第57話 青晶洞、深部探索へ
《蒼月の道標》が完成した翌日。
現実世界で目を覚ました俺――上塚賢吾は、いつも通り朝食を取り、身支度を整えてから銀行へ出勤した。
今日の夜には《Another World Online》で青晶洞の深部探索を予定している。
目的は、重度の魔力欠乏に陥っている蒼晶竜の幼竜を救うため、《蒼月泉》へ続く道を探すことだ。
とはいえ、それを理由に現実の仕事を疎かにするつもりはない。
午前中は通常業務をこなし、午後も書類の確認や顧客対応を続けた。昼休みにAWO公式アプリを確認してみると、シズナ冒険者ギルドから青晶洞に関する最新情報が届いていた。
《北東上流・青晶洞》
《入口周辺魔力濃度:安定》
《第一分岐周辺魔力濃度:通常値比181%》
《大型知性体《蒼晶竜》:第一分岐深部にて滞在》
《幼竜生命反応:安定》
《敵対反応:なし》
幼竜の状態が悪化していないことに、ひとまず安心する。
ただ、生命反応が安定しているのは蒼晶竜が今も魔力を送り続けているからだ。根本的な問題が解決したわけではない。
俺は通知を閉じると、午後の仕事へ戻った。
◇◇◇
仕事を終えて帰宅してからも、普段と同じように夕食、風呂、家事、翌日の準備を済ませた。
今日は未知領域へ入る。
だからこそ、現実側の準備もいつも以上にきちんとしておく。
VR機器を装着すると、身体状態の確認が始まった。
《リアルコンディションチェックを開始します》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
ジョウゴ「ログイン」
視界が光に包まれ、次の瞬間には銀麦亭の客室へ切り替わる。
俺はベッドから立ち上がると、最初に装備を確認した。
腰には《星月》。
そしてアイテム欄には、昨日完成した《蒼月の道標》が入っている。
《星月》
《状態:良好》
《耐久値:96%》
《魔力経路安定度:99.2%》
《魔力調整核蓄積量:82%》
《外部魔力制限弁・試作型:正常》
《外部魔力流入:手動遮断中》
高魔力環境に入る以上、外部魔力の流入は最初から遮断したままにする。
試作型の制限弁も追加されているけれど、それはあくまで二重の安全策だ。まだ正式機能ではない以上、必要もないのに頼るつもりはない。
装備に問題がないことを確認して一階へ下りると、ミナ、カイト、レントがすでに待っていた。
ミナ「ジョウゴ、おかえり!」
ジョウゴ「ただいま。準備は?」
カイト「問題なし。盾も整備してきた」
レント「矢も補充済みだ。予備も多めに持っている」
ミナ「回復薬と状態異常回復薬も確認したよ。食料もちゃんとあります」
ジョウゴ「最後だけ妙に力が入ってない?」
ミナ「長時間探索では食事も大切です」
言っていること自体は正しい。
満腹度システムがあるAWOでは、食料も立派な探索装備だ。
ジョウゴ「食べ過ぎなければな」
ミナ「現在七十二%なので問題ありません!」
カイト「出発前から七十二あるのか」
ミナ「ちょうどいいです!」
そこは人によって意見が分かれそうだ。
◇◇◇
銀麦亭を出た俺たちは、最初に冒険者ギルドへ向かった。
青晶洞の深部へ入る前に、最新の観測情報を受け取ることになっている。
奥の会議室では、副支部長のグレイスと記録管理官のエドガーさんが待っていた。
グレイス「来たか」
ジョウゴ「はい。これから向かいます」
グレイス「その前に最新情報を共有する」
机の上には青晶洞の地図が広げられていた。
第一分岐までの地形は、俺たちの探索によってかなり詳しくなっている。しかし、そこから先はほとんど空白だ。
今回調べるのは、その空白部分。
グレイス「まず蒼晶竜だが、昨夜から大きな移動はない。幼竜も同じ場所にいる」
ミナ「状態は?」
グレイス「悪化は確認されていない」
ミナが小さく息を吐いた。
グレイス「こちらから、君たちが今日深部調査へ向かうことも伝えてある」
ジョウゴ「返事は?」
グレイス「《急ぐな。鉱脈を見失うな》だそうだ」
レント「鉱脈を見失うな……」
エドガー「古い記録とも一致する」
エドガーさんが資料を開く。
エドガー「以前にも説明したが、《泉へ至るには、青き鉱脈に沿いて地下を下れ》とある。蒼晶竜の言葉を考えても、青晶鉄鉱の主鉱脈が重要なのは間違いないだろう」
ジョウゴ「《蒼月の道標》だけを頼りにするんじゃなくて、鉱脈も追う」
グレイス「そうしてくれ」
続いて、今回の調査範囲が表示された。
《青晶洞・深部経路調査》
《調査範囲:第一分岐~旧採掘坑道接続部》
《主目的:青晶鉄鉱主鉱脈の追跡》
《主目的:崩落地点の確認》
《副目的:深部魔物の生息状況確認》
《特殊クエスト《蒼月泉への道》と連動》
《蒼月泉への到達は今回の必須目標ではありません》
最後の一文は昨日から変わっていない。
むしろ、何度も確認しておくべき内容だ。
一度の探索ですべて終わらせる必要はない。
危険なら帰る。
道が分からなければ調べ直す。
それでいい。
グレイス「もう一つ。九十年前の記録にあった《石を喰らう大顎》についてだが、新しい情報は見つからなかった」
カイト「結局、正体不明?」
エドガー「当時の記録にも正式な魔物名はない。採掘者がそう呼んでいただけらしい」
レント「遭遇したら戦闘を避けるべきだな」
ジョウゴ「ああ。情報がない相手と無理に戦う必要はない」
グレイス「その判断で頼む」
◇◇◇
ギルドを出る前に、俺たちは装備をもう一度確認した。
《蒼月の道標》、魔力方位計、簡易測量器、探索用発光石、ロープ、岩盤打診具、回復薬、状態異常回復薬、食料、水。
そして今回も《遠隔音声記録石》を持たされている。
常時通信ではないものの、何か重大な発見があった場合には記録を残せる。
準備はできている。
俺たちは北東草原を抜け、上流丘陵へ向かった。
◇◇◇
青晶洞の入口へ到着した頃には、AWO内でも日が少し傾き始めていた。
入口の前にはギルド調査員が二人待機している。
調査員「ジョウゴさんたちですね」
ジョウゴ「はい」
調査員「内部の状況に大きな変化はありません。入口から第一分岐までは安全確認済みです。ただし、魔物が完全にいないわけではありません」
ジョウゴ「了解しました」
入口の警告表示も更新されていた。
《北東上流・青晶洞》
《一般立入制限中》
《第一分岐以降:特殊調査許可者のみ進入可》
《大型知性体への攻撃・挑発行為禁止》
《深部危険度:未確定》
俺たちは洞窟へ入った。
外の光が徐々に遠ざかり、代わりに岩壁に混じる青い結晶の光が目立ち始める。
以前と同じ景色。
でも、今日は目的が違う。
第一分岐のさらに先へ行く。
《周辺魔力濃度:通常値比159%》
以前より少し低い。
それでも通常環境と比べればかなり高い。
星月を確認する。
《外部魔力反応:微弱》
《外部魔力流入:手動遮断中》
《魔力調整核蓄積量:82%》
問題なし。
レント「前方、ブルーケイブバット二体」
カイト「来る?」
レント「いや。天井に止まったままだ」
こちらが刺激しなければ襲ってこないらしい。
俺たちは戦闘を避け、そのまま奥へ進んだ。
途中でクリスタルスライムを一体見かけたものの、これも通路の端をゆっくり移動しているだけだった。
ミナ「前より魔物が大人しいね」
レント「魔力濃度が下がった影響かもしれない」
ジョウゴ「まだ断定はしないでおこう」
可能性はある。
でも、確認できていないことを事実にはしない。
◇◇◇
やがて第一分岐へ到着した。
設置してある《定点魔力観測器》は正常に動いている。
《周辺魔力濃度:通常値比181%》
《大型知性体反応:右経路・約172メートル》
《小型生命反応:大型反応付近》
蒼晶竜と幼竜は、前回とほぼ同じ場所にいる。
ジョウゴ「まず挨拶しておこう」
カイト「だな」
俺たちは右側の通路へ少し進んだ。
しばらくすると、暗闇の奥に二つの黄色い目が浮かぶ。
巨大な蒼晶竜が、ゆっくりと顔を上げた。
蒼晶竜「……来たか……人の剣士よ……」
ジョウゴ「はい。準備ができました」
俺は《蒼月の道標》を取り出した。
まだ月光を受けていないため強くは光っていない。それでも蒼晶竜は、それが何なのかすぐに理解したらしい。
蒼晶竜「……懐かしき……光だ……」
ミナ「これで蒼月泉への道を探します」
蒼晶竜の傍らでは、幼竜が身体を丸めて横たわっていた。
以前より悪化しているようには見えない。
ミナが心配そうに見つめると、幼竜が僅かに頭を上げた。
幼竜「……キュゥ……」
ミナ「待っててね」
ミナが小さく手を振る。
蒼晶竜はそんな二人を見た後、俺たちへ視線を戻した。
蒼晶竜「……この先……我が眠りし場所の奥に……下へ続く裂け目がある……」
ジョウゴ「そこから鉱脈を追えばいい?」
蒼晶竜「……ああ……だが……古き道は……崩れている……」
レント「その先に何がいるかは?」
蒼晶竜「……我にも……分からぬ……」
やっぱり。
ここから先は、本当に未確認領域だ。
蒼晶竜「……我が最後に……泉を訪れたのは……長き時の前……」
ジョウゴ「分かりました。危険なら戻ります」
蒼晶竜の黄色い瞳が僅かに細くなる。
蒼晶竜「……それでよい……」
そして、低い声で続けた。
蒼晶竜「……泉は……逃げぬ……命を……捨てるな……」
ジョウゴ「はい」
古竜にまで念押しされた。
なら、なおさら無茶はできない。
◇◇◇
蒼晶竜の身体の横を十分な距離を取って通り、そのさらに奥へ進む。
ここからは俺たち全員が初めて足を踏み入れる場所だ。
《未探索領域へ進入しました》
《青晶洞・深部》
《内部調査率:27%→28%》
《推奨Lv:不明》
通路は第一分岐付近より広い。
壁には青晶鉄鉱の鉱脈がはっきりと走っていて、淡い青色の光を放っている。
レントが地図を作り始め、俺は《魔力方位計》を確認した。
《青晶鉄鉱主鉱脈反応》
《方向:前方・やや下》
ジョウゴ「鉱脈は下へ続いてる」
レント「古い記録通りだな」
少し進むと、蒼晶竜が言っていた裂け目が見つかった。
幅は三メートルほど。
そこから斜め下へ天然の通路が伸びている。
完全な崖ではないので歩いて下りられるけれど、足場はかなり悪い。
カイト「ここか」
ジョウゴ「ロープを使おう」
壁の強度を打診具で確認し、固定具を打ち込む。
カイトが先に下り、その後にミナ、レント、俺と続いた。
十メートルほど下ったところで足場が安定する。
《青晶洞・下層部》
《新規区域を発見しました》
《内部調査率:31%》
そこには人工的に削られた跡があった。
レント「これは……」
ジョウゴ「採掘跡だな」
天然洞窟だった壁の一部が、明らかに人の手で広げられている。
古びた木材。
錆びた金具。
半分土に埋まった壊れたトロッコ。
《旧蒼鉄採掘坑道》
《推定放棄時期:約90~120年前》
カイト「本当に残ってたのか」
九十年以上前の採掘場。
エドガーさんが見つけた記録と一致する。
俺たちは慎重に坑道へ入った。
◇◇◇
少し進んだところで、レントが手を上げた。
レント「止まれ」
全員が足を止める。
前方。
何かを引きずるような音がする。
ズル……ズル……。
カイト「何かいるな」
ジョウゴ「ああ」
俺は星月へ手を添える。
今度は戦闘になる可能性がある。
暗闇の向こうから現れたのは、全長二メートルほどの魔物だった。
岩のような甲殻に覆われ、前脚が異様に大きい。
《ロックモールLv.13》
《地中性魔物》
《硬質外殻》
《弱点:腹部・関節》
カイト「大顎じゃないな」
レント「別種だ」
さらに一体。
《ロックモールLv.12》
ジョウゴ「二体。カイト、前を頼む」
カイト「了解!」
カイトが盾を構える。
一体目のロックモールが地面を蹴り、大きな前脚を振り下ろした。
ガンッ!
カイトは真正面で受け止めず、最近練習している角度を付けた受け方で攻撃を外側へ流す。
カイト「重っ!」
完全には流せなかった。
それでも直撃は避けている。
レント「右の関節を狙う!」
レントの矢が飛び、前脚の付け根へ刺さった。
そこへ俺が踏み込む。
外殻そのものは硬い。
なら、狙う場所は最初から決まっている。
ジョウゴ「《片手平突き》!」
システム補助が踏み込みと照準を支える。
ただし、そのまま真っ直ぐ突くのではなく、最後の瞬間に手首の角度を僅かに変えた。
《動作補正》
星月の切っ先が外殻の隙間へ入り込む。
ロックモールの身体が大きく揺れた。
ミナ「《ホーリーライト》!」
白い光が二体を包み、動きを止める。
カイト「今だ!」
カイトが盾で一体を押し返し、レントが二本目の矢を放つ。
俺は一体目から星月を抜き、そのまま横へ回り込んで腹部を斬った。
《ロックモールLv.13を討伐しました》
二体目も同じように関節を狙う。
硬い場所へ無理に刃をぶつける必要はない。
カイトが正面を引き受け、レントが足を止め、ミナが支援する。
最後は俺が腹部へ斬撃を入れた。
《戦闘終了》
《ロックモールLv.12を討伐しました》
《硬岩爪×2》
《岩鼠皮×1》
《小魔石×2》
カイト「この辺りはLv12から13か」
ジョウゴ「今のところはな」
レント「先へ進めば上がる可能性がある」
その通りだ。
推奨レベル不明という表示を忘れてはいけない。
◇◇◇
坑道をさらに進む。
ところどころに青晶鉄鉱が露出しているため、《魔力方位計》の反応も強い。
そして三十分ほど地図を作りながら進んだところで、通路が大きく崩れていた。
カイト「ここが崩落地点?」
レント「可能性が高い」
天井から落ちた巨大な岩が道を塞いでいる。
人力で簡単に動かせる大きさではない。
俺は《蒼月の道標》を取り出した。
青晶洞の内部なので月光は届かない。
それでも昨日の製作で月光同調を済ませ、蒼月泉の波長を固定している。
手に持つと、内部に淡い青色の光が灯った。
《蒼月の道標》
《蒼月泉方向感応:作動》
細い光が伸びる。
正面。
つまり。
崩落。
した。
岩。
向こう。
レント「方向は合ってる」
ジョウゴ「ああ。蒼月泉はこの先だ」
ミナ「じゃあ、ここを通れるようにすれば……」
その時だった。
道標から伸びていた光が僅かに揺れ、正面から少し左へ曲がった。
「ん?」
俺は道標を動かしていない。
なのに光は、崩落した岩壁の左側を指している。
レント「ジョウゴ、そこ」
レントが壁へ近づく。
岩の隙間。
人一人なら通れそうな細い空間がある。
カイト「横道?」
ジョウゴ「自然にできた隙間かもしれない」
ランタンを近づける。
奥は暗い。
かなり深そうだ。
そして《魔力方位計》も反応した。
《青晶鉄鉱主鉱脈反応》
《方向:左前方》
鉱脈。
道標。
両方。
同じ。
方向。
示している。
ジョウゴ「ここだな」
ただし、すぐには入らない。
まず入口周辺の岩盤を打診具で確認する。
崩落の危険。
なし。
少なくとも今すぐ崩れる状態ではない。
レント「地図に記録した」
カイト「行く?」
ジョウゴ「少しだけ確認しよう。危険なら戻る」
俺たちは一列になって隙間へ入った。
先頭はカイト。
次に俺。
その後ろにミナ。
最後尾をレントが警戒する。
数メートル。
十メートル。
十五メートル。
少しずつ周囲の光が減っていく。
ミナ「暗くなってない?」
ジョウゴ「ああ」
ランタン。
点いてる。
でも。
光。
弱い。
燃料。
問題。
ではない。
光そのものが、暗闇に吸い込まれているように見える。
《特殊環境へ進入しました》
《周辺光量低下》
《通常光源効率:74%》
さらに進む。
《通常光源効率:51%》
カイト「これか……」
レント「古い記録にあった場所だ」
そして二十メートルほど進んだところで、ランタンの光がほとんど届かなくなった。
《特殊区域を発見しました》
《名称:月隠れの闇路》
《通常光源効率:12%》
《特殊光源を推奨します》
真っ暗。
だった。
カイトの背中すら、ほとんど見えない。
ミナ「本当にランタンが効かない……」
ジョウゴ「道標を使う」
俺は《蒼月の道標》を前へ出した。
その瞬間。
青い光が広がった。
でも。
周囲。
全部。
照らす。
わけ。
ではない。
細い。
一本。
光。
地面。
沿って。
伸びる。
そして。
進むべき。
場所。
だけ。
淡い。
青。
浮かび上がらせる。
《《蒼月の道標》特殊機能を確認》
《《月隠れの闇路》における経路表示を開始します》
ミナ「道が見える……」
レント「なるほど。だから《魔を照らさず、道のみを示す》か」
エドガーさんが読んだ古い記録。
意味。
ようやく。
分かった。
魔物。
照らす。
ため。
道具。
じゃない。
安全。
進める。
場所。
だけ。
教える。
道具。
だ。
◇◇◇
俺たちは青い光に従って進んだ。
通常のランタンはほとんど役に立たない。
足元に浮かぶ道標の光だけが頼りだ。
十メートルほど進んだ時。
突然。
道標の光が止まった。
ジョウゴ「止まれ」
全員が足を止める。
光は正面へ進まず、大きく右へ曲がっている。
俺は小石を一つ拾い、正面へ投げた。
数秒後。
カン。
カン。
そして。
かなり下から。
コーン……。
音が返ってきた。
カイト「穴?」
レント「かなり深い」
道標がなければ、そのまま進んでいたかもしれない。
ミナ「これ、必要な理由がよく分かった……」
ジョウゴ「ああ」
暗い。
だけ。
じゃない。
道。
そのもの。
危険。
なんだ。
俺たちは道標が示す右側の細い足場を慎重に進んだ。
そこを抜けたところで、通常のランタンが少しずつ明るさを取り戻す。
《《月隠れの闇路》を突破しました》
《特殊クエスト《蒼月泉への道》が進行しました》
《蒼月の道標を使用した経路突破:完了》
《青晶洞内部調査率:31%→39%》
カイト「抜けた……」
ミナ「良かったぁ……」
俺も少しだけ息を吐く。
でも、まだ終わりではない。
むしろ。
ここから。
だった。
◇◇◇
月隠れの闇路を抜けた先には、これまでとはまったく違う空間が広がっていた。
広い。
天井は十メートル以上ある。
そして壁一面に、太い青晶鉄鉱の鉱脈が走っている。
その光だけで周囲が見えるほどだった。
《未登録区域を発見しました》
《青晶洞・深部大空洞》
《周辺魔力濃度:通常値比236%》
高い。
俺はすぐ星月を確認する。
《外部魔力反応:強》
《外部魔力流入:手動遮断中》
《外部魔力制限弁・試作型:待機》
《魔力調整核蓄積量:82%》
遮断は正常に働いている。
問題なし。
そして《蒼月の道標》は、空洞のさらに奥を指していた。
ミナ「この先?」
ジョウゴ「みたいだな」
レント「待て」
レントの声が低くなる。
弓にはまだ手を掛けていない。
でも、その視線は空洞の奥へ向いている。
レント「何かいる」
俺たちも見る。
最初は岩だと思った。
巨大な黒い塊。
高さは二メートル以上。
横幅はさらにある。
でも。
それ。
動いた。
ゴリッ。
岩。
砕ける。
音。
響く。
巨大な口が開き、壁から突き出していた青晶鉄鉱を岩ごと噛み砕いた。
「……」
全員。
黙る。
システム。
表示。
出る。
《???》
《解析中……》
《古代記録情報との照合を確認》
《個体情報を更新します》
《岩喰い大顎獣グラン・ガルド》
《Lv.18》
《状態:通常》
《敵対状態:なし》
《縄張り性:高》
俺は思わず古い記録の言葉を思い出した。
《石を喰らう大顎》。
九十年以上前。
採掘者たちが遭遇したという正体不明の魔物。
どうやら。
まだ。
いた。
カイト「……レベル十八」
ミナ「私たち十二だよね?」
レント「ああ」
推奨レベル不明。
その意味。
ようやく。
出てきた。
グラン・ガルドは、まだこちらに気づいていない。
壁の鉱石を噛み砕き、ゆっくりと咀嚼している。
戦う必要。
ない。
なら。
答え。
一つ。
ジョウゴ「今日はここまでにしよう」
カイト「賛成」
ミナ「うん」
レント「位置と行動だけ記録する」
蒼月泉。
道。
見つかった。
月隠れの闇路。
突破。
できた。
深部大空洞。
到達。
した。
それ。
十分。
成果。
だ。
レベル十八。
未知。
魔物。
相手。
無理。
する。
理由。
ない。
俺たちはグラン・ガルドを刺激しないよう、静かに後退を始めた。
その時、《蒼月の道標》から伸びる青い光が、大空洞の奥を指しているのが見えた。
そして、その先。
グラン・ガルドがいる場所より、さらに向こう。
岩壁の隙間から。
ほんの僅か。
青白い。
柔らかな。
光。
漏れていた。
《特殊クエスト《蒼月泉への道》》
《蒼月泉由来と推定される魔力波長を検出》
《目的地までの推定距離:測定不能》
《経路上に高危険度生物を確認》
俺はその表示を確認し、星月へ伸ばしかけた手を止めた。
今日は戦わない。
目的は勝つことではない。
幼竜を助けるための道を見つけることだ。
そして、その道は確かに見つかった。
ただし。
蒼月泉へ続く道の途中には、九十年以上前の記録に残されていた《石を喰らう大顎》――レベル十八の《岩喰い大顎獣グラン・ガルド》が、今も変わらず居座っていた。




