第63話 蒼月安定導路、試作
九十年以上前の地震によって断裂した、青晶鉄鉱の主鉱脈。
俺たちが調査した結果、大きな魔力伝達障害は二か所見つかった。
第一断裂部は約四・一メートルで、伝達損失率は約七十八%。第二断裂部は約〇・八メートルで、こちらも約三十一%の損失が発生している。
それらに距離による減衰が加わり、《蒼月泉》から流れ出した《蒼月晶》の安定波長は、幼竜のところへ到達する頃には推定十八%まで弱くなっていた。
原因は分かった。
次は、それをどう直すかだ。
そこでバルガが考えたのが、青晶鉄鉱を主導路とし、《星蒼導流鋼》で魔力の流れを整え、《青月石》を中継核として挟む方法だった。
いきなり青晶洞の主鉱脈へ施工するようなことはしない。
まず工房で断裂状態を再現し、本当に安定波長を伝えられるのかを確かめる。
今日の目的は、その模擬接続試験だった。
◇◇◇
翌日。
現実世界で銀行の仕事を終えた俺――上塚賢吾は、帰宅後に夕食や風呂、家事を済ませてからAWOへログインした。
銀麦亭の客室から一階へ下りると、ミナ、カイト、レントが待っている。
ミナ「ジョウゴ、おかえり!」
ジョウゴ「ただいま。バルガから何か来てる?」
カイト「来てるぞ」
嫌な予感がする。
カイトがメッセージを共有した。
バルガ『工房!』
バルガ『試験台できた!』
バルガ『工房!』
レント「以上だ」
ジョウゴ「場所は分かってるんだから一回でいいだろ」
ミナ「すごく楽しみなんだと思う」
それは分かる。
今回は刀ではないけれど、魔力経路を人工的に作るという意味では、バルガにとってかなり面白い研究なのだろう。
ただし目的は幼竜の救命だ。
そこだけは忘れないようにしたい。
◇◇◇
工房へ到着すると、普段の鍛冶作業に使っている場所とは別の一角に、大きな試験台が組まれていた。
長さは三メートルほど。
石材を並べた台の左右には青晶鉄鉱の塊が固定され、その間が一メートルほど空いている。
人工的に断裂した鉱脈を再現しているらしい。
バルガ「来たな!」
ジョウゴ「これが模擬断裂?」
バルガ「ああ。まずは一メートルからだ」
試験台を鑑定する。
《蒼月安定導路・模擬試験台》
《製作者:バルガ》
《模擬断裂距離:1.0メートル》
《入力側:青晶鉄鉱》
《出力側:青晶鉄鉱》
《基準波長:蒼月晶安定波長》
《状態:試験準備中》
入力側と出力側に使われている青晶鉄鉱は、以前の調査で採取した試料だ。
その間には何もない。
バルガ「まず何もしない状態で流す」
《魔力検知板・改》に記録してある蒼月晶の安定波長を、試験用の魔力装置から入力側へ流す。
青晶鉄鉱が淡く光った。
《入力波長同期率:96%》
《入力魔力量:基準100》
しかし、約一メートル離れた出力側では僅かな反応しか起こらない。
《出力側反応:検出》
《到達魔力量:11》
《安定波長保持率:42%》
《総合伝達効率:低》
カイト「ほとんど届いてないな」
バルガ「これが今の洞窟で起きてることの縮小版だ」
青晶鉄鉱同士は、離れていても短距離なら微弱な魔力伝達が起こる。
でも、それだけでは幼竜を支えられるほどの力を送れない。
ジョウゴ「じゃあ、橋を入れる?」
バルガ「ああ」
◇◇◇
バルガが作業台から一本の細長い素材を持ってくる。
《青晶鉄鉱・導路加工材》
《品質:良》
《魔力伝導性:高》
《蒼月晶安定波長適合率:91%》
青晶鉄鉱を細長く加工したものだ。
これを断裂部へ渡せば、単純な物理接続はできる。
バルガ「まずは青晶鉄鉱だけでつなぐ」
左右の鉱石を一メートルの加工材で接続する。
再び安定波長を流した。
《入力魔力量:基準100》
《到達魔力量:71》
《安定波長保持率:83%》
《総合伝達効率:中》
ミナ「すごく上がった」
ジョウゴ「でも三割近く落ちてる」
バルガ「ああ。それに見ろ」
接続材の中央付近で、青い光が僅かに明滅している。
《魔力流動不安定》
《中央部波長乱れ:検出》
《長時間運用時の安定性:低》
ただつなぐだけでは駄目らしい。
短時間なら流せても、継続運用には向かない。
幼竜を一度回復させれば終わりという話ではない。弱い魔力核そのものを安定させるには、一定時間継続して蒼月晶の力を届ける必要がある可能性が高い。
それなら瞬間的な伝達効率より、長時間安定して流せることの方が重要になる。
◇◇◇
バルガ「次だ」
青晶鉄鉱の導路の周囲へ、薄く加工した《星蒼導流鋼》を取り付ける。
刀身のように完全に覆うわけではない。
一定間隔で外側から支え、魔力の流れる方向を整える構造になっている。
ジョウゴ「これ、星月の魔力経路に近いな」
バルガ「考え方は同じだ。流れを強くするんじゃなく、乱れにくくする」
ミナにも協力してもらう。
星月を作った時と同じように、弱い魔力を一定量ずつ流しながら経路の状態を確認する。
ミナ「これくらい?」
バルガ「もう少し弱くていい。今回は流す量より形を見る」
ミナ「分かった」
俺は反対側で魔力経路の反応を確認する。
青晶鉄鉱の内部を流れる魔力が、星蒼導流鋼の補助によって一本の流れへ整えられていく。
《星蒼導流鋼補助経路を確認》
《魔力流動安定度:62%→81%》
ジョウゴ「上がってる」
バルガ「固定するぞ」
俺も《槌打ちLv.1》を使い、バルガの指示に合わせて接続部を調整した。
強く打つ必要はない。
僅かな歪みを修正するように、細かな槌打ちを重ねる。
《魔力経路補正》
《魔力流動安定度:81%→88%》
もう一度、蒼月晶の記録波長を流す。
《入力魔力量:基準100》
《到達魔力量:79》
《安定波長保持率:91%》
《魔力流動安定度:88%》
《総合伝達効率:高》
カイト「八割近く届いた」
レント「波長も九割以上残っている」
ジョウゴ「かなり良くなったな」
でもバルガは満足していなかった。
バルガ「一メートルならな」
そう。
本番の第一断裂部は四・一メートルある。
この構造をそのまま四倍に延ばして、同じ性能が出る保証はない。
◇◇◇
次は試験台を二メートルへ拡張した。
同じ構造で接続し、安定波長を流す。
《入力魔力量:基準100》
《到達魔力量:61》
《安定波長保持率:82%》
《魔力流動安定度:73%》
《中央部に波長乱れを検出》
バルガ「ほらな」
距離が倍になっただけで、かなり性能が落ちた。
レント「四メートルならさらに悪化する」
ジョウゴ「だから青月石の中継核か」
バルガ「ああ」
バルガが小さな青月石を取り出す。
《星月》の魔力調整核に使っているものより小さい。
これを二メートルの導路中央へ組み込む。
《青月石・試験用中継核》
《魔力蓄積:低》
《魔力放出安定性:高》
《用途:蒼月安定導路試験》
構造としては単純だ。
入力側から流れてきた魔力を青月石が一度受け止め、乱れを抑えてから後半へ流す。
いわば中継地点だ。
バルガ「ミナ、少しずつ流してくれ」
ミナ「はい」
魔力が入力される。
青晶鉄鉱を通り、星蒼導流鋼で整えられた流れが中央の青月石へ到達した。
《中継核へ魔力流入》
《一時蓄積》
《波長調整》
《再放出》
青月石が淡く輝き、その先の導路へ魔力が流れていく。
《入力魔力量:基準100》
《到達魔力量:78》
《安定波長保持率:93%》
《魔力流動安定度:91%》
《総合伝達効率:高》
ミナ「戻った!」
ジョウゴ「一メートルの時とほとんど変わらない」
バルガ「これならいける」
バルガの目が完全に鍛冶師のそれになっている。
俺も同じことを考えていた。
一気に四メートルをつなぐ必要はない。
短い導路を連結し、その間に青月石の中継核を置けばいい。
◇◇◇
試験台をさらに拡張する。
今度は四メートル。
本番の第一断裂部に近い長さだ。
青晶鉄鉱の導路を四区画に分け、その外側を星蒼導流鋼で補強する。
そして一メートルごとに青月石の中継核を設置した。
合計三か所。
作るだけでもかなり時間がかかった。
ただ、ここで手を抜く意味はない。
バルガ「最初から最大出力は流さねぇ。二十五からだ」
ジョウゴ「了解」
まず基準二十五。
《入力魔力量:25》
《第一中継核:正常》
《第二中継核:正常》
《第三中継核:正常》
《到達魔力量:21》
《安定波長保持率:96%》
《魔力流動安定度:94%》
次に五十。
《入力魔力量:50》
《到達魔力量:42》
《安定波長保持率:95%》
《魔力流動安定度:93%》
七十五。
《入力魔力量:75》
《到達魔力量:62》
《安定波長保持率:94%》
《魔力流動安定度:92%》
そして最後に基準百。
《入力魔力量:100》
《第一中継核:正常》
《第二中継核:正常》
《第三中継核:正常》
《到達魔力量:82》
《安定波長保持率:94%》
《魔力流動安定度:92%》
《連続運用試験へ移行可能》
カイト「八十二」
レント「四メートルでも維持できたな」
でも、まだ終わりではない。
ジョウゴ「連続運用を試そう」
バルガ「ああ」
幼竜を救うための設備なら、数秒動けばいいわけじゃない。
長時間動かなければ意味がない。
◇◇◇
基準魔力量を五十に落とし、そのまま流し続ける。
五分。
十分。
二十分。
中継核の青月石には少しずつ熱が溜まっている。
ただし危険な温度ではない。
《連続運用時間:20分》
《第一中継核温度:正常》
《第二中継核温度:正常》
《第三中継核温度:正常》
《波長乱れ:軽微》
《総合安定度:91%》
さらに三十分。
《連続運用時間:30分》
《到達魔力量:41》
《安定波長保持率:93%》
《総合安定度:90%》
ここでバルガが止めた。
バルガ「今日はこれ以上いらん」
カイト「一時間くらいやらないのか?」
バルガ「試作だぞ。壊れるまで試す必要はねぇ」
ジョウゴ「珍しく安全重視だな」
バルガ「珍しくって何だ!」
でも正しい判断だ。
現場では天然の青晶鉄鉱脈へ接続する。
工房の模擬試験とは条件が違う。
余裕を残しておくべきだ。
システムメッセージが表示された。
《特殊生産研究が進行しました》
《《蒼月安定導路》》
《模擬接続試験:成功》
《最大試験距離:4.0メートル》
《青晶鉄鉱導路:有効》
《星蒼導流鋼補助経路:有効》
《青月石中継核:有効》
《安定波長保持率:最大96%》
《30分連続運用:成功》
《設計進行度:88%→100%》
そして、新しい表示が続く。
《特殊魔力設備《蒼月安定導路》の設計に成功しました》
《設計者:バルガ/ジョウゴ》
《魔力工程協力:ミナ》
《分類:魔力伝達設備》
《用途:特定安定波長の長距離伝達補助》
《基礎構造:青晶鉄鉱導路》
《補助構造:星蒼導流鋼》
《中継構造:青月石》
《注意:設置地点ごとの波長調整が必要です》
《注意:天然魔力鉱脈への接続には現地同調工程が必要です》
ミナ「完成?」
ジョウゴ「設計はな」
バルガ「本番はこれからだ」
そう。
工房で成功しただけだ。
実際の青晶洞で同じように動く保証はない。
◇◇◇
次に必要素材量が算出された。
第一断裂部は約四・一メートル。
第二断裂部は約〇・八メートル。
それぞれ別々に導路を作る必要がある。
《第一断裂部用《蒼月安定導路》》
《青晶鉄鉱加工材:必要》
《星蒼導流鋼:必要》
《青月石中継核:3基推奨》
《接続固定材:必要》
《第二断裂部用《蒼月安定導路》》
《青晶鉄鉱加工材:必要》
《星蒼導流鋼:必要》
《青月石中継核:1基推奨》
《接続固定材:必要》
具体的な量まで表示される。
幸い、青晶鉄鉱は研究用に採取した在庫がある。
星蒼導流鋼も少量なら作れる。
問題は青月石だった。
バルガ「中継核四つ分か」
ジョウゴ「在庫は?」
バルガが素材棚を確認する。
バルガ「試験用を除けば二つ分だな」
カイト「足りない?」
バルガ「ああ。最低でもあと二つ。予備を考えりゃ三つ欲しい」
青月石。
入手場所は分かっている。
以前、俺たちが《月影渓谷》で採取した素材だ。
ミナ「また月影渓谷?」
ジョウゴ「そうなりそうだな」
カイト「グランドロックリザードLv16がいるところか……」
レント「戦う必要はない。前回と同じように避ければいい」
その通り。
素材採取だからといって、Lv16の魔物と戦う必要はない。
採取場所も一度確認している。
前回より情報は多い。
バルガ「ただし、今回使う青月石は何でもいいわけじゃねぇ」
ジョウゴ「品質?」
バルガ「それもあるが、一番大事なのは蓄積と放出の安定性だ」
星月の魔力調整核に使った時と同じだ。
単純に魔力をたくさん蓄えられる石より、一定量を安定して出せる石の方が今回の用途には向いている。
《新規素材条件》
《青月石》
《品質:普通以上》
《魔力蓄積性:中以上》
《魔力放出安定性:高》
《必要数:最低2》
《推奨確保数:3》
クエストも更新される。
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》》
《主要断裂部調査:完了》
《《蒼月安定導路》設計:完了》
《模擬接続試験:成功》
《第三段階進行度:68%→81%》
《次の目的》
《《蒼月安定導路》製作用素材を確保してください》
《不足素材:青月石》
《推奨採取地:《月影渓谷》》
カイト「青晶洞を直すために月影渓谷へ戻るのか」
ジョウゴ「結局、今まで集めた素材が全部つながってるな」
青鉄砂。
青月石。
星蒼導流鋼。
青晶鉄鉱。
そして蒼月晶。
最初は《星月》という一本の刀を作るために研究していた技術だった。
それが今は、幼竜の命を救うための魔力設備へ応用されようとしている。
俺は作業台の上に置かれた四メートルの試作導路を見る。
武器ではない。
攻撃力もない。
敵を倒すこともできない。
でも、これが完成すれば九十年以上途切れていた蒼月晶の力を、もう一度幼竜まで届けられるかもしれない。
ミナ「明日は月影渓谷?」
ジョウゴ「ああ。ただし青月石を取ったら帰る。グランドロックリザードには近づかない」
カイト「了解」
レント「採取地点も前回の記録がある。前よりは動きやすいはずだ」
バルガ「最低二つ。できれば三つだ。無理はすんなよ」
ジョウゴ「分かってる」
素材を取りに行って命を落としたら、本末転倒だ。
必要なのは戦果じゃない。
幼竜へ蒼月晶の力を届けるための、小さな青い石。
その日の研究はそこで終わった。
《蒼月安定導路》の設計は完成した。
四メートルの模擬断裂でも、蒼月晶の安定波長を九割以上保ったまま伝えられることが確認できた。
残るのは、本番用の素材を揃えること。
次の目的地は、かつて《星月》を完成させるためにも訪れた《月影渓谷》。
九十年以上途切れていた魔力の橋を架けるため、俺たちはもう一度、青月石を探しに行くことになった。




