第56話 蒼月の道標、完成
月見岩で《月導石》を五つ確保した俺たちは、その性質を確認してからシズナへ戻った。
月導石は月光を受けることで内部に淡い青色の光を宿し、青晶洞――正確には、そのさらに奥に存在する《蒼月泉》と思われる方向へ光を伸ばす性質を持っていた。
そしてシステムから提示された《蒼月の道標》の製作工程は、月導石の成形、魔力経路形成、月光同調、そして蒼月泉波長固定の四つ。
製作協力者として表示されたのは、バルガ、俺、そしてミナだった。
《星月》を完成させた時と同じ三人だ。
とはいえ、シズナへ戻った時には現実時間もかなり遅くなっていた。
バルガ「よし、工房へ行くぞ!」
ジョウゴ「行かない」
バルガ「なんでだ!」
ジョウゴ「俺は明日も仕事だから」
即答すると、バルガが露骨に不満そうな顔をした。
バルガ「月導石だぞ? 《蒼月の道標》だぞ? 製作条件まで揃ってんだぞ?」
ジョウゴ「だからこそ、時間がある時にやる」
レント「加工に失敗すれば、月導石を無駄にする可能性もある」
ミナ「眠い時にやるより、元気な時の方がいいよね」
カイト「それにジョウゴが寝不足になったら、ゲーム側から警告されるだろ」
ジョウゴ「そういうこと」
AWOには現実身体状態との連動機能がある。
睡眠不足の状態でログインすれば警告が表示されるし、程度によってはプレイそのものを制限される。
何より、CROSSとの契約でも銀行からの副業許可でも、本業に支障を出さないことが大前提だ。
幼竜を助けるための道具だからこそ、焦って失敗するわけにはいかない。
バルガ「……分かった。明日だ」
ジョウゴ「頼む」
バルガ「ただし、月導石は俺が預かる」
ジョウゴ「全部?」
バルガ「加工前の状態を調べておきてぇ。削り方を間違えたら終わりだからな」
そこまで言われれば反対する理由はない。
採取した五つのうち四つをバルガへ預け、一つだけは冒険者ギルドへの資料提出用として俺が持つことにした。
その日は銀麦亭へ戻り、軽く食事を取ってからログアウトした。
◇◇◇
翌日。
現実世界では、いつも通り銀行員としての一日が始まった。
昨日、ゲームの中では百年以上前に使われていた特殊鉱石を発見し、古竜から幼竜を助けてほしいと頼まれている。
それでも現実世界の仕事とは関係ない。
午前中は通常業務をこなし、午後には書類の確認や後輩から回ってきた案件にも目を通した。
仕事を終えて帰宅した後も、すぐにAWOへ入ることはしない。
夕食を取り、風呂へ入り、家事を済ませ、翌日の準備を整える。
それからVR機器を装着した。
《リアルコンディションチェックを開始します》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
ジョウゴ「ログイン」
視界が光に包まれ、次の瞬間には銀麦亭の客室へ切り替わる。
俺は装備を確認してから一階へ下りた。
ミナ「ジョウゴ、おかえり!」
ジョウゴ「ただいま」
いつものテーブルにはミナ、カイト、レントが揃っていた。
今日は探索へ行く予定ではないので、全員いつもより軽装だ。
カイト「バルガから三回メッセージ来てるぞ」
ジョウゴ「俺にも来てる」
ログインした瞬間から通知が表示されていた。
バルガ『来たら工房!』
バルガ『月導石の加工方法が分かった!』
バルガ『工房!』
最後の一つは必要だったのだろうか。
レント「元気そうで何よりだ」
ジョウゴ「行くか」
ミナ「うん!」
俺たちは銀麦亭を出て、バルガの工房へ向かった。
◇◇◇
工房の扉を開けた瞬間、待ち構えていたバルガがこちらを振り返った。
バルガ「遅ぇ!」
ジョウゴ「ログインして十分も経ってないぞ」
バルガ「俺は昨日から待ってた!」
カイト「ちゃんと寝た?」
バルガ「NPCに睡眠不足はねぇ!」
ジョウゴ「そういう問題なのか?」
相変わらずだった。
ただし、作業台を見ると、昨日とは明らかに様子が違う。
月導石が一つずつ布の上へ並べられ、その隣には何枚もの紙が置かれている。鉱石の形状や内部構造、光の通り方まで細かく書き込まれていた。
どうやら本当に一晩かけて調べたらしい。
バルガ「まず分かったことがある」
バルガが月導石を一つ持ち上げる。
バルガ「こいつは普通の鉱石みたいに好きな形へ削っちゃ駄目だ」
ジョウゴ「内部構造がある?」
バルガ「ああ。見ろ」
鑑定情報が共有される。
《月導石》
《内部魔力脈:確認》
《月光受容層:外周部》
《方向感応核:中央部》
《加工注意:方向感応核を損傷した場合、特殊性質を喪失する可能性があります》
ミナ「真ん中を壊しちゃ駄目なんだ」
バルガ「そういうことだ。外側から少しずつ削って、中央の核を残す必要がある」
ジョウゴ「だから四つ全部を加工しなかったのか」
バルガ「当たり前だ。俺だって未知素材をいきなり叩くほど馬鹿じゃねぇ」
カイト「ちょっと前ならやってそう」
バルガ「やらねぇよ!」
たぶん。
少しは成長した。
ことにしておこう。
◇◇◇
製作を始める前に、バルガが工程を説明してくれた。
まず月導石を細長い板状へ成形する。ただし、中央の方向感応核は傷つけない。
次に、その核から石の先端まで魔力を通すための経路を形成する。
そこが俺とミナの役割になる。
星月を作った時は、刀身内部の《星蒼導流鋼》へ魔力経路を作った。
今回は素材も形状も違うけれど、基本的な考え方は近いらしい。
さらに加工が終わった月導石を月光へ晒し、月の魔力波長と同調させる。
最後に蒼月泉へ向く特殊な波長を固定できれば、《蒼月の道標》が完成する。
ジョウゴ「最後の蒼月泉波長固定はどうする?」
バルガ「そこが一番分からん」
ジョウゴ「分からないのか」
バルガ「作ったことねぇもんを全部分かってるわけねぇだろ」
それもそうだ。
バルガ「ただ、月見岩で月導石そのものが青晶洞の方向を示したんだろ?」
ジョウゴ「ああ」
バルガ「だったら石の中に元から方向を感じ取る性質がある。俺たちがやるのは、その反応を魔力経路へ乗せて安定させることだと思う」
レント「つまり、まず三工程目まで進めて反応を見る?」
バルガ「そういうことだ」
全部を最初から決めつけず、一段階ずつ確認する。
俺もその方がいいと思う。
◇◇◇
最初の加工が始まった。
使う月導石は品質が最も安定している一つ。
バルガは大きな槌を使わず、細かな加工用工具を選んだ。
少しずつ表面を削り、内部の青い筋を確認しながら形を整えていく。
俺たちは邪魔をしないよう少し離れて見守る。
十分。
二十分。
思った以上に時間がかかる。
それだけ慎重に加工しているのだろう。
やがて、最初は拳より少し小さい程度だった月導石が、手のひらほどの細長い板へ変わった。
《月導石・成形済》
《品質:良》
《方向感応核:正常》
《月光受容層:82%残存》
《加工工程:成功》
バルガ「よし」
ミナ「成功?」
バルガ「ああ。次はお前らだ」
作業台の前へ俺とミナが移動する。
成形された月導石の中央には、淡い青色の点が見えている。
これが方向感応核。
ここから先端へ向かって魔力の通り道を作る。
ジョウゴ「星月の時と同じ感じで?」
バルガ「基本はな。ただし今回は刀じゃねぇ。魔力を大量に流す必要はない」
ミナ「少しずつ?」
バルガ「ああ。ジョウゴが経路を作って、ミナが流れを安定させろ」
ジョウゴ「了解」
俺は小型の加工槌を持った。
星月の製作を通じて取得した《槌打ちLv.1》。
鍛冶師として見ればまだ初心者もいいところだ。
でも、魔力経路を持つ素材を加工した経験はある。
俺は月導石の内部を意識しながら、軽く槌を入れる。
コン。
澄んだ音が響いた。
《槌打ちLv.1》
《特殊素材加工補正》
《称号《魔導刀開拓者》による魔力経路形成補助》
青い光が僅かに動く。
ジョウゴ「ミナ」
ミナ「うん」
ミナが月導石へ手を添え、ほんの少しだけ魔力を流す。
直接大量に注ぎ込むのではなく、俺が作ろうとしている経路へ沿わせるように。
コン。
もう一度。
青い光が少し伸びる。
ミナ「流れてる」
ジョウゴ「このまま行く」
焦らない。
少しずつ。
槌を入れ、そのたびにミナが魔力を流す。
星月の刀身を作った時とは違う。
金属を鍛えているというより、石の中に眠っている道を起こしているような感覚だった。
やがて中央の方向感応核から、石の先端まで一本の青い線がつながった。
《魔力経路形成に成功しました》
《月導石・導路形成済》
《魔力経路安定度:91%》
バルガ「九十一か」
ジョウゴ「低い?」
バルガ「初回で九十超えりゃ十分だ」
ミナ「良かった」
ただし、まだ完成ではない。
◇◇◇
次は月光同調。
工房の外へ出ると、AWO内ではちょうど夜になっていた。
雲は少なく、月もよく見える。
バルガ「条件としては最高だな」
工房前の台へ月導石を置く。
月光が表面へ差し込む。
すると、昨日の月見岩で見た時と同じように、石の内部へ淡い青色の光が灯った。
《月光反応を確認》
《月導石の特殊性質が活性化しました》
《月光同調を開始します》
《同調率:12%》
数字がゆっくり上がっていく。
十八。
二十五。
三十三。
ここは俺たちが何かする場面ではないらしい。
月導石そのものが月光を受け、少しずつ状態を変えている。
カイト「こういう生産もあるんだな」
レント「鍛冶というより儀式に近い」
ジョウゴ「魔道具製作なのかもしれないな」
五分ほど待つ。
《月光同調率:71%》
さらに数分。
《月光同調率:93%》
そして。
《月光同調率:100%》
《月光同調に成功しました》
月導石全体が一度だけ強く光った。
その直後、先端から細い青色の光が伸びる。
昨日よりはっきりしている。
光は工房の壁を透過するように、その先を指し示していた。
レント「北東」
ジョウゴ「青晶洞の方向だな」
でも、まだシステム上は完成していない。
《蒼月泉波長固定:未完了》
ここから。
どうする?
そう思った瞬間だった。
俺の腰にある星月が、僅かに震えた。
「ん?」
《星月》
《外部魔力反応を検出》
《外部魔力流入:手動遮断中》
《月導石との波長共鳴を確認》
バルガ「星月?」
ジョウゴ「ああ。月導石に反応してる」
俺は星月を鞘から抜かず、そのまま鑑定情報を開く。
《星蒼導流鋼》
《月導石》
《魔力波長類似:低》
《方向感応波長:検出》
《青晶鉄鉱由来波長との部分一致を確認》
青晶鉄鉱。
また。
繋がった。
月導石そのものと星月が似ているわけではない。
でも、月導石が拾っている方向感応の波長には、青晶鉄鉱と共通する部分があるらしい。
バルガ「ジョウゴ。手動遮断はそのままでいい。星月を月導石の横へ置いてみろ」
ジョウゴ「分かった」
鞘に収めたまま、星月を台へ置く。
すると月導石から伸びる光が少し太くなった。
《方向感応波長を補足しました》
《青晶鉄鉱主鉱脈との共鳴を確認》
《遠隔地点より高密度同系統波長を検出》
「遠隔地点?」
そして。
《蒼月泉由来と推定される波長を検出しました》
ミナ「見つけた?」
バルガ「まだだ。だが、これだ!」
バルガが月導石を指差す。
バルガ「この波長を経路に固定する!」
ジョウゴ「どうやって?」
バルガ「お前が作った魔力経路へ、ミナが今の反応を流せ。俺が外側を固定する!」
ぶっつけ本番。
でも、理屈は分かる。
月導石が今、蒼月泉と思われる波長を捉えている。
それを内部経路へ記憶させる。
ジョウゴ「ミナ、いける?」
ミナ「やってみる」
俺たちは再び月導石の前へ立つ。
ミナが石へ触れる。
俺は魔力経路の流れを確認する。
バルガは固定用の細かな刻印工具を構えた。
ジョウゴ「今」
ミナ「うん!」
魔力が流れる。
月導石の中央から先端へ。
青い光が一気に伸びた。
バルガ「そこだ!」
カンッ!
バルガが刻印を入れる。
《蒼月泉波長固定を開始》
《固定率:31%》
ジョウゴ「まだだ」
ミナ「流し続ける!」
青い光が揺れる。
四十七。
五十八。
七十二。
途中で一度、光が大きくぶれた。
ミナ「流れが乱れてる!」
ジョウゴ「少し弱めて!」
ミナ「分かった!」
ミナが魔力量を下げる。
俺は経路の流れを確認し、ずれている部分へ槌を一度だけ入れた。
コン。
《魔力経路補正》
《安定度:91%→96%》
バルガ「いいぞ!」
固定率が再び上がる。
八十一。
八十九。
九十四。
そして。
《蒼月泉波長固定率:100%》
月導石が強い青色の光を放った。
しかし眩しくはない。
周囲を照らす光ではなく、一本の線となって北東へ伸びていく。
《特殊生産に成功しました》
《《蒼月の道標》を製作しました》
《品質:希少》
《製作者:バルガ/ジョウゴ》
《魔力工程協力:ミナ》
《機能:蒼月泉方向感応》
《機能:特殊暗黒領域内での経路表示》
《機能:青晶鉄鉱主鉱脈との共鳴》
《使用条件:蒼月泉関連領域》
《耐久値:100%》
「できた……」
俺は思わず息を吐いた。
星月ほど大掛かりな製作ではなかった。
それでも、未知素材を使って、残された記録を頼りに一から作った道具だ。
ミナ「成功した!」
カイト「おお!」
レント「これで条件は揃ったか」
その問いに答えるように、システムメッセージが続いた。
《特殊クエスト《蒼晶竜の願い》》
《探索準備状況を更新しました》
《古代記録調査:完了》
《青晶鉄鉱主鉱脈の追跡手段:確保》
《深部探索装備:確保》
《魔力環境対策:一部完了》
《月導石:確保》
《蒼月の道標:完成》
《第一段階進行度:100%》
《第一段階《蒼月泉への探索準備》を完了しました》
そして表示が切り替わる。
《第二段階が開放されました》
《《蒼月泉への道》》
《目的:青晶洞深部へ進入》
《目的:青晶鉄鉱主鉱脈を追跡》
《目的:旧採掘坑道接続部を確認》
《目的:蒼月の道標を使用し、特殊暗黒領域を突破》
《最終目的:蒼月泉への経路確保》
《推奨Lv:12~15》
《深部危険度:不明》
《蒼月泉への到達は一度の探索で行う必要はありません》
最後の一文を見て、俺は少し笑った。
ジョウゴ「システムまで急ぐなって言ってるな」
レント「妥当だ」
カイト「俺たちの場合、特に念押しされてる気がする」
ミナ「でも、これで行けるんだよね?」
ジョウゴ「ああ」
ようやく。
準備が整った。
◇◇◇
その後、《蒼月の道標》を持って冒険者ギルドへ向かった。
副支部長のグレイスと記録管理官のエドガーさんに完成した道標を見せる。
エドガー「……本当に再現したのか」
エドガーさんは驚いたように道標を眺めた。
エドガー「百年以上、記録にしか残っていなかったものだぞ」
バルガ「記録が残ってたから作れたんだ」
エドガー「それでも大したものだ」
グレイス副支部長は道標の性能を確認してから、俺たちへ視線を戻した。
グレイス「これで深部調査の条件は揃った」
ジョウゴ「明日、行こうと思います」
グレイス「それがいい。今日は行くな」
ジョウゴ「そのつもりです」
即答すると、グレイス副支部長が満足そうに頷いた。
グレイス「明日までにこちらでも観測情報を整理しておく。蒼晶竜にも君たちが準備を終えたことを伝えておこう」
ミナ「幼竜の状態は?」
グレイス「今のところ安定している。蒼晶竜からも、昨日と大きな変化はないと連絡があった」
ミナ「良かった……」
ただし、安定しているだけだ。
治ったわけではない。
蒼晶竜が自分の魔力を削りながら支えている状況に変わりはない。
だから焦ってはいけない。
でも、のんびりしすぎてもいけない。
必要な準備をした上で、確実に進む。
それが今の俺たちにできることだ。
◇◇◇
銀麦亭へ戻ると、マリアさんが夕食を用意してくれた。
明日は青晶洞の深部探索。
だから今日はしっかり食べて、現実時間が遅くなる前にログアウトする。
ミナ「ジョウゴ」
ジョウゴ「ん?」
ミナ「明日、絶対に幼竜を助けようね」
俺は少し考えてから答えた。
ジョウゴ「助けるために、まず道を見つけよう」
ミナ「うん」
カイト「一回で全部やろうとしない、だな」
レント「危険なら戻る。それを忘れなければいい」
ジョウゴ「ああ」
テーブルの上には、完成した《蒼月の道標》が置かれている。
淡い青色の石。
今は光っていない。
でも月光を受ければ、その先端は確かに蒼月泉の方向を示す。
百年以上前。
蒼月の谷を歩いた誰かも、同じような道具を手にして地下へ向かったのだろうか。
そして、その道の先には何があるのか。
蒼月泉。
蒼月晶。
九十年前の記録に残された《石を喰らう大顎》。
崩落によって閉ざされた旧採掘坑道。
まだ分からないことは多い。
それでも、進むための準備は整った。
その時、クエスト表示の隅に新しい文字が浮かび上がった。
《特殊クエスト《蒼晶竜の願い》》
《第二段階《蒼月泉への道》》
《開始可能》
俺はその表示を確認すると、《蒼月の道標》をアイテム欄へ収納した。
明日。
俺たちは再び《青晶洞》へ向かう。
今度は第一分岐で引き返すためではない。
蒼晶竜の幼竜を救うため、まだ誰も地図を持っていない洞窟の深部へ。
百年以上前に失われた《蒼月泉》への道を探しに行くために。




