第62話 断裂した青き鉱脈
《蒼月泉》から幼竜のいる場所まで続いているはずの魔力循環経路。
その途中に異常があることが分かり、俺たちは旧採掘坑道付近を《魔力伝達障害候補地点》として特定した。
九十年以上前に起きた地震。
崩落した採掘坑道。
そして、その頃から蒼晶竜が感じにくくなったという《蒼月晶》の力。
これらが無関係とは考えにくい。
さらにバルガとの実験によって、蒼月晶の安定波長と青晶鉄鉱には九十一%という高い適合率があることも分かった。
もし地震によって主鉱脈が物理的に断裂し、そこで魔力の流れが大きく失われているのなら、その間に新しい魔力の橋を架ける。
そのために開放された研究項目が《蒼月安定導路》だった。
ただし、まだ設計進行度は三十四%。
必要なのは、実際に壊れている鉱脈の状態を調べることだった。
◇◇◇
翌日の夜。
現実の仕事を終えて帰宅した俺は、夕食や風呂、翌日の準備まで済ませてからAWOへログインした。
銀麦亭の客室へ降り立ち、装備を確認してから一階へ向かう。
いつものテーブルには、すでにミナ、カイト、レントが揃っていた。
ミナ「ジョウゴ、おかえり!」
ジョウゴ「ただいま」
カイト「今日は崩落地点の調査だな」
レント「バルガから連絡が来ている」
レントがメッセージを共有する。
バルガ『来たら工房!』
バルガ『測定器できた!』
バルガ『壊すなよ!』
カイト「三行目が追加された」
ジョウゴ「俺たちを何だと思ってるんだ」
ミナ「大事なものなんじゃない?」
ジョウゴ「たぶんな」
もっとも、バルガが一晩で作った試作測定器なら、実際に壊さない方がいいのは間違いない。
俺たちは銀麦亭を出て、そのままバルガの工房へ向かった。
◇◇◇
工房へ入ると、作業台の上には見慣れない器具が置かれていた。
片手で持てる箱型の本体から二本の細い棒が伸び、その先端には青晶鉄鉱の小片が取り付けられている。
バルガ「来たな」
ジョウゴ「それが昨日言ってた測定器?」
バルガ「ああ。《魔力経路探査器・試作一号》だ」
鑑定する。
《魔力経路探査器・試作一号》
《製作者:バルガ》
《品質:良》
《用途:鉱脈内魔力流動調査》
《機能:魔力波長測定》
《機能:伝達方向測定》
《機能:断裂距離簡易測定》
《機能:魔力損失率測定》
《注意:試作品》
《注意:強い衝撃を与えないでください》
カイト「本当に壊すなって書いてある」
バルガ「だから言っただろ!」
ジョウゴ「投げたりしないよ」
俺が本体を受け取ると、思っていたより軽い。
操作方法もそれほど難しくなかった。
先端の探査棒を鉱脈の近くへ向け、基準となる波長を設定する。
今回は昨日記録した《蒼月晶安定波長》が登録済みだ。
バルガ「現場に着いたら、まず崩落地点の手前で測れ。次に周囲の壁と床だ」
ジョウゴ「断裂した先が見つかったら?」
バルガ「両側の波長を測ってくれ。完全に同じ鉱脈なら、かなり近い値が出るはずだ」
レント「岩盤越しでも分かるのか?」
バルガ「距離次第だな。試験じゃ五メートルくらいまでは拾えた。それ以上は保証できん」
ジョウゴ「断裂距離も五メートル以内なら測れる?」
バルガ「ある程度はな」
それ以上なら、別の方法を考える必要がある。
バルガ「あと、絶対にいきなり掘るな」
ジョウゴ「分かってる」
バルガ「青晶鉄鉱の主鉱脈だ。壊れた場所を調べるつもりで、残ってる部分まで壊したら洒落にならん」
ミナ「今日は調べるだけだね」
バルガ「ああ。それで十分だ」
珍しく、バルガが素材採取を一切勧めない。
それだけ青晶洞全体の魔力循環を重要視しているのだろう。
◇◇◇
工房を出た俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
そこでグレイス副支部長とエドガーさんから、新しく見つかった資料について説明を受ける。
エドガー「当時の採掘図面が一部だけ残っていた」
机の上に広げられたのは、かなり傷んだ古い図面だった。
現在の地図と比べると形が違う部分も多い。
それでも旧採掘坑道の位置は一致している。
エドガー「青い線が当時確認されていた蒼鉄鉱脈だ」
ジョウゴ「今の青晶鉄鉱?」
エドガー「当時はそう呼ばれていなかった。おそらく蒼鉄として扱われていたのだろう」
図面には太い青線が一本、旧採掘坑道の横を通っていた。
しかも俺たちが魔力伝達効率の急低下を確認した場所と、ほぼ重なる。
レント「主鉱脈で間違いなさそうだ」
グレイス「問題は地震後の図面が存在しないことだ」
地震によって採掘場そのものが放棄されたため、崩落後に詳しい測量は行われなかったらしい。
エドガー「ただし、事故記録はあった」
別の資料が出される。
エドガー「《第三坑道接続部、大規模崩落。蒼鉄主脈、断裂の可能性あり》」
「……」
ほぼ答えだった。
カイト「当時の人も鉱脈が切れたって分かってたのか」
エドガー「鉱石としての話だろうがな。当時は魔力循環経路だとは知らなかったはずだ」
ジョウゴ「場所は?」
エドガー「君たちが記録した障害候補地点から、南東へ十五メートルほどだ」
近い。
今日の調査範囲もかなり絞れそうだ。
グレイス「戦闘が目的ではない。調査が終わったら戻れ」
ジョウゴ「了解です」
◇◇◇
青晶洞へ到着した俺たちは、第一分岐を越えて蒼晶竜のところへ立ち寄った。
幼竜の状態は大きく変わっていない。
蒼晶竜が魔力を供給し続けているおかげだ。
ただし、親の方は確実に消耗している。
《蒼晶竜》
《関係:友好》
《状態:魔力大量消耗》
《継続的魔力放出》
以前から変わらない表示。
でも、これが長く続いていいはずはない。
蒼晶竜「……今日は……どこへ……」
ジョウゴ「泉へは行きません。途中で切れていると思われる鉱脈を調べます」
蒼晶竜「……そうか……」
ジョウゴ「昔の採掘記録でも、地震で主鉱脈が断裂した可能性があると書かれていました」
蒼晶竜がゆっくり目を閉じる。
蒼晶竜「……あの日……大地の巡りが……途切れた……」
ジョウゴ「今日、それを確かめてきます」
蒼晶竜「……頼む……」
幼竜が小さく顔を上げた。
幼竜「キュゥ……」
ミナ「今日は道を直すための場所を探してくるからね」
ミナが声をかけると、幼竜は小さく鳴き返した。
◇◇◇
俺たちは裂け目を下り、旧採掘坑道へ入った。
今日は蒼月泉まで行く必要がないため、《月隠れの闇路》の手前が目的地になる。
まず前回、魔力伝達効率が急激に低下した場所へ到着する。
ジョウゴ「ここから測ろう」
俺は《魔力経路探査器・試作一号》を取り出した。
《基準波長を設定》
《蒼月晶安定波長》
《探査開始》
先端を壁へ向ける。
《青晶鉄鉱主鉱脈を検出》
《魔力伝達方向:北西》
《安定波長保持率:43%》
《魔力流量:低》
前回とほぼ同じだ。
今度は少し泉側へ戻る。
《安定波長保持率:57%》
さらに戻る。
《安定波長保持率:64%》
レント「やっぱり、この先で急に落ちている」
ジョウゴ「ああ」
俺たちはエドガーさんの図面を頼りに、第三坑道接続部があった場所を探す。
十五メートルほど進むと、壁の一部が完全に崩落していた。
古い支柱が押し潰され、大量の岩が積み重なっている。
《旧採掘坑道・第三坑道接続部》
《大規模崩落》
《推定発生時期:約90年前》
場所は一致した。
俺は探査器を向ける。
《青晶鉄鉱主鉱脈を検出》
《複数反応》
《解析中……》
数秒後、表示が変わった。
《主鉱脈反応A》
《主鉱脈反応B》
《波長類似率:97%》
《同一鉱脈である可能性:極高》
ミナ「二つ?」
ジョウゴ「切れた両側だと思う」
探査器をゆっくり動かす。
片方は俺たちが立っている側の壁。
もう片方は、崩落した岩の向こう。
《主鉱脈反応A→B》
《直線距離推定:3.8~4.4メートル》
《物理接続:確認できず》
《魔力伝達:微弱》
《伝達損失率:78%》
カイト「四メートルくらい切れてるのか」
レント「しかも損失七十八%」
ジョウゴ「ここだな」
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》が進行しました》
《魔力伝達障害地点を特定しました》
《青晶鉄鉱主鉱脈・第一断裂部》
《断裂距離:約4.1メートル》
《伝達損失率:約78%》
《第三段階進行度:31%→49%》
第一断裂部。
その表示が気になった。
ジョウゴ「《第一》ってことは……」
レント「他にもある可能性がある」
やっぱり、一か所だけとは限らない。
◇◇◇
俺たちは崩落地点をさらに詳しく調べた。
岩を動かすことはしない。
探査器と打診具だけを使い、周囲の状態を確認する。
すると、断裂した鉱脈の位置関係が少しずつ分かってきた。
泉側の主鉱脈は壁の中を斜め上へ走り、崩落地点で途切れている。
反対側の鉱脈は約四メートル先から再び始まり、第一分岐方向へ伸びていた。
問題は、その間だ。
崩落によって青晶鉄鉱そのものが砕け、細かな破片として岩の中へ散っている。
《断裂領域》
《青晶鉄鉱破砕片:多数》
《連続魔力経路:形成されず》
《自然回復:困難》
ミナ「自然には戻らないんだ」
ジョウゴ「九十年経ってこれなら、待ってても無理だろうな」
カイト「じゃあ橋を架けるしかない?」
ジョウゴ「たぶん」
俺は探査器で断裂面Aの波長を記録する。
《主鉱脈断裂面A》
《蒼月晶安定波長適合率:88%》
《魔力流入方向:泉側→断裂部》
続いてB。
《主鉱脈断裂面B》
《蒼月晶安定波長適合率:86%》
《魔力流入:極微弱》
《幼竜方向への伝達経路を確認》
ここをつなげれば、蒼月晶の安定波長を幼竜側へ送れる可能性がある。
必要な情報が揃い始めた。
《新規研究《蒼月安定導路》》
《現地情報を取得しました》
《断裂距離:取得》
《断裂面波長A:取得》
《断裂面波長B:取得》
《周辺岩盤情報:一部取得》
《設計進行度:34%→61%》
レント「六十一%」
ジョウゴ「まだ足りないな」
残っているのは周辺岩盤の詳細と、必要素材量。
それに他の断裂地点があるなら、ここだけ直しても十分ではない。
◇◇◇
俺たちは第一断裂部を記録した後、幼竜側へ向かう鉱脈を逆方向に追ってみることにした。
深部へ行くのではなく、第一分岐方向へ戻りながら測定する。
《安定波長保持率:43%》
少し進む。
《41%》
さらに進む。
《39%》
第一断裂部を越えた後は、緩やかに下がっている。
しばらくは大きな異常がない。
カイト「このまま幼竜まで行けるんじゃないか?」
ジョウゴ「だといいけどな」
しかし、旧採掘坑道を抜け、蒼晶竜のいる場所まで残り百メートルほどになったところで探査器が音を出した。
ピッ。
《魔力伝達異常を検出》
「……あったか」
俺たちは足を止める。
周囲を見る。
ここは天然洞窟だ。
大きな崩落は見当たらない。
でも、右側の壁に細い亀裂が走っている。
探査器を向ける。
《主鉱脈反応A》
《主鉱脈反応B》
《波長類似率:98%》
《同一鉱脈である可能性:極高》
《物理接続:不完全》
《断裂距離推定:0.6~0.9メートル》
《伝達損失率:31%》
レント「二つ目だ」
《青晶鉄鉱主鉱脈・第二断裂部》
《断裂距離:約0.8メートル》
《伝達損失率:約31%》
《原因推定:岩盤亀裂による鉱脈分断》
第一断裂部ほど大きくはない。
それでも三割近く失われている。
カイト「四メートルの次は八十センチか」
ジョウゴ「こっちは修復しやすいかもしれない」
ただし、勝手には触らない。
こちらも位置と波長を記録する。
《新規研究《蒼月安定導路》》
《第二断裂部情報を取得》
《設計進行度:61%→72%》
七十二%。
かなり進んだ。
◇◇◇
その後、蒼晶竜のいる場所まで探査を続けたが、新たな大規模異常は見つからなかった。
幼竜のすぐ近くで探査器を使う。
《青晶鉄鉱主鉱脈》
《幼竜方向への魔力流動を確認》
《蒼月晶安定波長:微弱》
《総合伝達効率:推定18%》
ミナ「十八%……」
泉ではあれほど強かった安定波長が、ここまで来ると二割も残っていない。
第一断裂部で七十八%。
第二断裂部で三十一%。
さらに距離による減衰。
それらが重なった結果だ。
ジョウゴ「これじゃ足りないんだろうな」
蒼晶竜が静かに答える。
蒼晶竜「……仔の核を……支えるには……弱すぎる……」
ジョウゴ「必要なのはどれくらいですか?」
蒼晶竜「……かつて……泉の声は……今の何倍も……強かった……」
正確な数値は分からない。
でも、少なくとも十八%では足りない。
第一断裂部と第二断裂部を修復できれば、大幅に改善する可能性はある。
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》》
《主要魔力伝達障害地点:2か所確認》
《第一断裂部:伝達損失率約78%》
《第二断裂部:伝達損失率約31%》
《幼竜到達時安定波長:推定18%》
《主要障害地点調査:完了》
《第三段階進行度:49%→68%》
調査はできた。
次は修復方法だ。
◇◇◇
シズナへ戻った俺たちは、ギルドへ報告した後、そのままバルガの工房へ向かった。
時刻はまだ遅すぎない。
とはいえ、今日は修復作業まで始めるつもりはない。
バルガ「どうだった?」
ジョウゴ「二か所見つかった」
俺は《魔力経路探査器・試作一号》を返し、記録データを共有する。
第一断裂部。
約四・一メートル。
損失率約七十八%。
第二断裂部。
約〇・八メートル。
損失率約三十一%。
幼竜到達時の安定波長は推定十八%。
バルガは冗談を言うこともなく、しばらく黙ってデータを確認していた。
バルガ「第一断裂部が問題だな」
ジョウゴ「やっぱり?」
バルガ「ああ。第二は短い。青晶鉄鉱を芯にして星蒼導流鋼で経路を整えりゃ、たぶんいける」
作業台に簡単な図を描く。
バルガ「問題はこっちだ」
四・一メートルの断裂部。
バルガ「長すぎる。一本の導路で無理に橋を架けると、途中で波長が乱れる」
ミナ「青月石を使う?」
バルガが頷いた。
バルガ「そうなる」
四メートルを一気に流すのではなく、途中に魔力を受け止める場所を作る。
青月石を緩衝材として使い、流れを一度蓄え、整えてから次へ送る。
星月で使っている《青月導流構造》に近い考え方だ。
バルガ「青晶鉄鉱を主導路にする。星蒼導流鋼で流れを整える。そして一定間隔で青月石の中継核を置く」
ジョウゴ「中継器みたいなものか」
バルガ「そんな感じだ」
システムが反応する。
《《蒼月安定導路》設計条件を更新しました》
《第一断裂部情報:取得》
《第二断裂部情報:取得》
《断裂面波長:取得》
《必要中継構造を確認》
《青月石中継核:設計候補》
《設計進行度:72%→88%》
カイト「あと十二%」
レント「何が足りない?」
表示が更新される。
《不足情報》
《実地接続試験》
《必要素材量の確定》
《蒼月晶安定波長による導通試験》
バルガ「試作品を作る」
やっぱりそうなるか。
バルガ「まず工房で一メートル程度の模擬断裂を作って、橋を架ける。そこで安定波長がどれだけ落ちるか調べる」
ジョウゴ「今日は?」
バルガ「今から――」
ジョウゴ「俺は明日も仕事」
バルガの口が止まった。
バルガ「……明日だな」
カイト「学習してる」
ミナ「偉いです」
バルガ「なんで俺が褒められてんだ?」
俺も少し笑った。
急ぐ必要はある。
幼竜の命が関わっている。
でも、焦って失敗すれば余計に時間を失う。
まして今回は、青晶洞全体の魔力循環に手を加えることになる。
慎重すぎるくらいでいい。
工房を出る前、最後にクエスト情報を確認した。
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》》
《主要断裂部調査:完了》
《青晶鉄鉱主鉱脈・第一断裂部:確認》
《青晶鉄鉱主鉱脈・第二断裂部:確認》
《新規研究《蒼月安定導路》》
《設計進行度:88%》
《次段階:試作導路による模擬接続試験》
蒼月泉から幼竜まで続いていた魔力の道は、完全に失われていたわけではなかった。
九十年以上前の地震によって二か所が断裂し、そこで大半の力を失っていただけだ。
壊れている場所は分かった。
距離も分かった。
必要な構造も見えてきた。
なら、次にやることは一つ。
青晶鉄鉱と星蒼導流鋼、そして青月石を使い、途切れた鉱脈をつなぐ《蒼月安定導路》を形にする。
幼竜へ蒼月晶の力を届けるための、新しい魔力の橋を作ることだった。




