第61話 途切れた蒼月の流れ
《蒼月泉》へ到達した俺たちは、そこで幼竜を救うための重要な事実を知った。
泉は枯れていない。
《蒼月晶》も正常で、その力は今も蒼月水と青晶鉄鉱の鉱脈を通じて洞窟全体へ流れている。
問題は、その先だった。
蒼月晶から放たれる《魔力安定化》の波長は青晶鉄鉱の主鉱脈へ確かに流れ込んでいるものの、遠距離へ伝わる途中で大きく弱まっている。そして《魔力方位計》による観測では、《蒼月水路》から旧採掘坑道の間に魔力伝達を妨げている場所が存在するらしい。
九十年以上前、この一帯では大きな地震が起きている。
旧採掘坑道が崩れ、蒼晶竜自身も蒼月泉へ行けなくなったという。
もし、あの地震によって壊れたのが人の通る道だけではなく、青晶洞全体を巡る魔力の通り道だったとしたら。
幼竜を救うために必要なのは、蒼月晶を持ち出すことではない。
途切れてしまった流れを、もう一度つなぎ直すことなのかもしれなかった。
◇◇◇
蒼月泉で必要な観測を終えた俺たちは、来た道を引き返した。
《蒼月晶》には触れていない。
持ち帰ったのは、《魔力検知板・改》へ記録した蒼月晶の安定波長と、周辺の青晶鉄鉱を調べた観測情報だけだ。
《蒼月水路》へ戻ったところで、俺はもう一度《魔力方位計》を確認した。
《青晶鉄鉱主鉱脈》
《蒼月晶安定波長:検出》
《伝達効率:正常範囲》
ここでは問題ない。
少し下流へ進む。
《蒼月晶安定波長:検出》
《伝達効率:87%》
さらに進むと、数値が少しずつ下がり始めた。
《伝達効率:81%》
《伝達効率:74%》
レント「距離による減衰か?」
ジョウゴ「それもあると思う。でも、泉で検出されたのは《一部経路に異常》だった」
単純に遠くなるほど弱くなるだけなら、システムが異常と判定するとは考えにくい。
俺たちは帰り道でも数値を記録することにした。
水路を抜け、《白き道》へ入る。
《伝達効率:69%》
まだ緩やかな低下だ。
遠くでは《岩喰い大顎獣グラン・ガルド》が青晶鉄鉱を噛み砕いていたけれど、今回もこちらへ近づいてくる様子はない。
白月岩に沿って大空洞の外周を通過する。
《伝達効率:65%》
ここまでは不自然ではない。
しかし、《月隠れの闇路》を抜けて旧採掘坑道へ戻った直後だった。
《伝達効率:42%》
ジョウゴ「下がった」
ミナ「一気に?」
レント「二十%以上落ちている」
俺は足を止め、《魔力方位計》の位置を少し変えてみる。
四十一。
四十三。
四十二。
誤差はあるけれど、四十%前後で間違いない。
カイト「この近く?」
ジョウゴ「可能性が高い」
俺たちは周囲を見回した。
ここは前にも通った旧採掘坑道。
古い支柱と壊れたトロッコが残り、天井や壁の一部は九十年以上前の崩落によって大きく形を変えている。
そして少し先には、最初に発見した大規模な崩落地点がある。
レント「地震で崩れた場所と一致するな」
ジョウゴ「ああ」
偶然とは思えなかった。
◇◇◇
ただし、現時点で本格的な調査はしない。
蒼月泉まで進んだ後だ。
現実時間にも余裕はあるものの、長時間探索を続ける必要はない。
何より、俺たちは蒼月晶の波長情報を持ち帰るという目的をすでに達成している。
ジョウゴ「場所だけ記録して、一度戻ろう」
カイト「調べないのか?」
ジョウゴ「今ここで岩を掘り始める装備は持ってないし、鉱脈を傷つけたら逆に悪化するかもしれない」
レント「同意する。まずバルガとギルドへ情報を見せた方がいい」
ミナ「じゃあ今日は帰ろう」
レントが地図へ位置を書き込み、簡易測量器でも座標を記録する。
《魔力伝達障害候補地点を記録しました》
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》》
《障害地点調査:12%》
やはり、この付近で間違いないらしい。
◇◇◇
第一分岐近くまで戻ると、蒼晶竜が俺たちの気配に気づいて顔を上げた。
蒼晶竜「……泉へ……辿り着いたか……」
ジョウゴ「はい」
その一言に、蒼晶竜の瞳が僅かに細くなる。
ジョウゴ「蒼月泉も蒼月晶も無事でした。蒼月晶には触れていません」
蒼晶竜「……そうか……」
低い声だった。
でも、その中に安堵が混じっているように聞こえた。
ミナ「蒼月晶の力も残っていました」
蒼晶竜「……ならば……なぜ……」
蒼晶竜が幼竜を見る。
当然の疑問だ。
泉が生きているなら、なぜ幼竜にはその力が届かないのか。
ジョウゴ「途中の鉱脈が壊れている可能性があります」
蒼晶竜「……鉱脈が……」
ジョウゴ「蒼月晶の安定化する力は、青晶鉄鉱の鉱脈へ流れていました。でも旧採掘坑道の近くで、伝達効率が急激に下がっています」
蒼晶竜がしばらく黙り込んだ。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
蒼晶竜「……大地が……鳴いた日……」
ジョウゴ「九十年くらい前の地震ですか?」
蒼晶竜「……人の時は……我には……分からぬ……だが……山が揺れ……多くの岩が落ちた……」
やはり、その時だ。
蒼晶竜「……あの日より……泉の声は……弱くなった……」
レント「泉の声?」
蒼晶竜「……我ら蒼晶竜は……蒼月晶の巡りを……感じる……」
蒼晶竜は、自分の胸元へ視線を落とした。
蒼晶竜「……かつては……この場所にいても……泉の力を……感じられた……だが……大地が鳴いた後……その声は……細くなった……」
ジョウゴ「それなら、やっぱり……」
地震によって魔力循環経路が損傷した。
その可能性がさらに高くなった。
蒼晶竜「……我は……泉そのものが……弱ったと思っていた……」
ジョウゴ「泉は正常でした」
俺ははっきり伝える。
ジョウゴ「流れが途中で止まっているだけなら、直せる可能性があります」
蒼晶竜の黄色い瞳が俺を見つめる。
蒼晶竜「……直せる……のか……?」
ジョウゴ「まだ分かりません」
できるとは言わない。
期待させるだけなら簡単だ。
でも、まだ方法すら完成していない。
ジョウゴ「だから、これから調べます」
少しの沈黙の後、蒼晶竜が頭を下げた。
蒼晶竜「……頼む……」
その隣で、幼竜が小さく鳴いた。
幼竜「キュ……」
ミナがしゃがみ込み、そっと幼竜の頭へ手を近づける。幼竜が嫌がらないことを確認してから、軽く撫でた。
ミナ「ちゃんと調べてくるからね」
《蒼晶竜との友好関係が深まりました》
《幼竜との友好度が上昇しました》
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》に情報が追加されました》
《約90年前の大規模地殻変動以降、蒼晶竜が蒼月晶由来波長の低下を確認》
《魔力循環経路損傷の可能性:高》
これで推測ではなく、かなり確度の高い情報になった。
◇◇◇
青晶洞を出た俺たちは、そのままシズナへ戻った。
最初に向かったのは冒険者ギルドだ。
グレイス副支部長とエドガーさんへ蒼月泉発見を報告すると、二人とも驚いたものの、特にエドガーさんは泉が現存していたことを喜んでいた。
エドガー「百年以上、記録の中にしかなかった場所だ。それが本当に残っていたとは……」
ジョウゴ「蒼月晶もありました。状態は正常です」
グレイス「持ち出してはいないな?」
ジョウゴ「もちろんです」
グレイス「それでいい」
俺は蒼月泉で得た情報を順番に説明した。
蒼月晶は魔力を蓄積し、循環させ、安定化する。
泉と青晶鉄鉱脈はつながっている。
安定波長は鉱脈を通じて外へ流れている。
しかし、旧採掘坑道付近で伝達効率が急激に低下していた。
そして蒼晶竜も、九十年ほど前の地震以降、蒼月晶の力を感じにくくなったと証言している。
グレイス「つまり、崩落地点の調査が必要になる」
ジョウゴ「はい。ただ、下手に掘るのは危険だと思います」
グレイス「同感だ」
鉱脈そのものが魔力循環経路になっている。
普通の崩落現場として撤去作業を始めるわけにはいかない。
エドガー「当時の採掘図面を探してみよう。主坑道だけでなく、どこに鉱脈が走っていたか記録されている可能性がある」
レント「それがあれば、今の状態と比較できます」
グレイス「こちらは記録を調べる。君たちはバルガへ行け」
カイト「やっぱり?」
グレイス「鉱石と魔力経路の話なら、あの鍛冶師にも見せた方がいいだろう」
俺もそのつもりだった。
◇◇◇
バルガの工房へ入ると、本人は奥で鉄を打っていた。
バルガ「おう。泉はどうだった?」
ジョウゴ「見つけた」
槌が止まった。
バルガ「……見つけた?」
ジョウゴ「ああ。蒼月晶もあった」
バルガ「工房!」
カイト「もう工房にいるぞ」
数秒の沈黙。
バルガ「……そうだった」
興奮しすぎだ。
俺は《魔力検知板・改》を取り出し、バルガへ渡す。
ジョウゴ「蒼月晶そのものは持ってきてない。これに安定波長を記録した」
バルガの表情が一気に真剣になった。
バルガ「よく石を持ち出さなかったな」
ジョウゴ「持ち出すと力が落ちる。それ以前に、泉から動かすなと言われてる」
バルガ「正解だ」
素材好きのバルガが即答した。
バルガ「未知素材だからって何でも掘り出せばいいわけじゃねぇ。周囲とつながってる素材を外せば、何が起きるか分からん」
そう言いながら検知板を装置へ接続する。
《蒼月晶安定波長データを読み込みます》
《解析中……》
数秒後。
《青晶鉄鉱波長との適合率:91%》
《星蒼導流鋼との適合率:76%》
《青月石との適合率:84%》
バルガ「……高いな」
ジョウゴ「やっぱり?」
バルガ「ああ。特に青晶鉄鉱とはほとんど同系統だ」
九十一%。
以前、《星蒼導流鋼》と青晶鉄鉱の波長類似率は六十三%だった。
蒼月晶と青晶鉄鉱は、それより遥かに近い。
バルガ「青晶鉄鉱の性質は、蒼月晶の影響を長い時間受けてできた可能性が高い」
ジョウゴ「俺もそう思う」
バルガが次に、青晶鉄鉱の試料を作業台へ置いた。
以前採取したものだ。
そこへ蒼月晶の記録波長を模擬的に流す。
《波長同期開始》
《青晶鉄鉱:反応》
《魔力伝導開始》
《安定波長保持率:89%》
青い光が鉱石の中を通過する。
ミナ「流れた」
バルガ「やっぱりこいつは運べる」
次に二つの青晶鉄鉱を少し離して置く。
以前確認した、非接触での短距離伝達だ。
《第一試料→第二試料》
《安定波長伝達:成功》
《距離による損失:大》
バルガ「近距離ならな」
ジョウゴ「長距離だと?」
バルガ「今のままじゃ厳しい。だから本来は鉱脈が連続してる必要があるんだろう」
俺たちの仮説と一致する。
地震によって主鉱脈が物理的に断裂していれば、そこがボトルネックになっている可能性が高い。
バルガが腕を組んだ。
バルガ「問題は、どうつなぐかだな」
普通なら同じ鉱石を埋めればいいと思うかもしれない。
でも、それほど単純ではない。
魔力の波長。
流れる方向。
接続角度。
周囲の鉱脈との同調。
それらが合わなければ、ただ青晶鉄鉱を置くだけでは魔力の道にならない可能性がある。
ジョウゴ「システムから《蒼月安定導路》って研究項目が出た」
バルガ「見せろ」
情報を共有する。
《新規研究項目《蒼月安定導路》》
《目的:蒼月晶由来の魔力安定波長を遠隔伝達する》
《基礎素材候補:青晶鉄鉱》
《補助素材候補:星蒼導流鋼》
《蓄積・緩衝素材候補:青月石》
《詳細設計:未完成》
バルガがしばらく黙り込む。
そして作業台の上に三つの素材を並べた。
青晶鉄鉱。
星蒼導流鋼の試験片。
青月石の小片。
バルガ「青晶鉄鉱で波長を受ける」
最初の素材を指す。
バルガ「星蒼導流鋼で流れを整える」
次。
バルガ「青月石で一度受け止めて、出力を安定させる」
ミナ「星月と似てる?」
バルガ「考え方はな。ただし今回は武器じゃねぇ」
バルガは紙を引き寄せ、簡単な図を描き始めた。
バルガ「切れた鉱脈と鉱脈の間に、橋を架ける」
ジョウゴ「魔力の橋?」
バルガ「ああ」
その言葉と同時に、システムが反応した。
《特殊研究条件を検出しました》
《《蒼月安定導路》設計が進行しました》
《設計進行度:0%→34%》
《必要情報》
《魔力伝達障害地点の詳細構造》
《断裂した青晶鉄鉱脈の距離》
《断裂面の魔力波長》
《周辺岩盤の状態》
《必要素材量:未確定》
バルガ「やっぱり現場を見ねぇと無理だ」
ジョウゴ「バルガも行く?」
バルガ「行きてぇ」
即答だった。
でも、その直後。
バルガ「……と言いたいところだが、深部だろ?」
ジョウゴ「ああ。Lv18もいる」
バルガ「なら行かん」
カイト「珍しく自制した」
バルガ「俺が行って足手まといになったら調査にならねぇだろ!」
正論だ。
グラン・ガルドは《白き道》で回避できるとはいえ、深部に生産職のバルガを連れていく必要はない。
バルガ「代わりに測定器を作る」
ジョウゴ「測定器?」
バルガ「断裂面の波長と距離を測れるやつだ。明日までには形にする」
ジョウゴ「本業がないNPCは強いな」
バルガ「何の話だ?」
ジョウゴ「こっちの話」
◇◇◇
その日は、そこで研究を切り上げた。
バルガが無理に試作品を完成させようとしなかったのは意外だったけれど、それだけ今回の作業を慎重に考えているのだろう。
銀麦亭へ戻る途中、クエスト情報が更新された。
《特殊クエスト《途切れた蒼月の流れ》》
《蒼月泉調査:完了》
《蒼月晶安定波長:記録完了》
《魔力伝達障害候補地点:確認》
《蒼晶竜の証言:取得》
《新規研究《蒼月安定導路》:開始》
《第三段階進行度:31%》
《次の推奨行動:魔力伝達障害地点の詳細調査》
銀麦亭へ着くと、マリアさんがいつものように夕食を出してくれた。
今日も一日で問題を解決したわけではない。
でも、蒼月泉へ辿り着いたことで、幼竜を救うための道筋はかなり具体的になってきた。
ミナ「鉱脈、本当に直せるといいね」
ジョウゴ「ああ」
カイト「でも、九十年前に壊れたものだろ?」
レント「だからこそ、まず状態確認だな」
ジョウゴ「明日は崩落地点を詳しく調べる」
壊れている場所が一か所とは限らない。
断裂の規模も分からない。
もしかしたら俺たちでは直せないほど大きく崩れているかもしれない。
それでも、調べなければ何も始まらない。
蒼月晶の力は今も生きている。
青晶鉄鉱にも、その力を運ぶ性質が残っている。
ならば、必要なのは失われた力を新しく作り出すことではない。
九十年以上前の地震によって途切れた道を見つけ、その間へ新しい橋を架けること。
蒼月泉から幼竜まで、もう一度《蒼月の流れ》をつなげることだった。




