのまま月影渓谷を離れた。
◇◇◇
シズナへ戻った頃には、ゲーム内でもすっかり夜になっていた。
そのままバルガの工房へ向かう。
扉を開けると、バルガが待っていた。
バルガ「どうだった?」
俺は採取した三つの青月石を作業台へ置く。
ジョウゴ「条件を満たしたのが三つ」
バルガ「三つ!?」
カイト「最低二つで帰る予定だったんだけどな」
ミナ「私が一つ見つけました」
レント「帰り道でも一つ見つかった」
バルガが一つずつ鑑定していく。
品質良、蓄積性中、放出安定性高。
品質良、蓄積性高、放出安定性高。
品質普通、蓄積性中、放出安定性高。
バルガ「十分だ」
ジョウゴ「どれを使う?」
バルガ「一番いいやつを第一断裂部の中央中継核にする」
品質良、蓄積性高、放出安定性高。
ミナが見つけた青月石だ。
ミナ「私の石が真ん中?」
バルガ「ああ。一番負荷がかかる場所だからな」
残り二つも第一断裂部の中継核として使える。
ジョウゴ「じゃあ第二断裂部は?」
バルガ「工房の在庫から一つ出す」
これで必要な四基の中継核が揃う。
さらに予備用として、工房在庫にもう一つ残る。
《《蒼月安定導路》製作条件を確認》
《青晶鉄鉱加工材:確保済み》
《星蒼導流鋼:確保可能》
《青月石中継核:確保完了》
《接続固定材:確保可能》
《必要素材:充足》
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》が進行しました》
《《蒼月安定導路》製作用素材確保:完了》
《第三段階進行度:81%→89%》
《次段階:実地設置用《蒼月安定導路》の製作》
バルガ「明日、作るぞ」
バルガが拳を握る。
バルガ「第一断裂部用と第二断裂部用。現場で最終調整できるように分割構造にする」
ジョウゴ「今日はやらないの?」
バルガ「お前、明日も仕事だろ」
先に言われた。
ジョウゴ「……学習したな」
バルガ「俺だって学習するわ!」
工房に笑い声が響いた。
◇◇◇
銀麦亭へ戻り、マリアさんの夕食を食べながら今日の成果を確認する。
戦闘は一度もしていない。
経験値も増えていない。
レベルも上がっていない。
それでも、確実に幼竜を救うための準備は進んでいる。
ミナ「次はいよいよ作るんだね」
ジョウゴ「ああ」
カイト「作ったら、その次は設置?」
レント「工房で最終確認してからだろうな」
ジョウゴ「たぶんそうなる」
設計は完成した。
必要な素材も揃った。
次は本番用の《蒼月安定導路》を製作し、それを青晶洞へ持ち込む。
でも、作って終わりではない。
天然の青晶鉄鉱主鉱脈と人工的に作った導路を接続し、蒼月晶の安定波長を正しく通さなければならない。
現地同調。
そこが一番難しい作業になるはずだ。
クエスト画面を開く。
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》》
《主要断裂部調査:完了》
《《蒼月安定導路》設計:完了》
《模擬接続試験:成功》
《必要素材確保:完了》
《第三段階進行度:89%》
《次の目的》
《実地設置用《蒼月安定導路》を製作してください》
九十年以上前に途切れた蒼月の流れ。
その間へ架ける新しい橋の材料は、これですべて揃った。
明日はバルガの工房で、本番用の《蒼月安定導路》を作る。
そして、それが完成すれば。
いよいよ青晶洞で、途切れた魔力の道をつなぎ直すことになる。




